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title: "牧雲和尚嬾齋別集 · 正觀堂銘"
description: "牧雲和尚嬾齋別集是明代臨濟宗高僧通明所著，由著名出版家毛晉編纂。該書成於明末清初，正值佛教禪宗發展與儒釋交融之際，內容收錄了通明禪師的詩文、書信、語錄及禪法開示，融合禪宗心要與文學藝術，展現了禪者對修行與世事的透徹智慧。此作不僅是研究明末禪宗思想與文人佛教的重要文獻，更體現了臨濟宗直指人心的宗風，在佛教典籍中具有承先啟後的地位，為後世學人提供了禪悟與實踐的珍貴參照。"
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### 正觀堂銘

世出世間事，有宜銘即不銘於筆，而有眾欣然共銘於心者，必其事為最勝因緣，大有益於群情也。昔蘇長公為成都法師敏行作《大悲閣記》，表於西南開化米信，其記以菩薩證道從聞而入，始於聞而至於無所聞，從無所聞而至於無所不聞。夫證道而至於無所不聞，則菩薩折攝之用咸備，清淨寶目母陀羅臂，左右開合八萬四千，或慈或威，神化莫測，所謂觸而不亂、至而能應，蓋不期然而然者，而世乃以千手千眼稱之，斯亦菩薩憫世狹劣，特示少分而已。所以然者，夫眼生於面、手根於身，眾情所知也，捨兩眼之外不知更有所謂眼矣，捨兩手之外不知更有所謂手矣，而聲色紜紜交乎前，無不以兩眼物色、兩手執持，乃菩薩則異於是，千眼為視、千手為用，千眼為視不住色也，千手為能轉物也，此妙智淨覺眾情所未喻，第向以眇小自居，卒然見菩薩手眼皆千、變化奇幻，自不覺聳然動容、肅然加敬曰：「是菩薩者何？眼之廣耶？手之多耶？其神力所致歟？將道德所感歟？是菩薩者得瞻依之，必能脫我於塵勞、必能置我於道岸。」於是菩薩悲心與眾生信力融結為一，勺水獻花、行道禮拜，菩薩等行其慈、眾生默開其慧，菩薩不以高陵眾生、眾生不以卑遠菩薩，眾生以兩眼畢見菩薩之千眼，以兩手能舉菩薩之千手。兩眼能見千眼，兩眼未嘗不即于眼也；兩手能舉千手，則兩手又未嘗不即千手也。其故何哉？千尋之木，枝葉婆娑，而根本則一也。雖眾生未能以是觀菩薩，而菩薩必以是觀眾生，是為正觀。奇哉！有情亦有手眼，芒芒昧昧，自不能明，必觀菩薩，始獲開悟，則菩薩之手眼，其可不彰于世乎？天宮寺永安房雨新上人，律身清淨，發願廣大，有念乎菩薩功德，外募檀信，內罄衣缽，搆堂三楹，三年而成。像設未也，有檀越顧敬修氏，夙領佛記，樂法無倦，居恒欲求妙好旃檀，肖菩薩像，慮像成無棲像所。是二上士，皆含千手眼于一念，乃時節之巧，機會之來，虔奉是像，即居是堂，依正恰稱，聞見為之踴躍焉。其法祖玄若大比丘，奇此因緣，乃顏其堂曰「正觀」，表菩薩之正眼，寂然嘗照，無奔逸相；菩薩之手，展握自在，援溺拯迷，是眼與俱。若公與余，蓋法門久交，走書來囑，作一銘誌。余因助發正觀之義，明菩薩之化功。且念斯堂之成也，菩薩之所居也，天龍鬼神，緇流道俗，皆已銘諸心矣，奚待余銘于筆耶？重其事，不惜繁其辭，願入是堂者，一瞻菩薩，皆得正觀，而銘又何辭？銘曰：

