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title: "雨山和尚語錄 · 住維揚天寧禪寺語二"
description: "雨山和尚语录上思说是清代禅宗典籍由禅师雨山所著。该书成于清代禅宗发展期反映了当时禅林的思想与实践。内容主要为雨山和尚的上堂说法机缘问答及禅修开示旨在引导学人明心见性。其语言简练直指人心承继临济宗风在佛教禅宗史上具有重要地位是研究清代禅宗思想及实践的重要文献对后世禅修者具有深远的指导意义。"
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## 雨山和尚語錄卷第六

> 雨山和尚語録 巻第六

嗣法門人　　記

> 嗣法門人　　記

### 住維揚天寧禪寺語

> 揚州天寧禅寺に住して語る

元旦，晚參。「年新，月新，日新，時新，盈眸物物皆真，銀臺燭花報喜，玉樓絲管生春，真真觸處無非是要津，人人自謂是千佛一數。所以，前堂裏稱揚篤切，後堂裏禮拜殷勤，南無無量壽，南無大能仁，但能一念迴光照，原是當人淨法身。忽有箇不受人瞞底漢出來道：『長老，你恁麼道，也是鸚鵡慕西秦。』天寧便熱炙盞子與茶他喫，且道是賞伊？罰伊？」良久，云：「參。」

> 元旦、夜の参禅。 年は新た、月は新た、日は新た、時は新たなり。 目に映るものすべてが真実であり、 銀の台の燭花が喜びを告げ、 玉楼の管弦が春を生む。 真実の真実、触れるところ全てが要所であり、 人は皆、自らを千仏の一人と称する。 ゆえに、前堂では篤く称揚し、 後堂では勤めて礼拝す。 南無無量寿、南無大能仁。 ただ一念、光を返し照らせば、 元来これ当人の清浄なる法身なり。 ここに、人に欺かれぬ漢が現れて言う： 「長老、そのように説くのも、鸚鵡が西秦を慕うようなものでは？」 天寧は熱く盞を温めて茶を勧む。 さて、これは彼を賞するか？罰するか？ しばらくして、曰く： 「参れ。」

解制日，兩序請上堂。問：「聖制告圓，如何是放行一句？」師云：「緊峭草鞋。」進云：「若不上來，焉知端的？」師云：「索頭猶在天寧手裡。」進云：「大眾若到諸方，記取和尚此語。」師云：「切忌𨁝跳。」乃云：「去年十月十五日結，諸人離諸方來，作麼與天寧相見？今年正月十五日解，諸人別天寧去，作麼與諸方相見？若向這裡道得箇親切句，九十日內知你無虛棄底工夫。不然，前廊下、後架上，不惟蹉過天寧，湘之南、潭之北，抑且忽略諸方有分。有般底聞恁麼道，便云：『天寧相見秪在這裡，諸方相見亦秪在這裡。』若與麼，何異屋裏販揚州？雖然，天寧見處也要諸仁共知，一塵一佛國不是諸人相見處，一葉一釋迦亦不是諸人相見處，要得鼻孔遼天，待你踏破草鞋來，我開粥過夏，與汝款款地商量。」

> 解制の日、両序が上堂を請う。問う：「聖制が告げ終わりました。放行の一句とは何でしょうか。」 師曰く：「しっかりとした草鞋だ。」 進んで云う：「もし上って来なければ、どうして本当のところが分かるでしょうか。」 師曰く：「縄の端はまだ天寧の手の中にある。」 進んで云う：「大衆がもし諸方に到ったなら、和尚のこの言葉を覚えておきましょう。」 師曰く：「むやみに跳ね回るな。」 乃ち云う：「去年の十月十五日に結び、諸人は諸方を離れて来た。どうして天寧と相見えようか？今年の正月十五日に解かれ、諸人は天寧を別れて去る。どうして諸方と相見えようか？もしここに向かって親切な一句を言えるなら、九十日の内にあなたが虚しく費やさなかった工夫を知るだろう。そうでなければ、前の廊下や後の棚の上で、天寧を過ごし損なうだけでなく、湘の南、潭の北、さらに諸方を軽んじる分がある。ある者はこのように聞いて、すぐに言う：『天寧との相見はただここにあり、諸方との相見もただここにある。』もしそうなら、どうして家の中で揚州を売り歩くのと違うだろうか？とはいえ、天寧の見るところも諸仁に共に知ってもらいたい。一塵一仏国は諸人の相見する所ではなく、一葉一釈迦も諸人の相見する所ではない。鼻孔を天に届かせたいなら、あなたが草鞋を踏み破って来るのを待ち、私は粥を開いて夏を過ごし、あなたとゆっくりと相談しよう。」

