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title: "洪山俞昭允汾禪師語錄 · 住鄂州大洪山寶通報國禪寺語錄"
description: "洪山俞昭允汾禪師語錄是清代禪宗高僧允汾禪師的說法記錄，由上睿等人編纂。該語錄成書於清朝，反映了當時禪宗的發展面貌與修行風尚。內容主要收錄允汾禪師的開示、機鋒語句、參禪要訣及日常教誨，體現了臨濟宗直指人心、見性成佛的禪風。此語錄是研究清代禪宗思想的重要文獻，對於理解當時佛教禪宗的實踐與傳播具有較高價值，在佛教典籍中佔有一席之地，為禪修者提供了重要的指導與啟發。"
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## 俞昭允汾禪師住鄂州大洪山寶通報國禪寺語錄卷之四

> 大洪山宝通報国禅寺語録 第四巻

住北京翊教寺嗣法門人上睿等編

> 北京翊教寺嗣法門人上睿等編

康熙十六年丁巳秋，巡撫部院張公，方伯徐公，遣使持書至雲杜潼泉山，請師中興洪山；三辭不免，於十七年戊午二月八日入院。

> 康熙十六年丁巳の秋、巡撫部院の張公と方伯の徐公は、使者を遣わし書状を持たせて雲杜潼泉山に赴き、師に洪山の中興を請うた。師は三度辞退したが許されず、十七年戊午の二月八日に入院された。

至山門，云：「施設閒門庭，難道諸方莫越於此？踏開向上竅，盡較新洪山一級地。」

> 山門に至りて曰く、「門庭を開きて施設す、諸方これに越ゆること莫しと難く道うか。向上の竅を踏み開けば、新洪山の一級地を尽く較ぶるなり。」

佛殿。「釋迦老子不說說，說得甚顯；迦葉師兄不聞聞，聞得最親。山僧信手拈一炷香，佛法到者裏也要人。」伽藍殿。「正當今日，全藉渠力，有照有用，有權有實。」

> 仏殿。 「釈迦の老子は説かずして説き、説くこと甚だ顕れり。迦葉の師兄は聞かずして聞き、聞くこと最も親し。山僧、信手に一炷の香を拈ず。仏法もここに到れば、人を要す。」 伽藍殿。 「正に今日に当たりて、全く渠の力を藉る。照あり用あり、権あり実あり。」

公王殿。「至大至剛，惟德是輔。事存函蓋合，理應箭鋒拄。」

> 公王殿。「最も大きく、最も強いものは、ただ徳によってのみ助けられる。事がうまく収まるのは、蓋がぴったり合うように、理にかなっているからこそ、矢の先が真っ直ぐに立つのである。」

祖堂。「是你者一隊漢，將錯就錯；非你者一隊漢，以訛傳訛。」

> 祖堂。「お前たちの一隊は、間違いをそのままに進めている。お前たちでない一隊は、誤りを伝え広めている。」

據室。「勘過了打，有理難伸，別時再來，堪作甚麼？諸人到此，立不得，坐不得。」以手自指云：「若是者漢，別處安置伊不得。」喝一喝。

> 座に着く。「勘定を済ませて打たれ、理を述べるのも難しい。別の時にまた来て、何ができるというのか？皆さんはここに来て、立つこともできず、座ることもできない」と。手で自分を指さして言う。「もしこのような者なら、別の場所に置くこともできない」と。一喝する。

當日巡撫張公、方伯徐公、雲南巡撫王公、守憲吳公、糧憲李公、學憲蔣公，暨府縣文武眾護法，請陞座。拈香祝聖畢，上首白槌云：「法筵龍象眾，當觀第一義。」輪菴和尚出眾，顧左右問云：「聖凡同聚，賓主歷然。當日三峰恁麼道、靈巖恁麼道，未審和尚今日作麼生道？」師云：「不惜眉毛許近前。」進云：「祗如黃鵠山還肯點頭也無？」師云：「知老弟在靈巖也曾脊背汗出。」進云：「若不同床睡，焉知被底穿？」師云：「作者難瞞菴。」復顧左右云：「大眾！要識先師賓主句，西河師子吼分明。」便禮拜歸眾。乃云：「大道離言，如天普蓋；真機密運，似地普擎。眾生日用不知，諸聖所以問出，德山、臨濟，探頭太過，睦州、雲門，收身欲速。山僧今日遇緣即住，得令隨行，建法幢、立宗旨，以佛祖為標準，與佛祖為師；以人天為梯航，與人天作眼。不解空中著彩，何妨錦上鋪華？歷歷孤明，當陽顯示。諸人幸是人人慷慨、箇箇英靈，寧迷顧鑒之端，肯滯識情之內？妙圓超悟，正在此時。」遂喝一喝云：「誰敢錯誤絲毫？」上首復白槌云：「諦觀法王法，法王法如是。」

