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title: "雪關禪師語錄 · 杭州虎跑語錄"
description: "雪關禪師語錄是明代禪僧雪關智誾的語錄彙編，由弟子成巒等人記錄，開詗編訂。該書成於明末禪宗傳承之際，反映了當時曹洞宗的發展面貌。內容收錄雪關禪師的上堂法語、機鋒對答、書信偈頌等，闡揚禪宗心性思想，強調頓悟見性、直指人心的修行路徑。作為明代曹洞宗重要文獻，該語錄不僅體現了雪關禪師的禪學特色，也為研究明末禪宗思想提供了珍貴史料，在佛教典籍中具有承先啟後的學術價值。"
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### 杭州虎跑語錄

崇禎丙子春，太守岳衡山、司李黃海岸、榷關馮際明、錢塘邑侯劉鹿鰲、臬幕吳赤城、中丞余集生、中丞洪清遠、憲副錢從卓、大參翁水因、司理許瑤房、中翰周朗垣、鹺伯李仲休、劉績菴、柴文伯、嚴印持、鄒孟陽、秦心卿、沈時可、嚴忍公、嚴無敕、顧霖調、聞子將、卓左車、鄒仲錫、李煙客、王元建、方子凡、錢公積、聞子有、沈澤民、陸文垓、鄒孝直、凌履旋、沈英多、吳以德、張秀初、卓珂月、俞企延、沈吉人、江道闇、徐元之、徐羽侯、唐友白、陸不遠，高處上眾居士請上堂。師拈香云：「此一瓣香，氤氳結而地天交泰，盤旋覆而海嶽春融，爇向爐中，端為祝延今上皇帝，聖壽萬安，前星朗耀，后嶽齊高，伏願皇仁浩蕩，與日月齊明；聖曆綿延，等嵩華永算。此一瓣香，瑞接空中紫氣、香分劫外優曇，端為滿朝文武、合郡宰官、虎林護法居士、信心檀越、諸山耆宿、本寺監院眾執事，伏願道標峻揭，長為法海神龍；願駕高驂，允作清朝儀鳳。此一瓣香，吞吐千秋靈氣、含藏剎土風光，端為供養開山寰中大師、寺主三空和尚，伏願玄風再振少林，開無影之花；法苑重新大樹，垂普天之蔭。此一瓣香，雜毒為丸，祖佛也須蠱殺；旃檀和糞，貴賤不許論量，端為供養博山堂上先大師異和尚，伏願毫端露華藏之天、鼻索隨逆兒之手。」就座，維那白椎竟，師云：「今日陞座，諸方龍象擁集，肩挨腳拶，推倒香臺，直饒汝向千萬人藂中翻身跳出，還須與老僧把手同行始得。還有麼？如無，山僧打葛藤相謾去也。」黃海岸居士問云：「虎跑法會，萬眾雲臻，燕語鶯啼，花紅椰綠，斬新春令一句請師道來。」師云：「謝居士說了也。」僧問：「今日大開爐韝，煆煉聖凡，有箇純鋼打就、生銕鑄成底漢子出來，還受煆煉也無？」師云：「也要與腦後一鎚。」進云：「靈山一會，迦葉親聞，今朝法會，何誰得聞？」師云：「靈山且置，你因甚不照顧這一鎚？」問云：「百尺竿頭一步，作麼生進？」師云：「倚石推雲遠，憑崖接樹高。」

