---
title: "佛冤禪師語錄 · 源流拈頌"
description: "佛冤禅师语录是清代临济宗高僧佛冤彻纲的言行记录由弟子性纯等人编撰依驹本印行佛冤禅师活跃于清初主要弘扬临济宗禅法其语录内容涵盖上堂说法机缘问答示众法语等生动体现其禅风与接引手段在佛教史上该书是研究清初禅宗特别是临济宗法脉传承与禅学思想的重要文献对于了解当时禅林的实态与禅法流变具有较高价值"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmgn0ythq1c5ojl040wy41sg2"
---

## 佛冤綱禪師語錄卷第九

> 佛冤綱禅師語録 巻第九

嗣法門人覺知編

> 嗣法門人覚知編

### 源流拈頌

> 源流拈頌

第一世南嶽讓禪師，詣曹溪參六祖。祖問：「甚處來？」師曰：「嵩山來。」祖曰：「什麼物恁麼來？」師無語。遂經八載，忽然有省。乃白祖曰：「某甲有個會處。」祖曰：「作麼生會？」師曰：「說似一物即不中。」祖曰：「還假修證也無？」師曰：「修證即不無，污染即不得。」祖曰：「即此不污染，諸佛之所護念。汝既如是，吾亦如是。」

> 第一世南嶽の讓禪師は、曹溪に赴いて六祖に參じた。祖が問うた：「どこから來たのか？」師は言った：「嵩山から來ました。」祖が言った：「何ものかが、そのように來たのか？」師は言葉を失った。それから八年が過ぎ、忽然として悟りを得た。そこで祖に告げた：「私には、會得したところがございます。」祖が言った：「どのように會得したのか？」師は言った：「一つの物として言い表すならば、それは當たらないのです。」祖が言った：「それでも、修行や證得を要するのか？」師は言った：「修行や證得はないわけではありませんが、汚れに染まることはできません。」祖が言った：「まさにこの汚れなきことこそ、諸佛が護り念じるところである。お前がすでにこのようにあるならば、我もまたこのようにある。」

拈云：「什麼物恁麼來？貪他一粒米，失卻半年糧。說似一物即不中，也是水裏捺葫蘆。直眼看來，一個嬴乖，一個賣俏。當時綱上座若遇，總與推倒。」頌曰：

> 拈って云く：「何物か、かくの如く来る？彼の一粒の米に貪れば、半年の糧を失う。一物に似たりと説くも即ち中らず、これも亦た水の中に葫蘆を捺すが如し。直眼に来たれば、一人は狡く、一人は色気を売る。その時、綱上座もし遇わば、総て与に推し倒さん。」頌して曰く：

「甚麼物也恁麼來？眼瞠瞠地夢初回，𪂶𪂶枝上癡懵懂，潭底游魚鼓鬣腮。石火光中從覓步，空華影裏著形骸，打動關鍵並閫奧，頂門眼迸徹天開。」

> 「何の物が、こんなにもやって来たのか？目を見開いたまま、夢からようやく覚めたばかりだ。枝の上でじっとしている鳥は、ぼんやりと愚かで、潭の底を泳ぐ魚は、ひれをぱたつかせている。石から出る火の光の中に、あえて歩みを探し、空に咲く花の影の中に、姿を映す。要の鍵を打ち開き、奥義の深みに至れば、頭頂の目が鋭く開き、天を突き抜けて広がるのだ。」

第二世馬祖一禪師。衡嶽山中習坐禪，讓師知是法器，到山問曰：「坐禪圖作甚麼？」師曰：「圖作佛。」讓乃取一磚于石上磨，師曰：「磨作甚麼？」讓曰：「磨作鏡。」師曰：「磨磚豈得成鏡？」讓曰：「磨磚既不成鏡，坐禪豈得成佛？」師曰：「如何即是？」讓曰：「如牛駕車，車若不行，打車即是？打牛即是？」師無對。讓示偈曰：「心地含諸種，遇澤悉皆萌。三昧華無相，何壞復何成？」師蒙開示，心意豁然。

> 第二世馬祖道一禅師は、衡嶽の山中で座禅を修行されていました。懐譲禅師は彼が仏法の器であると見抜き、山にやって来て尋ねました。「座禅をして、いったい何を成し遂げようとするのか？」 馬祖禅師が「仏になるためです」と答えると、懐譲禅師は一枚の煉瓦を取り出して石の上で磨き始めました。 馬祖禅師が「それを磨いて何になさるのですか？」と尋ねると、懐譲禅師は「鏡にするのだ」と答えました。 馬祖禅師が「煉瓦を磨いて鏡になるはずがありません」と言うと、懐譲禅師は「煉瓦を磨いても鏡にならないのなら、座禅をしてもどうして仏になれるだろうか？」と返しました。 馬祖禅師が「では、どのようにすればよいのでしょうか？」と尋ねると、懐譲禅師は言いました。「牛が車を引いているとしよう。車が進まないとき、車を打つべきか、牛を打つべきか？」 馬祖禅師は答えられませんでした。 懐譲禅師は偈を授けました。「心の地は種をすべて含み、潤いを得てすべて芽吹く。三昧の花は相なく、何が壊れ、何が成るというのか？」 この教えを受けて、馬祖禅師の心は晴れやかに開けました。

