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title: "一初元禪師語錄 · 上堂"
description: "一初元禪師語錄是清代禪僧一初元禪師的語錄彙編，由弟子真開、真智等人編纂。該書成於清代，反映了當時禪宗的發展面貌與修行風氣。內容主要收錄一初元禪師的開示、法語、機鋒對答及修行指導，強調明心見性、直指人心的禪宗宗旨，語言簡潔深邃，富於啟發性。作為清代禪宗重要文獻，該語錄對研究近代禪宗思想與實踐具有較高價值，是了解當時禪門宗風和師徒傳承的權威資料之一，在佛教典籍中佔有一席之地。"
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順治戊子歲，師於興善禪寺受嘉禾紳衿、諸護法并檀越、眾居士等恭請，住濮溪永正禪院。至菊月九日，進院上堂。師至法座前拈請啟云：「言言綿繡，字字珠璣，佛祖親傳之旨因茲啟發，聖凡本有之源由此顯揚。若也會得，不用參詳；如或未然，更須宣過。」維那宣畢，師指法座云：「大眾！須彌燈王如來為汝等演大法義、轉大法輪了也。若信得及，更有何事？設或未然，且聽處分。」遂陞座，拈香云：「此一瓣香，端為祝延今上皇帝萬歲萬歲萬萬歲，伏願道崇千古，德被兩儀，萬邦齊俯順，兆姓悉歡虞。」次拈香云：「此一瓣香，奉為滿朝勳貴、列郡尊官暨本山護法、遠近檀那，惟願生生培佛種，世世作金湯，同明般若正因，共證菩提妙果。」又拈香云：「此一瓣香，歷年勤苦，多載參尋，桐月菴中親遭痛棒，普明寺裡又喫鉗鎚，直得徹骨徹髓、透頂透底，專為福建建寧府普明堂上傳臨濟正宗第三十世鴛湖先師大和尚，以酬法乳之恩。」遂斂衣就座，維那白椎云：「法筵龍象眾，當觀第一義。」師震威一喝云：「如天普蓋，似地普擎，五眼莫睹，千聖難名，喚作第一義早已蹉過了也，那堪更復云觀？然雖如是，官不容針，私通車馬，還有共相證明者麼？不妨出眾與山僧相見。」僧問：「龍天推出，祝聖拈香，正恁麼時，請師舉唱。」師云：「天下太平，萬民樂業。」進云：「如是則皇恩佛德均酬也，聖解凡情總合機。」師云：「知恩有分。」進云：「秪如三聖道：『我逢人則出，出則不為人。』意旨如何？」師豎左手一指。進云：「興化道：『我逢人則不出，出則便為人。』又作麼生？」師豎右手一指。進云：「上來宗旨蒙師指，未審更有為人處也無？」師便打。進云：「然則大地眾生咸沾法雨去也。」師云：「速禮三拜。」乃云：「妙道由來絕古今，群情動止賴斯恩，昔年鷲嶺單傳旨，今日當陽普示人。」遂舉拂子召眾云：「會麼？三世諸佛以此迥超十地，歷代祖師以此拔濟四生，天地以此化育萬物，國君以此坐享太平。所以道：『天得之以清，地得之以寧，君王得之以治天下。』且道：衲僧得之又作麼生？」擊拂子云：「出群須是英靈漢，敵勝還他獅子兒。或有個聞恁麼道，忍俊不禁，管取山僧退身有分。雖然，爭奈木上座不肯放過。何也？棒頭有眼明如日，要識真金火裡看。」卓拄杖一下，喝一喝，下座。維那結椎云：「諦觀法王法，法王法如是。」謝辭不錄。

佛成道日，當湖愛吾馬居士請上堂。僧問：「世尊成道即不問，古佛陞堂事若何？」師云：「虛空作舞，萬象點頭。」進云：「十方同聚會，個個學無為，如何是無為的旨？」師云：「拈香擇火，運水搬柴。」僧禮拜，師便打。問：「明鏡高懸，靈光獨耀，祖令當機，如何舉唱？」師云：「霜風匝地寒。」進云：「秪如世尊睹星悟道，猶是眼中著屑，別有家風又作麼生？」師便打，進云：「棒頭指出無生句，大地眾生得自由。」師云：「你還得自由麼？」僧一喝，師復打，乃云：「昨宵風雨多，今日晴光布，覿面直施呈，當陽全顯露。透關人迥絕情塵，明眼漢不存意路，山頭白浪飛騰，海底紅塵彌播，舜若多無處藏身，畢陵迦吞聲飲氣。到這裡，譬如烈燄不容蚊蚋，雖然，不是一番寒徹骨，爭得梅花撲鼻香？」拂拂子，下座。

