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title: "彌蘭王問經 · 第一　法相續之問"
description: "彌蘭王問經是巴利三藏外的重要佛教典籍，作者為那先比丘，歷史背景設定在公元前2世紀，由印度希臘裔國王彌蘭與比丘那先進行佛法問答。主要內容以對話形式深入探討佛教核心教義，如無我、業報、涅槃等，以智慧辯證化解國王疑惑。此經在南傳佛教地位崇高，被譽為東方的蘇格拉底對話錄，不僅具哲學深度，更以生動比喻闡釋深奧佛法，是研究佛教與希臘文化交流的關鍵文獻，對理解早期佛教傳播有重要價值。"
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### 第一　法相續之問

> 第一章 法の相続についての問い

王言：「尊者那先！再生者〔與死滅者〕是同耶？是異耶？」

> 王が言いました。「尊師ナーガセーナよ、生まれ変わる者と死ぬ者は同じですか？ それとも別の者ですか？」

長老言：「非同，非異。」

「請加譬喻之。」

> 例え話をお聞かせください。

「大王！如何而思耶？曾幼小、年輕，仰臥於搖籃時，其卿與現在成人之卿同一耶？」

> 「大王、いかがお考えですか。かつて幼く若かった頃、ゆりかごに仰向けに寝ていたあなたと、今の大人のあなたとは同じでしょうか。」

「尊者！不然。其時是幼小、年輕，仰臥〔於搖籃〕時其我與現在成人之我是別異。」

> 「尊者様、そうではありません。その時は幼く、若く、揺りかごに横たわっていた時の私と、今の大人の私は別のものです。」

「大王！若如是者〔成人之卿〕亦無母，亦無父，亦無阿闍梨，亦無持戒者，亦無技藝家，亦無具慧者。大王！羯剌藍時之母、額部曇時之母、閉尸時之母、鍵南時之母、幼少時之母、成人時之母是各別異耶？大王！學技藝者與已學者為別異耶？為惡業者與〔其惡業之結果，受刑而〕斷手足者是別異耶？」

> 大王、もしそうであれば、〔成人した立派な人の〕母もなく、父もなく、阿闍梨もなく、戒を守る者もなく、技芸に長けた者もなく、智慧ある者もいないことになります。 大王、羯羅藍（受精卵）の時の母、額部曇（塊状）の時の母、閉尸（肉塊）の時の母、鍵南（堅実）の時の母、幼少の時の母、成人の時の母は、それぞれ異なるのでしょうか？ 大王、技芸を学ぶ者と、すでに学んだ者は異なるのでしょうか？ 悪業をなす者と、（その悪業の結果、刑罰を受けて）手足を断たれた者は異なるのでしょうか？

「尊者！不然。然，卿如是而言者欲說何耶？」

長老言：「大王！我曾幼小，我今成人。蓋依止此身體，如上一切〔之狀態〕者攝於一。」

> 長老は言われた。「大王よ。私はかつて幼く、今は大人になりました。この身体に依りながら、先に述べたすべての状態は、一つにまとめられるのです。」

「尊者！請譬喻之。」

> 「尊者様、どうか譬えでお示しください。」

「大王！譬如某人點燈火，其終夜燃耶？」

> 「大王様、例えばある人が灯火をともしたとしましょう。その灯火は一晩中燃え続けるでしょうか。」

「尊者！然，終夜應燃。」

> 「尊者様、わかりました。それでは、一晩中お灯ししましょう。」

「大王！初更之焰與中更之焰是同一耶？又中更之焰與後更之焰是同一耶？」

> 「大王様。初更の火と中更の火は同じものでしょうか？また、中更の火と後更の火は同じものでしょうか？」

「尊者！不然。」

「大王！初更之燈火與中更之燈火是別異耶？中更之燈火與後更之燈火是別異耶？」

「尊者！不然。依止同一〔燈火〕，燈光乃終夜而燃。」

> 「尊者様、そうではありません。同じ灯りに支えられて、灯火は一晩中燃え続けるのです。」

「大王！如是法之相續是繼續。生者與滅者雖是別異，非前非後而繼續，如是為不同不異，至於最後之識所攝。」

> 「大王様、このように、法（現象）の流れは絶え間なく続いていくのです。生じるものと滅するものは、それぞれ別のものではありますが、前でも後でもなく、途切れることなく連なっています。このように、同じでもなく異なってもいない状態で、最後の認識（識）にまで至るのです。」

「尊者！請再譬喻之。」

> 尊よ、もう少し譬えをもってお示しください。

「大王！譬如搾出之牛乳不久成酪，由酪而成生酥，由生酥而成熟酥。大王！如是而言：『乳與酪是同一，酪與生酥是同一，生酥與熟酥是同一。』大王！其正實耶？」

> 大王、例えて言うならば、搾りたての牛乳はやがて酪（らく）になり、酪から生酥（しょうそ）ができ、生酥から熟酥（じゅくそ）ができます。 大王、そこで「乳と酪は同じものだ。酪と生酥は同じものだ。生酥と熟酥は同じものだ」と言うならば、それは正しいでしょうか？

「尊者！不然。依止於一而他乃生。」

> 尊者様、そうではありません。一つのものに執着することで、別のものが生まれるのです。

「大王！如是法之相續是繼續。生者與滅者雖是別異，非前非後而繼續，如是不同亦不異，至於最後之識所攝。」

> 大王よ、このように法の流れは続いていくのです。生じるものと滅するものは別々でありながら、前後なく連続していきます。つまり、同じではなく、別でもないまま、最後の識に含まれるところまで続いていくのです。

「宜也，尊者那先！」