拈云：「南嶽當時若是有斤兩底，不消焦磚打凍，看他坐到何日休歇？馬駒慎初是個性燥者，得舉至打車即是、打牛即是，劈胸一踢，使他阿㖿阿㖿，急問云：『車牛聻？』縱有三首六臂，直教奔頭無路。綱上座恁麼數他門戶，眼裏有筋麼？也秖是使長柄杓溪邊舀水，便宜個不句腰。」頌曰：

> 拈って言う。「南嶽は当時、もし本物の力量を持っていたなら、焦げた煉瓦で凍りを打つまでもなく、彼がいつまで坐り続けるのかを見ていただろう。馬駒は確かに短気な者だったが、その話を聞いて『車を打つのか、牛を打つのか』と問い、胸を真っ向から蹴って、彼に『ああっ、ああっ』と言わせ、急いで問うた『車か牛か？』と。たとえ三つの頭と六つの腕があっても、逃げ場を失わせるだろう。綱上座はこのように彼の家風を数え立てるが、その目には筋があるのか？ただ長い柄の杓で川辺の水をすくうようなもので、腰を曲げずに済むだけのことだ。」頌して曰く。

「坐禪作佛幾經秋，磚子纔提漏半兜。若不長安跨戰馬，太平那得定戈矛。」

> 坐禅を組んで仏になろうとしたのは、幾度目の秋だろうか。瓦を磨いて鏡にしようとしたが、結局は無駄な努力に終わった。もしも長安で戦馬にまたがることがなければ、太平の世にどうして武器を収めることができただろうか。

第三世百丈海禪師。參馬祖，侍祖行次，見一群野鴨飛過，祖曰：「是什麼？」師曰：「野鴨子。」祖曰：「甚處去也？」師曰：「飛過去也。」祖遂搊師鼻，負痛作聲。祖曰：「又道飛過去也。」師于言下有省。次日，祖陞堂，眾纔集，師出卷卻席，祖便下座。師隨至方丈，祖曰：「我適來未曾說話，汝為甚便卷卻席？」師曰：「昨日被和尚搊得鼻頭痛。」祖曰：「汝昨日向甚處留心？」師曰：「鼻頭今日又不痛也。」祖曰：「汝深明昨日事。」

> 第三世百丈懷海禪師が馬祖道一禪師に參じていた時のことである。ある日、馬祖に隨行していると、一羣の野鴨が飛び過ぎるのが見えた。馬祖が言った。「あれは何だ？」。百丈は答えた。「野鴨です。」。馬祖が言った。「どこへ行ったのか？」。百丈は答えた。「飛び去りました。」。すると馬祖は百丈の鼻をつまみ上げた。百丈は痛さに聲を上げた。馬祖は言った。「また『飛び去った』と言うのか。」。この言葉を聞いて、百丈は何かを悟った。 翌日、馬祖が説法のために高座に上がると、大衆がちょうど集まったところで、百丈が座を立ち上がり、座布団を卷き取ってしまった。すると馬祖は黙って高座を下りた。百丈はその後を追って方丈にやって來た。馬祖が言った。「私はまだ何も話していないのに、なぜお前は座布団を卷き取ったのか？」。百丈は答えた。「昨日、和尚に鼻をつままれて痛かったのです。」。馬祖が言った。「お前は昨日、どこに心を留めていたのか？」。百丈は答えた。「鼻の痛みは今日はもうありません。」。馬祖は言った。「お前は昨日のことを深く悟っている。」

拈云：「百丈一個完全底鼻孔，活活被馬祖穿卻，還道今日不疼。咄！」頌曰：

> 拈って云く、「百丈の完全なる鼻孔、生きたまま馬祖に穿たれてしまった。それでも今日は痛くないと言うのか。咄！」

「無事閒來暢野情，舉穿楊箭中飛禽。一回贏得忙收席，泥水忽忽轉更深。」

> 何の用事もなく、のんびりと野原の風景を楽しんでいる。手に取った矢を放てば、飛んでいる鳥に見事に命中する。ひと勝負終えて、忙しく座を片付けると、いつの間にか泥水の中、時間はさらに深くなっていくのだ。

第四世黃檗運禪師。參馬祖，值祖遷化，時百丈廬于墓側，師乃請問丈平日得力句，丈舉再參因緣，言：「老僧被馬祖一喝，直得三日耳聾。」師聞舉，不覺吐舌。丈云：「子已後莫承嗣馬祖去麼？」師曰：「不然。今日因師舉，得見馬祖大機大用，然且不識馬祖；若嗣馬祖，已後喪我兒孫。」丈云：「如是，如是。見與師齊，減師半德；見過于師，方堪傳授。子甚有超師之見。」

> 第四世黃檗運禅師は、馬祖のもとを訪ねたが、ちょうど馬祖が遷化された後だった。その時、百丈は墓の側で喪に服していた。師は百丈に「日頃、どのような言葉を力とされていたのですか」と尋ねた。百丈はかつて二度目の参禅の因縁を挙げて言った。「私は馬祖に一度喝されただけで、三日間耳が聞こえなくなってしまった。」師はこの話を聞いて、思わず舌を出した。百丈が言った。「あなたは今後、馬祖を継承するつもりか。」師は言った。「いいえ、違います。今日、あなた様がこの話を挙げてくださったおかげで、馬祖の大きな働きと大きな用を目の当たりにしました。しかし、馬祖自身はまだ識っておりません。もし馬祖を継承するならば、後に私の子孫を失うことになるでしょう。」百丈は言った。「その通り、その通りだ。見解が師と同じなら、師の徳の半分を減ずることになる。見解が師を超えてこそ、ようやく伝授に値する。あなたは実に師を超える見解を持っている。」