興化縣李遇元兄弟薦亡，請小參。師豎拂子，云：「此是從上諸聖用不盡底，諸仁要心領神解，但不得以聖名凡號、男相女形而分別之。古人雖巧指善譬、正按傍提，道個是甚麼？會也無，已是傷鹽傷醬了也，那堪更說生後生前、腳頭腳底？何異蒸砂作飯、刻木為檀？不見道：『真如淨境界，一泯未嘗存。』既一泯不存，則覓生尚不可得，更說甚死耶？覓真尚不可得，更說甚妄耶？既生死、真妄俱不可得，則全體住在如來大覺場中，那待坐法空座、衣忍辱衣，然後方稱塵中大自在人？德善道人秉心慈善，生前受戒於寶華，已登佛位；死後乞法於山野，期透祖關。」復豎拂子，云：「諸仁者！即今祖關已設，且作麼說透底道理？」遂擲拂子，喝一喝，云：「掉臂徑行，是性燥漢。」

> 興化県の李遇元兄弟が亡き者を弔うため、参禅を請うた。師は払子を掲げて言われた。 「これは歴代の諸聖が使い尽くせなかったもの。皆さんは心で領得し、神で理解せねばならぬ。ただし、聖なる名や凡夫の称号、男の相や女の形をもって分別してはならない。古人は巧みに指し示し、善く譬え、正面から押さえ、傍らから提げて、『これは何か？会ったか？』と言ったが、すでに塩を傷め醤を傷めるようなもの。まして生前や死後、足元や足底を説くなど、砂を蒸して飯とし、木を刻んで栴檀とするようなものだ。『真如の浄境界、一泯未だ嘗て存せず』と道うではないか。一泯として存せざるならば、生を求めても尚得られず、まして死など説けようか。真を求めても尚得られず、まして妄など説けようか。生死も真妄も共に得られざるならば、全体は如来の大覚場の中に住する。どうして法空の座に坐し、忍辱の衣を着てからでなければ、塵中の大自在人と称せられようか。徳善道人は心を慈善に持ち、生前に宝華に戒を受け、既に仏位に登った。死後は山野に法を乞い、祖関を透徹することを期した。」 再び払子を掲げて言われた。 「皆さん！今、祖関は既に設けられた。さて、どうやって透徹の道理を説くか？」 払子を投げ捨て、一喝して言われた。 「腕を振って直ちに行くは、性急な漢なり。」

晚參。「父母未生前一句，百尺竿頭五兩垂，昔日香嚴向這裡打失鼻孔，只因綆短不及深泉，直待擊竹時方云：『一擊忘所知。』」驀喝一喝，云：「劍去久矣，爾方刻舟。」

> 晩の参禅。父母が生まれる前の一句、百尺の竿の先に五両が垂れる。かつて香厳がここで鼻の穴を見失ったのは、ただ縄が短くて深い泉に届かなかったからだ。竹を打つ時になって初めて言ったのだ：『一打ちで知ることを忘れた』と。突然に一喝し、言う：剣はとっくに行ってしまったのに、お前は今さら舟に刻み目を付けている。

晚參。「僧一清昨來自古杭，云：『南澗參堂，有一居士過靈隱隨喜，值隱上堂，乃出問：「文殊是七佛之師，因甚出女子定不得？」隱云：「念汝新到，放汝三十棒。」「罔明是初地菩薩，因甚卻出得？」隱云：「脫下衣來，更與一頓。」士回，舉似南澗，澗哂之。士遂問：「文殊是七佛之師，因甚出女子定不得？」澗云：「老僧出不得。」士云：「罔明是初地菩薩，因甚卻出得？」澗云：「靈隱出得。」』」隨召眾云：「南澗、靈隱荅語，現在諸人試檢點優劣看。須知這則公案從上提唱者甚多，無一人搔著古人癢處，你若向出得、出不得處見文殊、罔明，則通身墮在毒海。據實而論，靈隱好棒秪是放不著所在，致令南澗檢點；南澗好語未免猶存世諦，要且塞天寧口不得。雖然，設有人問：『文殊是七佛之師，因甚出女子定不得？』只向他道：『天寧有三十棒不打文殊。』『罔明是初地菩薩，因甚卻出得？』云：『天寧有三十棒亦不打罔明。』且道畢竟甚麼人合打？」驀喝一喝，云：「來說是非者，便是是非人。」