> 仏成道の日、当湖の愛吾馬居士が請じて上堂した。僧が問う「世尊の成道は問いませんが、古仏の陞堂の事は如何ですか」。師が云う「虚空が舞い、万象が首を縦に振る」。僧が進んで云う「十方が共に集まり、各々が無為を学ぶ。如何なるものが無為の宗旨ですか」。師が云う「香を拈じ火を択び、水を運び薪を搬ぶ」。僧が礼拝すると、師は直ちに打った。問う「明鏡が高く懸かり、霊光が独り耀く。祖令が機に当たる時、如何にして挙唱すべきですか」。師が云う「霜風が地に匝って寒し」。僧が進んで云う「ただ世尊が星を睹て道を悟られたこと、なお眼中に屑を着くるが如し。別に家風有るならば、又作麼生か」。師は直ちに打った。僧が進んで云う「棒頭が無生の句を指出し、大地の衆生が自由を得る」。師が云う「あなたはまだ自由を得ているか」。僧が一喝すると、師はまた打った。乃ち云う「昨晩は風雨が多く、今日は晴光が布く。覿面に直に施呈し、当陽に全く顕露す。関を透る人は情塵を迥絶し、明眼の漢は意路を存せず。山頭の白浪は飛騰し、海底の紅塵は弥播す。舜若多は身を蔵する処なく、畢陵迦は声を呑み気を飲む。ここに到りては、譬えば烈燄が蚊蚋を容れざるが如し。然りと雖も、一番の寒徹骨に非ずんば、争んでか梅花の撲鼻香を得ん」。払子を振って、下座した。

桐邑清河菴素樸、嶺梅二禪人同眾居士請上堂。僧問：「法流東土，教始西乾，桐溪亙古千百年未曾顯露，今日和尚陞座，四眾雲臻，如何得三根普潤？」師卓拄杖，云：「個個盡沾恩。」進云：「恁麼則鴛湖一滴，作浪興波也。」師云：「照顧腳下。」問：「如何是清河境？」師云：「一溪春水浸青天。」僧禮拜，師乃云：「花雨噴香，春風撲面，林間鳥語，檻外舟行，頭頭獨露真機，一一全彰至理，通方作者舉著便知，滯影迷流安能頓曉？所以道：『要明向上事，須還向上人。』南贍部洲打鼓，北俱盧洲上堂則且置，秪如當陽顯示一句又作麼生？」豎拂子，云：「鷲嶺別傳開正眼，車溪嫡派湧曹源。」下座。

> 桐邑の清河菴に、素樸・嶺梅の二禅人と諸居士が一緒に上堂を請うた。 僧が問う。「法は東土に流れ、教えは西乾に始まる。桐溪は千古百千年、未曾有に顕わさず。今日、和尚が座に上り、四衆が雲のごとく集まる。いかにして三根が普く潤うことを得んや？」 師、柱杖を卓ちて云く、「個個、尽く恩を沾む」。 進んで云く、「しからば、鴛湖の一滴、浪を作し波を興すか」。 師、云く、「脚下を照顧せよ」。 問う、「如何なるか是れ清河の境」。 師、云く、「一溪の春水、青天を浸す」。 僧、礼拝す。師、乃ち云く、「花雨香を噴き、春風面を撲つ。林間に鳥語し、檻外に舟行く。頭頭、独り真機を露わし、一一、全く至理を彰わす。通方の作者は挙すれば便ち知る。影に滞り流れに迷えば、安んぞ頓に曉り得んや。故に道う、『向上の事を明らめんと要するは、還って向上の人を須つ』と。南贍部洲に鼓を打ち、北倶盧洲に上堂するは且く置け。只如、当陽に顯示する一句、又作麼生か」。 拂子を豎てて云く、「鷲嶺の別伝、正眼を開く。車溪の嫡派、曹源を湧かす」。 座より下りる。