> その日、巡撫の張公、方伯の徐公、雲南巡撫の王公、守憲の吳公、糧憲の李公、學憲の蔣公、ならびに府県の文武の護法者たちが集い、師の上座を請うた。 香を拈り聖寿を祈ってから、上首が槌を打ち、 「法筵の龍象衆よ、第一義を観よ」 と宣言した。 輪菴和尚が衆中より出て、左右を見渡し尋ねた。 「聖なる者も凡なる者も共に集い、賓と主とは歴然たり。かつて三峰はかく語り、霊巖はかく語った。未だ知らず、和尚は今日いかに語らんとするか」 師は言われた。 「眉毛を惜しまず近づきなさい」 輪菴がさらに進み出て言った。 「たとえば黄鵠山は肯うてうなずくであろうか」 師は答えられた。 「そなたが霊巖にいた時、背中に汗をかいたことを知っている」 輪菴が言う。 「同じ床で寝なければ、布団の裏が破れているのを知る由もない」 師は言われた。 「真の修行者は庵に隠れていても、ごまかせはしない」 そして左右を見渡し、大衆に告げられた。 「大衆よ、先師の賓主の句を知りたければ、西河の師子吼が分明である」 そう言って礼拝し、衆中に戻られた。 そして説かれた。 「大道は言葉を離れ、天のごとく広く覆う。真の機は密かに運ばれ、地のごとく広く支える。衆生は日々これを用いながら知らず、諸聖はそれゆえに問いを出す。徳山や臨済は首を伸ばしすぎ、睦州や雲門は身を収めるのが早すぎた。山僧（私）は今日、縁に遇えば住し、命ずるままに従って行く。法幢を建て、宗旨を立て、佛祖を標準として、佛祖の師となる。人天を梯航として、人天の眼となる。空中に彩りを施すことを解さずとも、錦の上に花を敷くのを妨げようか。歴然として孤明なるもの、まさに陽の下に示す。諸人は幸いにも、人々慷慨、個々英霊である。顧みて鑑みる端緒に迷うことなく、識情の内に滞ることを肯うだろうか。妙円なる超悟は、まさにこの時にある」 そして一喝し、言われた。 「誰が少しでも誤りを犯すことができようか」 上首が再び槌を打ち、 「法王の法を諦観せよ、法王の法はかくの如し」 と宣言した。

次日，巡撫部院暨司道府縣文武諸大護法請開堂。拈護法宰官紳衿請疏：「以我為隱乎？是處是慈氏。吾無隱乎爾，無門無善財。碧天明月下，青嶂白雲來。」拈山門請疏：「賓主歷然，當場展演。沒量大人，語默裏轉。」指法座云：「不自鐙王借來，寶通殿裏本有。平地休去，未免鈍置。諸人更上一層，看有幾多光彩。」遂陞，拈香祝聖云：「此一瓣香，爇向爐中，端為祝延今上皇帝聖躬萬歲，伏願金輪永御，寶祚長隆，德冠羲軒，道齊堯舜。」又拈香云：「此一瓣香，奉為闔省撫部司道文武，現位護法宰官，伏願膺簡在而陟巖廊，則位鎮磐石；副具瞻以居方面，乃功濟維城。處處暢發凡聖宗旨，頭頭擴揚古佛家風。」末上拈香云：「此一瓣香，必有說焉，惟自肯耳。記丙午佛誕，先師退翁老和尚日午從東巖籃輿登洪山大雄寶殿，禮佛周視，感慨係之。值年長老明若，懷香率眾請陞座，會城內外隨喜者萬人，晚然光明幢，命允汾曰：『此處在汝中興。』今歲戊午，允汾果來住此。」遂插香云：「爇此栴檀，用酬遠記。」上首白槌云：「法筵龍象眾，當觀第一義。」師云：「第一義諦，觀即不無，山僧有願，不撒沙頂門，具正眼底試出眾相見。」僧問：「今古洪山巨剎，三楚名藍，和尚中興，將說何法？」師云：「滿眼滿耳。」僧云：「若不問過，爭知端的？」師便打，僧一喝，師云：「譬如閒。」斂衣就座。乃云：「形問答，立機境，意句交馳，主賓互換，總是宗乘末邊事。山僧今日也是知而故犯，由為初機，與諸人開方便門，示真實相。」舉起拂子召眾云：「見麼？祖師提不起處提來。」擊案云：「聞麼？諸佛說不到處說出。啟無為之化，行不言之教，高低普應，前後無差，譬如帝力，不棄一民，不謂不知而不容，不謂知之而含育。諸人若也迥絕見知，頓超情量，自然常光現前，壁立千仞，處生死流，驪珠獨耀於滄海；踞涅槃岸，桂輪孤朗於碧天。三界拘繫不得，而常居三界利生；萬類攝授無門，而能為萬類作主。有如是自在，具如是威德，且知恩報恩一句作麼生道？萬里山河歸有道，一人端拱賀無私。」復舉：「僧問投子：『如何是一大事因緣？』投子云：『刀司空與老僧開堂。』」師云：「問不違時，答亦中節。若於理上會，者僧謾投子不得；於事上看，投子已是話行。仔細檢點將來，猶涉理事，未為圓通。山僧則不然，設有人問：『如何是一大事因緣？』但向道：『我不敢輕於汝等，汝等皆當作佛。』者裏承當得下、擔荷得行，世、出世恩一時報足。」上首復白槌云：「諦觀法王法，法王法如是。」下座。