> 晩参の時、僧の一清が昨日古杭から来て、このように語った。 「南澗が参堂していた時、一人の居士が霊隠寺に参拝に訪れ、ちょうど隠和尚が上堂していたので、居士は進み出て問うた。 『文殊は七仏の師であるのに、なぜ女人を禅定から出せなかったのですか？』 隠和尚は言った。『汝が新参であることを考慮して、三十棒を免除してやろう。』 居士はさらに問うた。『罔明は初地の菩薩であるのに、なぜ出せたのですか？』 隠和尚は言った。『衣を脱いで、もう一頓の棒を受けるがよい。』 居士は戻ってこのことを南澗に伝えると、南澗は軽く笑った。 居士はさらに問うた。『文殊は七仏の師であるのに、なぜ女人を禅定から出せなかったのですか？』 南澗は言った。『この老僧には出せぬ。』 居士が『罔明は初地の菩薩であるのに、なぜ出せたのですか？』と問うと、 南澗は言った。『霊隠には出せる。』」 そこで大衆を呼び集めて言われた。 「南澗と霊隠の答えがここにある。諸人よ、どちらが優れているか検討してみよ。 この公案は古来より多くの者が提唱してきたが、一人として古人の痒い所に手が届いた者はいない。 もし『出せる・出せない』というところで文殊や罔明を見ようとするなら、全身が毒の海に堕ちてしまう。 実際のところ、霊隠の棒はただ放つべき場所を放たず、南澗に検討させることになった。 南澗の言葉は優れているが、まだ世間の道理にとらわれており、天寧の口を塞ぐことはできない。 それでも、もし誰かが問うたら、 『文殊は七仏の師であるのに、なぜ女人を禅定から出せなかったのですか？』 ただこう言うがよい。『天寧には三十棒があるが、文殊には打たぬ。』 『罔明は初地の菩薩であるのに、なぜ出せたのですか？』と問われたら、 『天寧には三十棒があるが、罔明にも打たぬ。』と。 さて、結局誰が打たれるべきなのか？」 突然一喝し、言われた。 「是非を説く者こそ、是非の人である。」

重九日，晚參。「今朝正是九月九，世人盡飲茱萸酒，登高吹帽落天風，無端笑破傍人口。爭似林下閒道人，咳嗽掉臂超諸有，不逾本際而踞正峰，不撥諸塵而入正受？雖然，若據正眼觀來，大棒好與劈脊摟。且道：過在甚麼處？」良久，云：「怪他有人身底師僧，不如無佛性底業狗。」復云：「會得者，近前來。」一眾默然，師云：「這裡不是毘耶，因甚卻一齊杜口？」遂以竹篦旋風打散。

> 九月九日の夜、参禅の時。師は言われた。 「今日こそ九月九日、世の人々は皆、茱萸の酒を飲み、高みに登り、風に帽子を吹き飛ばされ、わけもなく傍らの人の口を笑い破る。どうして林下の閑道人のように、咳払いをし、腕を振り回して諸有を超え、本際を越えずして正峰に踞り、諸塵を撥ねずして正受に入る者に及ぼうか？とはいえ、正眼で見るならば、大棒で背中を打つにふさわしい。さて、過ちはどこにあるのか？」 しばらく間を置き、師は言われた。 「人身を持つ師僧を怪しむよりは、仏性なき業の犬の方がましだ。」 さらに言われた。 「わかる者は、前に出よ。」 一同は黙ったまま。師は言われた。 「ここは毘耶離ではないのに、なぜ皆、口を閉ざすのか？」 そして竹篦を旋風のように振り回し、大衆を打ち散らした。

晚參。舉：「昔鏡清問僧：『門外是甚麼聲？』僧云：『雨滴聲。』清云：『眾生顛倒，迷己逐物。』僧云：『和尚作麼生？』清云：『洎不迷己。』僧云：『洎不迷己意旨如何？』清云：『出身猶可易，脫體道應難。』」乃云：「鏡清淺草裡藏身，這僧平地上遭跌，雖然未見輸贏，及乎被伊倒拶將來，依舊出語存路，何曾離得明月蘆花？今日天寧別資一路去也。待他云雨滴聲，只向他道：『觀音菩薩來也。』人若相委，管保活卻盡大地死人。」

> 晩の参禅。かつて鏡清が僧に問うた話を挙げる。「門の外は何の音か？」僧が答える。「雨だれの音です。」清が言う。「衆生は逆さまになり、自分を見失って物に心を奪われる。」僧が尋ねる。「和尚さまはどうなさいますか？」清が答える。「自分を見失わぬよう努める。」僧が問う。「自分を見失わぬよう努めるとは、どういう意味ですか？」清が言う。「身を出すのはまだ容易だが、体ごと脱することは難しい。」そこで言う。鏡清は浅草に身を隠し、この僧は平らな地でつまずく。勝負はまだ見えぬが、彼に逆に迫られると、やはり言葉に道を残し、月明かりの葦の花から離れたことがあっただろうか。今日、天寧は別の道を用意して行く。もし彼が雨だれの音と言ったら、ただ彼にこう言おう。「観音菩薩が来られた。」もし人が信じてくれれば、きっと大地の死者を皆生き返らせてみせよう。