觀音聖誕，月如上人領桐邑君卿王居士薦親祝壽，請上堂。僧問：「如何是聞聲悟道、見色明心？」師云：「雞鳴犬吠，柳綠桃紅。」進云：「觀世音菩薩將錢買胡餅，放下手卻是饅䬦，又作麼生？」師云：「日面佛，月面佛。」進云：「恁麼則臨濟今猶在，韶陽意轉新。」拂坐具，歸眾。師云：「具眼衲僧。」問：「眼裡聞聲觀自在，耳中見色悟圓通，互用如來妙智力，未知此外更如何？」師彈指三下。進云：「秪如觀音降誕、居士慶壽又作麼生？」師云：「錦上更鋪華。」進云：「恁麼則兩彩一賽去也。」師云：「不妨靈利。」乃云：「柳綠桃紅，直示圓通面目；鐘鳴鼓響，全彰古佛家風。明明匝地普天，一一騎聲蓋色，不離動轉施為，迥絕見聞知覺。所以道：『唯有一乘法，無二亦無三。』以斯追薦宗親，以斯永延福壽，以斯拔濟群迷，以斯滋培眾善。謾說南山鱉鼻，吞卻嘉州石象；休云東海鯉魚，撞倒陝府鐵牛。脫略情塵則且止，秪如隨緣赴感一句又作麼生？」舉拂子，云：「處處彌陀佛，家家觀世音。」下座。

> 観音菩薩の降誕を祝い、月如上人が桐邑の君卿・王居士の親族供養と長寿祈願の供養会を主宰し、上堂の説法を行った。その時の問答である。 僧が問うた。「『音を聞いて道を悟り、色を見て心を明らかにする』とは、どのようなことでしょうか？」 師（月如上人）は答えられた。「鶏が鳴き、犬が吠える。柳は緑で、桃は紅だ。」 僧がさらに問うた。「観世音菩薩が銭を持って胡餅を買い、手を離すと饅頭だった、という話はどう解釈すべきでしょうか？」 師は答えられた。「日面仏、月面仏。」 僧が問うた。「それでは、臨済禅師の教えは今も生き続け、韶陽禅師（雲門文偃）の意図は新たに生まれ変わるのですね。」そう言って、坐具を振り払い、大衆の中に戻った。 師は言われた。「目のある衲僧（真の修行者）である。」 また別の僧が問うた。「眼で音を聞き、自在に観る。耳で色を見て、円通を悟る。如来の妙なる智慧の力が相互に働くというが、この他にさらに何かあるのでしょうか？」 師は指を三度鳴らされた。 僧が問うた。「では、観音菩薩の降誕を祝い、居士の長寿を祈るこの場は、どのような意味があるのでしょうか？」 師は答えられた。「錦の上にさらに花を敷くようなものだ。」 僧が問うた。「それでは、二つの慶事が一つの盛会となったのですね。」 師は言われた。「なかなか機敏だ。」 その後、師は上堂して言われた。 「柳は緑、桃は紅。これがそのまま円通の相貌を現している。鐘が鳴り、鼓が響く。これが完全に古仏の家風を顕かにしている。明らかに天地に満ち渡り、全ての音を駆け抜け、全ての色を覆い尽くす。動きや働きを離れることなく、見聞きや知識を超越している。だからこう言うのだ。『ただ一つの乗法があるのみで、二つも三つもない』と。 この功徳をもって、親族の霊を追善供養し、この功徳をもって、長寿と福徳を永遠に祈念し、この功徳をもって、迷いの衆生を救い導き、この功徳をもって、あらゆる善根を育む。 南山の鼈鼻蛇が嘉州の石象を呑み込んだとか、東海の鯉魚が陝府の鉄牛にぶつかったとか、そのようなことは言うまい。執着の塵を離れることはひとまず置こう。では、『縁に随って感応に赴く』という一句はどのようなものか？」 そこで拂子を掲げて言われた。 「処処に弥陀仏、家家に観世音。」 そう言って、説法の座を下りられた。

王店梅谿旭野禪德領伯齡徐居士請上堂。僧問：「本來無一物，未審和尚今日說個甚麼？」師便打，僧禮拜，師云：「本來無一物，你又禮拜個甚麼？」僧擬議，師復打，乃云：「即心即佛，虛空釘橛；非心非佛，眼中添屑。不是心、不是佛、不是物，曳尾靈龜猶不瞥。臨濟問佛法大意，喫六十痛棒，黃檗性命落在他人手裡；百丈再參馬祖，直得三日耳聾，始悟當機一喝。阿呵呵！也太屈。」卓拄杖，云：「個事當陽為剖決，昨日雨兮今日晴，風自涼兮火自熱。透得者，自然如虎靠山；未明底，豈免循途守轍？殊不知，人人大用現前，個個真機獨脫。」復卓拄杖一下，喝一喝。僧問：「昔有僧問巖頭：『浩浩塵中如何辨主？』頭云：『銅沙鑼裡滿盛油。』意旨如何？」師便打，僧云：「不會。」師云：「聽取一偈：銅沙鑼裡滿盛油，見徹方能得自由，有意氣時添意氣，不風流處也風流。」下座。

