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title: "鴈山志 · 序"
description: "雁山志是明代学者朱谏编纂并由胡汝宁重编的一部佛教山志经典。该书成于明代中后期，正值中国佛教与传统文化深度融合、地方志编修兴盛之时。全书系统记载了雁荡山的自然景观、人文古迹与佛教发展，重点收录寺院沿革、高僧传记及佛教诗文，融合地理志与佛教史的特色。作为雁荡山首部系统山志，它不仅是中国佛教地理志的重要文献，为研究东南佛教传播与名山佛教文化提供了珍贵史料，更体现了佛教与中国山水文化的交融，在佛教名山志中具有承前启后的学术地位。"
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### 鴈山志序

> 雁山志序

《鴈山集》一卷，國初僧永昇編次，詳畧無法，猥雜偽作不足徵。至是，大夫蕩南朱公自吉郡歸老山中，搜落選幽，凢得殘碑缺簡、賢儒父老之所傳述，合如干簡，勒成四卷，號《鴈山志》。以余謬當茲邑，宜敘。敘曰：夫鴈山可不謂善勝已乎！甌海東西巖谷泉洞，島渚卉石，臺𣛘殿廡，耀乎嶄然，何啻什百，獨稱鴈蕩。雁宕之生久矣。其間投足而逰、聚廬而處者，何啻什百，獨劉器之、焦伯強、王龜齡、章大經數大君子，一言一行，具書在《志》，其餘曾不得列姓焉。若夫謝公之蠟屐，寔未一至，騷人顧唧唧好言靈運，至于今不廢，然則物所託扵不朽，信自有足恃耶！《易》有之：「天在山中，大畜。君子以多識前言往行，以畜其德。」志者，識也。賢者識其大者，言欲純事，書欲純理，其足以自畜如此志，固宜。不賢者竊識其瑰竒登眺之小而已。葢前世嘗有㽞連茲土者，忘其國恤而逐世娛，百姓廢耕桑，治𨕥牽馬，奔走絕命，其意猶以為未足，民由是疾視厥山，或相與目為尤物。嗚呼！此豈山之性哉。初，子朱子、子張子偕逰南嶽，酬唱終日，動中倫慮，猶乃凛然深惧喪志，卒定約而去。及康侯胡先生過衡，愛其雄秀，望而不登，曰：「非職事所在。」晚居山下五年，竟亦不出也。夫張弛在時而不在物，逰息以道而不以己樂，山如是人，豈有病之者哉！《詩》云：「高山仰正，景行行止。」雖不能至，余心嚮往之。

> 『鴈山集』一巻は、国初の僧・永昇が編纂したものだが、詳しい部分と簡略な部分のバランスが悪く、作為的な偽作が混ざっていて信頼に足るものではなかった。 そこで、大夫・蕩南の朱公（朱諫）が吉州の任から帰り、山中に隠居して、散逸した文献を求め取捨選択した。ついに残された碑文や欠けた書簡、賢人や儒者、年長者たちの伝える口碑を集め、合わせて若干の巻帙をまとめ、四巻として『鴈山志』と名付けた。 私がこの地を治めることを誤って任されているので、序を書くのがふさわしい。序に言う。 鴈山は、まことに優れた景勝地と言えるではないか。甌海の東西に、岩や谷、泉や洞、島や渚、草花や石、台や榭、殿や廊など、輝くばかりにそびえ立つものは、何十、何百とあるが、ただ鴈蕩だけが特に名を挙げられている。 鴈宕が世に現れてから久しい。その間に、足を運んで遊び、家を建てて住んだ者は、何十、何百といるが、ただ劉器之（劉安節）、焦伯強（焦千之）、王亀齢（王十朋）、章大経（章綸）といった数人の君子だけが、その一言一行を詳しく『志』に記され、その他の者はついにその名を列することすらできなかった。 謝公（謝霊運）の蝋履（遊山用の靴）は、実は一度もこの地に至っていないのに、詩人たちはこぞって霊運のことを好んで語り、今日に至るまでやまない。そうであれば、物が不朽を託するものは、まことにそれ自体に恃むべきものがあるというのだろうか。 『易経』にこうある。「天が山中にある、これを大畜という。君子は多くの先人の言や過去の行いを識って、その徳を養う」と。「志」とは「識（しるす）」ことである。賢者はその大きいところを識り、言葉は純粋な事柄を志し、書物は純粋な道理を志す。その自己を養うことは、この『志』のように、まことにふさわしい。 賢者でない者は、ひそかにその奇観や景勝、登山や眺望といった小さなことを識るにすぎない。 かつて、この土地に執着し逗留した者たちがいた。彼らは国事の憂いを忘れ、世俗の楽しみを追い求め、百姓は耕作や養蚕を廃し、本業をやめて馬を引き、逃げまどい、命を絶つこともあった。それでもなお、その心は満足しなかった。民はそれによってこの山を憎み、あるいは互いにその山を「物の怪（もののけ）」のように見なした。 ああ、これが山の本性であろうか。 昔、朱子（朱熹）や張子（張栻）が共に南岳を訪れた時、終日詩を唱和し、その内容は倫理や思慮によく適っていたが、それでもなお、心が志を失うことを深く恐れ、最後に固い約束をして去った。 また、康侯の胡先生（胡安国）が衡山を通りかかった時、その雄大で秀麗な姿を愛したが、眺めただけで登らなかった。曰く、「職務の外にあることだ」と。後に山の麓に五年住んだが、ついに山に登ることはなかったという。 弛みと緊張は時にあって物にあるのではなく、遊びや休息は道（道理）によって行われ、自己の楽しみのためではない。このような人々であれば、山が害されることなどあろうか。 『詩経』に言う。「高い山は仰ぎ見られ、広い道は歩まれる」と。たとえ至ることはできなくとも、私の心はそれを慕ってやまない。

峕嘉靖己亥秋八月之吉新安㯷溪潘潢序

> 正徳十四年秋八月吉日、新安・朴溪・潘潢の序