晚參。「見色明心，聞聲悟道。文殊打失眼睛，觀音鑽破耳竅。餬餅饅頭總現成，何用求玄並究妙。君不見，古人有言兮，不傳紅粉轉風流，大抵還他肌骨好。」

> 晩の参禅。 色を見て心を明らかにし、声を聞いて道を悟る。 文殊は目玉を打ち失い、観音は耳の奥を突き破る。 焼き餅も饅頭もすべて現成しているのに、どうして玄妙を求め、究めようとするのか。 あなたは知らないのか、古人がこう言っていたことを―― 「紅粉を伝えずとも風流はめぐる、そもそも彼の肌と骨が良いからだ」と。

無燂孫護法伯仲為先嚴請對靈小參。問：「生本無生，死本無死，請問和尚：即今孫孝翁在甚麼處安身立命？」師云：「乾坤收不得，日月豈能該？」進云：「一擊翻身狂頓歇，一輪紅日炤西方。」師云：「且道孝翁還肯你與麼道麼？」僧畫一○相，云：「大眾向這裡薦取。」師便打，乃卓拄杖一下，云：「若向這裡坐斷報化佛頭去，則不用地水以為先身、火風而作本體，自然孤迥迥寰中獨步、峭巍巍界外橫身，語默悉稟己靈、動用不由他術。吏部孫太翁昔曾得此，故一生秉公持正、學佛知儒全憑這一著子。記得廿餘年前翁跨鶴來揚，與先師輩主賓相見，比時聲名已傳播叢林，自後江南北名山大剎、吏部問道之履跡恆滿，當此法運凋零之際，得深心祖道者如翁相與激揚，豈不為吾門幸事？嗚呼！忽於今秋九月初七日騎鯨上天矣，聞易簣時乃說偈曰：『以不生生，焉能生人？以不死死，焉能死我？於意云何？無餘滅度。』苟非明見三界生死落處，那能如豐城獄底掘得一把劍相似，將是非得失、寵辱憂疑一斬斬斷，有如此瞥脫哉？諸仁者！翁既得處孤危、用處險絕，當與龐襄陽媲美一時也。所以永嘉大師云：『幾回生，幾回死，生死悠悠無定止。自從頓悟了無生，於諸榮辱何憂喜？』太翁於常寂光中聞之，必然大笑曰：『永嘉老於八百年前已抓著我癢處。』茲者令嗣伯仲以道事親，特請山僧對靈，且作麼生說個得處孤危的道理？現前一眾要知麼？試看翁生前金湯法塹、柱石　皇家，豈不是他得處孤危處？及時當去，便順因緣而去，如人適城郭之易，豈不是他得處孤危處？或者道得處孤危則固是矣，但用處險絕，未免以此致惑。山僧有一轉語為之解嘲。」復卓拄杖云：「高山流水知音寡，誰把黃金鑄子期？」

> 無燂孫護法の伯仲が先に厳かに請い、対霊小参に臨む。問う：「生は本来生ずることなく、死は本来死することなし。和尚にお伺いします。今、孫孝翁はどこに身を安んじ命を立てておられますか？」師云く：「乾坤も収め得ず、日月どうして計り得ようか？」進みて云く：「一撃に翻身して狂い頓に歇み、一輪の紅日西方を照らす。」師云く：「さて、孝翁はお前がこのように語ることを肯うだろうか？」僧は一つの○相を描き、云く：「大衆、ここに向かって薦め取れ。」師は直ちに打ち、やがて杖を卓して一下し、云く：「もしここで報化仏の頭を坐断し去れば、則ち地水をもって先身と為し、火風をもって本体と作すを用いず、自然に孤迥々として寰中に独歩し、峭巍巍として界外に横身す。語黙悉く己霊に稟り、動用他術に由らず。吏部孫太翁は昔、此れを得たれば、故に一生公を秉し正を持ち、仏を学び儒を知ること全くこの一著子に憑る。二十余年前、翁が鶴に跨って揚州に来り、先師輩と主賓相見した時を憶う。その時すでに声名は叢林に伝播し、その後、江南北の名山大刹には、吏部が道を問う履跡常に満ちたり。この法運凋零の際に、祖道を深く心に得る者、翁の如きと相与に激揚するを得るは、豈に吾が門の幸事ならずや？嗚呼！忽ち今秋九月初七日に鯨に騎って上天す。易簣の時に偈を説くを聞くに曰く：『不生生を以てして、焉んぞ能く人を生ぜん？不死死を以てして、焉んぞ能く我を死なせん？意において云何、無余の滅度。』苟も三界の生死の落ち処を明らかに見ることなければ、どうして豊城の獄底に掘り得た一剣の相似く、是非得失・寵辱憂疑を一斬に斬り断ち、かくの如き瞥脱なることがあろうか？諸仁者よ！翁は既に処を得て孤危、用いる処険絶、まさに龐襄陽と一時に媲美すべし。それ故に永嘉大師は云く：『幾回か生じ、幾回か死す。生死悠悠として定止無し。頓に無生を悟ってよりこのかた、諸の栄辱において何の憂喜かあらん？』太翁、常寂光中にこれを聞けば、必ず大笑して曰く：『永嘉老は八百年前にすでに我が痒き処を抓めたり。』ここに令嗣の伯仲、道を以て親に事え、特に山僧を請いて対霊せしむ。且つどうかして得処孤危の道理を説かん？現前一衆、知らんと要するか？試みに翁の生前、金湯の法塹・柱石　皇家なるを見よ。豈にこれ彼の得処孤危の処ならずや？時に当って去るべくんば、便ち因縁に順って去る。人の城郭に適うが如き易きこと、豈にこれ彼の得処孤危の処ならずや？或いは道う、得処孤危は則ち固く是れなりと。但だ用いる処険絶は、未だ免れずこれ以て惑いを致す。山僧に一転語あり、これがために解嘲す。」復た杖を卓して云く：「高山流水知音寡く、誰か黄金を把って子期を鑄せん？」

