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title: "大慧普覺禪師年譜 · 欽宗"
description: "大慧普觉禅师年谱由宋代僧人祖咏编撰，张抡作序，宗演作跋。该书详细记载了南宋临济宗高僧大慧宗杲禅师的生平事迹、求法历程、弘法活动及其与士大夫的交流。作为一部重要的佛教传记文献，它不仅是研究大慧宗杲思想、宋代禅宗发展及儒释交融历史的第一手资料，更因其记录了大量禅门机锋与修行要旨，对后世禅学影响深远，在佛教史籍中占有重要地位。"
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師三十八歲。居天寧記室，分座訓徒。按圜悟舉師立僧上堂曰：「鶻兒未出窠，已有摩霄志，虎子未絕乳，已有食牛氣，況復羽翼成，況復爪牙備，奮迅即驚群，八面清風起，一條脊梁硬似鐵，一條白棒掀天地，相與建法幢，展衲僧巴鼻。」按祭圜悟文云：「某宣和末謁無盡居士於渚宮，是時，年盛氣銳，眼高四海。公不惜推轂之力，寅緣幸會，始獲投足於汴都天寧之室咨決大事。會陞堂，舉『諸佛出身處，薰風自南來』之句，渙然冰釋，尋以古今商確『有句無句』，晨鍛夕煉，了無凝滯。蒙於稠人中指令分座，有『相與建法幢』之語。」《七會錄》以「相與建法幢」為雲居上堂，非也一日，徐師川同圜悟至寮，見圜悟頂相，師川指云：「這老漢腳跟未點地在。」師謂師川曰：「甕裏何曾失卻鱉？」師川云：「且喜老漢腳跟點地。」師云：「莫謗佗好。」一日，圜悟問曰：「據虎頭，收虎尾，第一句下明宗旨。如何是第一句？」對云：「此是第二句。」又問：「巖頭跨德山門便問：『是凡是聖？』德山便喝。作麼生？」對云：「殺人須是殺人刀，活人須是活人劍。」四月，賜紫衣師號。按塔銘曰：「師於有句無句言下得大安樂法，縱橫踔厲，無所疑於心，大肆其說，如蘇張之雄辯，孫吳之用兵，如建瓴水轉圜石於千仞之阪，諸老斂衽，莫敢當其鋒。于時士大夫爭與之遊，雅為右丞相呂公舜徒所重，奏賜紫衣，師號佛日大師。時女真之肆驕，取禪師十數，師為首選，圜悟遣惇上人侍行。有西密三藏，俱館金明池上，日與論義，密深敬服。虜酋壯，師不少屈，由是一眾獲免其行。」師於是年八月出京，按呂居仁送惇上人之雲居省師詩曰：「杲公昔踏胡馬塵，城中草木凍不春；胡兒卻立不敢問，其誰從者惇上人。袖手歸來兩無語，而今且向江西住；雲居老人費精神，送往高安灘頭去。」

> 師は三十八歳であり、天寧寺の記室として住み、座を分かちて徒を訓えた。圜悟が師を挙げて立僧とし、上堂して言った。「鷲の子は巣を出ぬうちに、すでに摩霄の志あり。虎の子は乳を絶たぬうちに、すでに食牛の気あり。ましてや羽翼成り、爪牙備わる。奮迅すれば即ち群を驚かし、八面に清風起こる。一条の脊梁は鉄より硬く、一条の白棒は天地を掀る。相与に法幢を建て、衲僧の巴鼻を展ぶ。」圜悟を祭る文に曰く。「某は宣和の末、渚宮にて無盡居士に謁した。この時、年は盛んにして気は鋭く、眼は四海を高く見る。公は推轂の力を惜しまず、縁あって幸会し、始めて汴都天寧の室に足を投じて大事を咨決することを得たり。会の陞堂に及び、『諸仏の出身処、薰風の自南より来たる』の句を挙げ、涣然として氷解す。尋いで古今を以て『有句無句』を商確し、晨に鍛え夕に煉り、凝滞することなし。蒙りて稠人のうちに於いて指して分座を命ぜられ、『相与に法幢を建てん』の語あり。」<note place="inline">《七会録》は「相与に法幢を建てん」を雲居の上堂と為すは、非なり</note> 一日、徐師川が圜悟と共に寮に至り、圜悟の頂相を見て、師川が指して云く。「この老漢、脚跟未だ点地せず。」師が師川に謂いて曰く。「甕の裏に何ぞ曾て蟅を失わんや？」師川云く。「且く喜ぶ、老漢の脚跟の点地するを。」師云く。「佗を謗ずること莫かれ。」一日、圜悟が問いて曰く。「虎の頭を据え、虎の尾を収む、第一句の下に宗旨を明らむ。如何なるか第一句？」対えて云く。「此れは是れ第二句。」又問う。「巖頭、徳山の門を跨ぎて便ち問う。『是れ凡か是れ聖か？』徳山便ち喝す。作麼生？」対えて云く。「人を殺すは須く殺人の刀たるべく、人を活かすは須く活人の剣たるべし。」四月、紫衣と師号を賜う。塔銘に曰く。「師は有句無句の言下に大安楽の法を得て、縦横に踔厲し、心に疑うことなく、大いに其の説を肆にす。蘇張の雄弁の如く、孫呉の用兵の如く、甍水を建て、圜石を千仞の阪に転ずるが如し。諸老は斂袵し、敢えて其の鋒に当たる者莫し。時に士大夫争いて之と遊び、雅もて右丞相の呂公舜徒に重んぜられ、奏して紫衣を賜い、師号を佛日大師とす。時、女真の驕りを肆にし、禅師十数人を取り、師は首選と為る。圜悟は惇上人を遣わして侍行せしむ。西密三藏有りて、俱に金明池上に館し、日々之と論義し、密は深く敬服す。虜酋は壮とす、師少しも屈せず、是に由りて一衆其の行を免るるを得たり。」師は是の年の八月に出京す。呂居仁が惇上人を雲居に送り師を省せしむる詩に曰く。「杲公は昔胡馬の塵を踏み、城中の草木凍えて春ならず。胡児は却立して敢えて問わず、其れ誰か従者たる、惇上人。袖手して帰来、両無語、而今且く江西に向いて住せん。雲居の老人は精神を費やし、送って高安の灘頭に往かしむ。」