> 王店の梅谿・旭野禅徳が、伯齢・徐居士の請いによって上堂した。僧が問う：「本来無一物というのに、和尚は今日いったい何を説かれるのですか？」師はすぐに打った。僧が礼拝すると、師は言った：「本来無一物なら、あなたはまた何のために礼拝するのか？」僧が考え込もうとすると、師は再び打った。そして言った：「即心即仏、虚空に杭を打つが如し。非心非仏、眼中に屑を加えるが如し。心にあらず、仏にあらず、物にあらず、尾を曳く霊亀もまだ見ていない。臨済が仏法の大意を問うた時、六十の痛棒を受けた。黄檗の命は他人の手に落ちた。百丈が再び馬祖に参じ、三日耳が聞こえなくなるまでになって、はじめて当機の一喝を悟った。阿呵呵！まったくもって理不尽だ。」柱杖を立てて言った：「この事は当面して明らかに裁断する。昨日は雨、今日は晴れ渡り、風は自然と涼しく、火は自然と熱い。これを通じ得る者は、虎が山に頼るように自然である。まだ明らかでない者は、いわゆる古い道をたどり軌道を守ることを免れないだろう。人々が大用を目前に現じ、一人ひとりが真機を独自に解き放っていることを知らないのだ。」再び柱杖を立て、一喝した。僧が問う：「昔、ある僧が巖頭に問いました。『広大な世俗の塵の中で、どうやって主を見分けるのですか？』頭は『銅の砂鍋に油をいっぱい満たす』と答えました。その意味は何でしょうか？」師はすぐに打った。僧が「わかりません」と言うと、師は言った：「一つの偈を聞け。銅の砂鍋に油をいっぱい満たす、見極めて初めて自由を得る。意気がある時は意気を添え、風流でない所にも風流がある。」そして座を下りた。

浴佛日，蘭亭劉居士領眾請上堂。僧問：「未離兜率，已降王宮，未出母胎，度人已畢，為甚年年此日祝慶如來？」師云：「一番舉起一番新。」進云：「秪如世尊初生時道：『天上天下，唯我獨尊。』意旨如何？」師云：「百草頭邊春色露。」進云：「雲門道：『我當時若見，一棒打殺與狗子喫，貴圖天下太平。』又作麼生？」師云：「知恩解報恩。」進云：「恁麼則臨濟家風今尚在，萬古徽猷正此看。」師云：「眼中著屑。」僧禮退，問：「法筵大啟，四眾雲臻，向上宗風如何舉唱？」師云：「石人頭戴金冠子。」僧禮拜，師便打，乃云：「適來禪者恁麼問，山僧如是答，若也知得落處，便見釋迦老子未離兜率，已降王宮，未出母胎，度人已畢；如或未然，莫怪雲門大師道：『我當時若見，一棒打殺與狗子喫，貴圖天下太平。』秪如釋迦老子纔生下地，便乃露布大人境界，真所謂天中之天、聖中之聖。然則檢點將來，正如嚼飯餧嬰孩，未免傍觀者哂。比若雲門大師正令當行，直得乾坤失色、日月無光，也是為他閒事長無明，要且未見釋迦老子。諸仁者！且道山僧今日恁麼拈提，還見釋迦老子麼？聽取一偈：『一回舉起一回新，百億須彌百億身，杓柄拈時獅子吼，龍泉沐處象王嚬。千林慧日添光彩，大地恩濤滌垢塵，稽首釋尊無上士，恒河沙劫莫能陳。』」喝一喝，下座。