拈云：「大似忤逆子聞雷，心蘇膽碎。雖然如是，溪前浪大風生急，山畔寒多日送遲。」頌曰：

> 拈って云く：「大いに逆賊の子が雷を聞くが如く、心は蘇り胆は碎ける。然りと雖も、溪の前には浪大く風生じて急なり、山の畔には寒多く日送るに遲し。」頌して曰く：

「賣俏阿郎買帽端，一竿打水徹魚寒。家私不減兒孫喪，大海從教舌攪乾。」

> 色っぽい男が帽子を買いに行く、竿で水を打てば魚まで冷える。財産は減らずとも子や孫は亡くなる、大海を舌でかき混ぜて干上がらせるがいい。

第五世臨濟玄禪師。在黃檗會下時，睦州為首座，勉令問佛法的的大意，檗便打。如是三問，三度被打，遂辭檗。檗令參大愚，愚問：「甚處來？」師曰：「黃檗來。」愚曰：「黃檗有何言句？」師舉前話，復曰：「不知某甲有過無過？」愚曰：「黃檗恁麼老婆心為汝徹困，猶覓過在。」師于言下大悟，云：「元來黃檗佛法無多子。」愚搊住曰：「者尿床鬼子！適來道有過無過，如今又道佛法無多子，見個甚麼道理？速道！速道！」師便向大愚肋下築三拳，愚拓開曰：「汝師黃檗，非干我事。」師回黃檗，檗曰：「來來去去，有甚了期？」師曰：「秖為老婆心切。」檗曰：「大愚饒舌，待來痛與一頓。」師曰：「說甚待來？即今便打。」隨後便掌，檗曰：「者風癲漢來者裏捋虎鬚。」師便喝，檗曰：「侍者！引者風癲漢參堂去。」

> 第五世臨済玄禅師は、黄檗禅師の門下にいた時のことです。睦州が首座で、玄禅師に仏法の大意を問いに行くように勧めました。問いに行くと、黄檗禅師はすぐに打ちました。三度問い、三度打たれました。そこで玄禅師は黄檗のもとを辞そうとしました。黄檗は大愚のもとへ行くように指示しました。大愚が尋ねました。「どこから来たのか。」玄禅師は「黄檗のもとから来ました。」と答えました。大愚は「黄檗は何か言っていたか。」と聞きました。玄禅師は先ほどの出来事を話し、「自分に過ちがあるのかないのか分かりません。」と言いました。大愚は言いました。「黄檗はお前のために、まるで老婆のように心を尽くして、お前の迷いを晴らそうとしたのだ。それなのに、まだ過ちを探しているのか。」この言葉を聞いて、玄禅師はたちまち大悟し、「なるほど、黄檗の仏法は、そんなに多くはなかったのだ。」と言いました。大愚は彼をぐっと掴んで言いました。「このおねしょ坊主め！さっきは過ちがあるかないかと言っていたのに、今度は仏法は多くないと言う。いったい何を悟ったのか。さあ言え！さあ言え！」玄禅師はすぐに大愚のわき腹を三度拳で打ちました。大愚は彼を押しのけて言いました。「お前の師匠は黄檗だ。私の関わることではない。」玄禅師は黄檗のもとに戻りました。黄檗は言いました。「来たり去ったりして、いつになったら終わるのだ。」玄禅師は「ただ老婆心が切実だったからです。」と答えました。黄檗は言いました。「大愚が余計なことを言いおって。奴が来たら、ひどく痛めつけてやろう。」玄禅師は言いました。「来るのを待つことなどありません。今すぐ打ちなさい。」そしてすぐに手を打ちました。黄檗は言いました。「この風変わりな奴め、ここで虎のひげを撫でようとするとは。」玄禅師はすぐに喝を放ちました。黄檗は言いました。「侍者よ、この風変わりな奴を参堂に連れて行け。」

拈云：「小廝兒向黃檗棒下悟去猶較些些，可恨向大愚老婆禪裏築殺，至今餿氣難除。」頌曰：

> 拈って曰く：「小僧が黄檗の棒の下で悟りを得たのはまだしも、恨むべきは大愚の老婆禅の中に埋もれてしまい、今に至るまで生臭い気が抜けないことだ。」偈に曰く：

「鋒鋩上將臨場戰，鼓助三通斬蔡陽。疾便歸來重話會，翻然哭笑是衷腸。」

> 刃先の上、将軍は戦場に臨み、太鼓は三度鳴り響き、蔡陽を斬り捨てた。速やかに帰り来て、再び語り合う。 ひらりと変わる、笑い泣きはまさに本心。

第六世興化獎禪師。初為臨濟侍者，後在三聖會中為首座。常云：「我在南方行腳一遭，拄丈頭不曾撥著一個會佛法的人。」三聖聞得，問曰：「汝具甚麼眼便恁麼道？」師便喝。聖曰：「須是汝始得。」又到大覺為院主。一日，覺曰：「聞汝道南方行腳一遭，拄丈頭不曾撥著一個會佛法的人，憑個甚麼道理與麼道？」師便喝，覺便打；師又喝，覺又打。來日從法堂過，覺召：「院主！我直下疑汝昨日者兩喝。」師復喝，覺復打；師又喝，覺又打。師曰：「某于三聖師兄處學得個賓主句，總被師兄折倒也。願與某個安樂法門。」覺曰：「者瞎漢來者裏納敗闕，脫下衲衣痛與一頓。」師于言下薦得臨濟先師于黃檗處喫棒的道理。