> 翌日、巡撫部院および司道府県の文武諸大護法が開堂を請う。護法宰官紳衿の請疏を拈じて曰く、「我を以て隠すかと為すや？是の処是れ慈氏。吾れ隠すこと爾に無きか、門無く善財無し。碧天明月の下、青嶂白雲来たる。」山門の請疏を拈じて曰く、「賓主歴然、当場に展演す。没量の大人、語黙裏に転ず。」法座を指して云く、「自ら鐙王に借り来たらず、宝通殿裏に本有す。平地に休去す、未だ鈍置を免れず。諸人更に一層を上り、幾多の光彩有るかを見よ。」遂に登り、香を拈じて聖を祝して云く、「此の一瓣の香、炉中に爇して、端に今上皇帝聖躬万歳を祝延せんと為す。伏して願わくは、金輪永く御し、宝祚長く隆らん。徳は羲軒に冠し、道は堯舜に斉らん。」又た香を拈じて云く、「此の一瓣の香、奉じて闔省の撫部司道文武、現位の護法宰官の為にす。伏して願わくは、簡在に膺りて巌廊に陟り、則ち位は磐石を鎮め；具瞻を副えて方面に居り、乃ち功は維城を済わさん。処々に凡聖の宗旨を暢発し、頭頭に古仏の家風を拡揚せん。」末上に香を拈じて云く、「此の一瓣の香、必ず説有らん、惟だ自肯のみ。丙午の仏誕を記す、先師退翁老和尚、日午に東巖の籃輿より洪山大雄宝殿に登り、仏を礼し周視して、感慨之に係る。年長老明若に値い、香を懐きて衆を率い座に陞るを請う。会城内外随喜する者万人、晩然として光明の幢たり。允汾に命じて曰く、『此の処は汝に在りて中興せん。』今歳戊午、允汾果たして来たりて此に住す。」遂に香を插して云く、「此の栴檀を爇し、用て遠記に酬いん。」上首白槌して云く、「法筵の龍象衆、当に第一義を観よ。」師云く、「第一義諦、観ずれば即ち不無なり、山僧に願有り、沙を頂門に撒かず、正眼を具する底は試みに衆を出だして相見せよ。」僧問う、「今古洪山の巨剎、三楚の名藍、和尚中興し、将に何の法を説かんとす。」師云く、「眼に満ち耳に満つ。」僧云く、「若し問わずんば、争でか端的なることを知らん。」師便ち打つ、僧一喝す、師云く、「譬えば閑なり。」衣を斂して座に就く。乃ち云く、「形を問答し、機境を立て、意句交馳し、主賓互換す、総て是れ宗乗の末辺の事なり。山僧今日もまた知りて故に犯す、初機の為に由りて、諸人と方便の門を開き、真実の相を示さん。」拂子を挙げて衆を召して云く、「見るか？祖師提うること起きざる処より提い来たる。」案を撃って云く、「聞くか？諸仏説くこと到らざる処より説き出づ。無為の化を啓き、不言の教を行じ、高低普く応じ、前後差無し、譬えば帝力の如く、一民を棄てず、知らずと謂うて容れざらず、知ると謂うて含育せず。諸人若し也に見知を迥絶し、頓に情量を超えんには、自然に常光現前し、壁立千仞、生死の流に処して、驪珠独り滄海に耀き；涅槃の岸に踞して、桂輪孤り碧天に朗らかなん。三界拘繫することを得ずして、常に三界に居りて生を利し；万類摂授する門無くして、能く万類の為に主と作らん。是の如き自在有り、是の如き威徳を具せん。且つ恩を知り恩に報ずる一句作麼生か道わん？万里の山河有道に帰し、一人端拱して無私を賀す。」復た挙す、「僧投子に問う、『如何なるか是れ一大事因縁。』投子云く、『刀司空と老僧と堂を開く。』」師云く、「問う時を違わず、答う亦た節に中る。若し理上に会せば、者僧投子を謾することを得ず；事上看れば、投子已に話行たり。仔細に検点して将来れば、猶お理事に渉り、未だ円通と為さず。山僧は則ち然らず、設い有人問わん、『如何なるか是れ一大事因縁。』但だ向って道わん、『我敢えて汝等を軽んぜず、汝等皆な当に仏と作るべし。』者裏承当することを得下し、担荷して行ずれば、世・出世の恩一時に報足せん。」上首復た白槌して云く、「諦に法王法を観よ、法王法是の如し。」座を下る。

