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title: "續原教論 · 原教論"
description: "續原教論是明代居士沈士榮所著的佛教論書。該書撰於明初佛教復興背景下，作者針對當時佛教界存在的流弊，以護教弘法為宗旨，系統闡釋佛法要義。內容融合儒釋道三教思想，對佛教核心教義如心性論、修行次第等進行深入辨析，並駁斥外界對佛教的誤解。此論繼承了宋代以來居士佛教的傳統，在明代佛教思想史上佔有重要地位，為研究明初佛教思想與三教融合現象的重要文獻，對後世居士佛教發展影響深遠。"
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### 原教論

> 原教論

論曰：人之為類不同，故聖人立教不一，此教之跡所以異也。然為善不同，同歸於治，窮其至玅，不出一心，此教之理所以同也。此心也，此理也，天下未嘗有異也。跡之雖異，若推而極之，必當致其同也。且聖人之生，豈擇中國之與他方哉？至於東夷、西戎、南蠻、北狄，亦莫不有上智者出，出則各隨其品類、順其土俗，以行其教化。良由為類之不同，故教跡不容於不異也。流之獘紛爭違忤，執跡迷真，宗旨訛謬，可勝言耶？若得本忘末，不為跡之所惑，研窮心性之原，直趨至善之地，則殊途同歸，無有彼此之間矣。原夫四海之內，不啻數千萬國，民俗不同，不啻數千萬類，隆禮義者稱中華，近禽獸者為夷狄，因其識見有大小正偏之殊，故其為教有淺深權實之異，隨機順俗者為權為淺，得本窮源者為實為深，跡之異者如百川，理之同者為大海。順俗之教，不過行於一方，窮源之道，乃可被於萬類。智者不局於一方之權淺，必求理之極致，以造乎實行甚深之地，此教於是乎明矣。夫立教之道，豈易言哉？所以然者，聖人將取信而後立教，非有證驗，不敢自為說也。夫子嘗曰：「鳳鳥不至，河不出圖，吾巳矣。」夫且畫卦明疇，聖人豈不能哉？非有河圖洛書之證，則道統之源無自而來矣。又曰：「夏禮吾能言之，杞不足徵也。殷禮吾能言之，宋不足徵也。」無所證而言之，則疑惑者眾而諍論起，又何取信而行之乎？故陰陽造化之理、三網五常之道，聖人得以備言者，賴其文有證，而信者篤行有驗，而教化成。今之經傳，巳顯然矣。唯變而不動之性、死而不滅之心，以理推之則可知，欲詳言之則無證，必待吾佛之書而後明矣。或有儒者，徵諸夫子之所未言而佛言之，於是驚疑惑亂、詆毀排斥，終莫證其理之所從出，徒自蔽而已矣。然詆之為寂滅者，非佛說動而不變之理；斥之以亂倫者，乃權跡流獘之末。故佛之徒，聞之帖然而不怒、默然而無辯，知理在人心，信者自悟，不可誣也。跡流於世，久則必獘，孰為吾累哉？是心也，變而無動、死而不滅，斯理之明昭如皎日，且安得而自蔽歟？若人識此心、悟此理，在儒為真儒，在僧為聖僧矣。心昏理迷，莫之所往，本之既失，諍論復何益哉？

