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title: "雪關禪師語錄 · 貫花閣記"
description: "雪關禪師語錄是明代禪僧雪關智誾的語錄彙編，由弟子成巒等人記錄，開詗編訂。該書成於明末禪宗傳承之際，反映了當時曹洞宗的發展面貌。內容收錄雪關禪師的上堂法語、機鋒對答、書信偈頌等，闡揚禪宗心性思想，強調頓悟見性、直指人心的修行路徑。作為明代曹洞宗重要文獻，該語錄不僅體現了雪關禪師的禪學特色，也為研究明末禪宗思想提供了珍貴史料，在佛教典籍中具有承先啟後的學術價值。"
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### 貫花閣記

> 貫花閣記

江邦玉居士有薖軸情、無煙火氣，先年於城闠中搆一澹園，位置如丘壑，已足佳玩矣！復於此卜築橫山草堂，不減輞川興致，四方軒舄沓來，一時賞詠之士，多風雅擅場輩，觀其款峰納瀑，挂館飛廊，拳勺披露，天然似掖，人罨畫中行。然其才品作達而念篤好佛，自謂無許大清福領此佳山水，乃先闢一菴奉紺像，然後將泉石一一莊嚴，盡迴向於香水海內遍供剎塵，其意趣抑何深歟？歲丙子秋，余獲兩度臥遊，飽放饞眼，適居士又葺一閣貯方冊竺墳，余得隨喜頫眺，因顏之曰：「貫花閣、繇草堂，穿小徑、陟其巔，江聲迎梵、螺色圍龕，四顧閭接秀奇，於雁蕩雙目閣之下修懺摩以向來。扶花植竹，點綴嵒阿，此雖一種清癖，亦屬貪癡，而曠劫塵累，涓委岳積，苟不時掬甘露大與湔祓之，何以臻乎大解脫自在耶？」余謂居士：「甚得淨名家法，既善空諸所有，復爾不實所無，稱為空蘊，居士亦可以不媿乎雲栖髮弟子矣！彼忉利有歡喜園，諸天子采女娛戲其中樂而忘歸，乃天鼓無舌以揚聲、仙鳥能言而說法，警令勿恣逸。今居士能以臺榭為佛事，是別出一段因緣，使探奇攬勝之流、登高作賦之客，引上此箇峰頭，則又推轉法輪揭開寶藏，大是與人換新眉目似，不煩鳥語鼓聲，警人更切。教中道：『先以欲鉤牽，後令入佛智。』其此之謂歟！佛說始從鹿野苑，終至跋提河，於是二中間未嘗說一字，然則居士此閣何用記為？須知古佛舌頭短，所以說即未嘗說；雪關筆尖禿，記即未嘗記。不見藥山老人道：『我看經秪圖遮眼；你若看，則牛皮也須穿。』其有登斯閣善翻閱不透牛皮者，居士當分半菴以居之，請以此為質券。」

> 江邦玉居士は、世俗の煩わしさを離れた情趣を持ちながら、俗世の煙火気はなく、以前から町中に「澹園」を築き、その配置はまるで山あいの渓谷のようで、すでに十分に風雅を楽しむに足るものでした。さらにここに横山草堂を建て、その風流な趣は王維の輞川荘にも劣りません。四方から文人墨客が次々と訪れ、一時は風雅を愛で詠む人々が集い、多くは風流を極めた人々でした。その景色は、峰を招き入れ、滝を迎え、館を掛け、廊を飛ばし、小さな庭石に露が輝き、自然のままに手入れされ、人はまるで絵の中を歩いているかのようです。 しかし、彼の才気と人柄は洒脱でありながら、仏法への信仰は篤く、自ら「これほど清らかな福分を持ってこの美しい山水を享受するには及ばない」と語り、まず一つの庵を建てて紺碧の仏像を祀り、その後、泉や石を一つ一つ荘厳に整え、すべてを香水海の中に回向し、無数の仏国土に供養を捧げました。その志の深さは、いかばかりでしょうか。 丙子の秋、私は二度にわたりこの地を訪れ、貪るようにその美しさを眺めました。ちょうど居士がまた一つの閣を建て、仏典を収蔵していたので、私は喜びに満ちて眺め、それに「貫花閣」と名付けました。草堂から小径を抜け、その頂に登ると、川の流れが梵唄を迎え、山の緑が仏龕を囲み、四方を見渡せば、秀麗な景色が連なり、まるで雁蕩山の双閣の下で懺悔を修め、未来に向かうかのようです。花を植え、竹を立て、岩肌を彩る。これは一種の清らかな趣味ではありますが、それもまた貪りと執着の一つであり、長い劫の塵の重荷は、小さな流れが山を積むように、もし時折甘露を掬って洗い清めなければ、どうして大いなる解脱と自在の境地に至ることができるでしょうか。 私は居士に言いました。「あなたは浄土宗の教えをよく心得ておられます。すべてを空じることを善くし、さらに無いものを実体視することもありません。これを『空蘊』と呼ぶなら、居士は雲栖大師の弟子として恥じることはありません。忉利天には歓喜園があり、諸天の天子や采女がそこで遊び楽しみ、帰ることを忘れますが、天鼓は舌を持たずに声を響かせ、仙鳥は言葉を話して説法し、安逸にふけることを戒めます。今、居士が楼閣や庭園を仏事とすることは、一つの特別な縁を生み出し、奇景を探し勝景を楽しむ人々や、高みに登って詩を詠む客人を、この峰の頂きに導くのです。それはまた法輪を転じ、宝蔵を開き、人々の目を新たにするようなもので、鳥の声や鼓の音に頼らずとも、人を戒めることにより一層切実です。経典に『まず欲の鉤で引き寄せ、後に仏の智に入らしむ』とあります。まさにこのことを言うのでしょう。 仏は鹿野苑から始まり、跋提河に至るまで、その間一字も説かなかったと言われます。ならば、居士のこの閣に何の記録が必要でしょうか。古仏の舌は短く、説くことはすなわち説かないことであり、雪関の筆先は禿げ、記すことはすなわち記さないことです。薬山老人が言われたように、『私は経を見るのはただ眼を遮るためである。もしあなたが見るなら、牛皮さえも貫くべきである』。この閣に登り、よく経典をめくっても牛皮を貫き通せない者がいれば、居士は庵の半分を分けて住まわせるべきです。これを証文としましょう。」