晚參。舉：「僧問雲門：『樹凋葉落時如何？』門云：『體露金風。』」乃云：「雲門老漢與麼荅話，理上有餘，事上不足。若只與麼流布將去，曹溪路上怎免礙塞殺人？天寧則不然，或有人問：『樹凋葉落時如何？』只向他道：『分付供庫奴。』若人辨得，許伊鼻孔遼天。」一僧出問：「和尚未開口以前被某甲勘破。」師云：「向甚處著眼？」僧便喝，師云：「掠虛頭作麼？」僧無語，師便打。

> 晩の参禅。公案を挙げる。 「僧が雲門和尚に問うた：『樹木が枯れ葉が落ちる時はどうですか？』 雲門和尚は言われた：『本体が金風に露わになる』」 そして言われた： 「雲門和尚がこのように答えるのは、理屈の上では十分だが、実際の事柄としては足りない。 もしこのまま広めていけば、曹渓の道中で人を妨げ塞ぎ殺すことにならないだろうか？ 天寧（私）はそうではない。もし誰かが『樹木が枯れ葉が落ちる時はどうですか？』と問えば、 ただ彼に向かって『供庫奴に任せておけ』と言おう。 もし人がこれを弁え得るなら、彼の鼻孔が天を仰ぐことを許そう」 一人の僧が出て問うた：「和尚が口を開く以前に、私に見破られていました」 師は言われた：「どこに目をつけたのか？」 僧は喝をした。師は言われた：「虚を掠めることをどうするのか？」 僧は言葉がなかった。師は打たれた。

晚參。「田地穩密，是諸人安身處；神通游戲，是諸人立命處。若是個妙協兼通底，直饒石霜道：有句無句，如藤倚樹，徒成露布；樹倒藤枯，句歸何處？亦為寐語。只如溈山呵呵大笑歸方丈，且道：是田地穩密？是神通游戲？」良久，云：「放待冷來看。」

> 晩参。 「田地が穏やかで密やかであること、これが皆さんの安らぎの場です。神通の遊戯、これが皆さんの命を立てる場です。もしこれらを妙に兼ね備え、通じた者であれば、石霜が『句あり、句なし、藤が樹に寄りかかるが如し』と言ったとしても、それはただ露布となるだけで、樹が倒れ藤が枯れれば、句はどこに帰するのか？ これもまた夢の言葉に過ぎません。ただ、溈山が呵呵大笑して方丈に帰ったことを考えてみてください。さて、これは田地が穏やかで密やかであることなのか、それとも神通の遊戯なのか？」 しばらくして、言う。 「冷めるのを待って見よ。」

因事，晚參。「栴檀林內不存穢草，獅子窟中豈容野犴？直有直評，公有公斷，向魋自外仲尼門，調達難登釋迦岸。似這一類破佛性的闡提，一總貶向法海邊外，永不許與清淨大眾同居，試看今朝與他據款結案。」

> ある出来事があって、夜の参禅が遅くなりました。 「栴檀の林の中に穢れた草はなく、獅子の窟に野犬が入るはずがない。 直があれば直に評し、公があれば公に断ずる。 向魋が自ら外れた仲尼の門、調達が登れなかった釈迦の岸。 このような仏性を破る一闡提の類は、すべて法海の外に貶め、 清浄なる大衆と共に住むことを永久に許さない。 さあ、今日こそ彼らを条項

晚參。「要行便行，要坐便坐，若行若坐，初無兩個。會得者，似老牸犁旱田；不會者，如大虫看水磨。若要脫體相應……」遂擲下竹篦，大喝一喝，云：「切忌把這個認為奇貨。」

> 晩の参禅。 「歩きたければ歩け、座りたければ座れ。歩くも座るも、元は一つ。 悟る者は、老いた牝牛が乾いた田を耕すが如く。 悟らぬ者は、虎が水車を見つめるが如し。 もし体から離れて相応せんと欲すれば…」 かく言い、竹篦を投げ捨て、大喝一声して云う、 「決してこれを珍しい宝と見做すなかれ。」