> 浴仏の日、蘭亭の劉居士が大衆を率いて上堂を請うた。僧が問う：「まだ兜率を離れずして、すでに王宮に降り、まだ母胎を出でずして、度人すでに畢わる。なぜ毎年この日に如来を祝慶するのか？」師、云く：「一度挙起すれば一度新たなり。」進んで云く：「ただ世尊が初めて生まれし時、『天上天下、唯我独尊』と道えり。意旨いかん？」師、云く：「百草の頭の辺り、春色露わる。」進んで云く：「雲門道わく、『我もしその時見ば、一棒打殺して狗子に喰わしめ、貴図天下太平ならん。』また作麼生？」師、云く：「恩を知りて恩を解報す。」進んで云く：「恁麼ならば則ち臨済の家風いま尚在り、万古の徽猷まさに此に見る。」師、云く：「眼中に屑を著く。」僧、礼して退く。問う：「法筵大いに啓き、四衆雲のごとく臻る。向上の宗風、いかが挙唱せん？」師、云く：「石人、頭に金冠子を戴く。」僧、礼拝す。師、すなわち打つ。乃ち云く：「さきほどの禅者、恁麼に問い、山僧かくのごとく答う。もし落処を知得せば、すなわち釈迦老子の未だ兜率を離れずして、已に王宮に降り、未だ母胎を出でずして、度人已に畢わるを見ることを得ん。もし未だ然らざれば、雲門大師の道わく『我もしその時見ば、一棒打殺して狗子に喰わしめ、貴図天下太平ならん』を怪しむことなかれ。ただ釈迦老子のまさに生下せし時、すなわち大人の境界を露布す。まことに天中の天、聖中の聖というべし。しかれどもこれを検点すれば、まさに飯を嚼んで嬰孩に餧うがごとし。免れず傍観者の嗤うところあらん。これに比して雲門大師の正令まさに行わるる時、直に乾坤色を失い、日月光なからしむ。これも彼のために閒事長無明なり。要するに未だ釈迦老子を見ず。諸仁者よ！かつて山僧いま恁麼に拈提せり。また釈迦老子を見ることを得んや？一偈を聴け：『一回挙起一回新たなり、百億須弥百億身、杓柄拈ずる時獅子吼、龍泉沐するところ象王嚬。千林の慧日光彩を添え、大地の恩濤垢塵を滌う。稽首して釈尊無上士、恒河沙劫も陳ぶること莫し。』」一喝す。下座す。

師於壬辰仲春，當湖檀越完初羽生、民開屠居士、護法爾明、滌凡劉居士等，并耿惟上座，請住竺隱禪院。

> 師は壬辰年の仲春、当湖の檀越である完初羽生居士、民開屠居士、護法の爾明居士、滌凡劉居士ら、ならびに耿惟上座の請いにより、竺隠禅院に住することとなった。

上堂。僧問：「途中消息則不問，陞堂一句請師宣。」師云：「杲日正當天。」進云：「恁麼則善信咸欽仰，宗風遍大千。」師云：「闍黎分上又作麼生？」僧一喝，師打，云：「也須喫棒。」耿惟上座問：「遠蒙法駕，大地沾恩，箭鋒相拄即不問，道同氣合事如何？」師云：「山僧拖犁，闍黎拽耙。」進云：「如是則水中有鹹味，色裡著膠青。」師云：「知心能幾人？」進云：「粉骨碎身未足酬，一句了然超百億。」師打，云：「且道這一棒是賞你？罰你？」惟禮拜，師乃云：「花笑春風，格外真規頓現；漁歌曲水，就中消息全彰。向上拈提，不礙通人唱和；隨宜施設，何妨達者商量？寒時添衲，熱則披襟，休云覓火和煙得；飢來喫飯，倦即噇眠，莫道擔泉帶月歸。握一拳，大千香水海攝盡無餘；舒一掌，百億須彌盧拈來有據。所以道：『大人得大機，大智得大用。』設或情塵未脫、翳眼猶存，正如霧鎖長空，何止鄉關萬里？秪如今日山僧到此，耿惟上座同眾居士乞余陞座，且道是向上拈提？是隨宜施設？」舉拂子，云：「相識滿天下，知心能幾人？」下座。

> 上堂の説法。僧が問う：「途中の消息は問いません。堂に昇っての一句、どうか和尚がお示しください。」師が言う：「杲日正に天に当たる。」僧がさらに進む：「それならば善信みな欽仰し、宗風は大千に遍し。」師が言う：「闍黎の分上では、いかがか。」僧が一声喝する。師が打ち、言う：「やはり棒を喰らうべきだ。」耿惟上座が問う：「遠く法駕を蒙り、大地が恩を浴びます。箭鋒相拄は問いませんが、道同じく気合う事は如何？」師が言う：「山僧は犁を引き、闍黎は耙を曳く。」僧が進む：「それならば水中に鹹味有り、色裏に膠青を著く。」師が言う：「心を知る者は幾人か。」僧が進む：「粉骨碎身も報いるに足らず、一句了然として百億を超える。」師が打ち、言う：「且く道え、この一棒は汝を賞するのか、罰するのか。」惟が礼拝する。師、乃ち言う：「花は春風に笑い、格外の真規が頓に現れる。漁歌は水に曲し、就中の消息が全く彰らかになる。向上に拈提しても、通人の唱和を妨げず。宜しきに随って施設しても、達者の商量を何ぞ妨げん。寒ければ衲を添え、熱ければ襟を披く。火を求め煙と共に得ると言うなかれ。飢え来たれば飯を喰い、倦めば即ち噇眠す。泉を担い月と共に帰ると言う莫れ。一拳を握れば、大千香水海も摂尽して余すこと無し。一掌を舒べれば、百億須彌盧も拈来して拠り所有り。故に道う：『大人は大機を得、大智は大用を得る』と。設い或いは情塵未だ脱せず、翳眼なお存せば、正に霧の長空を鎖すが如く、何ぞ郷関の万里に止まらん。只だ今、山僧此に到り、耿惟上座が衆居士と共に余に陞座を乞う。且く道え、是れ向上の拈提か、随宜の施設か。」拂子を挙げて言う：「相識は天下に満つとも、心を知る者は幾人か。」座を下りる。