> 崇禎丙子の春、太守の岳衡山、司李の黄海岸、榷関の馮際明、錢塘の邑侯劉鹿鰲、臬幕の呉赤城、中丞の余集生、中丞の洪清遠、憲副の錢従卓、大参の翁水因、司理の許瑤房、中翰の周朗垣、鹺伯の李仲休、劉績菴、柴文伯、厳印持、鄒孟陽、秦心卿、沈時可、厳忍公、厳無敕、顧霖調、聞子将、卓左車、鄒仲錫、李煙客、王元建、方子凡、錢公積、聞子有、沈沢民、陸文垓、鄒孝直、凌履旋、沈英多、呉以徳、張秀初、卓珂月、兪企延、沈吉人、江道闇、徐元之、徐羽侯、唐友白、陸不遠、高處上といった多くの居士の方々が、上堂のご依頼をされました。 師が香を拈っておっしゃいました。「この一瓣の香は、もやもやと結んで天地が調和し、めぐり覆って海や山が春の暖かさに溶け合います。これを炉にくべ、ひとえに今上帝の御聖寿のご無事とご長寿を祈念いたします。前星は明るく輝き、后は山のように高くそびえます。願わくは、天皇のご慈愛が広大で、日月と共に輝き、聖なる御代が長く続き、崋山や嵩山のように永遠でありますように。 この一瓣の香は、祥瑞が空中の紫気に接し、香りは劫の外の優曇華を分け持つものです。ひとえに朝廷の文武百官、この郡の宰官たち、虎林の護法居士、信心深い檀越の方々、諸山のご長老、当寺の監院やその他のお役目にお仕えする方々のためにささげます。願わくは、仏道の旗を高く掲げ、長く法海の神龍となられ、さらに願いの車を高く駆られ、清らかな朝の鳳凰としてふるまわれますように。 この一瓣の香は、千秋の霊気をのみこみ、国土の風光を内に宿すものです。ひとえに開山である寰中大師、そして寺主である三空和尚に供養します。願わくは、玄妙な仏風が少林で再びふるい起こされ、影のない花を咲かせますように。法苑が新たに大樹となり、天下に蔭を垂れますように。 この一瓣の香は、雑毒を丸めたようなもので、祖仏さえも毒殺しかねません。栴檀に糞を混ぜたようなもので、貴賤を論じることを許しません。ひとえに博山堂上の先大師・異和尚に供養します。願わくは、毛先の先に華蔵世界の空が現れ、鼻綱は叛逆の子の手に従いますように。」 座に就かれ、維那が白椎を終えると、師はおっしゃいました。「本日この高座に上り、四方から龍や象のような高僧方が集まり、肩と脚が触れ合い、香台を押し倒さんばかりです。たとえあなたがたが千萬人の群衆の中から身を翻して飛び出そうとも、やはり老僧と手を携えて共に歩まねばなりません。そういう者はいますか？もしなければ、山僧が無駄話（葛藤）でおまえたちを惑わすことになります。」 黄海岸居士が問いました。「虎跑のこの法会には、萬の衆が雲のように集まり、燕がさえずり鶯が鳴き、花は紅葉は緑と、新春の一句をどうか師にお示しください。」 師がおっしゃいました。「居士がすでに説明されました。」 僧が問いました。「本日、大いに炉韛を開き、凡夫や聖者を鍛え上げようとしております。純鋼で打ち、生鉄で鋳造したような漢が出てきたなら、なお鍛えを受けるのでしょうか？」 師がおっしゃいました。「それにも後頭部に一槌を与えねばなるまい。」 さらに問いました。「霊山の会において、迦葉は直接お聞きになりました。今朝のこの法会では、誰がそれを聞くことができるのでしょうか？」 師がおっしゃいました。「霊山のことはひとまず置いておきましょう。あなたはなぜその一槌に気を配らないのですか？」 問いました。「百尺竿頭のあと一歩、どのように進むべきでしょうか？」 師がおっしゃいました。「岩に寄って雲を遠くへ押しやり、崖に凭れて木の高みに応じる。」

師復云：「若論參學，似登峰者必須造極、溯流者決要窮源。秪如此一坐具地，乃唐寰中大師道場，這老漢腳踏實地不弄虛頭，其垂示云：『說得一丈不如行取一尺，說得一尺不如行取一寸。』這般言句如開大爐韝，秪要鑄成純鋼漢子、打就生銕心肝，方能了死脫生成佛作祖。汝若說得行不得，如空譚樓閣，終無結搆之功；汝若行得說不得，如靈雛在殼，未成啐啄之用；汝若行說俱到，則知果熟曾經霜久，瓜甜原為地肥；汝若行說俱不到此，是不唧瀏漢。諸兄弟！諸佛祖師在汝腳跟下答話已久，汝若更胡答亂問，來尋老僧鬥觜弄舌，非但遲了八刻，何曾夢見佛法臭汗氣在？當此之時，真風莫挽，頹波日靡，禪宗凋弊，與世界塗炭，真可痛哭流涕。所以山僧到淛中來，蒙合郡宰官檀越洎諸山名宿敦請開堂，意在因邪打正，止法門互諍之風；點鐵成金，消末劫兵荒之苦。諸兄弟！必須真參實悟究竟得箇大透脫光景，其或未悟稱悟，非但瞞卻他人，亦乃欺瞞自己，盡是泥犁種草波旬眷屬，千佛出世亦救你這班東瓜茄子不得。然雖如是，山僧到這裏開箇舖面亦有所圖，且道圖箇甚麼？拋鉤為釣鯤鯨族，小小蝦蟆謾上竿。」

> 師は再び言われた。 「修行と学びを論じるならば、山に登る者は必ず頂上を極め、川を溯る者は必ず源を窮めねばならない。ちょうどこの坐具の地こそ、唐の寰中大師の道場である。この老僧は、地に足をつけて虚仮を弄ばず、こう垂示された。『一丈を語るは、一尺を行じるに如かず。一尺を語るは、一寸を行じるに如かず。』このような言葉は、大きな炉を開くようなものだ。ただ純鋼の漢子を鋳造し、生鉄の心肝を打ち出すことをのみ願う。そうして初めて、生死を超え、成仏作祖ができるのだ。 もしお前たちが、語ることはできても行じることができなければ、それは虚ろな楼閣を語るようなもので、ついに構造の功はない。もし行じることはできても語ることができなければ、それは霊雛が殻の中にいるようなもので、まだ啐啄の用を成さない。もし行じることと語ることの両方が至っていれば、果実が熟すのは霜を経て久しいからであり、瓜が甘いのはもとより地が肥えているからだと知るだろう。もし行じることと語ることの両方が至らなければ、それは気の利かない奴というものだ。 諸兄弟よ！諸仏も祖師も、お前たちの足下で長く対話していたのだ。もしお前たちが、さらにでたらめに答え、でたらめに問い、老僧のもとに来て口先だけの争いをするならば、ただ八刻遅れるだけでなく、いつ仏法の汗の臭いを夢に見たことがあるだろうか？ この時、真実の風は挽きがたく、衰退の波は日増しに広がり、禅宗は凋落し、世界は塗炭の苦しみに陥っている。まことに痛哭流涕すべきである。だから山僧は浙中に来て、郡中の宰官や檀越、諸山の名宿たちの懇請を受け、法堂を開いたのである。その意図は、邪によって正を打ち、法門において互いに争う風を止め、点鉄成金によって末劫の兵乱の苦しみを消そうというものだ。 諸兄弟よ！必ず真に参じ実に悟り、究竟して大透脱の境地を得よ。もし悟ってもいないのに悟ったと称するならば、他人を欺くだけでなく、自身をも欺くことになる。すべては泥犁の種草、波旬の眷属であり、千仏が出現しても、お前たちのような冬瓜茄子どもを救うことはできない。 しかし、このようにして山僧はここに店を開き、図るところがある。いったい何を図るのか？鉤を投げるのは鯤鯨の族を釣るためだ。小さな蝦蟆ごときが、軽々しく竿に上るな。」