早參。「溈山牛，趙州狗，有巴鼻，太郎當，無佛性，真稀有。既無佛性，因甚卻道真稀有？」眾荅不契。師歸方丈，命知藏代，藏云：「金屑雖貴，落眼成翳。」師云：「見處則有，用處則無。」藏云：「師又如何？」師云：「南泉斬貓兒。」

> 早朝の参禅。「溈山の牛、趙州の狗、鼻緒あり、太郎當、仏性なく、真に稀有なり。既に仏性なし、何ぞ因って却って真に稀有なりと道うや？」大衆の答えは合わず。師、方丈に帰り、知蔵に代わらせんと命ず。蔵云く、「金屑貴しといえども、眼に落ちて翳を成す。」師云く、「見る処には有れども、用いる処には無し。」蔵云く、「師は又如何？」師云く、「南泉猫児を斬る。」

安東法蔭尼上座六十誕辰，請上堂。問：「世尊道：『觀彼久遠，猶若今日。』且道法上座壽量多少？」師云：「大眾證明。」進云：「萬年松在祝融峰。」師云：「那裡得這消息來？」進云：「有水皆含月，無山不帶雲。」師云：「分明舉似諸方。」乃云：「庭前翠柏，屋後蒼筠，頭頭靈活，一一天真。可笑人人盡作境話會，那知千年桃核裡原是舊時仁？一任他霜磨雨洗、日照天臨，不凋之操愈見嚴明。春生也，根盤劫石；夏長也，葉覆乾坤。道個萬年松在祝融上，已屬比擬之語，更說甚六通、五眼、四智、三身？須知呈瑞在當人。便恁麼去，且道因齋慶讚一句又作麼生？」遂大喝一喝，云：「直截根源佛所印，摘葉尋枝我不能。」便下座。

> 安東法蔭尼上座の六十歳の誕辰に、上堂を請う。問う：「世尊は『彼の久遠を観るは、猶お今日の若し』と説かれました。さて、法上座の壽量はどれほどでしょうか？」師云く：「大衆が証明せよ。」進みて云く：「万年松は祝融峰にあり。」師云く：「どこからその消息を得たのか？」進みて云く：「水あるところは皆月を含み、山なきところは雲を帯びず。」師云く：「分明に諸方に挙げ示せ。」乃ち云く：「庭前の翠柏、屋後の蒼筠、頭頭に霊活、一一に天真。笑うべし、人人ことごとく境話として会するを、あに知らんや千年の桃核の裡は元是れ旧時の仁なることを？一任せよ、彼が霜に磨かれ雨に洗われ、日に照らされ天に臨まれるを、凋まざる操りは愈々厳明なることを見る。春生ずれば、根は劫石に盤わり、夏長ずれば、葉は乾坤を覆う。万年松は祝融の上にありと道うは、已に比擬の語に属す、さらに何をか六通・五眼・四智・三身と言わん？須らく知るべし、瑞を呈するは当人に在り。便ちかくの如く去らば、且つ道え、因齋慶讚の一句はまたどうなるか？」遂に大喝一声して、云く：「直截根源は仏の印する所、葉を摘み枝を尋ぬるは我が能わず。」便ち下座す。

晚參。僧問：「學人正問話時，本來面目在甚麼處？」師云：「直下看。」乃云：「盡十方世界是摩訶般若光，光未發時尚無佛、無眾生消息，有般漆桶擬向這裡承當，殊不知早被他解脫深坑埋沒了也。你現前諸人作麼生出脫？」眾無對。驀拈竹篦旋風打，云：「一總將作死馬醫。」

> 晩の参禅。僧が問うた：「学人が正に問いを発している時、本来の面目はどこにあるのでしょうか？」師は言った：「ただ直下に見よ。」そして言った：「十方世界のすべては摩訶般若の光である。光がまだ発せられていない時には、仏もなく、衆生の消息もなかった。ある漆桶のような者がここで承当しようとするが、知らずに早くも解脱の深い坑に埋もれてしまっている。あなた方、現前の諸人はどうやって脱出するのか？」大衆は答えられなかった。突然、竹篦を手に取り旋風のように打ちながら言った：「すべてを死んだ馬の治療に任せよう。」