> 世の中の出来事には、筆に記して刻むべきものもあれば、人々が喜んで心に刻むものもある。それは必ず最も勝れた因縁であり、大いに衆生の心に利益をもたらすものである。昔、蘇東坡は成都の法師敏行のために『大悲閣記』を書き、西南の地で民衆を教化した。その記には、菩薩の悟りは「聞く」ことから入り、「聞く」ことから始まって「聞くところのない」境地に至り、「聞くところのない」境地から「聞かざるところのない」境地に至ると説かれている。 悟りを得て「聞かざるところのない」に至れば、菩薩の摂取と折伏の働きがすべて備わる。清らかな宝の目と、母陀羅の臂は、左右に開閉して八万四千あり、あるいは慈しみ、あるいは威厳をもって、神のごとき変化は測り知れない。いわゆる「触れても乱れず、至れば必ず応ずる」というのは、期せずしてそうなるのである。世の人々は千手千眼と称するが、これもまた菩薩が世の衆生の狭劣を哀れんで、ほんの一部を示されたにすぎない。 なぜそうかといえば、目は面に生じ、手は身に根ざすものと、衆生は皆知っている。両眼を除いて、さらに目というものがあることを知らず、両手を除いて、さらに手というものがあることを知らない。しかし声や色が目の前に雑然と交わる時、みな両眼で見定め、両手で執持する。ところが菩薩はこれとは異なる。千眼をもって見、千手をもって用いる。千眼をもって見るのは色に留まらないためであり、千手をもって自在に物を転ずるためである。この妙なる智、清らかな覚りは、衆生のまだ理解しないところである。 ただ、これまで渺たる小さな身と思うてきた衆生が、突然菩薩の手も眼も千あり、変化が奇怪であるのを見れば、思わず襟を正し、謹んで敬いを表して言うだろう。「この菩薩は何と広い眼であろうか。何と多くの手であろうか。これは神力の致すところか。それとも道徳の感ずるところか。この菩薩を仰ぎ頼めば、必ずや我らを煩悩の苦しみから脱れさせ、必ずや我らを悟りの岸に置いてくださるであろう」と。 ここにおいて菩薩の悲心と衆生の信力は融け合って一つとなる。一勺の水を捧げ、花を供え、経を行じ礼拝する。菩薩は等しくその慈しみを行じ、衆生は黙してその智慧を開く。菩薩は高ぶって衆生を見下さず、衆生は卑下して菩薩を遠ざけない。衆生は両眼をもって菩薩の千眼をことごとく見、両手をもって菩薩の千手を捧げることができる。 両眼で千眼を見ることができるのは、両眼もまた眼でないことはないからである。両手で千手を挙げることができるのは、両手もまた千手でないことはないからである。その理由は何か。千尋の木も、枝葉は茂っていても、根本は一つである。たとえ衆生がこのように菩薩を観ずることができなくても、菩薩は必ずこのように衆生を観ずる。これが正観である。 ああ不思議なことだ。有情にもまた手や眼があるが、茫漠として自ら明らかにすることができず、必ず菩薩を観じて、初めて開悟を得る。ならば菩薩の手や眼は、どうして世に顕かされずにいられようか。 天宮寺永安房の雨新上人は、身を律して清らかで、発願すること広大であり、菩薩の功徳を念じ、外には檀家に喜捨を求め、内には衣鉢を尽くして、堂を三間構え、三年にして完成した。佛像はまだ安置されていなかった。そこに檀越の顧敬修という方があり、かねて仏の教えを領解し、法を楽しんで倦むことがなく、常に妙好の栴檀を求めて菩薩の像を彫らんと願い、像が出来ても安置する所がないことを案じていた。この二人のすぐれた方は、ともに一念の中に千手千眼を含んでいる。 そして時節の巧みさ、機会の到来によって、謹んでこの像を奉じ、すなわちこの堂に安置した。依報と正報が見事に相応し、見聞する者は皆こぞって喜んだ。その法祖である玄若大比丘は、この因縁を奇とし、その堂を「正観」と名づけ、菩薩の正しい眼を表した。寂然として常に照らし、奔逸する相はない。菩薩の手は、展び縮み自在で、溺れる者を救い迷える者を拯う。この眼と手はともに在る。 若公と私は法門の古い交わりであり、書を送って来て銘を記すことを嘱した。そこで私は正観の義を助けて明らかにし、菩薩の教化の功を顕かにする。また思うに、この堂の完成は、菩薩の住まうところであり、天竜鬼神、僧侶道俗、みなすでに心に銘じている。どうして私が筆で銘じるのを待つ必要があろうか。しかしそのことを重く見て、言葉を惜しまずにこの文を綴る。願わくばこの堂に入る人々が、ひとたび菩薩を瞻礼すれば、みな正観を得ることができるように。そして銘を何ぞ辞せん。 銘曰く、

大悲正眼， 智為其根。 一而彌曜， 萬而不昏。昔有尊宿， 問於臨濟， 急下禪床， 當胸把住。暗中摸枕， 賺殺雲巖。 通身遍身， 大費涎黏。何如菩薩， 開手見眼， 覿體示人， 超諸方便？咨我同人， 等具妙明。 攀緣苟息， 酩酊必醒。天宮吉祥， 永安常住。 知恩報恩， 五體投地。