上堂，居士問云：「漚生漚滅江還碧，意旨如何？」師云：「你須一口吸盡西江水始得。」進云：「雪消關破，主人公何處安身立命？」師云：「銕牛衝不過。」進云：「可見昔日婆心、今日婆心？」師云：「這裏說甚麼今昔？」士禮拜，師云：「空頭沒頂𩕳。」師復云：「老蒼天，靠你住，昨日難防今日事；花妍椰嫩正驕春，晴空霹靂生風雨。剌剌金蛇撲地飛，巖泉迸溜峰攢霧；雨過天晴日出頭，始知變態常如故。不如故！豈不見雪竇老人道：『大丈夫先天為心祖。』」

> 住持が高座に上り、在家の信者が問うた。 「泡が生まれ、泡が消えても、川はなお青く澄んでいる——この言葉の真意はいかがでしょうか？」 師、答える。 「あなたはまず、西の川の水を一口で飲み干さねばならぬ。」 さらに問う。 「雪が解け、関所が破れました。その時、主人公はどこに身を置き、心を休めればよいのでしょう？」 師、言う。 「鉄の牛は、突き破ることはできぬ。」 さらに問う。 「昔の親切心も、今の親切心も、同じものと見てよろしいのでしょうか？」 師、言う。 「ここで、何を昔や今と言うのか。」 在家の者が礼拝すると、師、言う。 「空っぽの頭には、頂上がない。」 師、さらに言う。 「おお、天よ。あなたに頼っている。昨日は防げなかったことが、今日は起こる。 花は美しく、椰の芽は若々しく、春の盛り。 晴れた空に霹靂が走り、風雨が生じる。 ザッと閃光が地を走り、岩の泉はほとばしり、峰には霧が立ちこめる。 雨が上がり、空が晴れ、日が昇ると、初めて知る。 変化が常に、もとのままであることを。 もとのままではない！ 見よ、雪竇老人は言わなかったか。 『大丈夫は、心を先天的なものの祖とする』と。」

瓶匋聞老師招同黃海岸、錢從卓、吳心陽、柴文伯、方墨池、許瑤房、錢瑞星、周朗垣、李仲休、鄒孟陽、鄒仲錫、聞子將、聞子有、嚴印持、嚴忍公、顧霖調、錢公積、于行素、王元建、錢賡明、錢雍明、林道周、林蘭碩、陸文垓、陸不遠、查醉白、虞大赤、虞仲皜、陳西五、顧超士、鄒孝直、鄒子猷、鄒朿仲、鄒藹生、鄒叔夏、江邦玉、沈英多、沈吉人、沈啟敬、李子先眾居士等西湖放生，至淨慈寺請上堂：「山僧出虎跑三門，赴聞尊宿洎合郡宰官居士湖上放生之約，不意偶過淨慈，諸公轉請上堂，不知是何心悻？可謂『依稀似曲纔堪聽，又被風吹別調中。』然雖如是，不妨借路經過。夫肖翹愛命、蠕動貪生，業最慘于殺傷、慈莫深於救護，一夫騖漁獵之利，何止戕百萬生靈？一家奉蔬水之餐，亦足活無限物類。賓筵殫水陸之珍，遊魂滿案；食品耗萬錢之費，快意何甘？既乏同體之悲，焉無反噬之報？因中失憫，果亦無憐。仁人君子，能全惻隱之風；活路生機，原開仁壽之域。是以西湖勝集眾善，駢臻輪月放生，群公佳舉，可以續雲棲大師悲深願廣之法乳，庶不孤瓶匍尊宿利生接物之盛心。所以太師翁云：『若恩周多命則大積陰功；或惠及一蟲，亦何非善事？』即此祝　聖曆綿延之算，共抒忠誠；轉寰宇太平之風，陰裨王化。秪如永明大師道：『高低嶽瀆，共轉根本法輪；大小鱗毛，普現色身三昧。』還有知得永明老人落處麼？」海岸居士問云：「如何是色身三昧？」師云：「色身且置，居士得何三昧？」進云：「要且不是鱗毛。」師云：「也像這箇蟲豸。」進云：「護生須是殺，殺盡始安居。畢竟殺生是？放生是？」師喝云：「莫被人惑亂好。」進云：「果是作家。」師云：「念汝尊官，饒過一掌。」便下座。