拈云：「興化秖解走馬，不擅收韁，卻被白拈三尺絲繩絆倒了也。若不如是，怎得罷戈卸甲？」頌曰：

「繡花毬子惹人看，踢去句來有笑顏。折得一番情景好，到頭休說是非關。」

第七世南院顒禪師。上堂云：「赤肉團上，壁立千仞。」時有僧問：「赤肉團上，壁立千仞，豈不是和尚語？」師曰：「是。」僧便掀倒禪床。師曰：「看者瞎驢亂做。」僧擬議，師便打趁出。

拈云：「大小祖師立門立戶猶欠貼，神荼鬱壘惹禍招殃，使燈籠露柱相磕。如何得不相磕去？但跨門者飲水妨噎。」頌曰：

「豬嫌狗欲個形骸，獨露難聞死臭堆。短巷長街無客買，當門不必挂招牌。」

第八世風穴沼禪師。參南院，院問：「南方一棒作麼商量？」師云：「作奇特商量。」師卻問：「此間一棒作麼商量？」院拈拄丈云：「棒下無生忍，臨機不讓師。」師于言下大徹玄旨。

拈云：「弄泥團漢，奔上趣下，築滿一肚，末後遇著個辣手，止用巴豆丸一粒，瀉得乾乾淨淨。不然，長年作奇特會。」頌曰：

「當行買貨慣逢迎，順水行舟風浪平；賺得一番聲價重，從前總謂不偷津」。

第九世首山念禪師。居風穴會中，一日侍立次，穴乃垂涕告之曰：「不幸臨濟之道至，吾將墜于地矣。」師曰：「觀此一眾，豈無人耶？」穴曰：「聰明者多，見性者少。」師曰：「如某者如何？」穴曰：「猶恐耽著此經，不能放下。」師曰：「此亦可事，願聞其要。」穴遂上堂，舉世尊以青蓮目顧視大眾，乃曰：「正當恁麼時，且道說個甚麼？」師拂袖下去，穴擲拄丈，歸方丈。侍僧問穴云：「念法華因甚不秖對和尚？」穴曰：「念法華會也。」次日，念與真園頭同來問訊，穴問：「如何是世尊不說說？」真云：「鵓鳩樹上鳴，意在麻畬裏。」穴云：「汝作許多癡福做甚麼？何不體究言句？」乃問師，師曰：「動容揚古路，不墮悄然機。」穴顧真云：「何不看念法華下語？」

拈云：「風穴上堂，屠兒賣臭肉，師拂袖下去，狗子得骨頭。侍僧云：『因甚不秖對和尚？』矮子看戲。真園頭同來問訊，氣急殺人。今日綱上座一時按過，還有為渠儂雪曲者麼？月照樓臺常不寂，缽盛肝膽向誰傾？」頌曰：

「醫家統脈若懸絲，救得兒曹早是遲。不許差途行古路，轉身壁立鳳凰池。」

第十世汾陽昭禪師。遊方參七十餘員善知識，末後到首山，問：「百丈卷席，意旨如何？」山曰：「龍袖拂開全體現。」師曰：「師意如何？」山曰：「象王行處絕狐蹤。」師于言下大悟，云：「萬古碧潭空界月，再三撈摝始應知。」首座問曰：「見何道理，便爾自肯？」師曰：「正是我放身命處。」

拈云：「恁麼悟去，也是風搖古柏。若到放身命處，且緩緩。」頌曰：

「象王行處絕狐蹤，石虎南山咬大蟲。路上行人須著眼，血流遍地染山紅。」

第十一世石霜圓禪師。謁汾陽，經二十年，未許入室。每見，必詬罵。一日，訴曰：「自至法席，不蒙指示。念歲月飄忽，己事未明，有失出家之利。」語未卒，汾叱曰：「是惡知識，敢裨販我！」怒，舉杖逐之。師擬伸救，汾掩其口，乃大悟，曰：「是知臨濟道出常情。」

拈云：「咄！花劈了也。且道：是指示？不是指示？」頌曰：

「蜣蜋輥卵尾前行，春至鶯啼事事明。啞子喫瓜難說苦，是知濟道出常情。」

第十二世楊岐會禪師。久依慈明總院事，每咨參，明曰：「庫司事繁，且去。」他日又問，明曰：「監院異日兒孫遍天下，何用忙為？」師俱罔然。一日明出，師偵之小徑，搊住曰：「者老漢今日雖與我說，不說打汝去。」明曰：「知恁般事便休。」語未卒，師大悟。一日明上堂，師問：「幽鳥語喃喃，辭雲入亂峰時如何？」明曰：「我行荒艸裏，汝又落深村。」師云：「官不容針，更借一問。」明便喝，師曰：「好喝。」明又喝，師亦喝，明連喝兩喝，師禮拜，明曰：「此事是個人方能擔荷。」師拂袖便行。

拈云：「楊岐放去較危，慈明收來太速。且道老漢從人得耶？自失便宜聻？豈不見雲有出山勢，水無投澗聲？」頌曰：

「山崩海裂逼將來，不假針鋒亦撥開。雪點紅爐休性急，分明千古動人哀。」

第十三世白雲端禪師。參楊岐，岐問：「受業師為誰？」師曰：「茶陵郁和尚。」岐曰：「聞渠過橋遭攧有省，作偈甚奇特，能記否？」師即頌曰：「我有明珠一顆，久被塵勞關鎖。今朝塵盡光生，照見山河萬朵。」岐笑而趨起，師愕然，通夕不寐。黎明咨決，適歲暮，岐曰：「汝見昨日打敺儺者麼？」師曰：「見。」岐曰：「汝一籌不及渠。」師復駭問：「意旨如何？」岐曰：「渠愛人笑，汝怕人笑。」師大悟。

