---
title: "中部經典 · 第二一　鋸喻經"
description: "中部經典是南傳佛教巴利三藏中的經藏部分，由通妙法师译为中文。它成书于佛陀入灭后的第一次结集，记录了佛陀及其弟子的言行。该经典共收录152部中长篇经文，内容涵盖四圣谛、八正道、缘起法、禅修方法及伦理规范等核心教义。作为原始佛教的重要文献，中部經典系统阐述了佛陀的中道思想，是研究早期佛教教义与实践的权威典籍，在南传上座部佛教中具有崇高地位，为修行者提供了完整的指导。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmgn0i72w1zpsl4047in3qhp6"
---

### 第二十一　鋸喻經

> 第二十一 鋸喻經

如是我聞。——

> このように私はお聞きしました。

一時，世尊在舍衛城祇陀林給孤獨園。爾時，尊者牟利破群那與諸比丘尼過多會合。尊者牟利破群那與諸比丘尼實同如次之聚會，即：若有比丘於尊者牟利破群那之面前，誹難彼等比丘尼者，因此，尊者牟利破群那即怒、不悅而為抗議。又若有比丘於彼等比丘尼之面前誹難尊者牟利耶破群那者，因此，彼等比丘尼即怒、不悅而為抗議。尊者牟利耶破群那與諸比丘尼實同如是之聚會。於是一比丘詣世尊處，詣而稽首世尊，坐於一面。坐於一面之彼比丘白世尊言：「世尊！尊者牟利破群那與諸比丘尼過多會合。世尊！尊者牟利破群那與諸比丘尼實同如次聚會。即：若有比丘於尊者牟利破群那之面前，誹難彼等比丘尼者，因此，尊者牟利破群那即怒、不悅而抗議，又若有比丘於彼等比丘尼之面前，誹難尊者牟利破群那者，因此，彼等比丘尼即怒、不悅而抗議。世尊！尊者牟利破群那與諸比丘尼實同如是聚會。」因此世尊呼其他一比丘曰：「比丘！汝以予之名，告尊者牟利破群那：『尊者破群那！師呼尊者。』」「敬知矣！」彼比丘應世尊而往尊者牟利破群那處。往而告尊者牟利破群那：「尊者破群那！師喚尊者。」「敬知矣！」尊者牟利破群那應彼比丘而詣世尊處。詣而稽首世尊，坐於一面。世尊對坐於一面之尊者牟利破群那曰：

> その時、世尊は舎衛城の祇陀林、給孤独園におられた。さて、尊者牟利破群那は多くの比丘尼たちと過度に会合していた。尊者牟利破群那とその比丘尼たちの間には、実に次のような関係があった。すなわち、もしある比丘が尊者牟利破群那の面前でその比丘尼たちを非難すれば、尊者牟利破群那は怒り、不満を抱いて抗議した。また、もしある比丘がその比丘尼たちの面前で尊者牟利破群那を非難すれば、その比丘尼たちは怒り、不満を抱いて抗議したのである。尊者牟利破群那とその比丘尼たちは、実にこのような関係にあった。 そこで、一人の比丘が世尊のもとへ赴き、世尊に頭を垂れて礼拝し、一方に坐った。坐したその比丘は世尊に申し上げた。「世尊よ、尊者牟利破群那は多くの比丘尼たちと過度に会合しております。世尊よ、尊者牟利破群那とその比丘尼たちは、実に次のような関係にあります。すなわち、もしある比丘が尊者牟利破群那の面前でその比丘尼たちを非難すれば、尊者牟利破群那は怒り、不満を抱いて抗議し、また、もしある比丘がその比丘尼たちの面前で尊者牟利破群那を非難すれば、その比丘尼たちは怒り、不満を抱いて抗議するのです。世尊よ、尊者牟利破群那とその比丘尼たちは、実にこのような関係にあります。」 そこで世尊は、他の一人の比丘を呼んで言われた。「比丘よ、汝は我の名において、尊者牟利破群那に告げよ。『尊者破群那よ、師が尊者を呼んでおられる。』と。」「承知しました」と、その比丘は世尊に応えて、尊者牟利破群那のもとへ赴いた。赴いて尊者牟利破群那に告げた。「尊者破群那よ、師が尊者を呼んでおられます。」「承知しました」と、尊者牟利破群那はその比丘に応えて、世尊のもとへ赴いた。赴いて世尊に頭を垂れて礼拝し、一方に坐った。世尊は、一方に坐った尊者牟利破群那に向かって言われた。