王菴主同郎生左居士請上堂：「教中道：『譬如琴瑟箜篌，雖有妙音，若無妙指終不能發。寶覺真心，各各圓滿，如我按指，海印發光；汝暫舉心，塵勞先起。』」師云：「黃面老人五百生前曾做樂官，來這些習氣，熟處難忘。山僧素乏師傳，指法太鈍，秪有一曲沒絃琴，彈得最熟。」擊拂子云：「這箇若喚作妙指，又將甚麼作妙音？這箇若喚作妙音，卻將甚麼作妙指？」擲下拂子云：「曲終人不見，江上數峰青。」

上堂，僧問：「不立儒、不立佛、不立道，如此人來作麼生相見？」師云：「問取三教先生。」進云：「不落這箇階級。」師云：「雪巢眠未穩，終是嫩雛禪。」進云：「不妨處處垂方便。」師云：「這是甚麼所在說方便？」便打，僧拍掌而退，師云：「大似弄鬼戲。」僧問：「如何是直示底句？」師云：「踏破梯無級，何愁上下難？」進云：「如何是轉身句？」師云：「煙村三五里。」進云：「直示轉身是同是別？」師云：「峰路萬千層。」僧禮拜，師云：「且下階去。」師復云：「諸兄弟！禪傋眾體，豈落一機；理貫千差，豈拘一轍？如海釀百川而成味，滴滴全波；地攬眾嶽而成山，峰峰遞秀。珠走盤圓，拏捉不著。昔洛浦機鋒俊捷，臨濟嘗稱為：『門下一隻箭，誰敢當鋒？』後來辭去，臨濟道：『好一尾赤稍鯉魚，不知向誰家虀瓮裏淹殺？』」師云：「臨濟憐兒不露醜；洛浦趁俊太過頭，所以父子含糊，匆匆放過。後來參夾山，進門但叉手而立，山云：『雞棲鳳窠，非其同類。出去！』浦云：『自遠趨風，乞師一接！』山云：『目前無闍黎，此間無老僧。』浦便喝，山云：『住住！且莫草草匆匆，雲月是同，溪山各異，截斷天下人舌頭則不無，闍黎爭教無舌人解語？』浦無語，山便打，浦從此服膺。諸兄弟！還知他洛浦在夾山手裏落節麼？」良久云：「羅龍須是調龍手，豈受尋常落地欺？」

上堂，師舉：「南泉禪師云：『王老師自小牧一頭水牯牛，擬向溪東牧，未免食他國王水草；擬向溪西牧，未免食他國王水草，不如隨分納些些總不見得。』」師拈云：「溪東牧、溪西牧，知其背、知其觸，不如隨分納些些，縱踰矩兮從所欲。諸兄弟！若曉得孔子道底，便可移性復情；若曉得南泉道底，便可返道合常；若曉得山僧道底，墮坑落塹。」復卓拄杖云：「出了也免死，停囚長智。」便下座。

孝廉聞子將、嚴印持、鄒孟陽、王元建、方子凡，同錢機山相國，沈彥威、余集生兩中丞，李仲休鹺伯、錢淇水二守、梁維章光祿請上堂：「錢塘江上春風起，三月桃花翻浪勢；五雲山裏眾鱗龍，風雷特地催燒尾。禹門萬丈躍煙霄，振鬣掀鬐鼓異濤；不但豐年霖雨足，吸乾滄海巨波消。而今得箇閒棲泊，相將盤踞炊煙閣；倒卷綃簾轉出來，面前顆顆驪珠爍。且道是甚麼人為他點眼？」良久云：「水晶宮殿杳，淡墨也難描。」

錢從卓憲副、柴文伯封公、周朗垣中翰、錢瑞星太史、翁水因大參、俞無文別駕、顧霖調太學，聞子將、柴雲倩、朱夏朔、方子凡諸孝廉，設齋請上堂。余集生居士問云：「雲門拈起餬餅云：『我秪供養兩浙人，不供養向北人。』今日浙人也來供養、北人也來供養，和尚還一體回施、還似雲門兩般管待？」師云：「雪關更過雲門量，口闊從來吞十方。」進云：「一口吞盡十方，卻向甚麼處屙？」師云：「施不擇地。」進云：「這箇供養，還須阿難唱箇僧跋，方見得有賓有主。」師云：「難得居士賡前和後。」進云：「賡前和後且置，洞山有箇頌子：『五臺山上雲蒸飯，佛殿階前狗溺天』時又如何？」師云：「山僧則不然，紅稻啄殘鸚鵡粒，碧梧棲老鳳凰枝。」進云：「恁麼則溈山柿子大家有分，秪合代大眾禮拜。」師微笑云：「放過一著。」弘贊上座問云：「如月在水，孤明歷歷時如何？」師云：「擊碎精靈窟，通身毛骨寒。」進云：「便恁麼撒手時還有事也無？」師云：「切忌坐明頭。」贊禮拜。

師乃舉：「裴公美相國守新安日游大安精舍，見壁間畫像問黃檗老人云：『真儀可觀，高僧何在？』檗朗聲喚云：『裴休！』公應諾，檗云：『在甚麼處？』公於言下領旨，如獲髻珠。山僧道：黃檗提頭，裴公知尾，一箇舌親，一箇手快，秪見草枯鷹眼疾，不知雪盡馬蹄輕。