端午，師誕日，兩序執事請上堂。乃云：「五月五日，節屆天中，人人懸艾虎，個個釘桃符，驅萬邪不入其門，逐千災亦遠其戶，雖則防閑有法，未免太勞攘生。爭似天寧這裏只用個塗毒鼓等閒擊著，不惟三賢膽戰，亦且十聖魂驚，震旦雖闊，要一個半個能逃其範圍無有是處，更有甚德山棒而不飲氣吞聲、臨濟喝乃敢揚威耀武？便恁麼去，轉亢陽為和風甘雨，迴厲氣作景星慶雲，頭頭本地風光，處處太平氣象。是則是，設有個出來問：『且道具何三昧乃得臻此？』」驀拈拄杖卓一下，云：「黃河三千年一度清。」便下座。

> 端午、師の誕生日に、両序執事が上堂を請う。そこで師は言われた。 「五月五日、節は天中に届く。人々は艾虎を懸け、一人一人が桃符を釘打ちし、万の邪を駆りてその門に入らず、千の災いを逐ってその戸から遠ざけんとする。確かに防ぎ守る法はあるが、あまりにも煩わしいことではないか。どうして天寧のここでは、ただ一つ塗毒鼓をゆるりと打つだけで、三賢の胆を戦わせるだけでなく、十聖の魂さえ驚かせる。震旦は広いとはいえ、一人や半人でもその範囲を逃れられるなどありえない。さらに、徳山の棒が気を飲み声を呑まず、臨済の喝が威を揚げ武を耀かすなどありえようか。このまま行けば、亢陽を転じて和風甘雨とし、厲気を回らせて景星慶雲となす。頭頭に本地風光あり、処々に太平気象あり。そうではあるが、もし誰かが出てきて『一体どんな三昧を具えてこの境地に至るのか』と問うならば」 突然、杖を拈って地を突き、「黄河三千年に一度清し」と言い、座を下りた。

惟龍雷居士薦嚴，請上堂。「參玄上士須是靈符在手、韜略隨身，法戰場中始稱得一員猛將。若只一味立高岸、說太平話，驀地禾山鼓打、石鞏弓開，要且魄散魂飛，何況四山相逼將來，欲其踢翻生死海、拳倒涅槃山，而後擺手出長安，又庸可得乎？雖然，此蓋其力未充之過。若是個慣批龍鱗、善捋虎鬚的，一彈指、一聲咳，無不具叱吒風雲之勢，何待披忍辱鎧、操智慧刀，與生死魔軍決戰，方謂之祖域爭衡之上將哉？不見昔日菴提遮女問文殊大士曰：『明知生是不生之理，為何卻被生死流轉？』大士曰：『其力未充。』」乃曰：「事存函蓋合，理應箭鋒拄，須還文殊大士。然簡點將來，要且只會得如來禪，若到祖師門下，更買草鞋行腳始得。天寧則不然，設有人問：『明知生是不生之理，為何卻被生死流轉？』只向他道：『不入驚人浪，難尋稱意魚。』只此一語，堪為當薦雷公開解脫門、入解脫道了也，更有甚現生罪業、夙世冤愆而不瓦解冰消？且道此去畢竟超昇何界？」良久，云：「九蓮捧足生蓮國，百寶嚴身坐寶臺。」

結夏日，泰州劉忠赤居士請上堂。問：「德山入門便棒，臨濟入門便喝，未審和尚如何接人？」師云：「我這裏沒這閑家具。」進云：「誰人知此意，令我憶南泉？」師云：「即今南泉在甚麼處？」進云：「覿面不識。」師打，云：「未信你在。」乃舉：「昔日雲居祐和尚結夏示眾云：『無相光中有一無位真人，出沒三界、流轉五道，不捨十惡業、不墮五蘊身、不除煩惱障、不證大涅槃、不憎毀禁、不敬持戒、不經冬、不過夏，汝等諸人還知去處麼？』良久，云：『九旬陽焰裏，五分法身圓。』」乃云：「大哉！雲居安居，美則美矣，要且則明得當時事。那知天寧出世，秋晚人根卑劣，若不就下平高，退席之輩不止五千籌矣。今日聖制初啟，藉檀越請法之誠，只得別翻曲調去也。」驀豎拂子，云：「看，看！有相場中有夥無巴鼻漢，希出三界、望越五道，捨十惡業、了五蘊身，除煩惱障、證涅槃身，憎毀禁如生冤家、敬持戒似活菩薩，那邊取次經冬、這裡隨分過夏，更說五分法身，且待九旬陽焰裏款款地修為取證。然雖如是，忽有個漢出來道：『大小天寧作小乘知見？』只向他道：『三生六十劫。』」

解夏日，懸巖知浴率眾善信請上堂。僧問：「臨濟半夏辭黃檗，檗便打，且道意旨如何？」師云：「正令當行。」進云：「某甲半夏到天寧，即今終夏也，去即是？住即是？」師打，云：「也不得放過。」進云：「只此一機，大播天下。」師云：「且喜汝領話。」乃云：「九旬告畢，布袋頭開，去者從去，來者任來，諸法原無定相，愚人特地相乖，但能於一剎那中穿得如來鼻孔，一任山遊南嶽、普請天台，究竟未曾動著芒鞋，恁麼稱功圓果滿，諸佛歡喜道：『奇哉！』不然，且待龍華會裡參彌勒，從頭與汝更加錐。」

