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title: "天樂鳴空集 · 緣起"
description: "天樂鳴空集是明代居士鮑宗肇所述，由高僧智旭鑑定編訂的佛教典籍。該書誕生於明末佛教復興時期，融匯了淨土與禪宗思想，主要闡述念佛修行與般若空性的融合之道，強調通過持名念佛契入實相。內容包含詩偈、開示及修行要領，文辭優美，義理深邃，體現了當時禪淨雙修的思潮。作為明清佛教重要著述，它為淨土法門提供了理論依據，對後世修行者影響深遠，是研究漢傳佛教淨土思想與實踐的重要文獻。"
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### 天樂鳴空集緣起

> 『天楽鳴空集』の成立背景

《天樂鳴空集》，鮑性泉居士遺書也。性泉諱宗肇，萬曆間山陰縣天樂鄉人，父國祺，母韓氏，俱善信男女。性泉弱冠，具殊慧，斥葷酒，熟背《楞嚴》、《法華》，如湧波瀉水，日每一週。其尊人命開紙舖於我郡東郭，怒其折閱，罰之跪，良久釋起，則已默背《首楞嚴》十卷矣。中年親沒，即離室家，事參訪，樂從紫柏大師、散木老漢周旋。晚乃皈依雲棲。初蓮池大師以性泉不堅誠淨土，有折攝語見于《竹窗隨筆》，性泉徵詰數四，始北面稱弟子，真以直心為道場，精於上品上生者也。

> 『天楽鳴空集』は、鮑性泉居士の遺著である。性泉は諱を宗肇といい、明の万暦年間、山陰県天楽郷に生まれた。父は国祺、母は韓氏といい、ともに篤信の善男善女であった。性泉は弱冠にして並々ならぬ知恵を備え、酒肉を断ち、『楞厳経』や『法華経』をまるで水が湧き出るように、日ごとに一巻ずつ熟読暗誦した。あるとき、父が彼に命じて都の東の郊外に紙の店を開かせたが、商売が上手くいかず損失を出したことに対して父は激怒し、彼を罰として跪かせた。しばらくして解放され起き上がると、彼はすでに『首楞厳経』十巻を心中で暗誦し終えていたという。中年になって両親を失うと、すぐに家庭を離れ、師を訪ねて修行し、紫柏大師や散木老漢に親しく従い、ともに修行の日々を過ごした。晩年になってようやく雲棲に帰依した。初め、蓮池大師は性泉が浄土への信念を固く持たないことを理由に、『竹窓随筆』の中で折伏・摂受の言葉を記した。性泉は何度も問い質した末に、ようやく頭を下げて弟子となった。彼はまことに真っ直ぐな心を道場とし、上品上生の修行に精進したのである。

臨終預知時至，先期命子治齋，邀平昔道侶王季常、戴升之、徐春門緇素十餘眾至家，同聲念佛竟日。日西時，忽合掌謝眾，不起于坐而化。所著有《勝方便金剛略解》、《塗毒鼓聲》、《天樂鳴空集》，俱未行世。

> 臨終の時が来るのを予知して、生前に子に命じて斎を整えさせ、旧知の道友である王季常、戴升之、徐春門をはじめ、僧俗十数人を家に招きました。共に声を合わせて終日念仏しました。日が西に傾いた時、突然合掌して皆に別れを告げ、座ったまま息を引き取りました。著書には『勝方便金剛略解』『塗毒鼓声』『天楽鳴空集』がありますが、いずれも世に出ることはありませんでした。

性泉自記：「《塗毒鼓聲》尚留會稽陶石梁先生家未還。」惟此一書為石梁先生訂正，性泉手授道友錢永明。永明垂死，又以托不肖隆，受而卒業。其駁邪崇正，歎大褒圓，俱闡揚宗教心髓，宜乎諸方大老並服為顛撲不破者也。

隆笥藏十四、五年，如受寄重寶，作客維揚，放浪南閩，先後攜隨，於飢饉、干戈、道途畏怖中凜凜護甚軀命，生還抵里，愴已屆匿王觀河之年，善憂多病，寧保長久，一旦草露風燈，辜負付託，其為罪愆，沙劫曷贖哉？

> 箪笥に十四、五年もの間、あたかも預けられた大切な宝のようにしまってありました。客として揚州に滞在し、南閩を気ままに旅した際も、常に持ち歩き、飢饉や戦乱、道中の恐怖の中でも、命を懸けて大切に守り続けました。故郷に無事戻り、数えればすでに年老いた王が川の流れを眺めるような年齢になっていました。悩みが多く病にもかかりやすく、この身が長く保つとは限りません。やがて朝露や風前の灯火のように儚く消え去り、預かったものを無駄にしてしまったら、その罪は、砂のように無数の劫を経ても償えるものなのでしょうか。

嘗為一疏募梓，得友人高念祖攜請尊公澤外工部捐資繕寫，方謀殺青，以資明水先生冥福，而澤外公悲憤久疾，俄焉赴召玉樓，每焚香披閱，徒有涕泗涔涔下而已。

悲乎，悲乎，此著子不獨性泉，原係人人有分，但法王家財必仗大長者和盤托出，遍界人方得領受使用，泉流地上耳。

計此書得四萬緡便可成就宏通，大助修行足目，乃示之，人多不解。募之時，如有待，末法同人福慧淺薄，良可悼也。

稽首大心檀越王，當我世定有具正知見，使性泉不湮沒此一段靈光，以施財當雨法者，謹述顛末為俟時節因緣。

戊子仲春，東海止菴王起隆識。