「韓昌黎公一日謁大顛禪師云：『弟子軍州事繁，佛法省要處乞師一句？』顛良久，公罔措，時三平為侍者，乃敲禪床三下，顛云：『作麼？』平云：『先以定動，後以智拔。』公乃禮謝云：『和尚門風高峻，某於侍者邊得箇入處。』山僧道：龍樓穩密，近侍能知；和尚門風高峻，侍者邊得箇入處。須知轉深轉有，還須轉有轉深，撞見箇嚙鏃人來始得。」

「楊文公大年謁廣慧璉禪師，璉接見問：『秘監曾見何人道話來？』公曰：『某曾問雲巖諒上座：「兩箇大蟲相咬時如何？」諒云：「一合相。」某曰：「我秪管看，未審恁麼道？還得麼？」璉曰：「這裏即不然。」公：「請和尚下一轉語。」璉以手作拽鼻勢云：「這畜生猶𨁝跳在。」』公於言下領旨，脫然無疑，遂呈偈云：『八角磨盤空裏走，金毛獅子變作狗；擬欲將身北斗藏，應須合掌南辰後。』山僧道：方位易辨，肯綮難知，若要徹骨徹髓，更須親見廣慧一迴始得。

「張侍郎無垢初參柏子話未有入，忽聞蛙聲有省，偈曰：『春天月夜一聲蛙，撞破乾坤共一家；正恁麼時誰會得？嶺頭腳痛有玄沙。』山僧道：築著磕著，未足好手。後來至徑山參妙喜老人，與馮給諫諸公議格物，山曰：『秪知有格物，不知有物格。』公茫然，山大笑，公曰：『師能開論乎？』山曰：『不見小說載唐人有與安祿山共謀叛者，其人先為閬守，壁間畫像在焉！明皇幸蜀，見之怒，令侍臣以劍擊其像首，時閬守在陝西，首忽墮地。』公於此頓領深旨，題不動軒云：『子韶格物，妙喜物格；欲識一貫，兩箇五伯。』山僧道：格物物格，強分皂白，若會萬物為自己，說甚物格與不格？然雖如是，囫圇吞栗即不得。諸道友！今日是合城大護法眾居士設齋，此諸公才兼韶美、名媲韓楊，拈起龐老箭鋒，穿楊可待；靠倒維摩方丈，入室無難。山僧未到虎跑先蒙書幣殷勤，既到虎跑又承盤桓眷顧，久居虎跑更蒙法供稠疊。佛法付於國王大臣，然則靈山囑累正在今朝，教中道：『諸供養中法供養最。』秪如今日眾居士設齋，且道是法供、不是法供？」良久云：「毒藥醍醐俱上味，不知那箇飽膨脝？」便下座。

孝廉唐祈遠設齋請上堂。祈遠居士問云：「如何是參禪入手處？」師云：「吾常於此切。」進云：「如何是參禪險難處？」師云：「一一經過始得。」進云：「如何是參禪得力處？」師云：「把定乾坤。」士作禮。一僧隨問云：「如何是參禪入手處？」師云：「截千人之頭臂，剜萬人之心肝。」又問：「如何是參禪險難處？」師云：「拆佛殿，毀魔宮。」又問：「如何是參禪得力處？」師云：「逆水船開順水風。」僧禮拜。師乃舉：「徑山老人道：『趙州禪秪在口唇邊。』山僧道：趙州禪如神廟裏籤，千掣千聖、萬掣萬靈，初不曾安排吉凶使人規避禍福，若以是非得失而論古駁今，山僧綰上眉毛，一任諸方貶剝。」卓拄杖下座。

上堂，兵曹徐獨往居士問：「博山言句雖多，肚皮乾淨？」師云：「乾淨是一機，先師不在這裏。」士云：「乾淨便好？」師云：「語不離窠臼。」士云：「如何出得窠臼？」師云：「居士保重尊體。」士云：「病也不妨？」師云：「忌口強喫藥。」士欣然。師乃舉：「傅大士偈云：『空手把鋤頭，步行騎水牛；人從橋上過，橋流水不流。』這老子做箇法身頌子，盡力描寫卻道不出，不消山僧一句便頌了也。且道是那一句？」卓拄杖云：「美食不中飽人餐。」便下座。

解制上堂：「山僧手腳類園丁，日午澆瓜慣不曾；今日根芽舒遍地，春風引上石瓠棚。秪如水到渠成，瓜熟蒂落，還有人道得麼？一月期長雲裏過，天明分曉各歸窠。」僧問：「放行則日月生光，把定則乾坤失色，還是把住是？放行是？」師云：「一任闍黎裁取。」進云：「恁麼則囊錐脫穎去也。」師云：「你底錐在甚麼處？」僧便喝，師笑云：「喝破口唇皮，錐兒尋不見。」僧云：「不犯當頭，因甚麼又犯？」師云：「不打自招，趁出去。」茹無棟居士問：「如何是殺人刀？」師云：「倒挂眉端。」進云：「如何是活人劍？」師云：「不斬死漢。」士禮拜，師云：「收。」師復云：「諸兄弟！此一禪期乃司理黃海岸居士啟請，余集生居士肇端，洎會城諸公禪侶莫不歡心延接，可謂金城百仞、寶塹千重，意在挽太平中興之國運、起法門無諍之真風。諸兄弟！勝緣難遇，大心須發，雖時風窪陋，先聖可攀，玄沙衣取蔽形、食取接氣，傋頭陀之名，豈因浪得？大溈冬不圍爐、夏不搖扇；哲侍者之枕真箇驚人，率多真參實究，豈徒馳獵虛聲？古人道：『知是般事便休。』或親明眼，久受鉗錘；或居深山茆屋邊，秪待囊錐脫穎、果熟香飄；或遊十字街頭，卻道我自調心非關汝事。宜追先軌，勿墮時流；其或未然，縱有好因緣時節，未免依舊當面蹉過。設有箇不錯過底出來，也須向千峰萬峰深處親見老僧始得。」