「破群那！汝與諸比丘尼過多會合為事實耶？破群那！汝與諸比丘尼實同如次聚會耶？即：若有比丘於汝之面前誹難彼等比丘尼者，因此，汝即怒、不悅而抗議，又若有比丘，於彼等比丘尼之面前，誹難汝者，因此，彼等比丘尼即怒、不悅而抗議。破群那！汝與諸比丘尼實同如是之聚會耶？」〔破群那曰：〕「如是：世尊！」〔世尊曰：〕「破群那：汝善男子豈非因信而由在家而出家為行者耶？」〔破群那曰：〕「如是！世尊！」〔世尊曰：〕「破群那！善男子，以信由在家而出家為行者之汝，與諸比丘尼過多會合者，實不應當。其故，破群那！若此有人於汝之面前誹難彼等比丘尼，對此，汝應捨俗之欲望、俗之想念。雖如此時，破群那！汝應如次學之，即：『我心不變、又不發惡語，以持憐愍心，住於慈心，不抱瞋恚。』破群那！汝實應如是學之。其故破群那！有人，若於汝之面前雖以手打、以土塊打、以杖打、以劍打彼等比丘尼，破群那！汝應捨俗之欲望、俗之想念。雖如此時，破群那！汝應如次學之，即：『我心不變，又不發惡語，以持憐愍心、住於慈心、不抱瞋恚。』破群那！汝實應如是學之。其故破群那！又於此有人，雖於汝面前誹難，因此，汝應捨俗之欲望、俗之想念。雖如此，破群那！汝應如次學之，即：『我心不變，又不發惡語，以持憐愍心，住於慈心而不抱瞋恚。』破群那！汝實應如是學之。其故，破群那！於此，若有人雖以手打、以土塊打、以杖打、以劍打汝，破群那！於是，汝應捨俗之欲望、俗之想念。雖如此時，破群那！汝應如次學之，即：『我心不變、又不發惡語，以持憐愍心，住於慈心，不抱瞋恚。』破群那！汝實應如是學之。」