當湖西林禪院自天碩德同雪林沈居士等請上堂。僧問：「腳跟點地即不問，鼻孔撩天時如何？」師打，云：「一串穿卻。」進云：「一枝無孔笛，吹出太平歌。」師云：「閒言語。」乃舉：「靈雲悟道頌：『三十年來尋劍客，幾番落葉又抽枝。自從一見桃花後，直至如今更不疑。』玄沙道：『諦當，甚諦當？敢保老兄未徹在。』」師云：「靈雲觸目知機，正是眼中著屑；玄沙見兔放鷹，翻成節外生枝。若道靈雲是，則辜負玄沙；若道玄沙是，又埋沒靈雲。且道畢竟如何？」遂喝一喝，云：「謾說超方眼，休誇劫外春。」下座。

師於竺隱禪院，甲午七月，首座沖默、監院無能同眾檀護請歸永正。誕日，上堂。僧問：「父母未生前，請師道一句。」師云：「未問已前答汝竟。」進云：「世尊降誕，地湧金蓮，和尚生日，有何祥瑞？」師云：「今日眾居士請山僧陞座。」進云：「恁麼則斷橋嫡脈流千古，臨濟宗風萬派傳。」師云：「速禮三拜。」問：「節屆中元桂魄迥，金風拂座雨花新，籌添海屋恒無盡，不惑筵開作麼生？」師打，云：「分明看取。」進云：「壽山疊疊千峰翠，福海淵淵萬派清。」師云：「上座眉毛在甚麼處？」進云：「法雨彌施塵界外，現前無有不沾恩。」師便打。問：「香雲飄渺，常開不老之春；龍象班齊，永祝無疆之壽。和尚福壽彌天，學人頓超十地，爭如兩彩一賽？如何是四十而不惑？」師卓拄杖，云：「汝還信得及麼？」進云：「無弦琴子師彈妙，格外知音更有誰？」師云：「未敢相許。」進云：「泥牛海底啣珠走，不被東君把鼻穿。」師打，云：「爭奈老僧何？」乃云：「說心說性，那堪播上揚塵？舉古舉今，豈更添枷著杻？山僧今日也不說心說性，也不舉古舉今，使個個迥超情解，人人脫略見聞，遇茶喫茶，遇飯喫飯，要坐便坐，要行便行。所以，山僧昔于竺隱嘯月吟風，攜笻緩步，對青山靜聽濤聲貫耳；今歸永正，髼頭跣足，養病放憨，消白晝閒看野色迎眸。有時日影重重，鼻息鼾鼾貪睡穩；有時爐煙裊裊，茗香馥馥煮泉清。任他人情迭變，世事多更，蛇吞大象，鼠竭滄溟。然雖如是，且道：山僧今值四旬母難之晨，眾檀護虔請陞座，又作麼生施設？」卓拄杖，云：「還委悉麼？一句了然超百億，虛空湧出鐵崑崙。」喝一喝，下座。

金門尤氏薦夫請上堂。僧問：「霜花遍地，黃葉飄空，尤氏安入虔誠懇請。如何是薦夫一句？」師云：「香雲呈寶蓋，玉炬綻金蓮。」進云：「恁麼則天上有星皆拱北，人間無水不朝東。」師便打，進云：「現存俱獲益，亡者得生天去也。」師云：「速禮三拜。」僧問：「懇乞宣揚微妙法，薦亡一句事如何？」師云：「須彌𨁝跳。」進云：「恁麼則亡靈歸極樂，現在亦歡娛。」師云：「也虧闍黎委悉。」僧禮拜，師一喝，乃云：「靈光獨耀，至理全彰，頭頭顯般若妙門，一一示涅槃心印，明明絕覆藏，明明無向背，如杲日麗于中天，似太虛涵乎萬象，拯群迷于既形之後，拔諸有于未兆之前，木馬嘶風裂破銀山鐵壁，泥牛吼月豁開金鎖玄關，乃佛乃祖共演斯宗，是聖是凡咸歸此地，所以云：『心同虛空界，示等虛空法，證得虛空時，無是無非法。』雖然，且道守田金公畢竟如何超脫？」乃豎拂子，云：「天人群生類，皆承此恩力，日午打三更，夜半金烏赤。」拂一拂，下座。