瓶匋聞老師同古德、新伊二法師洎眾宰官居士請小參，師云：「宗門下事，正令當行，直饒佛祖出來也少不得劈頭一棒，何況論賓論主，禮貌周遮，折旋俯仰，寒溫語笑，與本分事有何交涉？然主不軋主、法不說法，明眼人前，撒土撒沙一場笑柄。況瓶匋師翁法雲普覆，慧鏡渾圓，寓直指于曲禮之中；謙光滿目，移法幢於虎跑之寺，降尊就卑，雖真歇老祖攝誘溫人無過此意，即法眼就玄則之座助化何如？兼有古新二法師，皆一時義虎，正宜就此法筵之中，互顯不說之說。當知未開口已前，如撾塗毒鼓，石人側耳久矣！無奈眾居士鼓弄風濤，要使香海神龍法戰一場，卻被三尊宿勘破了也。且道勘破在甚麼處？」黃海岸居士突問云：「此三尊宿且道是那一箇具眼？」師云：「請公高鑒。」士云：「勘破了也。」師云：「勘破在甚麼處？」士云：「請師道。」師云：「草裏漢！」士禮拜。余集生居士問云：「和尚今日親到虎跑，一聲哮吼，喚醒夜深臣子，就中虎嘯風生一句無人道得，卻請和尚道。」師云：「夫子自道了也。」士云：「請師再吼。」師云：「不礙連聲吼，恐驚座上人。」便歸方丈。

全夢澤邑侯、王荊白郡幕、吳心陽封公請小參，師舉：「龐居士偈云：『但自無心於萬物，何妨萬物常圍繞？銕牛不怕師子吼，恰似木人看花鳥。木人本體自無情，花鳥逢人亦不驚；心境如如秪這是，何慮菩提道不成？』這老漢千秋雪膽、萬古冰肝，一任紅塵撲面，何妨白汗盈軀？妙在心不礙境、境不礙心，心還是心、境還是境，直得心境雙融，卷舒自在，然後可以治國治家，上致君、下澤民，即家庭而為佛事，火中拈出蓮花；就風塵而結道緣，空裏不留鳥跡，縱在萬境交加之際，恬然如入那伽大定。秪要信得此事及，把柄在手。如山僧先占法臺上坐，任他千人藂觀、萬人環繞，畢竟動山僧這一步位不得。我若招你上來、推你下去，要且一切人不奈山僧何，山僧卻奈得一切人何。假如有箇不受招不受推底人出來，又作麼生道？若道得，山僧與你柱杖；若道不得，山僧也與你柱杖。」傍僧云：「因甚麼如此？」師云：「為你不如此。」進云：「如此時又如何？」師云：「正好喫棒。」

小參，僧問云：「萬古靈機追虎穴，千峰踏破復歸崖。蹋破千峰即不問，今居虎穴事如何？」師云：「還我草鞋錢來。」僧鳴指一下，師云：「不要亂做。」僧云：「不亂做底請師道。」師云：「你號做甚麼？」傍僧云：「這僧在磬山來，號『孤崖』。」師問：「曾到博山麼？」僧云：「到。」師云：「你是那家小販？凡問話，臨濟有臨濟底妙處，曹洞有曹洞底妙處。」僧云：「我但不知何等底妙處？」師云：「妙處也不知！」僧云：「這是什麼所在，扯這些葛藤？」拂袖便出，師云：「者梢郎子未遇人在。」師乃卓拄杖，舉：「芭蕉清禪師云：『你有拄杖子，我與你拄杖；你無拄杖子，我奪你拄杖子。』芭蕉老漢扳例隨條、就窠打劫，要且自己無為人處。山僧則不然。」卓拄杖云：「秪箇拄杖，不與不奪，柱地撐天，如龍之活。然雖如是，非但芭蕉結舌，山僧亦結舌有分。且請拄杖子為眾宣說。」卓拄杖云：「還聞麼？」眾無語，師云：「大地是聾人。」

