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title: "破山禪師語錄 · 示字水禪人"
description: "破山禅师语录是清代临济宗高僧海明禅师的言行录，由弟子印正等人编集，印峦等辑录年谱，印绬等编纂。海明禅师生活于明末清初，身处社会动荡时期，他继承并发展了临济宗风，以棒喝峻烈、禅风朴实著称。语录内容涵盖其开示、法语、机缘对答及年谱，全面展现了其禅法思想和修行实践。作为明清之际禅宗重要文献，该书对研究临济宗传承、明清佛教史及禅学思想具有重要价值，是了解当时禅宗风貌的核心典籍之一。"
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### 示字水禪人

> 示字水禅人

字水拙公同吾川北人也，正所謂同條生不同條死。渠往南遊歷諸講肆，而滑口頭露布有年，聞吾儕豎剎竿江南福城，而又歸蜀萬峰，則兩慕之心始適於是，躍然頂笠而來，泛識門墻，無非聚一夥禿居士相習打鬧其志，疑信半著，又經一載，自去黑山鬼窟搬弄幾番，稍通口氣，聆予遷中慶而特特破家散宅來入者箇保社，著予腳手大放憨睡。饑餐渴飲盡是本地風光，咳唾掉臂全彰殺活機柄。迴視，十年前殘羹餿飯、糞袋糟囊，悔何可及？予以憫念未息，走北奔南，缽袋子無著落處，拙公亦可代擔。第慮力猶未充，且付法語佳志，異日撞頭磕額，兩手分付，一任東賣西弄，出吾儕醜也。勉旃，勉旃。

> 拙公は、字を水拙といい、我々と同じ川北の出身である。いわゆる同じ所に生まれながら、同じように生き死にすることはないという縁である。彼は南へ赴き、諸々の説法の場を巡り歩き、滑らかな舌先で得た教えを長年にわたって披露してきた。我々が江南の福城に寺を建立したと聞き、また蜀の萬峰に帰ったとも聞いて、二つの憧れがようやく合致し、喜び勇んで笠をかぶってやって来た。門をくぐって知り合ったのは、皆、頭を剃った在家の者たちで、互いに打ち興じる仲間だった。その志は半ば信じ半ば疑うという状態で、また一年が過ぎた。その後、自ら暗黒の迷いの世界に出入りして幾度も苦労を重ね、ようやく教えの一端を会得した。私が中慶に移ったと聞くと、特に家を潰し財産を散じても構わず、この教団に入って来た。私の指導のもと、大いに伸び伸びと眠るようにして修行に励んだ。飢えれば食べ、渇けば飲む、その全てが本来の悟りの境地であり、せきや唾、腕を振るう仕草の一つ一つに、生殺与奪の働きが現れている。振り返って見れば、十年前の粗末な食べ物や、汚れきった袋のような生活が、悔やんでも悔やみきれない。私は哀れみの心がまだ消えず、北へ走り南へ行くうちに、托鉢の袋の置き所も定まらない。拙公にも代わりにその重荷を担ってもらってよいだろう。ただ、その力がまだ十分でないことを案じ、手短な法の言葉を贈って志を伝えることにした。いつの日か頭をぶつけ合うような機会があれば、両手で全てを渡し、東で売り西で振り回すも任せよう。それが我々の仲間の面目を開くことになるだろう。努めよ、努めよ。