立兩序，上堂。舉一手，云：「獨掌不浪鳴。」拍手，云：「兩掌鳴摑摑，隨時任卷任舒，覿體何偏何正？高路世表，下視塵寰，撮大地如陶家輪，移剎海向眉縫裏。如是，則法社幸乎得人，叢林自然增氣，應緣化物，起舞乘風，於以興慈運悲、於以解粘去縛、於以入淨入染、於以越聖超凡、於以廣度眾生、於以承事諸佛，總在諸知識，各就自己本分，依而行之。」喝一喝，云：「還信得及麼？倒跨楊岐三腳驢，黧奴白牯無驚異。」

> 両序を立てて、上堂す。一手を挙げて云く、「独り掌は浪に鳴らず」と。手を拍って云く、「両掌は鳴りて摑摑たり、時に随って任せて巻き任せて舒く、体を覿して何ぞ偏り何ぞ正しきや。高く路は世表に、下りて視るは塵寰を、大地を撮めば陶家の輪の如く、剎海を移すは眉の縫裏に向かう。かくの如くすれば、則ち法社幸いなるかな人を得て、叢林自然に気を増す。縁に応じて物を化し、舞い起こって風に乗る。ここに慈を興し悲を運び、ここに粘を解き縛を去り、ここに浄に入り染に入り、ここに聖を越え凡を超え、ここに広く衆生を度し、ここに諸仏を承事す。総ては諸知識、各おのれが自己の本分に就き、依ってこれを行わん」と。一喝して云く、「還って信じて及ぶこと得るか。楊岐の三脚の驢に倒跨し、黧奴白牯驚異無し」と。

結制開爐，漢口江善人汝達居士，請上堂。問答不錄。喝一喝，云：「陳爛火種，已見光輝，大冶精金，應無變色，三世諸佛，於此拈卻炙脂帽子，六代祖師，於此脫卻鶻臭布衫，古今天下老和尚，百匝千重，聯芳續燄。你禪和子十箇五雙，江之南、淮以北，齊、魯、燕、趙、吳、越、閩、廣，總恁麼去，不知踏破多少草鞋。今朝因甚麼風吹到洪山門裏？不肯自棄自謾，稍有些子氣息，洪山斷不把汝放薦蓆厚煖處安排，使汝耽延歲月。」驀拈拄杖，卓一卓，云：「一錘便就，未為性懆，機先得地，豈不慶快？」卓拄杖，下座。

> 結制の炉を開くに当たり、漢口の江善人、汝達居士より上堂を請われる。問答は記さず。一喝して云く、 「古びた火種は既に光輝を放ち、大いなる炉の精金は色を変えることなかるべし。三世の諸仏はここにて炙脂の帽子を拈じ捨て、六代の祖師はここにて鶻臭の布衫を脱ぎ捨てたり。古今天下の老和尚、百重千重に連なり芳を継ぎ、焰を續けたり。汝ら禅和子、十人五双、江の南、淮の北、斉・魯・燕・趙・吳・越・閩・広、皆かくの如くにして去る。幾多の草鞋を踏み破りしこと知らず。今朝は何の風の吹き回しか、洪山の門裏に到る。自ら棄て自ら欺くを肯ぜず、稍々些子の氣息あらば、洪山は決して汝らを薦蓆の厚く暖かなる処に安排し、歳月を耽延せしめじ。」 驀に拄杖を拈じ、一卓して云く、 「一錘にして即ち成るは、未だ性急と為さず。機先に地を得れば、豈に慶快ならざらんや。」 拄杖を卓し、下座す。

重新佛殿，眾護法檀越請上堂。「選佛覺場，為選佛所以重興；大人境界，遇大人始能顯赫。契物契機，如理如事，洪山古剎，三楚名藍，奇引瀟湘，秀連廬嶽。巍峨廣殿，多年已被塵封；委宛長廊，盡日惟憑風掃。今者時節既至，檀護斯臨，土石為之發光，草木亦當稽首，頓使煙霞烜彩，梵宮高峙層霄；金碧流輝，鴻業永垂勝壤。山僧安能伸頌萬一？」遂喝一喝，云：「古寺緣逢此日新，聯翩錦繡露天真，願將補袞調羹手，撥轉如來正法輪。」復喝一喝，下座。