太學佘象緯居士請小參，師舉：「馬祖問南岳云：『如何是心地法門？』讓云：『汝學心地法門，如下種子。我說法要譬彼天澤，汝緣合故，當見其道。』諸禪德！情乾識漏錯認法身，言滯句迷焉離毒海？法身邊事，猶可以依稀彷彿；法身向上事，有幾箇自在縱橫？高峰老人偈云：『海底泥牛銜月走，巖前石虎抱兒眠；銕蛇鑽入金剛眼，崑崙騎象鷺鷥牽。』會得此一偈，則照用料揀、棒喝交馳，正好作曹洞兒孫。洞山老人道：『五臺山頂雲蒸飯，佛殿階前狗尿天；剎竿頭上尖錐子，三箇猢猻夜簸錢。』會得此一偈，則偏正妙協、機位環旋，正好作臨濟兒孫。恁麼道大似搓圓捺匾、換柱移梁，要且不是乾曝曝地。或問山僧又作麼生？規圓方竹杖，漆卻斷紋琴；家活臨時用，安排便不真。」復笑云：「也秪八成。」

壽昌寺黃海岸居士請小參：「萬壑千峰路委蛇，到來不動腳跟皮；蕩家須是興家子，祖父田園盡屬伊。不肖乃伶俜之子，久滯他邦，今也喜得還鄉，始知博山是父、壽昌是祖，將一箇華藏世界，為我祖父田園，拋來撒去儘著受用。有時花擘星分不動纖粟；有時堆山積海不留一文，妙在有為有守，善能受用，自他皆成三昧。今日到來壽昌門下，幸有法叔諸師證知，且喜家私完全、券契明白，信是克家之子，還有箇欠佛法債不了的，且道阿誰？」良久云：「唯餘海岸黃居士，瀾漫家風徹骨貧。」

淨慈寺小參：「永明壽禪師云：『高低嶽瀆，共轉根本法輪；大小鱗毛，普現色身三昧。』然則飛潛動植佛性無殊；網罟畋漁業報相值。夫肉食者斷大慈悲佛性種子。《涅槃經》云：『慈即如來，如來即慈。』所以戕他物命者，即戕自己之慧命；活彼生靈者，即活自己之生機。拋綸擲釣，解開宿世冤憎；縱壑凌霄，透出通身活路。銜環報德、鑄印封侯，歷有顯徵，不虛惻隱。今淨慈寺有徐澹初眾居士，乘弘願而興悲運智、立蓮社而念佛放生，現宰官說法之身、行菩薩方便之事，使孩提亦知馴雉之異、滿城興解網之仁，故知放生潭即功德海也。秪如龐居士云：『護生須是殺，殺盡始安居。』此意又作麼生？眉端笑掛吹毛劍，逆順皆行平等慈。」

迴龍寺小參：「世人嗜五欲，沉酣不醒悟；蠅子落酒缸，一醉飽而死。有智大丈夫，翻轉不如此；唾視諸欲境，肝膽生銕鑄；拶碎萬重關，坐斷千峰路。譬如無手人，善撾塗毒鼓；如撐無底船，截流而飛渡；凜若捧泰山，輕如穿薄霧；窮化盡端倪，決不墮諸數。秪如石頭禪師道：『回而更相涉，不爾依位住。』此意如何？轆轤銀索斷，灑落起清風。」

秪園小參：「禪堂穩密不通風，靜坐參禪好用工；忽聽庭前鸚鵡語，聲聲喚醒主人公。主人公！何面目？纔涉思惟隔千幅；目前有路不通針，萬里天邊如射鵠。還有收得箭鋒者麼？銅睛銕眼漢，不落二三機。」復笑云：「須是其人。」

師初至虎跑，杭州岳衡山太守黃海岸司理洎余集生中丞請茶話，師云：「定慧舊多講席，今禪期之設，乃虎林眾在道宰官居士意欲山僧握三尺黑蚖，鞭象撻龍、煆凡鎚聖，無端攪亂法門，不知是何心行？山僧為雲棲掃塔而來，撞著兩箇攔途老虎。昔日跑開泉眼，今更作怪興古，坐此虎跑殿上，威風四顧，卻被山僧畫箇圈兒，一齊收住。」海岸居士進云：「和尚照顧自己性命。」師咄云：「好箇沒毛大虫。」進云：「橫身當路時如何？」師云：「倒騎下也。」進云：「怒爪張牙時如何？」師云：「蚤被吞卻。」進云：「跑開泉眼時如何？」師云：「欠吼一聲。」師復云：「且道是那兩箇老虎？一箇是黃海岸司理。」進云：「那箇為甚麼不道？」師以手指云：「一箇是余集生居士。」士復進云：「和尚是第三箇？」師移椅起身云：「大家看虎。」士拽師衣云：「拿住尾巴時如何？」師笑把士鬚云：「你不解捋虎鬚。」便歸方丈。

謝虎跑監院眾執事茶話：「因花沒蔕信，結果於斯時；行海非波始，濫觴於此際。雲從龍！風從虎！繇來主伴交參；輪孤運！掌孤鳴！焉能節拍相和？必借帆蓬篙柁，共撐無底銕船；須加炭火爐鎚，方成銷金巧手。一絲安易織錦；雜華乃可成林。然則虎跑期場之設，誠乃三吳兩淛第一勝緣，萬古千秋藂林盛事。山僧今夜一杯茶，未足為諸公荅謝。所望開場選佛，立地逢人，廄什方足下之駒，蹀躨千里；接洞山崖上之樹，美蔭參天。以此為謝，何謝辭之可及？」

