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title: "晦嶽旭禪師語錄 · 住勝果禪寺語錄"
description: "晦嶽旭禪師語錄是清代臨濟宗高僧晦嶽旭禪師的語錄彙編由弟子全琳等人記錄整理依駒澤大學藏本印行晦嶽旭禪師活躍於清初繼承臨濟宗風其語錄內容包括上堂小參機鋒問答法語詩偈等全面展現了禪師的禪法思想和教學風格書中強調直指人心見性成佛繼承了唐宋以來的禪宗精髓並融入了時代特色對清代禪宗發展有重要影響是研究清初禪宗史和臨濟宗思想的重要文獻在佛教典籍中具有承前啟後的地位"
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### 住勝果禪寺語錄

> 勝果禅寺における法語

康熙戊寅歲十二月二十日入院。

> 入院は康煕戊寅年十二月二十日でした。

山門。師以杖一畫，曰：「前排鐵甕，後擁鴻鶴，大啟重門，天高地闊。」拽杖入，云：「步步踏開彌勒樓閣。」

> 山門にて、師が杖でひとえぐり描き、言った。 「前方には鉄の甕(かめ)が立ちはだかり、後方には鴻(おおとり)と鶴(つる)が従う。大きく重い門を開き放てば、天は高く地は広い。」 杖を引きずりながら入り、言った。 「一歩一歩、弥勒(みろく)の楼閣を踏み開けていくのだ。」

彌勒。「十字街頭等個人，今朝者裏剛逢著。大開口了笑呵呵，天上人間無兩個。」

> 弥勒よ。「十字路の真ん中で一人の人を待っていたところ、今朝、まさにここで出会った。大きく口を開けて、にこにこ笑っている。天にも地にも、この方は二人といない。」

韋馱。「最後樓至佛，此處現全身。曾受靈山記，黨理莫黨親。」

> 韋駄天よ。 「最後に楼至仏となり、この地にその全身を現す。かつて霊鷲山で受けた仏の教えを、理に従い、身内びいきをせずに守り続けるのだ。」

佛前。「昔日靈山，今朝勝果，一會儼然，是個甚麼？」

> 仏前。「昔、霊鷲山で説かれた教えが、今日ここに成就し、その集いが今もなお厳かに続いている。これは一体何であろうか。」

據室。「釋迦掩室，特地淆訛。淨名杜口，鬼家活計。少林斷臂安心，好不丈夫。黃梅夜半傳衣，殃累不已。行棒行喝，抱贓叫屈。奪食軀耕，狐假虎威。開金鎖，撞玉鐘，也是當門栽棘。恁麼漢入我門來，頂門更下一錐。須知新勝果，過犯彌天。」

> 部屋の責任者として言う。 「釈迦が室を閉ざしたのは、かえって混乱を招いた。維摩が口を閉ざしたのは、幽霊のような生き方だ。達磨が少林寺で腕を切って心を安らげたのは、立派な男とは言えない。黄梅の五祖が夜半に衣を伝えたのは、災いを引きずる結果となった。棒で打ち、喝をすることで、泥棒が盗品を隠して無実を訴えるようなもの。食事を奪い、耕作を奪うのは、狐が虎の威を借るようだ。金の錠を開け、玉の鐘を打つことも、門の前に棘を植えるようなもの。そんな者が私の門に入ってきたら、頭頂にもう一撃を加えるだろう。知っておくがいい、新しい勝果（寺院）は、その過ちが天にまで届いているのだ。」

當日，眾紳士請上堂。拈香祝　聖畢，復拈云：「此瓣香不可聞、不可說，自不丈夫落他綣繢，到如今悔之不及。第五回拈出供養，先龍興薰天炙地，直教他鼻孔缺、腦門裂。」便就座。問答不錄，乃曰：「大人具大機，收來放去，掣電驅雷；大智得大用，殺活臨時，七擒八縱。早離大覺，足尖迸出玄中要；今到勝果，棒頭點出境中人。吼獅子音，野狐腦裂；撾塗毒鼓，魔外魂銷。直得枯木龍吟、幽巖虎嘯，鴨腳樹頭懸寶月，全彰古佛家風；運漕河畔掛雲幢，揭示祖師心印。船來底、陸來底，總教飽餐；南去底、北去底，一任取足。且道：神通玅用？還是法爾如然？」卓杖一下，曰：「絲綸在手隨收放，好看金鱗上直鉤。」復舉：「南泉和尚初住院，知事、頭首請歸方丈，僧問：『師歸丈室，將何指示于人？』泉曰：『昨夜三更失卻牛，天明起來失卻火。』」師曰：「南泉秪解信口道：家私總被他人看破了也。山僧要且不爾，也無牛可失，亦不失卻火。或問：『師歸丈室，將何指示于人？』向他道：『兵隨印轉，將逐符行。』」