> 仏殿を再建し、多くの護法檀越が上堂を請う。「選仏の覚場、選仏のために重ねて興す。大人の境界、大人に遇って初めて顕赫となる。物に契り機に契り、理の如く事の如し。洪山の古刹、三楚の名藍、奇は瀟湘に引き、秀は廬嶽に連なる。巍峨たる広殿、多年すでに塵に封ぜられ、委宛たる長廊、尽日ただ風に掃わるるを憑む。今や時節既に至り、檀護斯に臨む。土石これがために光を発し、草木もまた稽首すべし。頓に煙霞をして烜彩せしめ、梵宮高く層霄に峙ち、金碧流輝して、鴻業永く勝壤に垂る。山僧安んぞ能く万一を伸頌せんや。」すなわち一喝し、云う、「古寺縁に逢うて此の日新たなり、聯翩たる錦繡天真を露わす。願わくは補袞調羹の手を以て、転ぜしめん如来の正法輪。」また一喝し、下座す。

佛殿，上梁，陞座。「天清氣朗，水闊山高，好日多同，巨梁陞起，祝一人無疆之壽，開十方選佛之場，法苑增輝，禪宗不墜，此皆我大中丞、大方伯與闔省文武宰官護法，不忘靈山付囑，種智圓明，勝心堅固之所致也。是以，一佛出世，多佛讚揚；一華敷時，千華圍繞。見聞歷歷，主伴重重。山僧忝居斯席，不覺乘風起舞，有一句子蓋地蓋天，曷惜張口吐向人前？」遂震聲一喝，云：「巍巍寶殿雄三楚，赫赫成功永萬年。」

> 仏殿、上棟式、陞座（開堂式）の折り。 「天は清く気は朗らか、水は広く山は高し。良き日は多く同じく、大棟は高く上がる。一人の無量の寿を祝し、十方の選仏の場を開く。法苑は輝きを増し、禅宗は墜ちず。これ皆、我らが大中丞、大方伯と全省の文武の宰官、護法の士が、霊山の付嘱を忘れず、種智は円明、勝心は堅固であることによるものなり。 されば、一仏出世すれば、多仏これに賛揚し、一華敷く時は、千華これを囲繞す。見聞歴歴、主伴重重。山僧、この席に忝くも居りて、思わず風に乗って舞い上がり、一句の言、地を蓋い天を蓋うものあり。どうして口を張り、人前に吐くを惜しまんや。」 かくて声を震わして一喝し、云う： 「巍巍たる宝殿、三楚に雄たれり、 赫赫たる成功、万年に永かれ。」

竟陵死心吳道人、一念胡道人設齋，請上堂。「百千法門同歸方寸，河沙妙德總在心源。洪山九間佛殿、七間僧堂，行也任你行，坐也任你坐，東廊上上，西廊下下，人境虛閒，家風疏淡，二六時中一切事，上無你左遮右掩處，亦無私衷與你說底禪道佛法。諸仁在此，高挂缽囊，直須是雪上不怕加霜，放捨從前護惜，取箇徹頭，忽然風吹石裂，冷灰豆爆，便見缺齒老胡一場話墮。」

> 竟陵の死心呉道人と一念胡道人が斎を設け、上堂を請うた。 「百千の法門は方寸に同じく帰し、河沙の妙徳は総じて心源に在り。洪山の九間の仏殿、七間の僧堂、行くもまた汝に行かせ、坐するもまた汝に坐せしめ、東廊の上に上り、西廊の下に下り、人境虚閑にして家風疏淡なり。二六時中の一切の事、上には汝の左を遮り右を掩う処なく、また私衷を以て汝に説くべき禅道仏法もなし。諸仁ここに在り、高く鉢囊を掛け、直ちに須らく雪の上に霜を加うるを畏れず、従前の護惜を放捨し、箇の徹頭を取れ。忽然として風吹き石裂け、冷灰豆爆ずれば、便ち見ん缺歯の老胡一場の話堕を。」

度僧，竟陵女弟子法名廣德，請上堂。師喚，第一位沙彌近前來，沙彌近前，師云：「汝名甚麼？」云：「某甲。」師云：「過左邊立。」喚第二位沙彌近前來，沙彌近前，師云：「汝名甚麼？」云：「某甲。」師云：「過右邊立。」乃召眾沙彌，沙彌齊舉首，師云：「頭圓像天，足方似地，古貌崚層，丈夫意氣。佳作仁，士尚志，禮之用，和為貴，識取自己本名，箇箇爭先及第。洞庭無蓋，缽盂無底，勿以小緣，妨於大事。」遂喝一喝，云：「山僧苦口更叮嚀，不妨又是從頭起。佛者，心清淨是；法者，心光明是；道者，處處無礙淨光是。」良久，云：「可知禮也。」

佛誕日，雲南巡撫王公請上堂。師陞座，拈香畢，就座，高聲喚：「維那𠰚？」那云：「在。」復喚：「監寺𠰚？」寺云：「在。」師云：「今日是如來降誕之日，灌沐金軀之時，汝等各各眼親手辦，東家杓柄長，西家杓柄短，一總謾你們不得，更要山僧潑郎潑賴作麼？雖然，有大檀越慣於好日生懽，定然慶時納祐，炊香梵宇，齋惠緇流，釋迦老子已是滿面增光、洪山野僧亦且隨列得益，你諸人還識隨隨三昧麼？欲知千古意，豈惜一盆湯？」

