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title: "崇福寺志 · 大殿"
description: "崇福寺志由清代学者朱文藻编纂，是一部记录杭州崇福寺历史与文化的佛教寺志。该书成于清代乾嘉时期，反映了当时佛教寺院与地方文化的紧密联系。内容涵盖寺院沿革、建筑布局、高僧传记、碑刻文献以及历代兴衰，是研究清代江南佛教史与地方志的重要史料。作为一部详实的寺院专志，它不仅为佛教寺院研究提供了珍贵的地方性文献，也对了解清代佛教社会影响与寺院经济具有重要学术价值，在佛教文献与方志学领域占有独特地位。"
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### 大殿

> 大講堂

本寺第三進康熙辛卯年興修戊戌年復整乾隆甲子年修葺嘉慶庚申年重建殿三檻中四柱新易以石題聯云崇舊宇以煥新模佛日慈雲幢擁香林雄北郭福桑田而祐松里晨鐘暮鼓燈傳梵唄震東皋楷書勒柱上中奉佛像三尊殿左鐵鐘一口萬曆丁酉年九月本山比邱真俊真傑如懃如懋如憲如慧如德明心明京明朗覺逸明曉海嵩惠諶智楠海瑞薦考姚公妣陳氏智桂薦妣張氏募化沙門覺遠勸緣弟子蔡廷檀等餘不備錄佛前鐵磬一口萬曆廿五年本山比邱如德立殿左右柱題聯云具大人相乃分身百億願作中天調御三身四智內不覺重開斯面目證無上士已徧覆大千欲度博地凡夫十刹五山中何妨復駕此招提後學超海題印曰七十一世孫四航海印九沙萬經書八分書乾隆五十九年甲寅秋八月住持達聖重修殿門外甬道上鐵鼎爐一座右耳已失乾隆庚午年鑄庭左右有大銀杏二株左一株舊有寄生木樟槐穀及月季花等七種穴藏松鼠乾隆甲辰年捕鼠者熏穴遺火焚樹今惟右一株存西牆腳有雍正乙巳辦糧碑嵌砌模糊僅辨數字

> 当寺は第三代目として、康熙辛卯年（1711年）に改修され、戊戌年（1718年）に修復、乾隆甲子年（1744年）に修繕、嘉慶庚申年（1800年）に堂宇を再建しました。堂は三間、中央の柱は四本あり、新たに石柱に取り替え、柱にはこうした額の言葉が掲げられています。「古きを尊び新しきを輝かせ、仏の慈光と雲が香りの林を包み、北の城郭に雄々しくそびえる。田畑を潤し松の里を守り、朝の鐘暮れの太鼓、灯明が流れ、東の丘に響きわたる」（楷書で柱に刻まれています）。中央には仏像三体が祀られています。堂の左側には鉄の鐘が一つあり、萬暦丁酉年（1597年）9月に、この山の僧侶である真俊、真傑、如懃、如懋、如憲、如慧、如德、明心、明京、明朗、覺逸、明曉、海嵩、惠諶、智楠、海瑞らが、姚氏（公）と陳氏（妣）の父母の冥福を祈り、智桂は張氏（妣）の冥福を祈りました。また、僧覺遠が教化を募り、信徒の蔡廷檀などが尽力しました（他の詳細は省略します）。仏前には鉄の磬が一つあり、萬暦25年（1597年）にこの山の僧侶である如德が建立しました。堂の左右の柱にはこうした対句が掲げられています。「大いなる人の相を具え、百億の分身と化し、中天の調御師となろうと願う。三身四智も内にあり、この面目を新たに開くを厭わない。無上の士を証得し、すでに大千世界を覆い尽くす。広大な地の凡夫を救わんと欲し、十刹五山にあって、何ぞ妨げよう、再びこの寺に立ち寄ることを」。これは後学の超海が題し（印には「七十一世孫四航海印」とあります）、九沙の万経が書きました（隷書体です）。乾隆59年（1794年）甲寅の秋8月に、住職の達聖が寺を修復しました。堂の門外の石畳の道には鉄の香炉が一つあります（右の取っ手はすでに欠失）。乾隆庚午年（1750年）に鋳造されました。庭の左右には大銀杏が二本ありましたが、左の一本には昔、宿り木の樟、槐、穀、月季花など七種が寄生し、穴にはリスが住んでいました。乾隆甲辰年（1784年）、リスを捕まえようとした者が巣穴を燻そうとして火を放ち、木を焼いてしまいました。今は右の一本だけが残っています。西の塀の根元には、雍正乙巳年（1725年）の食料調達に関する碑が嵌め込まれていますが、風化して文字はかすかに数文字が判別できるだけです。