惟龍李護法薦嚴，請上堂。乃云：「正覺離名相，隨緣即道場。諸仁者！秪如今日檀越薦親，昨日地府赦罪，且道是正覺離名相耶？是隨緣即道場耶？者裡分析得去，始知罪無實性，赦亦虛名。當人正覺本體原自光明，如十日並照，生死交謝而不變，寒暑迭更以常寧。如此薦親，薦得其正；如此報本，報得其真。只這真正二字，可以繼祖燈、可以維世教，良以凡夫無知，不達自家真正本體，於無生死中妄見生死、於無去來中妄見去來、於無憎愛中妄見憎愛、於無好醜中妄見好醜，既一切妄見，則昏迷失性、垢濁纏身，流轉六道而不知、淪墜三途而不覺。不見古佛有云：『起諸善法本是幻，造諸惡業亦是幻，身如聚沫心如風，幻出無根無實性。』幻既無實性，一切善惡諸業亦當體全空，盡大地豈不是一箇大解脫場？茲者惟龍居士痛念令先嚴生平殺業深重，特請山僧說法以祈澡雪。記得宋時王公韶帥邊時，亦以殺業深重，特請佛印元禪師就上藍說法，元公拈香云：『此香為殺人不眨眼上將軍、立地成佛大居士。』眾稱善，公亦悠然意消。今日天寧則不然，此香為調甫無面目漢，伏願冤業場中成解脫、煩惱海裏得清涼。豈不與元公並駕爭驅於千古上下哉？且正當今日，畢竟生何國土？」乃揮拂子云：「香雲疊疊承雲馭，咫尺蓮邦信可居。」

中秋，示眾。「濃雲積霧已經旬，忽地天拋片月新，雨後舒光當此夜，風前得旨是何人？靈山話，涉吻唇，曹溪指，隔關津，爭似天寧一句親？但得陰霾都掃盡，清光喜見十分真。」

晚參。「諸佛意，祖師禪，釋迦心明似鏡，達磨口直如弦，一大藏教光流東土，千七百則聲振西乾，說頓說漸、說實說權、談照譚用、談要談玄，從頭一一生按過，都盧不值半文錢。天寧不是抑人揚己，亦不是欺聖罔賢，參透其中一句旨，從教鼻孔自遼天。」

歲節，晚參。舉：「昔日僧問鏡清：『新年頭還有佛法也無？』清云：『有。』僧云：『如何是新年頭佛法？』清云：『元正啟祚，萬物咸新。』僧云：『謝師荅話。』清云：『山僧今日失利。』又僧問明教：『新年頭還有佛法也無？』教云：『無。』僧云：『年年是好年，日日是好日，為甚麼卻無？』教云：『張公喫酒李公醉。』僧云：『老老大大，龍頭蛇尾。』教云：『山僧今日失利。』」乃云：「說有說無，盡非新年頭佛法。且道如何是新年頭佛法？」云：「蹴踏人人增意氣，謳歌處處樂昇平。忽有箇漢出來道：『長老大好新年頭佛法。』只向他道：『天寧今日得利。』」

謝士彥伯仲率子請為先嚴體玉居士對靈小參。師揮拂子云：「天以消長為道，人以生死為場，會得原無罣礙，何處不是家鄉？良由不達此理，動念即乖真常，造惡必沉地獄，為善定往天堂，善惡二俱不染，天然本地風光。孝子欲酬罔極，慇勤勸請敷揚，更不尋枝摘葉，直截為汝提綱。亡者靈臺不昧，便請直下承當，且道此後生何地位？」復揮拂子云：「即此便超真淨土，紛紛花雨散天香。」

法雲寺華嚴社成義、偉珍二大德為師本生闍黎請下火。「赤日流金三伏天，蓮車何事忽高遷？縱然竺國清涼在，難慰同人泣斷絃。恭惟本公老闍黎，早年社結華嚴，即俗即真為本事；晚歲身端戒品，成人成己作歸程。謾云足寄鬧藍，袈裟邊全無半點泥水；縱謂身遠丘壑，拄杖頭卻有十分煙霞。都道本固者生必厚，源遠者流必長，豈期法雲方斂跡於此方，而慧日忽移炤於他處？天寧於公法交四載，道契平生，譯經臺畔雖未共龍象參承，大樹堂前早曾作人天軌範，況持己似光風霽月，處人若和氣春風？今者幻緣既滅，真照獨存，且道畢竟得何三昧？」驀以火炬打圓相，云：「從今踏著南詢路，火裡清涼脫體新。」

## 雨山和尚語錄卷第六終