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title: "天隱和尚語錄 · 了道歌"
description: "天隐和尚语录是明代高僧天隐圆修的说法开示集由弟子通问等人编撰。全书收录了天隐圆修在禅修实践、佛法义理方面的精要阐述反映了明末禅宗临济宗的修行风貌与思想精髓。作为明末禅宗的重要文献该书不仅展现了天隐圆修直指人心、注重实修的禅风也对后世禅学发展产生了深远影响是研究明清佛教史与禅宗思想的重要典籍在佛教文献中具有较高的学术与修行参考价值。"
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### 了道歌

> 了道歌

了了了時無可了，箇中豈用尋他討。夜來風捲嶺殘雲，月印千溪明皓。皓明皓皓休草草，小中現大大中小。此道何曾有定名，觸著方知了無了。應機宜無煩惱，句裏分明義了了。若還滯義復承言，箇裏依然了未了。大丈夫，氣浩浩，自有衣中無價寶，尋常用處不思議，莫向途中打之遶。境中了，智中了，境智雙忘作麼了，若將一箇囫圇吞，須彌山子誰推倒。行亦了，坐亦了，語默動靜都要了，了得頭頭本是空，未是吾家真種草。這邊了，那邊了，古路條條靜悄悄，風吹石臼演摩訶，黧奴白牯卻知道。覺已了，夢已了，一念之中有分曉，本無一法可當情，泥牛背上銜花鳥。事亦了，理亦了，權實並行方纔好，拈來那用涉思惟，獅子摶兒不露爪。宗亦了，教亦了，殺活縱橫誰敢道，一條白棒活如龍，銅頭鐵額俱打倒。來也了，去也了，雁過長空天色皎，老胡留隻破皮鞋，園林花發知多少。我也了，你也了，佛魔到此一齊掃，於中淨盡絕無餘，燈籠露柱知音少。不了了，了亦了，了無所了一切了，只麼隨緣自在行，乾坤坐斷無邊表。

> すべてが悟れた時、悟るべきものは何もない。その境地に、どうして他に求めることがあろうか。夜が更けて風が峰の残雲を吹き払えば、月は千の谷川に映って皓々と輝く。その皓々たる光よ、あわてて名付けるな。小さいものの中に大きいものが現れ、大きい中に小さいものがある。この道に、そもそも決まった名前などない。触れてみて初めて、悟っても悟ることがないと知るのだ。 機に応じれば、悩みはない。言葉の一つ一つに、理が明らかに悟られている。もし理にこだわり言葉に従うなら、その境地にいても、やはり悟っていないのと同じだ。大丈夫よ、気宇壮大であれ。おのれの衣の中に、値段のつけられない宝があるのだ。普段の使い道は、思いもよらないほど深い。途中でぼんやりと立ち止まるな。 境涯の中で悟り、智慧の中で悟る。境も智も共に忘れたなら、何を悟るというのか。もし一つを丸呑みにしたところで、須弥山を誰が倒せるだろう。歩く時も悟り、座る時も悟る。語るも黙るも、動くも静かも、すべて悟らねばならない。頭々に悟り、元は空だと知っても、まだそれが我が家の真実の種とは言えない。 こちらで悟り、あちらで悟る。古い道は、どの道筋も静かでひっそりとしている。風が石臼を吹いて「摩訶」を説き、黒い奴や白い牛でさえ、それを知っている。覚めている時も悟り、夢の中でも悟る。一瞬の念の中にはっきりと分かるのだ。もともと一つの法も、情に当てはまることはない。泥の牛の背に、花をくわえた鳥が留まる。 事も悟り、理も悟る。権（仮の教え）と実（真実の教え）を並行して行ってこそ、よいのだ。取り出して、考えるまでもない。獅子が子を捕らえる時に、爪を出さないようなものだ。宗も悟り、教も悟る。殺すも活かすも縦横無尽、誰が口出しできようか。一条の白い棒は、生き竜のように動く。銅の頭、鉄の額も、ことごとく打ち倒す。 来る時も悟り、去る時も悟る。雁が長空を過ぎれば、空の色は清らかだ。老いたる胡人が、破れた皮鞋を一足残して行った。園林の花は、どれだけ咲いたことか。私も悟り、あなたも悟る。仏も魔も、ここに来れば一掃される。その中は清らかに尽き、余すところはない。提灯や露柱を理解する者は、なんと少ないことか。 悟らないこと、それもまた悟りであり、悟ることすらも悟る。悟ることもなく、すべてが悟られている。ただこのまま、縁に任せて自在に行こう。乾坤を坐し切って、辺際の表れもないのだ。