巡撫部院張大護法壽誕，司道眾宰官修建延生道場，請陞座。卓拄杖，云：「古剎雲興，至人岳降，方外乾坤獨露，域中正體全彰。大野風清，當空日麗，伐鼓聲鐘，誦經禮懺，一一眼所共見，耳所共聞，天之普覆，地之普載，日之普照，月之普臨，風之普吹，雨之普潤，森羅萬象，明暗色空，一切諸法，無不是自己般若智光發現處；治國齊家，修身誠意，經天下之大經，立天下之大本，無不是自己金剛妙心圓轉時。行住坐臥，語默動靜，接物利生，隨根授道，何理不契？何事不成？何德不周？何恩不報？故經云：『如來者，即諸法如義。』又云：『應無所住而生其心。』爾諸禪德異口同音誦到者裏，山僧陞座舉到者裏，木上座從旁忍俊莫禁，也要道一句子，普應來機。」遂拈拄杖，卓一下，云：「了然一句該全藏，壽量無邊福聚高。」

端午，上堂。「今朝五月五，佛法同遍普，江漢關龍舟，震天槌畫鼓，高樓縱笙歌，遶岸盈士女，水上卓紅旗，艾人騎艾虎，蝦蟆不出頭，將謂眾生苦，主中賓，賓中主，眼裏塵沙，耳裏土。」喝一喝，云：「爭先奪取錦標回，孟八郎漢真莽鹵。」

開爐，張成之居士請上堂。「冬令當行，落葉打窗粗裏細；天寒水肅，冷風吹帽正中偏。齒牙敲磕處，一字元無；父母未生前，三心莫得。大家在者裏，有甚別商量？洪山爐冶新開，抑不獲已，要使諸人脊背汗出，箇箇光揚宗眼。若是躍冶之流，不祥莫甚。眾中有本色赤純底，快就山僧好手。」卓拄杖，下座。

竟陵吳晞齋老居士七十壽誕，請上堂。「日月星辰繫於天，而天不高，江河淮濟注於海，而海不溢；草木叢林發於地，而地不厚；耳目手足見於身，而身不大。眾生雖迷無二心，諸佛雖悟無二道，明如杲日，霓若太虛。以之修身，即以之齊家，以之利己，即以之導物；以之報君親，以之教子弟；以之廣慧命，以之敦福基。言無展事，玉轉珠回；語不投機，川流岳峙。頭頭非取捨，處處弗張乖。大眾！洪山與麼播揚，出我口，入你耳，躍然者多多益善。畢竟躬行君子，誰是其人？」良久，云：「晞齋壽量方無極，豎點庭前柏子頭。」

度僧。本寺新戒可解、八佛菴新戒純心、小塔寺新戒蒼湄，請上堂。「身中有生老病死，念上有生住異滅，國上有成住壞空。此十二種事，亦能迷卻天下人，亦能悟卻天下人。亦能鈍置古今人，亦能轉移古今人。若是倚他門戶靠他牆，空拳指上生實解底，決不能獨脫無依、翛然自得。汝諸佛子，既已割愛辭親，出家學道，光剃頭淨洗足，終日拈香擇火，不知真箇道場。地靈步步雪山草，病者仍舊病在膏肓；僧寶人人滄海珠，貧者依前貧徹骨髓。直須奮決烈之志，啟特達之懷，向父母未生前眨上眉毛，一眼覷透，此十二種事只是一法，一法亦無可得。於無可得處，瞥起繁興大用，則缽盂倒覆乾坤，拄杖橫擔日月，腳腳踏著實地，口口吞盡虛空。說外那有絲毫行不盡底，行外那有少許說不盡底。用心若此，則何恩不報？何德不圓？」遂震聲喝云：「依而行之，所作已辦。」

上堂。「一滴滴水，一滴滴凍，天寒人寒，風動幡動，內不住受想行識，外不著聲香味觸，入息不居陰界，出息不涉眾緣，不是心，不是佛，不是物，是甚麼？」喝一喝，云：「喚起窗全曙，催歸日未西。」

上堂。「蘇州人言在，紹興人說動，武昌人相唾這箇臉，漢陽人廝罵我怕你。大眾！且道山僧是何處人？開口便打。鄉談畢竟是甚語話？」喝一喝，云：「平生肝膽向人傾，相見還如不相識。」