拈云：「又得便宜，又失便宜。」頌曰：

「山猴見果通身喜，誰知咬著水鱉子。風送香來是春心，鷓鴣啼在深村裏。」

第十四世五祖演禪師。參白雲，問南泉摩尼珠話，雲叱之，師領悟，獻投機偈曰：「山前一片閒田地，叉手叮嚀問祖翁。幾度賣來還自買，為憐松竹引清風。」雲為許可，令掌磨事。未幾，語師曰：「有數禪客從廬山來，皆有悟入處，教伊說亦說得，舉因緣問伊亦明得，教伊下語亦下得，秖是未在。」師疑，自計曰：「既悟了，說亦說得，明亦明得，如何卻未在？」參究累日，忽省悟，從來寶惜一時放下，遂走見雲，雲為手舞足蹈，師一笑而已。後示眾曰：「吾因此出一身白汗，明得下載清風。」

拈云：「白雲船拖水載，五祖不用一文，卻得相當。且道如何是他相當處？摘楊花，摘楊花。」頌曰：

「買來賣去個田莊，水冷泥深太郎當。盡把家私全拋卻，赤條條地露風光。」

第十五世圓悟勤禪師。為五祖侍者，一日，部使詣祖問道，祖曰：「提刑少時曾讀小艷詩否？有兩句頗相似：頻呼小玉元無事，秖要檀郎認得聲。」提刑諾諾，祖曰：「且仔細。」師問：「提刑會否？」祖曰：「他秖認得聲。」師曰：「秖要檀郎認得聲。既認得聲，為甚卻不是？」祖曰：「如何是祖師西來意？庭前柏樹子聻？」師忽有省，遽出，見雞飛上欄干，鼓翅而鳴，乃曰：「此豈不是聲？」遂呈偈曰：「寶鴨香消錦繡闈，笙歌叢裏醉扶歸。少年一段風流事，秖許佳人獨自知。」祖遍謂耆宿曰：「吾侍者參得禪也。」

拈云：「勤師攀樹採花，怎奈腳跟下春風卸盡？五祖鍋中點水，何不灶裏抽柴？」頌曰：

「艸裏一通戰鼓鳴，將軍衝破鳳凰城，安南塞北咸基業，樓閣重重坐得清。」

第十六世虎丘隆禪師。謁圓悟，悟問：「見見之時，見非是見，見猶離見，見不能及。」遂舉拳云：「還見麼？」師云：「見。」悟云：「頭上安頭。」師聞，脫然契證。悟叱曰：「見個甚麼道理？」師曰：「竹密不妨流水過。」悟肯之。有問曰：「隆藏主柔易若此，何能為？」悟曰：「瞌睡虎耳。」

拈云：「瞌睡漢將謂露些腥臊氣息，殊不知自己藏身無地。」頌曰：

「舉起拳來還見麼？眉毛罅裏展干戈，不妨竹密隨流水，難越門前睡虎窩。」

第十七世應菴華禪師。依虎丘半載，頓明大事。隆忌日，師拈香云：「平生沒興，撞著者沒意智老和尚，斂盡伎倆，湊泊不得。從此卸卻干戈，隨分著衣喫飯，二十年來坐曲彔床，懸羊頭、賣狗肉，知他有甚憑據？雖然，一年一度燒香日，千古令人恨轉深。」

拈云：「死心老恰似偷嘴老婆，又要肚飽又是嘴硬，殊不知冷口難鉗熱湯。」頌曰：

「著衣喫飯尋常事，狗肉羊頭賣不休，縱把干戈來卸卻，燒香觸著轉生愁。」

第十八世密菴傑禪師。參應菴，一日，菴問曰：「如何是正法眼？」師曰：「破沙盆。」菴頷之。

拈云：「一人漫天說價，一人就地還錢，可惜各將家業一時拋在露地，至今風吹日炙。」頌曰：

「正法無如指顧中，祖基父業較還同，沙盆盛飯獹貓喫，咬人血滴喪家風。」

第十九世破菴先禪師。參密菴時，密住靈隱。師分座，有道者請益，曰：「猢猻子捉不著，願垂開示。」師曰：「用捉作麼？如風吹水，自然成紋。」

拈云：「怎麼話會？也是畫餅充饑，卻使傍觀欲哭不成哭、欲笑不成笑。」頌曰：

「猢猻子，捉不住，風清明月寒潭浴。自古年年不變常，晚來仍在天邊出。」

第二十世無準範禪師。初謁育王佛照，照問：「何處人？」師曰：「劍州。」照曰：「帶得劍來麼？」師隨聲便喝，照笑曰：「者烏頭子也亂做。」後至靈隱破菴為首座，同遊石筍菴，有道者請益猢猻子話，師于侍傍大悟。

