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title: "石門文字禪 · 謝安道花壇"
description: "石門文字禪是宋代高僧釋德洪的詩文集。德洪又稱惠洪，活躍於北宋末南宋初，與蘇軾、黃庭堅等文人交遊，是禪宗臨濟宗黃龍派的重要傳人。該書內容豐富，不僅收錄了大量詩歌、偈頌和文章，更以文字闡釋禪理，融通文學與佛學，體現了文字禪的獨特風格。書中強調不離文字而悟道，對宋代及後世禪宗思想影響深遠，是研究中國佛教史、文學史及文字禪思想的珍貴典籍。"
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### 謝安道花壇

> 謝安道花壇

三月江南春不淺，謝家池上開花苑。層壇迸破碧琉璃，嫩蕊簇成紅婉孌。一枝兩枝和霧白，素娥月下逢姑射。十朵五朵照水紅，仙姝並立瑤池東。人生遇景須行樂，莫使餘香散簾幕。白雪難逃鬢上班，金樽且對花前酌。醉則傲羲軒，醒則歌堯舜，榮辱是非都莫問。風雲際會自有時，忠義果然天不困。君今還作天涯客，憑闌正遇群芳拆。不插群英醉上林，人謂少年真可惜。明年再獻平戎策，順風高舉摩天翼。大手親提卻日戈，刈除天下閒荊棘。古人養花如養賢，我今說花心亦然。栽培直欲助真宰，扶持造化工陶甄。時人莫以花為浼，大都自是人情改。若使人情長似花，相看顏色年年在。謝安道輩真難得，不容蒿艾生墻側。不勞巧手寫丹青，不學世人畫墻壁。靈苗自有天然格，門外溪光長瀉碧，更向溪光種碧桃，宛然便是神仙宅。謝家池館勝瑤臺，淺白深紅次第開，為報賞花君子道，何須東海覓蓬萊。

> 三月の江南、春はすでに深く、謝家の池のほとりには花園が咲き誇る。幾重にも重なる花壇は碧い琉璃を破り、柔らかな蕾が紅色に集まって、いと美しい。 一枝、二枝と霧に包まれて白く、月の女神が月下で仙女に逢うかのよう。十輪、五輪と水に映えて紅く、美しい仙女たちが瑶池の東に立ち並ぶ。 人生、美しい景色に出逢ったなら、楽しみを尽くすべきだ。余りある香りを簾の向こうに散らせてはならない。白い雪も、こめかみに霜を落とすのを防げはしない。黄金の杯を掲げて、花の前で酌み交わそう。 醉えば羲軒の世を傲り、醒めれば堯舜の治めを歌う。栄華も恥辱も是も非も、問うことなどない。風雲の機会はいつか必ず巡り来る。忠義の心ある者を、天は決して窮地に置き去りにはしない。 君はなお天涯の客として、欄干に凭れて、まさに百花の咲き乱れるのを迎えている。群れ咲く花を挿さずに上林で醉わないのなら、人は言うだろう「若いのに実に惜しい」と。来年こそ再び平和の策を献じ、順風に乗って高く摩天の翼を挙げよう。大いなる手で日を退ける戈を掲げ、天下の雜草どもを掃き除くのだ。 古人が花を育てたのは賢人を育てるようなものだった。今、私が花について語るのも、その心は同じこと。丹精に育てることは、まさに天地の造化を助け、作り成す力を支えることなのだ。 世の人々よ、花を卑しいものと思うなかれ。いったい人は皆、心変わりしがちなもの。もし人の心が花のように変わらなければ、互いに顔を見合わせれば、その美しさはいつまでも変わらないだろう。 謝安のような高潔な人は、本当に得難い。彼は蒿や艾のような雑草が壁の際に生えるのを許さなかった。巧みな手で丹青を描く必要もなく、世の人のように壁に絵を描くこともない。霊妙なる苗は、天賦の品格を備えている。門の外には渓水が長く碧く流れ、さらに渓水のほとりに碧い桃を植えれば、まるで神仙の住まいのようだ。 謝家の池亭は瑶台に勝り、薄い白、深い紅と順に花が咲き開く。花を愛でる君子たちに告げよう、なぜ東海にわざわざ蓬莱を探しに行くことがあろうか、と。