授比丘戒，竟陵死心吳道人、一念胡道人設齋，請上堂。拈起拄杖，云：「不離真際，建一切剎，南山起雲。」卓一下，云：「不壞假名而談實相，北山下雨。點翻聖凡窠窟，拔脫生死根株。日星河嶽，節義文章，不語怪力亂神，久絕意必固我。孤峰頂上豎卓橫眠，中心樹子無搖；十字街頭帶水拖泥，掣顛風骨全露。纔與麼便不與麼，缽盂當圓枕；保解脫更別解脫，袈裟裏草鞋。有事則上令下從，閒行亦小出大遇。過溪度嶺，撥草只要蛇驚；拄戶搘門，打地自然賊走。長長在手，往往如斯。得益人時且益人，非關己事何關己？」遂喝一喝，云：「諸比丘能持否？爾衲僧休莽鹵，傳法度迷情，吾故來茲土。」復卓拄杖，下座。

上堂。「日日日東上，日日日西沒，頭上是天，腳下是地，眼臨綠水，背靠青山，人人道我會也，仔細看來，十里大王相似。忽若拽取占波共新羅關額，南辰與北斗交參，掀翻澥嶽求知己，撥亂乾坤見太平，又作麼生商量？」拈拄杖卓一下，云：「明眼人難瞞。」

上堂。「飯籮邊，漆桶裏，金不博金，水不洗水。諸仁在處參方，佛祖如生冤家。月裏走金烏，可惜許迅速光陰，還打得箇翻車筋斗，到梵天去麼？苟或放膽不來，缽盂鞋袋免勞攤出，箬笠炊巾擲向一邊，也無外遺世界，也無內脫身心，為無為，益無益，梯航九有，津濟四生，萬般此道，一信前緣，任運騰騰，惺惺到老。眾中若有難謾衲子衝前云：『某甲何人？』洪山拄杖子未免惡發，不信自己，好怪得他。」

弟子曹思贊、法名久依，請上堂。「今朝臘月中，已到大寒節，江河有凍痕，地皮多折裂。陝府鐵牛，不行心處路；嘉州大象，靡蹈聖凡轍。物外無為僧，蒙頭一布衲，忘卻祖師禪，有口真閒煞。旭口照高林，爛爛黃金色，開門看遠山，忽至一檀越。謂是久皈依，禮拜勤請法，行者即聲鐘，拄杖忙拖拽。欲將如意珠，換卻止啼葉，圍遶數百人，知伊徹未徹？頓時沒思量，教我如何說？」拈拄杖，卓一卓，云：「消息春風近欲來，糝花枯木重新活。」復卓一卓，下座。

天臺澹大師至，上堂。問：「善來文殊，赤心片片，家貧難辦素食，和尚將何款待？」師云：「煮茶山下水，燒鼎洞中樵。」進云：「青芥除黃葉，紅薑帶紫芽，還充得頭供養麼？」師云：「不妨多處添些。」進云：「分明一樣窗前月，才有梅花便不同。」師云：「彷彿山家風味在，不煩裝點恰清華。」乃舉：「金陵寶誌公令人傳語南嶽慧思禪師曰：『何不下山教化眾生，目視雲漢作麼？』禪師曰：『三世諸佛被我一口吞盡，更有甚眾生可教化？』」師云：「是何言歟？寶公眼裏有筋，思大舌頭無骨，一雙腳能上不能下，一張口能吞不能吐，爭似我植聖大師，獅筋、象骨，鶴貌、雲心，嗒焉似忘其偶，窅然莫測其涯，上山也是伊，下山也是伊，吞盡也得伊，吐出也得伊，圓如明月珠，寧留滯跡？利似金剛劍，難犯全鋒。千峰頂上著足，卻在十字街頭垂手，十字街頭相見，卻在千峰頂上說話。今朝光賁洪山，實情，慶幸，嫩草承趺坐，長松響梵音，昔年遊履處，歷歷總記得。山僧素承愛教，敢忘提攜？鄭州梨，青州棗，別地果實；雲門餅，趙州茶，從上餿殘。總總不成供養，只得將缽袋裏所藏一品，聊呈漆器，非大師知我，鮮有不唾而擲之者。」遂抬手，云：「囉邏招囉邏，哩囉邏。」搖顧左右，云：「且道是甚物事？成家當日原無物，知味今朝只有師。」便下座。

為徐太夫人本淨道人對靈小參。拈拄杖，云：「金剛寶劍，截結使纏縛之憂。」卓一卓，云：「般若智光，破生死昏迷之暗。修短、夭壽，出沒、縱橫，何去、何來，離名、離相，迥絕依倚，放之自然。苟能一念不落諸緣，便可多方隨流認性。鳥啼無關花落，水綠詎礙山青？密密綿綿，惺惺歷歷，既歸根以得旨，宜就位而轉身。且道：即今孝子徐尊顯，迎請山僧陞座說法，以資先慈本淨道人高超三界，獨步大方，覿面相親，可曾見否？」遂喝一喝，云：「撒手到家人不識，九蓮開合自莊嚴。」