拈云：「觀光撞彩即不無，且道以何為驗？提起衣角，云：『甕裏何曾失卻鱉？』」頌曰：

「烏頭帶劍出長安，一路鋒鋩舞得端。演武廳前看走馬，桑林中箭柳林寒。」

第二十一世雪巖欽禪師。在無準會下，每遇入室，舉主人公便可勃跳；舉衲僧巴鼻、佛祖爪牙，更無下口處，此病礙在胸中。十年後，過浙東天童、育王兩山佛殿前閒行，抬眸見一株古柏，觸著向來所得境界，和底一時颺下，礙膺之物撲然而散，始見徑山老人立地處，正好三十棒。

拈云：「銕枷安在項上了也。若道和底一時颺下，亦好三十棒。」頌曰：

「三月春多杜宇鳴，五更啼得十分清。未跨途路行人切，古柏青蔥釋礙膺。」

第二十二世高峰妙禪師。參雪巖，纔問訊，便被打出。後入室，巖便問：「誰與你拖者死屍來？」聲未絕，便打出。一日，偶睹五祖演真贊云：「百年三萬六千日，反覆元來是者漢。」忽有省。後侍巖次，巖問：「日間浩浩，作得主麼？」師曰：「作得主。」又問：「睡夢中作得主麼？」師曰：「作得主。」又問：「正睡著時，無夢、無想、無見、無聞，主在什麼處？」師無對，奮志入龍鬚。越五載，同宿友推枕墮地作聲，廓然大徹，如在網羅中跳出。元來秖是舊時人，不改舊時行履處。自此安邦定國，天下太平，一念無為，十方坐斷。

拈云：「高峰海口大張，將謂網羅躍出，那知禍從天生？何不慎早？書幾字粘壁，云：『夜來一夢投南極，天降偉人有吉昌。』」頌曰：

「龍鬚五載活難便，枕子俄然勃上天。不是夜來同共宿，焉知連底打焦磚。」

第二十三世中峰本禪師。因觀流泉有省，詣高峰求正，峰打趁出。既而民間訛傳官選童男女，師問：「忽有人來問和尚討童男女時如何？」峰曰：「我但度竹篦子與他。」師于言下洞然徹法源底。峰付偈曰：「我相不思議，佛祖不能視；獨許不肖兒，見得半邊鼻。」

拈云：「中峰問頭大險，高峰善舞太阿，可惜中峰向唾沫裏浸殺，至今鼻孔不得遼天。」頌曰：

「轉追驀向討童男，竹篦忙忙度得圓，話下有鋒從打徹，都盧鼻孔未團圞。」

第二十四世千巖長禪師。參中峰，峰問：「日用事如何？」師云：「念佛。」峰曰：「佛今何在？」師擬議，峰厲聲叱之。懇求法要，峰舉狗子無佛性話。師參三年，聞雀聲有省，峰復斥之，師憤然。夜半，忽鼠翻貓器，墮地作聲，悅然開悟，覺身躍起數丈，如蟾脫污泥之中，浮游玄間，天地一時清朗。復往質峰，峰問：「趙州何故云無？」師曰：「鼠偷貓飯。」峰曰：「未在。」師曰：「飯器破矣。」峰曰：「破後如何？」師曰：「築碎方甓。」峰乃微笑，囑曰：「善自護持，時節若至，其理自彰。」

拈云：「老老大大，猶借老鼠鼻孔出氣，便道覺身躍起數丈，寐語作麼？」頌曰：

「日用推尋歲月長，貍貓瞌睡鼠翻場。春時不籍村花落，那得瓴瓶盡放光。」

第二十五世萬峰蔚禪師。謁千巖，巖問：「將什麼與老僧相見？」師豎拳云：「者裏與和尚相見。」巖又問：「死了燒了，在何處安身立命？」師曰：「漚生漚滅水還在，風息波平月映潭。」巖又問：「不是心，不是佛，不是物，是個甚麼？」師以坐具打圓相，叉手而立。又斫松次，師拈圓石作獻珠勢，云：「請師酬價。」巖曰：「不值半文錢。」師曰：「瞎。」巖曰：「你也瞎，我也瞎。」師曰：「瞎！瞎！」巖命為首座而付囑之。

拈云：「二老與麼酬唱，美則美矣，秖是不能與大地人開得隻眼。」頌曰：

「斫松獻石賣風流，誰把泥團作價酬？若遇飄洋從險客，瞎驢瞎馬一齊收。」

第二十六世寶藏持禪師。參萬峰，峰付法偈曰：「大愚肋下痛還拳，三要三玄絕正偏；臨濟窟中獅子子，燈燈續焰古今傳。」

拈云：「還識窟中獅子麼？直饒識得，未免頭大尾細。」頌曰：

「平陽滿地霜消盡，正是桃花水漲時。瓦礫庭前曾失色，金鵝浴便射高枝。」

第二十七世東明旵禪師。參寶藏，藏問云：「心不是佛，智不是道，汝云何會？」師向前問訊，叉手而立。藏云：「汝在此許多時，還作者個見解。」師乃憤然。至第二日，驀然徹法源底，呈偈云：「一拳打破太虛空，百億須彌不露蹤，借問個中誰是主？榑桑迸出一輪紅。」