淨慈寺訊誠上人同姚文茂居士請茶話，僧問：「劫火洞然，大千俱壞，未審這箇壞不壞？」師云：「添起一堆柴。」進云：「紅霞穿破壁，白日遶須彌。」師云：「那裏學得來？」進云：「在和尚處。」師云：「戲臺添腳丑，笑殺滿堂人。」師復云：「參禪親切句，莫挂口皮唇；好看澄潭水，龍須毒手馴。且道毒龍作麼生馴？不見適來有箇僧，如掣風顛相似，他問山僧：『灶下沒柴燒，將何煮飯？』山僧道：『和汝皮袋燒卻。』僧豎起三指，山僧道：『既燒卻，猶有這箇在。』僧翻身而去，山僧道：『你須脫胎換骨來始得。』諸兄弟！這便是山僧馴龍手段。還有別具手眼者麼？有則出來道看；如無，打斷葛藤，各自歸堂。」

方以讓居士請茶話，茹無揀居士問：「鴛鴦繡出從君看，不把金針度與人，如何是鴛鴦？」師答云：「一雙撲地恁孤飛。」士問：「如何是金針？」師云：「從來不度。」士云：「恁麼則君臣道合，國泰民安去也。」師云：「更須參見洞山始得。」士禮拜而退。師云：「南人不夢千人帳，北人不夢萬斛舟，以耳目所接不同故也。秪如夢香花、夢樓臺、夢佛像，此乃聖境，冥符《法華》所謂常有是好夢也。山僧適來倦睡得一夢，既非熟習勝境，且道是甚麼夢？正假寢間，夢一人至方丈求偈，山僧道：『老僧貪睡，可問取木上座。』座云：『和尚說底纔有靈驗。』山僧道：『借拳行令打虛空，大地山河切恨同；至道從來嫌揀擇，趙州齒缺不關風。』纔醒起來，忽遇以讓居士請山僧茶話，山僧肚皮乾枯無可施設，秪得將此偈拈出布施大眾，三十年後莫道山僧與大眾說夢。」

寶方與黃海岸居士茶話：「一杯茶是醍醐，不善飲者能喪身失命；一杯茶是毒藥，知其味者能起死回生。醍醐毒藥本無差，殺活當機誰善用？畢竟還有知味者麼？」海岸居士云：「請和尚喫茶！」師云：「莫教一滴沾唇。」復云：「且道趙州茶與今夜茶是同是別？」士云：「和尚請道一句！」師云：「還我茶錢來。」士舉杯便乾，師云：「何不更請一鐘？」士云：「和尚還有果子麼？」師笑云：「吞不下，吐不出。」

興濟堂茶話：「至道無文，至理無說；無說無文，是何妙訣？閉門造車，出門合轍；如豹澤毛，如龍蟄穴。鼓浪乘風，江河倒決；轉妙旋玄，其機始徹。一棒當頭，破皮出血；擔板不圓，秪得這橛。機權變化，不思議舌；會盡淆訛，眾流可截。且道截斷眾流底人是何手段？不曾過水口，那識是淵關？」

元宵茶話：「正月十五是元宵，露柱畫眉燈籠描；元宵正是正月半，燈籠放花露柱看。張三月下打鞦韆，李四風前吹玉管；若是鬧熱門庭家，家知有入理深譚。且道是僧家有？是俗家有？龐居士云：『但自無心於萬物，何妨萬物常圍繞。鐵牛不怕獅子吼，恰似木人看花鳥。木人本體自無情，花鳥逢人亦不驚；心境如如秪這是，何慮菩提道不成？』諸禪德！向龐居士句裏覷得七花八裂，縱不喚作聖賢，也喚作了事凡夫；其或未然，一句彌陀無間歇，家懸白澤鎮妖圖。」

師初至雲棲，眾居士請茶話，黃海岸居士問云：「雲棲大師，淨佛國土，末後一句未曾輕意舉似於人，今日請和尚分明指出！」師云：「壽昌門裏賊，不是等閒心。」士禮拜，復問云：「木佛度火時如何？」師云：「添上榾柮著。」進云：「金佛度爐時如何？」師云：「看取燄中輪。」進云：「泥佛度水時如何？」師云：「腳跟不曾濕。」進云：「為甚麼真佛內裏坐？」師云：「閉門打瞌睡。」進云：「如何是家裏佛？」師云：「老僧不在此坐。」進云：「如何是最初句？」師云：「退步識取。」進云：「如何是末後句？」師云：「進前驗取。」進云：「如何是中間句？」師云：「和盤走珠子。」余集生居士問：「和尚有云：『到處尋人撾毒鼓，毒鼓震時遠近皆死。』秪如遇著箇毒鼓未撾時先死底人，和尚如何接？」師云：「惟有居士聽得最真。」士云：「謝和尚相接了也。」師云：「博山真印子，不合水和泥。」士作禮云：「收起好。」師拱手而笑。僧出問：「如何是淨土？」師不答。僧又問，師亦不答。居士問云：「如何不答？」師云：「若答他是土上加點，便不淨也。」師乃云：「山僧舌頭真古怪，不學風吹狗便吠；從他債主逼臨頭，閉上庵門憨打睡。佛法不是火煙炮，點著便燒真利害；雲棲寶庫揭封皮，發向虎跑行舖賣。且道賣底是甚麼貨？馬師鹽醬新鮮甚，知味欣逢高尚人。珍重！」

## 雪關禪師語錄卷之二終