---
title: "廣福山勝覺寺密印禪師語錄 · 示省凡羅居士"
description: "廣福山勝覺寺密印禪師語錄由清代僧人真傳說，弟子如暐等人編纂。該書收錄了密印禪師的開示、法語、機鋒對答及詩偈，是研究清初禪宗思想的重要文獻。其內容體現了臨濟宗的禪風，強調直指人心、見性成佛，反映了當時禪林的修行與教化實踐。此語錄在佛教史上具有較高地位，為學者探究清代禪宗發展與語錄體裁提供了珍貴史料。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmgn0u5bl0sp4jl04wbh6r3gz"
---

### 示省凡羅居士

直心向道，不假佗力，須要當人有大信根。但於二六時中裏，行住坐臥處，時時返照、切切提撕，看是甚麼道理，豁向一毛端頭覷得徹去。在聖位中亦如是，凡夫地中也亦然。所以道：「三世諸佛共法界眾生，盡是摩訶般若光。光未發時，汝等諸人向甚麼處委？」到這裏，有心莫能測，有語莫能宣，正宣雖不得，觸著又現前，管取一動一靜，便與先佛世尊圜一受用也。

> まっすぐな心で道に向かい、他力に頼らず、自らが大いなる信の根を持つことが必要です。 ただ、一日中、歩くときも立ち止まるときも座るときも寝るときも、常に自らを振り返り、しっかりと自覚を保ち、一体どんな道理なのかを見つめ、一筋の毛先の先まで見通し切ることです。 聖人の境地にあっても同じであり、凡夫の立場にあっても同じです。 だからこそ、「三世の諸仏と法界の衆生は、すべて大いなる般若の光である。その光がまだ発せられていない時、あなたたちはどこに向かって委ねるのか？」と言われるのです。 ここまで来ると、心があっても測れず、言葉があっても言い表せません。正しく言い表すことはできないけれど、触れるとまた目の前に現れます。一挙手一投足が、必ずや先の仏や世尊と一つになって享受できるのです。