> 本日、紳士の方々が揃って上堂されました。香を手向けて聖寿を祈り終え、再び香を取って次のように述べました。 「この一片の香は、嗅ぐことも語ることもできません。自らが大丈夫でなかったばかりに、かえって人の罠にかかり、今となっては悔やんでも悔やみきれません。五度目のこの香をささげて、先代の龍興和尚のその香りは天にまで達し地を焦がすほどでした。まさに人々の鼻を欠けさせ、脳天を裂かせるほどでした。」 こう言って座に着かれました。問答の部分は省略します。さらにこう述べられました。 「大人は大いなる働きを備え、収めたり放ったり、電光のように素早く、雷のように勢いよく振る舞います。大いなる智慧は大いなる用を成し、生かすも殺すもその時々、七度捕らえて八度放つ自在さがあります。すでに大覚寺を離れた時、足の先から玄中の要がほとばしり出ました。今、勝果寺に至っては、杖の先で境中の人を指し示します。獅子の吼え声を響かせれば、野狐の脳天は裂けます。毒を塗った太鼓を打てば、魔物や外道の魂は消え去ります。まさに枯木に龍が吼え、深い岩山に虎が吠え、銀杏の枝に宝月がかかり、古仏の家風が完全に現れます。運漕河のほとりに雲の幡を掲げ、祖師の心印を明らかに示します。船で来た者も陸路で来た者も、みなたっぷりと食べさせます。南へ行く者も北へ行く者も、それぞれ満足するままにさせます。しかし、これが神通の妙用でしょうか？それとも法として自然とそうなるのでしょうか？」 杖を一度打ち鳴らして言われました。 「釣り糸は手にあるまま、自由に巻いたり伸ばしたりする。金色の鱗を持つ魚が真っすぐな鉤にかかるのを見よ。」 さらに次の故事を挙げられました。 「南泉和尚が初めて寺に入られた時、知事や頭首の方々が方丈に帰られるようお願いしました。ある僧が問いました。『和尚が方丈にお帰りになれば、どのような教えを人々に示されるのでしょうか？』南泉は答えました。『昨夜の三更に牛を失い、明け方に火を無くした。』」 これについて師は次のように述べられました。 「南泉和尚はただ思うままに口にしただけです。家の中の財産はすべて他人に見抜かれてしまいました。私はそうではありません。失う牛もなく、また火を失うこともありません。もし誰かが『和尚が方丈にお帰りになれば、どのような教えを人々に示されるのでしょうか？』と尋ねたら、私はこう答えるでしょう。『兵は印に従い、将は符に従って行く。』」

當晚小參。舉：「文殊大士三處度夏：一月長者家、一月魔宮、一月婬妨。末後歸世尊會裏解制，迦葉欲白椎擯出，乃見百千萬億文殊，世尊曰：『你擬擯那個文殊？』迦葉盡其神力，椎不能舉。圓悟和尚曰：『可惜放過。當日待世尊與麼道便好一椎，看他如何合煞？』」師曰：「也是賊過後張弓。山僧數載住甘露，今夏在浙中博菴，十月住大覺，臘月來勝果，且道與文殊三處度夏同耶？別耶？若謂同，相去二千七百餘年，文殊自文殊、山僧自山僧；若云別，山僧今年歷住三處，似不較異。大眾！者裏道得一句恰好，管教步步踏著祖翁田地，不妨隨處建立法幢，任緣化導。更聽頌出：閬苑蓬瀛備昔遊，歸來仍醉管絃樓，傍觀有理難伸雪，柳巷花街得自由。」