> 「パクナよ。あなたが多くの比丘尼たちと過度に集まりを持っているというのは事実なのか。パクナよ。あなたは比丘尼たちと、実際にこのような集まりを持っているのか。すなわち、もし比丘があなたの面前で彼女たち比丘尼たちを非難するなら、それによってあなたは怒り、不満を抱き、抗議する。また、もし比丘が彼女たち比丘尼たちの面前であなたを非難するなら、それによって彼女たちは怒り、不満を抱き、抗議する。パクナよ。あなたは比丘尼たちと、実際にこのような集まりを持っているのか。」 〔パクナは言った。〕「その通りです、世尊よ。」 〔世尊は言った。〕「パクナよ。あなたは善男子として、信仰によって家を出て出家した修行者ではないのか。」 〔パクナは言った。〕「その通りです、世尊よ。」 〔世尊は言った。〕「パクナよ。信仰によって家を出て出家した修行者であるあなたが、多くの比丘尼たちと過度に集まりを持つことは、本当にふさわしくない。なぜなら、パクナよ。もし誰かがあなたの面前で彼女たち比丘尼たちを非難するなら、その時あなたは俗世の欲望や俗世の思いを捨てるべきである。そのような時、パクナよ。あなたは次のように学ぶべきである。『私は心を変えず、悪い言葉を発さず、憐れみの心を持ち、慈しみの心に留まり、怒りを抱かない。』パクナよ。あなたは実際にこのように学ぶべきである。なぜなら、パクナよ。もし誰かがあなたの面前で彼女たち比丘尼たちを手で打ち、土塊で打ち、杖で打ち、剣で打つなら、パクナよ。あなたは俗世の欲望や俗世の思いを捨てるべきである。そのような時、パクナよ。あなたは次のように学ぶべきである。『私は心を変えず、悪い言葉を発さず、憐れみの心を持ち、慈しみの心に留まり、怒りを抱かない。』パクナよ。あなたは実際にこのように学ぶべきである。なぜなら、パクナよ。また、もし誰かがあなたの面前で非難するなら、それによってあなたは俗世の欲望や俗世の思いを捨てるべきである。そのような時も、パクナよ。あなたは次のように学ぶべきである。『私は心を変えず、悪い言葉を発さず、憐れみの心を持ち、慈しみの心に留まり、怒りを抱かない。』パクナよ。あなたは実際にこのように学ぶべきである。なぜなら、パクナよ。ここで、もし誰かが手で打ち、土塊で打ち、杖で打ち、剣で打つなら、パクナよ。その時、あなたは俗世の欲望や俗世の思いを捨てるべきである。そのような時、パクナよ。あなたは次のように学ぶべきである。『私は心を変えず、悪い言葉を発さず、憐れみの心を持ち、慈しみの心に留まり、怒りを抱かない。』パクナよ。あなたは実際にこのように学ぶべきである。」

如是世尊告諸比丘曰：「諸比丘！諸比丘實曾一時以喜悅予心。諸比丘！於此予告諸比丘：『諸比丘！予實受一坐食，諸比丘！予以受一坐食：無病、健康、爽快而有力，安祥也。諸比丘！於此，汝等亦應受一坐食。諸比丘！汝等亦受一坐食：無病、健康、爽快而有力、安祥也。』諸比丘！此等比丘不須要予之教誨。於彼等比丘唯必要令喚起念。諸比丘！恰如於四衢街道平坦之地，繫善馴練之馬，成車乘之準備，有置鞭，如是乘其善巧馬術師之調御者，左手以執綱，右手以持鞭，令隨意往還，如是，諸比丘！於彼等比丘不須要予以教誨。彼等比丘唯必要喚起念。諸比丘！是故於此，汝等以捨不善〔法〕、努力於善法。如是，汝等實亦應於此法、律達到增大、興隆、成就圓滿。諸比丘！恰如村里或聚落之附近，有大娑羅樹林，為伊蘭草所覆，對此，若人欲利益、欲饒益、欲安穩者，彼伐娑羅樹力衰之曲幹，以捨於外，以清淨林內，實保護娑羅樹幹，使實直良好成長。諸比丘！如是，實如彼娑羅樹林、以達他日增大、興隆、成就圓滿。如是，諸比丘！汝等以捨不善法、努力於善法。如是，汝等實亦於此之法、律以達增大，興隆、成就圓滿。