> 論じて曰く、人の類いは同じではない。ゆえに聖人は教えを立てるに一つではない。これが教えの跡が異なる所以である。しかしながら、善を行うに同じからずとも、みな治めに帰する。その至妙を窮めれば、一心を出でない。これが教えの理が同じである所以である。この心、この理は、天下に未だかつて異なったことはない。跡が仮に異なっていても、推し極めれば、必ずその同じところに至らざるを得ない。そもそも聖人の生まれるに、どうして中国と他方を選んであろうか。東夷・西戎・南蛮・北狄に至るまで、また上智者が出ないところはない。出ずれば、それぞれその品類に随い、その土俗に順い、もってその教化を行う。まさに類いが同じでないがゆえに、教えの跡が異ならざるを得ないのである。流弊は紛争・違忤し、跡に執りて真に迷い、宗旨は謬る。言い尽くせるであろうか。もし本を得て末を忘れ、跡に惑わされず、心性の原を研窮し、直ちに至善の地に赴かば、すなわち殊途同帰、彼此の間はないのである。 そもそも四海の内、数千万国に止まらず、民俗は同じならず、数千万類に止まらない。礼儀を隆くする者を中華と称し、禽獸に近き者を夷狄とする。その識見に大小・正偏の殊があるがゆえに、その教えに浅深・権実の異がある。機に随い俗に順う者を権・浅とし、本を得て源を窮める者を実・深とする。跡の異なるは百川のごとく、理の同じきは大海のごとし。俗に順う教えは、一方に行わるるに過ぎないが、源を窮める道は、もって万類に及ぶべし。智者は一方の権浅に局限せず、必ず理の極致を求め、もって実行甚深の地に造る。ここにおいて教えは明らかとなるのである。 そもそも教えを立てる道は、どうして易く言えようか。そうなる所以は、聖人は信を得て後に教えを立てる。証験がなければ、敢えて自ら説きはしないのである。夫子はかつて言った。「鳳鳥至らず、河は図を出さず、吾は已んぬるかな」と。そもそも卦を画き疇を明らかにすること、聖人においてどうして能くしないことがあろうか。河図・洛書の証拠がなければ、道統の源は自ずから来たるところがない。また言った。「夏の礼は吾能く言えども、杞は証するに足らざるなり。殷の礼は吾能く言えども、宋は証するに足らざるなり」と。証するところなくして言えば、疑惑する者多くして諍論起こる。また何を取って信じ行おうか。ゆえに陰陽造化の理、三綱五常の道、聖人がもって備えて言うことを得るは、その文に証があり、信ずる者篤く行って験あり、もって教化が成るからである。今の経伝は、すでに明らかである。ただ、変じても動かざる性、死しても滅せざる心は、理をもって推せば知るべし。詳しく言わんと欲すれば証がない。必ず我が仏の書を待って後に明らかとなるのである。 あるいは儒者ありて、夫子の未だ言わざるところを徴して、仏が言う。ここにおいて驚き疑い、惑い乱れ、謗り排撃し、終にその理の従い出ずるところを証し得ず、徒らに自ら蔽うのみである。しかしながら、これを寂滅と誹るは、仏が説く動かずして変ずる理に非ず。乱倫と斥けるは、権跡の流弊の末である。ゆえに仏の徒は、これを聞いて恬然として怒らず、黙然として弁ぜず、理は人心に在り、信ずる者は自ら悟ることを知り、誣い得ざることを知るのである。跡は世に流れ、久しければ必ず弊が生じる。誰か我が累となろうか。この心は、変じても動かず、死しても滅せず。この理の明らかなること、皎日〔きょうじつ〕の如し。かつどうして自ら蔽うことができようか。もし人、この心を識り、この理を悟らば、儒に在りては真儒となり、僧に在りては聖僧となるのである。心昏り理に迷い、往くところを知らず、本すでに失われ、諍論はまた何の益かあらん。

今儒者或謂人死即滅，亦無輪迴再生之理。甚非聖人之意，易曰：「精氣為物，游魂為變。」精靈知也，氣形氣也，二者合而為生魂，即精也，游往也。靈知去則形氣變，二者離而為死。原其始，則精與氣合而生；反其終，則精與氣離為死。死而不滅，則有鬼神。故知鬼神之情狀、死生人鬼之道，若陰陽、晝夜、日月、寒暑之往來，誰能自滅同於艸木乎？或言人物但稟氣而生，不知精魂為靈知也。但氣無知則艸木而已，豈可謂人歟？人之神曰魂，睡則為夢，即有知之心耳。或謂魂為氣，氣非有知也。若視聽言動皆曰氣之所為，必由心帥之以應事，是亦精與氣合而為用也，豈可謂魂為氣乎？庸常之人，素無修心養性之功，一隔生死，不復知有前身之事，是不足以為證，故聖人不及詳言也。蓋儒者志在排佛，故作人死斷滅之說，以破生死輪迴之論，不知反違周孔聖人之意，甚則撥無因果廢滅天理，以造物歸於無知，善惡皆無果報，至若仁夭暴壽，敬慎蒙禍、淫泆獲福，小人僥倖、君子無辜，不明前因，曲為之說，理則不通，障正知見，惑亦甚焉。今略以此一端辯之，餘說自當解矣。但比丘之法，以出俗離倫、斷煩惱生死，為對治凡夫貪著之病。此小乘權教，有沈空滯寂之偏，故復立大乘菩薩教，以破斥其非，何待儒者譏其寂滅耶？然佛之為教，自國王、大臣、長者、居士、以至天龍、鬼神一切品類，佛皆隨類化身，說一切善法究竟皆至如來之地，非但出家一門之為至也。又何待儒者譏其權跡，為無父無君以亂倫哉？況此土乃南洲東隅，偏近東海，三界隔別、人鬼異途，至於因緣果報，無以為證，故夫子未及詳言者，必待中土聖人之教，始盡其義。中土者，中印度之地，東西去海遠近得中，古今諸佛咸降生於彼。佛生之時，三界相通、幽明互現。凡佛言教，一一可證，舉三世則知因識果，立諸教而究竟佛乘，乃能法被十方、化行萬類，所至之處，教文義理咸出彼教之上，莫不歡欣踊躍，信受奉行。自漢以來，經書迭至，究其指歸，誠所謂窮心性之原，入至善之地者也。又非但文字而已，至如日月雲霞飛潛動植，色聲香味而咸臻玅理，此教之體也；得失違順，生死苦樂，事物遷流，而常住真性，此教之相也；文音語默食作動息，威儀典章而隨機普應，此教之用也。具是三者，其道大行矣，孰能排而毀之，拒而絕之乎？智者體吾佛之理、觀孔子之道，性理之學益加詳焉，而勸善戒惡之文，尤為緊切，大有功於名教，豈可自生違背，蔽吾心之良知也哉。