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title: "西谿梵隱志 · 福清庵"
description: "西谿梵隱志由清代學者吳本泰撰寫，釋智一編纂，是一部記錄杭州西谻地區佛教寺院與人文地理的專志。該書成於清初，詳載西谻一帶古剎興廢、高僧事跡、山水風物及歷代文人題詠，融合了佛教史志與地方文獻的雙重價值。書中不僅保存了明清之際江南佛教的寺院經濟、宗派傳承與宗教活動史料，還反映了佛教與士人文化的交融。作為研究區域佛教史與地方文化的重要典籍，它為探討清代佛教寺院生態及杭州宗教地理提供了權威參考，在佛教方志學中佔有獨特地位。"
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### 福清庵

> 福清庵

在輦路北近安樂山與永興相望唐中和間性空和尚開山種竹萬竿卓庵叢中清幽敻絕宋隱士邁子山過院有花覆石橋間戲馬葉齊山寺亂啼鶯之句萬曆間雲間僧真學桂峯者復建中為雜花堂奉𠀉彌陀手塑西方三聖像圍址可二十餘畮皆老梅叢竹曲徑環籬籬外鑿池扉從左入翳如也又豁如也宰官陸光祖馮夢禎嚴澂袁黃俱為檀護而桂峯之後無良嗣庵遂廢

> 御輦道の北、安楽山の近くにあり、永興寺と向かい合っている。唐の中和年間に性空和尚がこの地に寺を開き、万本の竹を植えて、その竹林の中に草庵を結んだ。その清らかで静かな趣は、まさにこの世のものとも思われなかった。宋の隠士である邁子山がこの院を訪れた際、「花は石橋を覆い、馬を戲れさせ、葉は山寺に斉し、鶯を亂れ啼かす」という句を詠んだ。万暦年間には、雲間の僧である真学と桂峰が再び中堂を建て、そこを雑花堂と名付け、西方三聖の像を自ら手作りで彫って安置した。境内の敷地はおよそ二十余畝あり、すべて老梅と竹叢で囲まれ、曲がりくねった小道が籬で巡らされていた。籬の外には池が掘られ、扉は左から入るようになっており、入ると景色がひっそりと隠され、さらに進むと忽然と開けて見渡せた。宰官の陸光祖、馮夢禎、厳澂、袁黄は皆、この寺の檀護となった。しかし、桂峰の後には優れた継承者がいなかったため、庵はやがて廃れてしまった。