> 世尊はこう言われた。「比丘たちよ、実に比丘たちはかつて、心に喜びを抱いていた。比丘たちよ、私はここで比丘たちにこう告げた。『比丘たちよ、私は実際に一坐食を受けた。比丘たちよ、私は一坐食を受けて、病なく、健やかで、爽快で力強く、安らかである。比丘たちよ、ここで汝らもまた一坐食を受けるべきである。比丘たちよ、汝らも一坐食を受ければ、病なく、健やかで、爽快で力強く、安らかであろう。』と。 比丘たちよ、これらの比丘たちには、私の教え諭す必要はない。彼らにはただ、気づきを呼び起こすことだけが必要である。比丘たちよ、ちょうど四方に通じる平坦な道に、よく調教された馬を繋ぎ、車の準備を整え、鞭を置いてあるようなものである。その巧みな馬術師である御者が、左手で手綱を握り、右手で鞭を持ち、思いのままに行き来させるように。比丘たちよ、そのように、これらの比丘たちには、私の教え諭す必要はなく、彼らにはただ気づきを呼び起こすことだけが必要である。 比丘たちよ、それゆえにここで、汝らは不善の法を捨て、善い法に努めるべきである。そうすれば、汝らはまさにこの法と律において、増大し、興隆し、成就の円満に達するであろう。 比丘たちよ、ちょうど村や集落の近くに、大きな娑羅樹の林があり、それが伊蘭草に覆われているとする。その林のために利益を求め、安穏を望む人がいれば、その人は力の弱った曲がった幹を伐り取って外に捨て、林の内部を清め、娑羅樹の幹を守って、真っ直ぐに善く成長させるであろう。 比丘たちよ、そのように、その娑羅樹の林は、やがて増大し、興隆し、成就の円満に達する。比丘たちよ、同じように、汝らも不善の法を捨て、善い法に努めなさい。そうすれば、汝らはまさにこの法と律において、増大し、興隆し、成就の円満に達するであろう。」

諸比丘！昔舍衛城有一信士女名為耶蒂希嘉。諸比丘！該信士女耶蒂希嘉如次大名流布，即：『彼信士女耶蒂希嘉為溫雅、信士女耶蒂希嘉為柔順、信士女耶蒂希嘉為靜淑也。』諸比丘！該信士女耶蒂希嘉，有婢名為嘉利，伶俐而精勵，以作適切之行者。諸比丘！於是婢嘉利作此之念：『我主婦如次大名譽流布——信士女耶蒂希嘉為溫雅、信士女耶蒂希嘉為柔順、信士女耶蒂希嘉為靜淑——此主婦實對妾於內心有瞋，唯不顯現此？或實無瞋耶？或又妾於此等行適切故，主婦對妾內心雖有瞋，唯不顯現？或實際無瞋耶？然妾乃試主婦。』諸比丘！於是婢嘉利次日起牀甚遲。其時信士女耶蒂希嘉言婢嘉利曰：『哎！嘉利！』〔婢曰：〕『何為耶？主人。』〔信士女曰：〕『今日起遲為何耶？』〔婢曰：〕『此於主人，沒有任何關係？』〔信士女曰：〕『惡婢！今於日中起者，不應捨置不理我等』如是即怒、不喜而顰眉。諸比丘！此時婢嘉利作此之念：『主婦對妾內心有瞋而不顯出。非是無瞋、妾此等適切之行故，主婦雖內心有瞋而不顯出，非無瞋也。然妾更大試驗主婦。』諸比丘！於是婢嘉利次日更晚起牀。其時信士女耶蒂希嘉言婢嘉利曰：『哼！嘉利！』〔婢曰：〕『何為耶？主人！』〔信士女曰：〕『今日起牀更遲為何耶？』〔婢曰：〕『此與我主人沒有任何事！』〔信士女曰：〕『惡婢！今於日中起者不應放置不理我等！』如是即怒、不喜，以發不快之言。諸比丘！於是婢嘉利以作此念：『主婦對妾內心實有瞋不顯出，非無瞋也。妾此等適切之行故，於主婦雖內有瞋，不顯出，非無瞋也。然妾更大試驗主婦。』諸比丘！如是婢嘉利晝更晚起牀。其時信士女耶蒂希嘉言婢嘉利曰：『嗚呼！嘉利！』〔婢曰：〕『何為耶？主人！』〔信士女曰：〕『今日起遲者為何事？』〔婢曰：〕『此於我主人沒有任何事！』〔信士女曰：〕『惡婢！於今日中起者，不應捨置不理我等。』如是即怒、不喜，執栓以打〔彼〕頭，頭受傷。諸比丘！於此婢嘉利受傷流血，以頭示諸鄰曰：『見尊女，此乃所謂溫雅者之行！見尊女，此乃所謂柔順者之行！見尊女，此乃所謂靜淑者之行！唯一人之婢於日中乃起牀，即怒、不喜，執栓以打頭，頭受傷者是何事耶？』諸比丘！如是信士女耶蒂希嘉後如次惡名流布。『信士女耶蒂希嘉是亂暴、信士女耶蒂希嘉是不溫順、信士女耶蒂希嘉是不靜淑。』如是，諸比丘！一比丘只要無以不快語觸犯於彼，彼即是溫雅者、是柔順者、是靜淑者也。若然，諸比丘！若以不快之語法觸犯比丘時，其時比丘於此應令知道是〔真〕溫雅者，應令知道是〔真〕柔順者，應令知道是〔真〕靜淑者。諸比丘！比丘為衣、鉢、牀座、醫藥資具，從順以示從順性者，予不名之為從順者，何以故？諸比丘！彼比丘實不得衣、鉢、牀座、醫藥資具時，即非從順，以不顯示從順性也。諸比丘！而比丘以恭敬法、尊重法、崇敬法，從順而以示從順性者，予名之為從順者。其故，諸比丘！如是汝等應當『恭敬法、尊重法、崇敬法，從順而示從順性。』汝等應如是學之。

