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title: "徑山志 · 黃汝亨序"
description: "徑山志由明代宋奎光編撰，是一部記載浙江杭州徑山寺歷史與文化的佛教山志。該書編纂於明代，基於宋元舊志增補而成，系統收錄了徑山寺的沿革、高僧傳記、寺院建築、詩文碑刻及山林風物。內容涵蓋自唐代國一禪師開山以來，徑山作為臨濟宗重要祖庭的發展歷程，詳實反映了江南禪宗的興盛面貌。此志不僅是研究徑山寺歷史的核心文獻，更是探討中國佛教寺院制度、禪宗傳承及地方宗教文化的權威典籍，在佛教史志中具有重要地位。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmgmyta6i0rqrl1046j027gu3"
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### 徑山志序

四大部洲名山不可勝紀，而以佛祖著稱者，惟是燕之清凉、蜀之峨嵋，吾浙之補陀、靈鷲、南屏，而雙徑略禹杭、臨安，通東、西天目之徑，是東南最勝道塲也。自唐國一師開山至月林鏡師為八十七代，稱天下徑山與少林祖庭而二。諸山志余不盡見，所見《清凉》質而詄，《補陀》雅而博，《南屏》秀而麗，《靈鷲》近于俚矣！獨徑山向無舊志。萬暦初年，有僧宗淨者，刻《徑山集》載諸祖事，十之二三僅存其名與示𡨜日月。詩文亦寥寥，戴令邑志更自簡少。達觀禪師昔謀刻大藏，易以書冊，廣為流通。澹居鎧公承之，與吳本如諸公，恢復化城寺貯此刻板，事甫就而入滅，任此志者遂虗無人矣！

> 四大部洲の名山は数え切れないほどあるが、仏祖ゆかりの地として名高いのは、燕の清凉山、蜀の峨嵋山、そして我が浙江の補陀山、霊鷲山、南屏山である。双径山は禹杭と臨安にまたがり、東天目山と西天目山への道が通じる、まさに東南地方随一の聖地である。唐の国一禅師が開山して以来、月林鏡禅師に至るまで八十七代を数え、天下の径山は少林寺の祖庭と並び称される二大道場となった。 諸山の志書はすべて目にしたわけではないが、見た限りでは『清凉山志』は質朴で詳細、『補陀山志』は雅やかで博識、『南屏山志』は秀麗で華やか、『霊鷲山志』はやや俗っぽい印象を受ける。ただ、径山だけは従来、正式な志書がなかった。万暦初年、宗浄という僧が『径山集』を刊行し、歴代祖師の事跡を記したが、その内容はわずか十の二、三に過ぎず、多くは名と示寂の年月を伝えるのみである。詩文もごく僅かで、戴令の編んだ邑志はさらに簡略なものだった。 かつて達観禅師は大蔵経を書冊形式に改め、広く流通させようと志した。澹居鎧公がその志を継ぎ、呉本如らと共に化城寺を復興して経版を収蔵したが、事業がようやく完成したところで入滅され、この志を継ぐ者は空しく絶えてしまったのである。

海虞宋元實氏以博雅名流，偶寄官禹杭，擁皋比與諸生譚道論文之暇，慨然是山佛法僧具備而獨無志，為東南缺典。爰自大藏檢閱諸祖之語録、行事，得十之六。自唐代宗、宋理宗，逮我高祖、成祖與神宗，諸制勑而一切廢興諸縁，與天下高衲道流鉅公名人序、紀、吟詠之章輯而為志，列為十有四目。帙成，出以屬予序。余覽之作而嘆曰：「燦乎俻哉！井井乎有倫哉！是徑山中興之書也。」

> 海虞の宋元實氏は、博学高雅な名士として知られ、たまたま禹杭の地に官職を得て赴任し、講壇に立ち諸生と道を論じ文を語る余暇に、この山（径山）には仏・法・僧の三宝が揃いながらも、ただ志（記録）が無いことを慨嘆し、これは東南地方の欠けた典籍であると考えました。そこで自ら大蔵経を検索し、歴代祖師の語録や事跡を集めて、全体の六割を得ました。さらに唐代宗、宋の理宗から、わが国の高祖（朱元璋）、成祖（朱棣）、神宗（万暦帝）に至るまでの諸々の詔勅や、一切の興廃の縁起、そして天下の高僧・道士・名士・文人の序文・記録・詩文を収集し、一冊の志（記録書）にまとめ、十四の項目に分けました。書物が完成すると、私に序文を依頼してきました。私はこれを読み、感嘆して言いました。「なんと鮮やかで完璧なことか！整然として秩序がある！これは径山の中興を記す書である」と。