監院斷愚智公捐資啟建山門，請上堂。師拈拄杖，云：「門牆建立，全歸監院之功；僧眾安寧，必仗伽藍之祐。接青龍而喜慶聯綿，拱太陽而惡星殞伏。直使天神贊善，四方八面總皈依；雲水交參，十聖三賢俱及第。且道正恁麼時作麼生？」卓拄杖，云：「普請大家齊著力，從教泉石永增輝。」下座。

振羽錢居士重裝中尊大佛開光，請上堂。師舉拂子云：「虛空閃爍，大地輝煌，度生濟物，即此恩光。大眾會麼？」遂震威一喝。監院斷愚智公問：「寶相重裝，金身復煥，秪如施主錢逵未審得何利益？」師拈拄杖云：「一莖草上現瓊樓。」智云：「恁麼則功不浪施去也。」師云：「也賴闍黎親著力。」智呈坐具云：「全身當奉重，四眾盡沾恩。」師云：「更須出一頭地。」智一喝便禮拜，師云：「寒灰當發燄，枯木也花開。」卓拄杖一下，下座。

元旦，大佛開光，監院斷愚智公同守府聖芝吳居士并眾信請上堂。僧問：「三世如來二十五年通身泥水，今日紫金光聚，烜赫當陽，四眾雲集，願聞法要，未審和尚如何宣示？」師拈起拄杖，云：「不是苦心人不知。」進云：「如是，則人人增福慧，個個獲圓明。」師云：「且喜非分外。」進云：「智鏡高懸千古耀，真燈永著萬年光。」師云：「梅花香遍處，徹骨自幽清。」僧禮退，問：「佛身充滿於法界，普現一切群生前，隨緣赴感靡不週，而恒處此菩提座。」請問和尚：「如何是金佛不度爐？」師云：「煆他不得。」進云：「三世諸佛向火燄裏轉大法輪，如何是木佛不度火？」師云：「燒他不著。」進云：「化人問幻士，谷響答泉聲，欲識吾宗旨，泥牛水上行。如何是泥佛不度水？」師云：「浸他不爛。」進云：「不是心、不是佛、不是物，如何是真佛內裏坐？」師云：「無限癡人向外求。」僧呈坐具，云：「是金佛耶？木佛耶？泥佛耶？真佛耶？」師云：「闍黎試分析看。」僧打圓相，云：「是度爐耶？度火耶？度水耶？內裏坐耶？」師云：「正要你著眼。」進云：「諸佛已蒙師指示，向上宗乘事若何？」師便打。進云：「恁麼則放大光明，照天照地去也。」師云：「也要大眾知恩。」僧禮拜，師豎拂子，云：「豁開宇宙迥雙眸，廓徹靈明大地週，惟我獨尊全體現，河沙法界一毫頭。是以，聖凡共稟其常，巨細全承其力，不增不減，無欠無餘，巍巍乎、蕩蕩乎、輝輝焉、晃晃焉，諸佛因之而出世，祖師繼之而敷演，眾生依之而解脫，殊品藉之而生長，故虛空本之而包括，天地得之而覆載，日月由之而照臨，國王體之而安泰，百官秉之而榮顯，庶民賴之而成立，衲僧據之而開廓，人天正眼總持無量義門，直得百億須彌盧𨁝跳，大千香水海翻騰。然雖如是，威音王已前一句則且置，秪如今日大佛開光又作麼生？」以拂子打圓相，云：「慈光普覆無私鑒，福被群情萬象新。」下座。

普明鴛老和尚忌日，上堂。眾問答畢，師乃卓拄杖，云：「吾師本是法中王，短劫長年詎可量？莫謂虛空曾殞跡，休云日月已含光。四生普為開真際，三界咸能演妙常。面目儼然無變易，人間天上示無雙。」復卓拄杖一下，云：「大眾見麼？」喝一喝，下座。

