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title: "鄧尉山聖恩寺志 · 山寺"
description: "明末周永年所撰《鄧尉山聖恩寺志》是一部记载江苏苏州邓尉山圣恩寺历史的重要佛教寺志。该书编纂于明末清初，详述了圣恩寺自唐代创建以来的兴衰沿革、历代高僧事迹、寺院建筑格局以及所藏文物典籍。圣恩寺作为江南禅宗重要古道场，与临济宗关系密切，寺志不仅为研究该寺历史提供了核心文献，也是了解明清时期江南佛教发展、寺院经济与文化的重要史料，在佛教方志学中占有显著地位。"
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### 山寺

山寺舊名聖恩菴，宋寶祐間，建天順間，　賜額為聖恩禪寺。初萬峰蔚禪師既創菴居，復得葉和甫所葬碑石，欣然若有宿契，遂盛作佛宇。其後有普壽智璿、道清、道宗以下，相繼修建樓閣傑聳，與林谷相輝映，遂為西山叢林甲乙焉。中有大雄殿上設釋迦彌陀藥師像，繞以十八羅漢，其天神二十則侍立焉。左為鐘樓殿之前為天王殿立，　高皇帝賜無念，　御製詩碑刻又前為金剛殿，其東立小山門，以便出。入殿之後，有毘盧寶閣中設毘盧遮那像，環列十二圓覺楣棟列無名佛萬計，又名萬佛閣下奉觀音大士像，傍庋經律論三藏，書五千軸。閣後為禪堂中設憍陳如像，旁設廣榻，則修其學者列焉。其左有大悲殿，後為法堂，堂左屋以奉釋。初祖達磨及中峰、萬峰二師，亦有祖師堂，右屋為伽藍神。趙松、雪書，扁其東為齋堂，扁曰香積，庾庫庖湢二十餘楹。寺既有名額人慕萬峰道行又稱萬峰寺云。

> 山寺は元々、聖恩菴と称されていました。宋の宝祐年間（1253～1258年）に建立され、明の天順年間（1457～1464年）に、　勅額を賜り「聖恩禅寺」となりました。 はじめ、万峰蔚禅師がこの庵を建てた後、葉和甫が埋葬した碑石を発見し、心から喜び、まるで前世からの約束があったかのように感じて、盛大に仏殿を造営しました。その後、普寿智璿、道清、道宗らが相次いで楼閣を建て、その建物は高くそびえ、林や谷と見事に調和し、西山の寺院の中でも第一級のものとなりました。 境内には大雄殿があり、中央に釈迦如来、阿弥陀如来、薬師如来の像を安置し、周囲には十八羅漢を配し、二十の天部はその側に立っています。左には鐘楼があり、殿の前には天王殿が立っています。そこには、　高皇帝（明の太祖）が無念禅師に賜った、　御製の詩碑が刻まれています。さらにその前に金剛殿があり、その東に小さな山門があり、出入りに便利になっています。殿の後方には毘盧宝閣があり、中央に毘盧遮那仏の像を安置し、周囲には十二円覚を配し、梁や桁には名も無き仏が無数に描かれており、「万仏閣」とも呼ばれています。下の階には観音大士の像を安置し、傍らには経・律・論の三蔵、五千軸の書が納められています。 閣の後ろには禅堂があり、中央に憍陳如の像を安置し、側には大きな寝台を設けて、修行僧たちが坐禅する場所としています。その左には大悲殿があり、その後方には法堂があります。堂の左の建物には、　初祖達磨大師および中峰禅師、万峰禅師の像を安置し、祖師堂とも呼ばれています。右の建物は伽藍神を祀っています。扁額は趙松雪（趙孟頫）の書です。東の建物は斎堂で、扁額には「香積」とあり、倉庫や台所、風呂場など二十余りの部屋があります。 寺にはこうした寺号があり、多くの人々が万峰禅師の高い修行の道行きを慕ったため、「万峰寺」とも呼ばれています。

以上係舊志文，以下據見在記。

> 以上は古い記録による文章であり、以下は現在の記録に基づいています。