---
title: "鶴林寺志（釋明賢本） · 周寳啟棺"
description: "鹤林寺志由明代高僧释明贤编撰，是一部记载江苏镇江鹤林寺历史沿革的佛教寺志。该书成于明代，详细收录了鹤林寺的建寺源流、历代兴废、高僧事迹、寺产规约及诗文碑刻等内容。作为江南名刹的重要文献，它不仅为研究明代佛教寺院制度、地方宗教史提供了第一手资料，更体现了佛教中国化进程中禅宗与士大夫文化的交融。该志在佛教史志中占有重要地位，是了解明代寺院经济、宗教实践与文化传承的权威典籍之一。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmgn1oozr47u8l404ptuuidiq"
---

韓無咎云：鶴林招隱，皆京口勝處也。余頃遊焉。鶴林近城，猶屋數間，招隱逈在山中，屋亦無矣。况修林哉！東坡所謂古寺滿修竹也，惜其未深者，殆鶴林耶。周寳為浙西節度使，治城隍，至鶴林門，得古塚棺櫝，將腐發之。有一女子靣如生鉛紛衣服皆不敗寳，即命改葬，具車輿聲樂，以送與僚。蜀登城，隍望之，有紫雲覆輛車上行數里，見一女子出自車中，坐于紫雲，冉冉而上，久之乃沒，啟棺則空矣。

> 韓無咎が言った。「鶴林と招隱は、いずれも京口の素晴らしい場所である。私はかつてそこを訪れたことがある。鶴林は町に近く、まだいくつかの建物が残っていた。招隱は山中の奥深くにあり、建物すらもなく、ましてや広大な林など望むべくもなかった。蘇東坡が『古寺には満ちる修竹』と詠んだが、『それだけ深くないのが惜しい』と言ったのは、おそらく鶴林のことだろう。 周宝が浙西節度使であった時、城の堀を整備していた。鶴林の門に至ったところで、古い墓と棺桶が発見された。それは朽ちかけており、彼が棺を開けると、中には一人の女性が眠っていた。その顔はまるで生きているかのようで、鉛白の化粧や衣服はすべて損なわれていなかった。周宝はすぐに彼女を手厚く改葬するよう命じ、車や輿（こし）、音楽を添えて送り出した。彼が幕僚と共に城壁に登って見守っていると、紫の雲が一つの車の上を覆い、数里ほど進んだ。すると、一人の女性が車の中から現れ、紫雲の中に坐って、ゆっくりと空へ昇っていき、やがて見えなくなった。後に棺を開けてみると、それは空っぽだったという。」