諸比丘！此等有五種語之方法，以此，他之語者語汝等。其五者：時與非時，實與非實，軟與暴，利與不利，慈心與瞋心也。諸比丘！若他語時，或有以〔應語時〕語，或有〔應語〕時而非語。諸比丘！有以語事實，或有語非事實。諸比丘！或有語柔軟、或有語亂暴。諸比丘！或有語添利義，或有語不添利義。諸比丘！汝以語有慈心，或以語有瞋心。諸比丘！於此亦於『我等之心不得變，我等不發惡語，我等是憐愍心，住於慈心，不抱著瞋恚，而且對彼人以俱慈心，充滿而住，以彼為出發點，俱慈一切世間，廣大、廣博、無量、無恚、無害之心，充滿而住。』諸比丘！如是汝等實是應當學。

諸比丘！譬喻有人持來鍬與籃曰：『我欲此大地作為非地。』彼乃處處掘起、處處掘散、處處吐唾、處處灑尿言：『汝成為非地、汝成為非地。』諸比丘！汝作何思耶？彼人以此使大地變為非地耶？」〔諸比丘曰：〕「不然！世尊！何以故？世尊！實此大地甚深無量，彼人雖疲勞至死滅，彼大地亦難成非地。」〔世尊曰：〕「如是，諸比丘！此等有五種之語法，以此，他之語者語汝等，即：時與非時……乃至……慈心與瞋心也。諸比丘！他語時，或有以〔應語〕時語，或有非語時語……乃至……有以慈心語，或瞋心語。諸比丘！於此亦於『我等之心不得變，我等不發惡語，我等是憐愍心，住於慈心，不抱瞋恚，而且對彼人以俱慈之心，充滿而住，以彼為出發點，俱慈一切世間等於地之廣大、廣博、無量、無恚、無害之心，充滿而住。』諸比丘！如是汝等實是應當學。

諸比丘！譬喻有人持來或拉伽（胭脂）、或訶立帝（薑黃）、或籃、或茜曰：『我於此虛空，以畫形像、以顯形像。』諸比丘！汝作何思耶？彼人於此虛空，以畫形像、以顯形像否？」〔諸比丘曰：〕「不然！世尊！何以故？世尊！實此虛空是無形、不可見也。彼人雖疲勞至於死滅，於其處難畫形像、顯形像者也！」〔世尊曰：〕「如是！諸比丘！有此等五種之語法，以此，他之語者語汝等，即：時與非時……乃至……慈心與瞋心。諸比丘！他於語時，或有以〔應語〕時語……乃至……有以瞋心語。諸比丘！於此，『我等之心不得變，我等不發惡語，我等憐愍心、而於慈心住、不抱著瞋恚，而且對彼人以俱慈，充滿而住，以彼為出發點，以一切世間等於虛空、廣大、廣博、無量、無恚、無害之心，充滿而住。』諸比丘！如是汝等實是應當學。