拈云：「夜來何處火？燒出古人墳。」頌曰：

「花下貓兒擺尾巴，蝦蟆相並奏胡笳。看來兩眼重添翳，日涌榑桑定不差。」

第二十八世海舟慈禪師。參萬峰，舉《楞嚴經》但有言說，終非實義話，再拜求明。峰劈頭兩棒，攔背一蹋，以腳趯云：「秖者是實義。」師覺有會，隱居洞庭山二十九載。一僧到，問：「當日有何所見，遂隱于此？」師曰：「吾昔問萬峰：『但有言說，都無實義。』峰便打。從此有得，更不別參。」僧曰：「請言得之所已。」師曰：「但要人知痛癢的是實義、是妙心，言說盡是皮毛。」僧笑云：「若如此見解，生死尚未了，何得言悟？未在，未在。不見道：『心不是佛，智不是道耶？』」師遂棄菴詣東明，明問云：「見何人來？」師云：「萬峰。」明云：「萬峰即今在什麼處？」師罔然面赤。明云：「若如此，不曾見萬峰。」師歸客寮三晝夜，寢食俱廢，忽香燈繩斷墮地，頓然大悟。

拈云：「海舟黑夜悟去，也是鬼窟裏活計，殊不知被個燈繩縛得緊緊裏，至今不得脫灑。若是綱上座侍伊，問云：『萬峰即今在甚麼處？』攔腮一摑。伊若動靜，便云：『錯過難逢。』亦顯風規，不致將尊就卑，忍饑受餓，一場敗闕。還有不肯底麼？」頌曰：

「自適人前逞嘴脣，渾身墮在斷燈繩。平明酒醒除圭角，一筆難教畫得成。」

第二十九世寶峰瑄禪師。在俗為木匠，與海舟造塔，斧傷足，求為僧，充火頭。一日，負柴舟見云：「將棘刺作麼？」師云：「是柴。」舟呵呵大笑云：「是柴，拿去燒卻。」師遂起疑力參究，偶因火燄燎去眉毛，面如刀割，以鏡照之，豁然大悟，呈偈云：「負柴和尚喚作棘，火燄燒眉面皮急，祖師妙旨鏡中明，一鑑令人玄要得。」

拈云：「寶峰將謂面門突露，豈知遠害全身？便道祖師妙旨鏡中明，不但埋沒先聖，亦是藕斷絲牽。且如何明得祖師妙旨？便云：『鏡不照鏡。』」頌曰：

「縛得丹山栗棘蓬，令人撥著刺當胸，莖眉縱諳俱燒卻，一鏡全收火燄雄。」

第三十世天奇瑞禪師。參寶峰，問：「甚處來？」師曰：「北京。」峰曰：「秖在北京，別有去處。」師曰：「隨方瀟灑。」峰曰：「曾到四川麼？」師曰：「到。」峰曰：「四川境界與此間如何？」師曰：「江山雖異，風月一般。」峰豎拳云：「還有者個麼？」師曰：「無。」峰曰：「因甚卻無？」師曰：「非我境界。」峰曰：「如何是你境界？」師曰：「諸佛不能識，誰敢強安名？」峰曰：「汝豈不是落空？」師曰：「終不向鬼窟裏作活計。」峰曰：「西天九十六種外道，汝是第一。」師拂袖便行。峰付法偈曰：「濟山棒喝如輕觸，殺活從教手眼親。聖解凡情俱坐斷，曇花猶放一枝新。」

拈云：「天奇雖則竿木逢場，要且遭人賺殺。待問：『還有者個麼？』便云：『低聲！低聲！』豈不截斷葛藤？」頌：

「客坐舳艫泛海門，大風小浪正當行。蘆花載得雖經岸，靜夜思量暗裏驚。」

第三十一世無聞聰禪師。參天奇，奇問：「苦樂皆心，因何外取？」師曰：「秖為不了。」奇曰：「是非皆事，因何妄承？」師曰：「錯認定盤星。」奇曰：「迷悟皆人，因何不懂？」師曰：「早知燈是火，豈向四方求？」奇付法偈曰：「道者心同慈嫗心，爭教赤子困群陰？輔成架海金梁棟，弗缺方知補浩任。」

拈云：「恁麼激揚宗旨，衲僧門下還有長處也無？但看雪消盡，自然春到來。」頌曰：

「踢碎空腔苦樂心，胸頭打領脅抽襟，燈前有影頻堪照，覿體何須向外尋。」

第三十二世笑巖寶禪師。參無聞，問云：「十聖三賢已全聖智，如何又道不明斯旨？」聞厲聲曰：「十聖三賢爾已知，如何是斯旨？速道！速道！」師下語不契。一日，水邊洗菜，適菜墮水，圜轉捉不著，忽有省。攜籃歸見聞，聞問：「是什麼？」師曰：「是菜。」聞曰：「何不別道一句？」師曰：「請和尚別問來。」師一日與聞圍爐次，聞曰：「人人有個本來父母，子之父母今在何處？」師曰：「一火焚之。」聞曰：「恁麼則子無父母耶？」師曰：「有則有，佛眼覷不見。」聞曰：「子還見否？」師曰：「某亦不見。」聞曰：「為什麼不見？」師曰：「若見即非真父母。」遂呈偈曰：「本來真父母，歷劫不曾離，起坐承他力，寒溫亦共知。相逢不相見，相見不相識，為問今何在？分明舉似師。」聞曰：「即此偈語，堪紹吾宗。」

拈云：「笑巖有前無後，嘴短舌長，亦似探觀天上月，失卻手中橈。聞云：『何不別道一句？』雖是好心，醍醐轉成毒藥。若是綱上座，待聞云：『何不別道一句？』對云：『箭去久矣。』豈不百透重圍？」頌曰：

