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title: "牧雲和尚嬾齋別集 · 衣說"
description: "牧雲和尚嬾齋別集是明代臨濟宗高僧通明所著，由著名出版家毛晉編纂。該書成於明末清初，正值佛教禪宗發展與儒釋交融之際，內容收錄了通明禪師的詩文、書信、語錄及禪法開示，融合禪宗心要與文學藝術，展現了禪者對修行與世事的透徹智慧。此作不僅是研究明末禪宗思想與文人佛教的重要文獻，更體現了臨濟宗直指人心的宗風，在佛教典籍中具有承先啟後的地位，為後世學人提供了禪悟與實踐的珍貴參照。"
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### 衣說

> 衣説

釋迦老子出世提挈五濁人常為一事，乃五濁人則見釋迦老子有千億教門。顧諸弟子同在靈山，均受法味，亦各有持循者。如一土也，而有山陵岡阜、大野平陸；如一水也，而有江河淮濟、大海百川。蓋不異而異，不同而同，惟於一毫頭上識取根源，則同異之相可不言而喻矣。良以佛法如海，窮之為難，集大成固不能無各封，而胡越猶庶幾也。昔飲光、優波離、富樓那三大士之在靈山，雖各有持循，未聞以一佛之法執此而外彼，起諍言而低昂也。於今之世，有講誦釋迦口所說者，則謂之經師；有指示釋迦心所印者，則謂之宗師；有模範釋迦身之威儀者，則謂之律師。一佛同矣，三師異焉。顧三師之中更有異焉者，有持黃卷赤軸、性宗相宗為我家物者，有認楖栗麈尾、東指西敲非他宗事者，有執六環五綴、黑月白月羯磨布薩必律家茶飯，其視拈椎豎拂、分教判時，則云：「此宗也，此教也，吾所不與者。」人異其見，世異其佛。嗚呼！先佛往矣，孰能同之？賴有此僧伽黎也。律師、經師、宗師舉從事焉，無敢異同于其間也。是僧伽黎者，果為千佛授受渾然無分之大衣乎？飲光持入雞足山以候慈氏，達磨傳至中國以付慧可，非直表信益、彰大同之法也。曹溪之際，人仰其衣，以一衣授及門一法子則不為少，以一衣饜及門諸法子則不能足，故衣止不傳，時也。蓋知有不奪祖之法而務奪祖之衣者，起深為之防也。今之世，乃又不必達磨之衣，期廣達磨之法，故宗家授衣之例復大行，亦時也。或曰：達磨之衣既止不傳，今之授衣得無妄乎？㯉叟曰：達磨不傳之衣，亦非雞足待慈氏之衣也，庸何傷？雖然，但勿更起爭端，執此衣為經、為律、為禪也。衣本大同，知衣之大同，則知先佛之不局。能護持六根，皎如冰霜，依先佛之模範，則入律；能運漚和，演修多羅，代先佛之廣長，則入經；能離言說，直悟心源，衍先佛之慧命，則入宗。如大海潛流四天下，隨在得水，而呼之曰非、曰潭、曰池、曰沼，乃水固自若也無辨。夫如是，則舉此衣曰禪、曰教、曰律，亦無不可者。噫！彰禪、教、律之同衣，是彰禪、教、律之同佛也，復何疑？

> 釈迦牟尼佛がこの世に現れ、五濁の众生を導かれたのは、常に一つのことのためでした。しかし五濁の众生から見れば、釈迦牟尼佛には千億もの教えの門があるように映ります。霊鷲山に集まった弟子たちを見ると、皆同じ法の味わいを受けながら、それぞれに守り実践することがありました。例えば同じ土でも、山や丘、広野や平地があるように、同じ水でも、川や海、大河や小川があるようなものです。実に、異なるようでいて異ならず、同じようでいて同じではない。ただ一毫の先端から根源を見極めれば、同と異の相は言葉を待たずして理解できるのです。 そもそも仏法は海のようなもので、そのすべてを究め尽くすのは難しい。大成を集めるには各宗派に分かれざるを得ませんが、それでもまだ近しい関係にあります。昔、飲光（迦葉）、優波離、富楼那の三大士が霊山にいたとき、それぞれに守り実践することがありましたが、一佛の法をもって互いを排除し、争いを起こして優劣を論じたとは聞きません。 現代の世には、釈迦の言葉を講義し唱える者を経師と呼び、釈迦の心を指し示す者を宗師と呼び、釈迦の身のこなしを模範とする者を律師と呼びます。一つの佛は同じでも、三つの師は異なるのです。さらにその三師の中にも異なることがあります。経典を手にして性宗や相宗を我が家のものとする者、麈尾を振りながら東を指し西を敲いて他の宗派のことを問題にしない者、戒律に固執して布薩や羯磨などの作法だけが律家の茶飯だとし、禅の作法や教相判釈を見て「これは禅宗だ、これは教宗だ、私の関わることではない」と言う者。人によって見解が異なり、時代によって佛も異なるのです。 ああ、先佛はすでに去られ、誰がこれらを一つにできるでしょうか。頼りになるのは、この僧伽黎（三衣）があることです。律師も経師も宗師も皆これに従い、その間で異同を唱えることはありません。この僧伽黎こそ、千佛が受け継ぎ、渾然として分け隔てのない大衣なのでしょうか？飲光はこれを携えて鶏足山に入り慈氏（弥勒）を待ち、達磨は中国に伝えて慧可に授けました。これは単に信の証を示し、大同を表す法にすぎません。 曹溪の頃、人々はその衣を敬い、一つの衣を一人の法子に授ければ少なくはなく、多くの法子すべてに授けようとすれば足りないものでした。それゆえ衣の伝授は止められたのです。時勢によるものです。祖の法を奪わずして祖の衣を奪おうとする者もいることを知り、深く防備を備えたのです。 現代の世では、必ずしも達磨の衣を必要とせず、達磨の法を広く伝えることを期しています。それゆえ宗家で衣を授ける儀式が再び盛んになったのです。これも時勢によるものです。ある人が言いました。「達磨の衣はすでに伝授を止めたのに、今衣を授けるのは誤りではないか」と。楡叟は答えました。「達磨が伝授しなかった衣は、鶏足山で慈氏を待つ衣とは異なるものです。何の害がありましょうか。ただ、再び争いを起こして、この衣を経・律・禅と固執することだけは避けるべきです。衣は本来大同です。衣の大同を知れば、先佛が分け隔てなかったことを知るでしょう。」 六根を護り持ち、氷霜のように清らかに、先佛の模範に従えば律に入ります。方便を用いて経典を説き、先佛の広長舌に代われば経に入ります。言葉を離れて心の源を直に悟り、先佛の慧命を継げば宗に入ります。大海が四天下に潜流し、至る所で水を得られるようなものです。それに「これは泉だ、潭だ、池だ、沼だ」と呼んでも、水そのものは何も変わりません。このように考えれば、この衣を禅と呼び、教と呼び、律と呼んでも、まったく問題ありません。 ああ、禅・教・律が同じ衣であることを明らかにすることは、禅・教・律が同じ佛であることを明らかにすることです。何の疑いがありましょうか。