諸比丘！譬喻有人持乾草之火炬曰：『我以此乾草之火炬，以令熱、煮沸恒伽河。』諸比丘！汝作何思耶？彼人以乾草之火炬，得熱、煮沸恆伽河耶？」〔諸比丘曰：〕「不然！世尊！何以故？世尊！恒伽河實是甚深無量也。彼人雖疲勞至於死滅，彼以乾草之火炬，亦甚難令熱、煮沸之。」〔世尊曰：〕「如是諸比丘！有此等五種語法，以其他之語者語汝等，即：時與非時……乃至……慈心與瞋心也。諸比丘！他之語者，或有以〔應語〕時語……乃至……以瞋心語。諸比丘！於此，『我等之心是不得變……乃至……我等不抱著瞋恚，而且對彼人以俱慈之心，充滿而住，以彼為出發點，以一切世間等於恆伽河之廣大、廣博、無量、無恚、無害之心，充滿而住。』如是諸比丘！汝等實是應當學。

諸比丘！譬喻貓皮，善擊而揉之，善鞣（熟）之，如（絹綿樹）之軟，無有沙拉沙拉吧拉吧拉之音。而且有人或持來木片或礫曰：『我此貓皮，善擊而揉熟之，如絹綿樹之無有沙拉拉吧拉拉之音，或以木片、或以礫令出沙拉拉吧拉拉之音。』諸比丘！汝作何思耶？彼人以此善擊而揉熟，如絹綿樹之軟，以無沙拉拉吧拉拉音之貓皮，或以木片，或以礫，得令出沙拉拉吧拉拉之音耶？」〔諸比丘曰：〕「不然！世尊！何以故？世尊！實此貓皮善擊而揉熟，如絹綿樹之軟，無沙拉拉吧拉之音，故彼人雖疲勞至死滅，彼或以木片，或以礫令作沙拉拉吧拉拉之音是甚難。」〔世尊曰：〕「諸比丘！如是有此等五種語法，以此，他之語者語汝等，即：時與非時……〔乃至〕……慈心與瞋心也。諸比丘！他之語者或有以〔應時〕語，或有以語非時語，或有以語事實，或有語非事實，或有語柔軟，或有語亂暴，或有以語添語利義，或有以語不添利義，或有以語慈心，或有以語瞋心。諸比丘！於此，『我等之心不得變，我等不發惡語，我等憐愍心，而住慈心，不抱著瞋恚，而且對彼人以俱慈之心，充滿而住，以彼為出發點，以一切世間等於貓皮廣大、廣博、無量、無瞋、無害之心，充滿而住。』諸比丘！如是汝等實是應當學。

諸比丘！若以有柄之兩面鋸，共盜賊、賤業者，以肢肢截斷之，其時若亂其意者，彼如是非遵我教者也。諸比丘！於此時，亦然，『我等之心不得變，我等不發惡語，我等憐愍心，而於慈心住，不抱著瞋恚，而且對彼人以俱慈之心，充滿而住，以彼為出發點，以一切世間俱慈之廣大、廣博、無量、無恚、無害之心，充滿而住。』諸比丘！如是汝等實是應當學。

諸比丘！汝等應以常念此鋸喻之教。諸比丘！汝等此語法之於或細、或粗，汝等以見如有不堪得者耶？」〔諸比丘曰：〕「不也，世尊！」〔世尊曰：〕「是故諸比丘！是應常念此鋸喻之教，汝等永遠得饒益幸福。」

世尊如是說已。彼等比丘歡喜信受世尊之所說。