竟陵吳太夫人死心覺道人七十壽誕，請就湖亭陞座。「靈機密運，妙智無私，一句當陽，萬仞壁立，迥超物表，透出形聲，高於天而生天，厚於地而育地，即眾生境界中，作不思議事，向塵勞窠窟裏，放無畏寶光。」曖顧大眾云：「總是箇娘生面目，三百六十骨節，巍巍卓立，八萬四千毛竅，孔孔洞彰。一日十二時，一歲十二月，陰陽寒暑、語默動靜，種種三昧，皆吾心之常分，非有假於他術也。今朝東湖園庭有齋，乃吳太夫人本覺道人七十誕辰，飯僧營供，特請山僧陞座說法，利益一切。洪山口門闊大，已如實說了，現前諸仁復云何讚歎？苟或讚歎不盡，無量壽王如來從山僧舌本上湧出全身，重伸其義，汝等諦聽，善思念之。」遂震聲一喝云：「百年三萬六千日，日日日頭東畔出，六根門頭常放光，各各具有大威德。」復喝一喝，下座。

中秋，上堂。舉：「馬祖、西堂、百丈、南泉翫月次，祖云：『正恁麼時如何？』堂云：『正好供養。』丈云：『正好修行。』泉拂袖便行。祖云：『經入藏，禪歸海，惟有普願獨超物外。』」師云：「此夜一輪滿，清光何處無？正恁麼時，馬家父子看即有分，其奈老簸箕不耐閒情，教人捏目，引出者一隊弄光影漢，說好供養，掉棒打月；說好修行，水中撈月。兩個既然漏逗，一箇又更懡㦬，拂袖便行，猶存護惜。道經入藏，禪歸澥，惟有普願獨超物外，大似憐兒不覺醜。洪山今日中秋，門戶未致寥寂，亦不要好供養，亦不用好修行，但搭得幾箇雲門餬餅，烹得數碗趙州濃茶，大底大圓，小底小圓，有功者罰，無功者賞，諸人拂袖便行，總與本分草料。」

打七，上堂。「大事未明，如喪考妣相罵，饒你接嘴；大事已明，如喪考妣相唾，饒你潑水。拈卻缽盂、匙箸，喫飯不得；併卻咽喉、脣吻，出氣不得。諸人也沒量罪過，山僧也沒量罪過，拄杖子也沒量罪過。」遂拈起拄杖，云：「罪過深，復何憑？提來勝得豐城劍，報盡人間兩不平。」下座。

上堂。「好諸和尚子，千山雲靜，遍野風清，掃門葉下舊林堆，對客泉飛深澗響，箇箇抱荊山之壁，人人懷滄海之珠，斡旋佛祖樞機，提掇衲僧巴鼻，透頂透底，亙古亙今，即有為而顯無為，借俗諦而見真諦，不遺一物，不立一塵，咸承此箇威光，特示大人境界。」乃鼓掌三下，云：「自從舞得三臺後，拍拍原來總是歌。」

上堂。「供養百千諸佛，不如供養一箇無心道人，者樣說話，直是好笑。」舉：「世間人眼睛鼻孔最親最近，喜則滿面生光，怒即雙眉陡豎，開口未全拋，舉意便知有。好所好，碓嘴生華；惡所惡，佛面百醜。阿那箇是無心者？」驀指露拄云：「你是腳跟點地底，近前來，解開胸懷道一句看。」良久，自摑口云：「幾令教壞人家男女。」

比丘湛源薦親，請上堂。「有情之本，依智海以為源；含識之流，總法身而成體。要識此源麼？」以拂子作流水勢，云：「不離當處嘗湛然，覓即知君不可見。要識此體麼？」擊禪床，云：「一擊忘所知，更不假修持，澄澄絕照，凜凜孤危，本生父母，處處逢渠。現前諸人，莫不是爺娘養底，未必鐵打心肝，因甚全忘奉重？山僧慈悲之故，與你直截提撕。」遂拈拄杖，卓一卓，云：「為人子，止於孝。」

諸山師友見訪，請上堂。「與麼來者，風生百谷；不與麼來者，水肅千江；與麼、不與麼來者，日照寒光澹；不與麼、與麼來者，山搖翠色新。」拈拄杖，卓一卓，云：「者裏捱開線路，便見自他一致，賓主互融，以白雲為蓋，以流泉作琴，松間石上，不妨舉古論今，水際山顛，豈礙拋沙撒土？會心處，萬象開顏；點頭時，森羅起舞。敢問諸仁，畢竟其中事作麼生？」良久，云：「謾說人情如太華，人情難比道情高。」

上堂。拈拄杖，卓一卓，云：「心不是佛，佛與心俱非。」又卓一卓，云：「智不是道，道與智俱遣。山門外，石幢子，雨洗風吹青又黃，猝然討他頭鼻不著，祗如缽盂，口向天露，拄腳踏地，從來不曾轉變。你道又成得甚麼邊事？」喝一喝。

## 俞昭禪師語錄卷之四終