「菜葉零星向水流，轉飄轉遠轉追求。肥圍膏團從家裏，十字街頭賣不休。」

第三十三世幻有傳禪師。聞燈花爆有省，直造北方參笑巖求證。巖曰：「汝將從前得力處一一說來，為汝印正。」師具實說，方至語平，巖驀趯出鞋曰：「向者裏道一句看。」遂把師話端打斷，通夕不寐。明晨佇立檐下，巖見喚師，師回顧，巖翹一足作修羅障月勢，師當下豁然。

拈云：「禹門雖則通身汗出，不能透骨清涼。待趯出鞋，云：『向者裏道一句。』穿起便走，還他活鱍如龍虎。再翹一足，便云：『平地無勞起骨堆。』」頌曰：

「不滋富貴返求貧，舊話休提趯轉新。雨過禹門龍鬥舞，波心有月勢難吞。」

第三十四世密雲悟禪師。挑柴過山彎，見一堆柴突露面前，遂有省，棄家入龍池依幻有和尚脫白請益。幻曰：「汝若到者田地，須放身倒臥。」嗣後惟加罵詈，師慚悶交加。一日，城歸，過桐官山頂，忽覺情與無情煥然等現，正是大地平沉的境界。時幻遷北京，師乃往覲，幻問：「汝有新會處麼？」師曰：「一人有慶，兆民賴之。」幻曰：「汝又作麼生？」師曰：「某甲得得來禮覲和尚。」幻曰：「念汝遠來，放汝三十棒。」師抽身便出。一日，幻問：「忽有人問，汝如何秖對？」師驀豎拳，幻曰：「老僧不曉得者是甚麼意思？」師曰：「莫怪和尚不曉得，三世諸佛也不曉得。」一日，幻舉拂問師云：「諸方還有者個麼？」師震威一喝，幻曰：「好喝！」師連喝兩喝，歸位。幻囑師扶佛法，師呈偈曰：「若據某甲扶佛法，任他○○○○○，都來總與三十棒，莫道分明為賞罰。」

拈云：「正是大地平沉，猶有桐官山頂在。若不是桐官山頂，怎得大地平沉？」頌曰：

「堆柴觸著露風颾，大地山河無處高，爐內不教藏鈍銕，倚天長劍逼青霄。」

第三十五世破山明禪師。十九遊方，至講席聽《楞嚴》，至七處徵心、八還辨見，恍有入處。每看古人公案，如銀山銕壁，自誓：「不明此事，終不放下。」如此住楚之破頭山，艸衣木食三載，一生伎倆般盡打并不下。看高峰語，以七日為限，做了五日，兩眼昏花，如有氣死人。一日發極，到萬丈懸崖上立定，自誓云：「悟不悟，性命在今日了。」辰時立到未時之際，眼前惟有一平世界，更無坑坎，舉足經行，不覺墮落崖下，將足損了。夜半翻身，忽痛大悟，密舉從前如獲故物，高聲叫云：「屈！屈！」一居士詣前問云：「腳痛麼？」師劈面一掌，云：「非公境界。」師足痊，遍歷諸方，末到金粟，謁密和尚，密問：「那裏來？」師曰：「雲門。」密曰：「幾時起身？」師曰：「東山紅日出。」密曰：「東山紅日出，與汝甚麼相干？」師曰：「老老大大，猶有者個語話。」密曰：「我既如此，你者許絡索又是那來？」師震威一喝，便出。次日，進方丈，密命坐，師曰：「昨日走得，今日走不得了。」密曰：「做賊人心虛。」師曰：「是賊識賊。」密頷之。

拈云：「入水求珠，忘家棄國，但覺眼前一平世界。苟能冤家路窄，可惜者居士不諳鋒鋩，如盲人摸象，正好向前亦云屈屈，免致大地波濤。」頌曰：

「虛空突出斌煬銕，峰頂蹁躚浪卷波，扭轉鼻頭忙叫屈，牙如劍樹口懸河。」

第三十六世昭覺醉禪師。參遍諸方，後至萬峰處，問：「昔僧問雲門：『如何是佛？』門云：『乾屎橛。』意旨如何？」峰曰：「脹壞了我，餓壞了你。」師曰：「疑殺天下人。」峰作臥勢，云：「老僧不參禪，秖愛伸腳眠。」師復疑駭動靜，似一個有氣死人相似。一夜，因倒穿了鞋，腳套不上，擬伸手拔，忽然猛省。入方丈辭峰，參天童密和尚，一見，問：「萬里趨風，乞師一接。」密便打，師一喝便行，密趕上，和行李打脫。一日，上太白頂拖柴，因竹簽傷足，血迸污地，忽聽梆鳴，聲震山谷，忽然大悟。歸堂浴後，進方丈作禮，云：「某甲有些快活。」密作聽不清勢，師便打兩個噴嚏，密打云：「那裏失利，來者裏拔本。」師又兩喝，密連打，云：「翻不快活了。」師拂袖出。復至蜀之大寧寺謁峰，問：「你從南方走一回，帶得什麼寶物來？」師豎一拳，峰曰：「別我七八年，一點氣息也沒有。」師曰：「若有氣息，則不歸了。」峰肯之。

拈云：「山高水闊，到者罕希。無端腳指刺破，可笑者場漏逗。縱完先鋒後殿，大好暗合班師。」頌曰：

「三三前與三三後，萬里無雲出匣阿。一觸虛空曾迸裂，血流遍野染山河。」

「霹靂雷霆猛雨傾，黃河倒瀉洚前津。封南塞北潑天浪，大地從教淹殺人。」

## 佛冤綱禪師語錄卷第九