長水退菴栴檀觀佛開光，監院斷愚智上座、檀越敬泉沈居士請上堂。師云：「挾泰山，逾北海，豈稱好手？攪長河為酥酪，未是作家。直須穩坐道場而福應群機，不動舌根而化滿天下，且道是甚麼人？」舉拂子，云：「會麼？金容普現週沙界，聖德無窮度有情，海印發光親按指，塵勞先起憫眾生。剔除翳目超生死，點破空華徹我人，魔外皈依恩被廣，天龍恭敬道弘深。靈山會上傳真脈，雞足峰前續慧燈，一段常光曾不昧，人間天上獨為尊。大眾！既是一段常光曾不昧，且道用開作麼？」以拂子作點勢，云：「當陽指出無餘事，秪要舍靈獲本明。」下座。

建彌勒殿上樑，眾檀護請上堂。眾問答畢，師乃云：「闢景溪之秀麗，振永正之家風，集檀那之福勝，顯佛祖之真宗。大眾且道：承誰恩力？」卓拄杖一下，云：「人天憑覆蔭，三界獨高崇。」喝一喝，下座。

佛歡喜日，斷愚智公報薦祖親，請上堂。問：「今日正當諸佛歡喜，虔請和尚說法度亡，如何得一門超出？」師卓拄杖一下，云：「頓入此中來。」進云：「祖親蒙指示，立地證無生去也。」師云：「直須慶幸始得。」智一喝，便禮拜。師乃舉拂子，云：「欲報祖親酬罔極，惟憑顯此如來力，最尊最勝大雄慈，世出世間無等匹，豎窮三際莫能量，橫亙十方安可測？秪緣隨類度群迷，示現其身千百億，虛空湧出寶蓮臺，遍界全彰光赫奕，鐵圍粉碎黑山摧，地獄頓消諸苦息，河沙剎海悉蒙恩，六趣四生俱獲益。」良久，云：「六趣四生既俱獲益，且道小山金公、俞氏安人、成丹處士、唐氏淑人又作麼生？」復舉拂子，云：「共蹈毘盧頂，時聞正法音。」喝一喝，下座。

師五旬誕日，法姪三塔主峰禪師、文學羅子先、別駕項牧公、本鎮護法守府吳聖芝居士等，并桐邑許全茂眾信請上堂。師拈新法衣示眾云：「須彌納芥，錦上鋪花，從真實心中流出將來，於如來藏裡當陽顯示。巧施玉線、密布金針則且置，正恁麼時一句作麼生道？檀那增福慧，佛日永光華。」

佛前。拈香云：「佛真法身，猶若虛空，應物現形，如水中月。古人恁麼道，元上座即不然，佛真法身，無物可喻，萬德彌彰，洪慈普利。」喝一喝，遂展拜。

祖師前。拈香云：「西天四七，東土二三，直下至我普明先師老和尚六十有七，這一隊老漢今日被元上座將他鼻孔扭作一團，拋向當陽，直得盡虛空、遍法界，七花八裂，為瑞為祥，令大地眾生一個個𡎺著磕著。阿耶！阿耶！聊伸供養。」遂插香禮拜。

陞座。僧問：「楚之南有榠欞者，以五百歲為春、五百歲為秋；上古有大椿者，以八千歲為春、八千歲為秋。擬師壽量，未審相去多少？」師云：「更向那邊看。」進云：「恁麼則越聖超凡恒不易，森羅齊拱法中王。」師云：「禮拜著。」僧一喝，師便打。進云：「當陽一句無私語，粉骨難酬佛祖恩。」師復打。問：「彈指圓成八萬門，剎那超越三祗劫。請問和尚：如何是一為無量？」師云：「森羅萬象。」進云：「變大地作黃金，攪長河為酥酪。如何是無量為一？」師云：「萬象森羅。」進云：「塵沙劫又塵沙劫，數盡塵沙劫未休。欲拈一句祝師壽，不知將底報宗猷？」師云：「也只道得一半。」進云：「只有天在上，更無山與齊。」師便打。僧擎坐具繞一匝，云：「恁麼則實掌不足為壽，趙州難並其年。」師云：「闍黎不妨讚歎。」乃云：「金剛正體，遍徹十虛；般若靈鋒，迥超情棘。淨裸裸，莫可躋攀；光現現，徒勞妄測。是以，堂堂大用，耀古騰今；赫赫圓機，騎聲蓋色。故乃，釋迦老祖未離兜率，已降王宮；未出母胎，度人已畢。」豎拂子，云：「若向這裏見得，鷲嶺端不拈花；如其更或躊躕，少室翻成面壁。頭頭杲日麗天，一一真風壁立。雖然如是，秪如今日諸大護法并諸法姪光臨為山僧五旬初度作麼生？」良久，云：「且喜相看非外客，都來盡是個中人。」拂拂子，下座。