夫惟人弘道，惟傑耀靈，故列祖首焉；不尊不信，域中惟王，故制勑重焉；唱縁闡法，文序乃宣，形委神傳，銘塔斯勒，垂像教之範，厯巗壑之美，故碑記逰記次之；通玄𢍆洩，秘密暢性靈，故書啟、偈詠、名什次之；蘧廬一宿，金湯四固，故流寓、外護次之；琳梵代搆，支流派演，故殿宇下院次之；或面壁而證智，或杖策以探奇，故靜室名勝次之；以跡象眙神理于是乎紀古跡，以供養資無生于是乎紀寺產，十方𠫵同，萬靈標異，故以紀事終焉。燦乎備哉！井井乎有倫哉！是徑山中興之書也。

> そもそも、道を広めるのは人であり、霊を輝かせるのは傑出した者である。ゆえに歴代の祖師をまず記す。尊ばなければ信じられず、世の中で最も尊いのは王である。ゆえに勅命を重んじて記す。縁を唱え法を明らかにし、文の序によって宣べ伝え、形は委ねられても精神は伝わり、塔の銘文に刻まれて、像教の規範を垂れ、岩や谷の美を歴訪する。ゆえに碑文や遊記を次に記す。玄妙を貫き秘密を洩らし、性霊を暢やかにする。ゆえに書簡や啓、偈頌や名詩を次に記す。仮の宿に一夜を過ごし、堅固な城壁に四方を守られて、ゆえに流浪や外護を次に記す。寺院が代々築かれ、支流が派をなして広がる。ゆえに殿宇や下院を次に記す。あるいは壁に向かって智を証し、あるいは杖を携えて奇を探る。ゆえに静室や名勝を次に記す。跡象によって神理を伝えるために古跡を記し、供養によって無生を資えるために寺産を記す。十方が参同し、万霊が異を標す。ゆえに紀事をもって終える。なんと輝かしく整っていることか。整然として秩序があることか。これは径山の中興の書である。

余嘗言：「王者握符御宇，撫有江山。不有國史，則何以纂圖垂統，恢萬世之業？士大夫于其後人，貽之以堂搆，啟之以詩書。不有家乘，則何以振箕裘而昌門祚？」今天下佛子法嗣望此山者，將紹明祖席，奉揚宗風。不有梵志，則何以知法幢之所繇竪，法寶之所繇傳？又非徒以林壑烟霞，導向平之屐履，快少文之卧逰已也。然則此山此志，彰法詔來，所與清凉、峨嵋𠫵峙法畍，而華藏寶函並揭日月者，元實之功焉可泯哉？如以山河為幻泡，列祖為影像，經典為糟粕，庋閣此志若滅若沒，非古之神明，則今之狂惑者爾，吾亦惡乎𡚶序之！

> かつて私はこう申し上げたことがあります。「王者が天命を授かり天下を治め、山河を統べるにあたって、国史がなければ、どうして正統を継ぎ、万世にわたる大業を広めることができようか。士大夫が子孫に家屋を遺し、詩書をもって教え導くにあたって、家譜がなければ、どうして家業を継ぎ、家門を栄えさせることができようか」と。 今、天下の仏弟子、法の継承者たちがこの山（五台山）を仰ぎ見るのは、祖師の法座を継承し、宗風を広め奉るためです。山誌がなければ、どうして法の旗印がどこに掲げられ、法の宝がどのように伝えられてきたかを知ることができましょうか。また、単に山林や霞の景色を楽しみ、隠者の草鞋を導き、文人の臥遊を喜ばせるだけのものではありません。 そうであれば、この山とこの山誌は、仏法を明らかにし未来に伝えるものであり、清凉山（五台山）や峨眉山と並んで仏法世界に聳え立ち、華蔵世界の宝の函のように日月とともに輝くものなのです。その根本的な功績は、どうして消し去ることができましょうか。 もし山河を幻の泡とし、歴代の祖師を影や像とし、経典を糟粕と見なして、この山誌をしまい込み、あたかも存在しないかのように扱うならば、それは昔の悟った者でもなければ、今の狂った惑える者にほかなりません。私はどうしてむやみに序文を書くことができましょうか。

天啟甲子秋九月，武林黃汝亨𧩿并書