吳頴芳西林崇福寺詩

> 西林崇福寺の詩

古寺松塘近　鳴鐘午梵聞　江山門獨向　花竹徑平分　客到茶烹雪　僧高衲貯雲　日斜村路靜　林鳥自為羣

> 古い寺は松の茂る池のほとりにあり　鐘の音が響き、昼の読経が聞こえてくる　山や川に向かって門はひとつだけ開かれ　花や竹の小道は静かに分かれている　客が訪れれば雪で茶を沸かし　僧は高く、衣に雲をたくわえる　日が傾き、村の道は静まり返り　林の鳥たちは自然と群れをなしている

翟灝晴江崇福寺鐘聲詩

> 翟灝晴江崇福寺の鐘の音の詩

百八洪音起　村齋夢正闌　一時增壯悔　五夜逼秋寒　菘圃清霜粲　桑塍白月殘　老僧頭似雪　坐破幾蒲團

> 百八の鐘の音が響きわたる、 村の僧坊では夢がちょうど明けようとしている。 この一時、心は深い悔いを増し、 五更の夜は秋の寒さが迫る。 白菜の畑には清らかな霜がきらめき、 桑の畦道には白い月が残っている。 年老いた僧の頭は雪のよう白く、 幾つの座布団を使い尽くしたことだろうか。

任經抑齋崇福寺前晚步詩

> 崇福寺の前にて、夜の散歩を詠む

東皋望不極　野色淡斜睴　木落半山出　風高一隼飛　疏鐘鳴古寺流水咽荒磯　信步渾忘遠　人家半掩扉

> 東の高台から見渡すと、果てしなく広がる野の景色は、夕日に淡く照らされている。木々が葉を落とし、山の中腹が姿を現し、風高く一羽の隼が舞い上がる。古寺からは間の抜けた鐘の音が響き、流れの水は荒れた磯辺でかすかに咽ぶように流れる。ぶらぶらと歩を進めると、遠さを忘れてしまい、人家の門は半分閉ざされたままである。

翁永錫玠山晚過崇福寺詩

> 翁永錫と玠山が、夕方に崇福寺を訪れた際の詩。

逶迤來古寺　夕照尚餘紅　麋鹿遙相伴　藤蘿近自叢　雲翻水漾月玉響竹敲風清磬一聲下　悠然萬籟空

> 曲がりくねって古い寺に来た　夕日はまだ赤く残っている 鹿は遠くから寄り添い　藤や蔦は近くで自然に茂る 雲は動き、水面には月が揺れる　玉のような音が響き、竹は風に打たれる 澄んだ鈴の音が一声響き渡る　静かに、すべての音が空に消えていく

沈鵬桐谿崇福寺銀杏詩

> 沈鵬が桐谿崇福寺の銀杏を詠んだ詩

盈極則含虛　何物不可隸　俗見別分支　歸原惟一柢　留此鎮三門　迦陵時說偈

> 満ち極まれば則ち虚を含む　何物か隷する可からざらん 俗見は別に支を分かつも　原に帰すれば惟だ一つの根 此を留めて三門を鎮めん　迦陵の時に偈を説く