> 夜の小参にて、次のような話が提起されました。 「文殊菩薩は三ヶ所で夏安居を行った。すなわち、長者の家に一ヶ月、魔宮に一ヶ月、そして淫女の家に一ヶ月である。最後に、世尊の集まりに戻って結制を解こうとしたところ、迦葉が白槌をあげて追い出そうとした。すると、百千万億の文殊菩薩が現れた。世尊が言われた。『お前はどの文殊を追い出そうというのか？』迦葉はありったけの神通力を使ったが、槌をあげることができなかった。圓悟和尚は言った。『惜しいことをした。あの時、世尊がそう言ったなら、すぐに一槌を下して、どのような結末になるか見るべきだったのだ。』」 師が言われた。「それもまた、賊が去った後に弓を引くようなものだ。山僧は数年、甘露寺に住し、今年の夏は浙中の博菴にいた。十月には大覚寺に住し、十二月に勝果寺に来た。さて、これを文殊菩薩の三ヶ所での夏安居と同と見るべきか、別と見るべきか？もし同と言うなら、時は二千七百年も隔たり、文殊は文殊、山僧は山僧である。もし別と言うなら、山僧が今年三ヶ所を歴住したことは、あまり異ならないように思われる。諸君！ここでちょうど良い一言を言い当てることができれば、確かに祖師の境地に一歩一歩と踏み入ることができ、ところかまわず法の幢を立て、縁に任せて教化導くことができるだろう。さらに頌を聞いてほしい。 かつて遊んだ仙境の地に帰り来て なおも酔う楼閣の管弦の音 傍らで見れば理はあれど雪ぐに難く 柳の巷 花の街に自由を得たり」

元旦，上堂。「昨日大覺送舊歲，今朝勝果接新年，送去迎來無彼此，幾家愁也幾家歡？」豎起拄杖，曰：「只者木上座今年三處度歲，人事總要周備，山前土地忙倒，走殺三千羯帝，直得磨笄山軒渠大笑，驚起下方城郭拜倒在地。勝果夜夢不祥……」以杖作書字勢，云：「書門大吉。」

元宵，上堂。「一燈正明，內外洞徹；千燈互照，遍界光騰。輝兮煌兮，覺悟猶迷；皎兮潔兮，似是還非。觀之則光明廓達，握之則儀表希微。無明生也，馬走千山而不輟；煩惱息也，猿停捉影之驅馳。三世諸佛、歷代祖師總在燈光裏行住坐臥，無量劫來賞玩不已。勝果今日當斯雪晴月冷之際，又怎敢被蓋囊藏？」拈拂子畫󳰊相，云：「還見麼？瑩瑩洞括無偏正，世上何人看得親？」

正黃旗拖沙哈哈番李良棟護法并甘露各房耆舊及新河眾居士請住珠林寶閣，辭眾，上堂。「冰稜上走馬，劍刃上翻身，涉奇行險，全無憑據。晴空裏閃電，白日下挑燈，聰智之士目擊心非，與麼顛蹶，豈謂良謀？今幸叢林得人，深遂養拙之志。更聽一偈：五住名藍十八春，六年京口頗艱辛，匡宗有愧輸前哲，處世無才懶乞鄰。老我幻軀霜刺鬢，慚荒道業病魔身，幸從卑願棲巖竇，飲霧餐松鶴鹿親。」

師退靜甘露珠林寶閣，遍吼上座，求懺開示，請陞座。「真心無相，罪福何由造作。至道無形，生死本無建立。恁麼會得，罪業不懺而自除，死生不離而自了。昔世尊會下有五百比丘，得四禪定、具五神通，未得法忍。各各自見往昔殺父害母及諸重罪，於自心中各各懷疑，于甚深法不能證入。於是文殊承佛神力，手執利劍持逼如來。世尊謂文殊曰：『住住，不應作逆，勿得害吾。吾必被害，為善被害。文殊師利！從本以來無有我人，於自心內見有我人，自心起時吾必被害，即名為害。』於是五百比丘自見本心如夢如幻，如夢幻中見無我人，乃至能生所生父母。於是異口同聲讚歎曰：『文殊大智師，深達法源底。自手握利劍，持逼如來身。如劍佛亦爾，一相無有二。無相無所生，是中云何殺？』」師曰：「世尊被文殊持劍相逼，直得三百六十骨節，八萬四千毛孔，一齊拋下。若非五百比丘見義勇為，假饒文殊有拔山之能，怎見掃蹤滅跡。檢點將來，好各與三十拄杖。」僧問：「茲蒙和尚懺悔開示，罪業向甚麼處去？」師曰：「阿鼻大地獄。」曰：「恁麼是懺悔耶？」師曰：「猛火著油煎。」傍有僧曰：「和尚為汝得與麼徹。」師打曰：「者就是多觜夜叉。」曰：「和尚也須防著好。」師曰：「近前來，向你道。」僧近前，師驀面唾。