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title: "即非禪師全錄 · 秉拂"
description: "即非禅师全录是清代曹洞宗高僧即非如一禅师的法语、诗文、书信等著作汇编，由弟子明洞等人依据日本京都堀川町刊行的驹本整理刊印。该书成书于清初，反映了明清之际禅宗的发展面貌与中日佛教文化交流的盛况。内容涵盖禅法开示、宗门公案、偈颂、尺牍及佛祖图等，系统阐述了曹洞宗的默照禅风与禅修理念。作为明清禅宗的重要文献，它不仅在中国佛教史上具有重要地位，对日本黄檗宗的兴起与发展也产生了深远影响，是研究近代东亚禅宗史不可或缺的典籍。"
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### 秉拂

福唐黃檗西堂寮秉拂小參。僧問：「如何是格外句？」師云：「雪裏埋金。」進云：「莫是雪窟家珍麼？」師云：「馬頭漫栽角。」進云：「爭奈落眼成翳？」師云：「未肯和沙賣與人。」進云：「只如大海為墨、須彌為筆，一畫下不得時如何？」師云：「文彩已露。」問：「箭鋒相拄即不問，單刀直入時如何？」師云：「我被汝看破。」僧作聽勢，師云：「汝被我熱瞞。」進云：「了。」師云：「彼此不相饒，試道一句看。」僧便轉身，師云：「汝義墮了。」問：「妄心不息時如何？」師云：「拈出妄心看。」進云：「如何了得生死？」師云：「問取翁仲去。」僧禮退，師乃云：「堂頭老人命第二座秉拂，也是憐兒不覺醜，兩堂諸大德降尊就卑，大似逼石女生兒。不肖一介麤行，自了未能，敢向作家前說黃道白，無乃負布鼓而過面門？今既推辭弗獲，勉強從命，不免將錯就錯，翻轉古今窠臼，奇言妙語拈過一邊，熱喝痛棒送向他處，焚三玄戈甲於二六峰頭，碎五位鎗旗于三三潭畔，行未行之令、報莫報之恩，及到人天眾前，全無一點氣息。然雖如是，令不虛行，卻舉些切要說話，以副堂頭嚴命，與諸兄弟遞相警策去也。昔鹽官會下有主事僧，忽見一鬼使來追，僧告云：『某身充主事，未暇修行，乞容七日得否？』使云：『待為白王。若許，七日後來；不然，須臾便至。』言訖不見。至七日後，復來覓其僧，了不可得。諸兄弟！還委悉麼？主事僧七日精進，鬼使便摸索不著，且道向甚麼處安身立命？如有緇素得出，不孤生平撥艸瞻風；苟或一向顢頇，正好痛自鞭策，莫待鐵棒當頭，噬臍無及。忠言逆耳，伏望垂慈。」

> 福唐・黄檗山の西堂寮における、秉拂の小参。 ある僧が問うた：「どのようなものが、格外の句でございましょうか。」 師、曰く：「雪の中に金を埋める。」 僧、さらに問う：「それは、雪の洞窟にある家宝という意味ではございませんか。」 師、曰く：「馬の頭に、無理やり角を生やすようなものだ。」 僧、問う：「しかし、それでは目に入って翳りとなるのを、どう防ぎましょう。」 師、曰く：「まだ、砂と混ぜて人に売ろうとは思っていない。」 僧、問う：「それでは、大海を墨とし、須弥山を筆として、一筆も描き下ろせない時は、如何でしょうか。」 師、曰く：「すでに模様は現れている。」 問う：「箭鋒が相対するという話は措いて、単刀直入する時は如何ですか。」 師、曰く：「私は、お前に見破られてしまった。」 僧が聞くふりをすると、師、曰く：「お前は、私にうまく欺かれたのだ。」 僧、曰く：「わかりました。」 師、曰く：「互いに譲らぬものよ、一つ言葉を述べてみよ。」 僧がすぐに背を向けると、師、曰く：「お前は、義理を落としたな。」 問う：「妄心がやまない時は、如何ですか。」 師、曰く：「妄心を取り出して見せよ。」 僧、問う：「どのようにすれば、生死を了得できるのでしょうか。」 師、曰く：「翁仲（墓の石人）に尋ねよ。」 僧が礼をして退く。師、乃ち曰く： 「堂頭の老いたる御方が、私、第二座に秉拂させよとの仰せ。これも、子を愛すればこその無分別。両堂の諸大徳が、尊きを降ろして賤しきに従う有様は、まるで石女に子を産ませるようなものだ。不肖の身、一介の粗野なる行い、自らを了することも叶わず、よくもまあ、達人の前で白や黄を説いたものだ。これは、布鼓を抱えて門前を通るようなもの、無謀の極みであろう。今や辞退も叶わず、やむなく命に従う。これも、過ちを過ちのままに、古来よりの型をひっくり返すに等しい。奇抜な言葉や妙なる語は、ひとまず脇に置き、激しい叱責や痛烈な棒も、他へと送りやる。三玄の戈甲は二六峰の嶺で焼き払い、五位の槍旗は三三潭の畔で砕く。未だ行われざる令を行い、報い難き恩を報ずる。かくして人天の衆前に臨めども、一片の気息もなし。されども、令は虚しく行われぬもの。故に、いささか切要の言葉を挙げて、堂頭の厳命に応え、諸兄弟と共に互いに戒め励まさん。 昔、塩官の会下に、主事を務める僧がいた。ある時、忽然と鬼使が来て、彼を追う。僧、告げて曰く『私は、身は主事を務めており、修行する暇がありません。どうか、七日の猶予を頂けませんか』。使い、曰く『王に伺いを立てよう。もし許しを得れば、七日后に来よう。許しがなければ、すぐにでも参るだろう』。言い終えると、姿を消した。七日後、再び使いが来てその僧を探したが、全く見つけることができなかった。 諸兄弟よ、未だお分かりか。主事の僧が七日間、精進したため、鬼使いすらも手がかりを得られなかったのだ。さて、あの僧は、どこに身を置き、命を宿したと言うのだろうか。もし、はっきりとこの道理を会得出来たなら、これこそ一生、草を分け風を瞻るに値する。もし、ただもうもうと暗愚なままならば、まさに自らを痛烈に鞭打つが良い。鉄の棒が頭を打つのを待ってからでは、臍を噛んでも追いつかない。忠言は耳に逆らうもの。伏して慈悲をお願い申し上げます。」

福唐黃檗首座寮秉拂陞座。云：「拈出黃檗烏藤，千聖魂飛膽落；高懸雪峰古鏡，野狐削蹟吞聲。飽參尊宿，有勞證明；格外弟昆，如何通信？莫是默然良久麼？豎拳下喝麼？縱展百千三昧，到這裏總納敗闕。設有沒面目漢別轉一機，向無湊泊處伸出三頭六臂，奪折烏藤、打破古鏡，亦未是衲僧本分。如何是衲僧本分？棒頭有眼明如日，灼破菱花未照前。」

太和黃檗首座寮秉拂上堂。僧問：「臨濟入門便喝，德山入門便棒，如何是臨濟意旨？」師云：「汝不是臨濟兒孫。」進云：「如何是德山受用？」師一喝。進云：「臨濟喝、德山棒，是同？是別？」師云：「一串串過。」進云：「先聖後聖，其揆一也。」師云：「汝在甚麼處見臨濟、德山？」僧無語，師云：「虛頭漢。」迺云：「十五日已前，行到說不到；十五日已後，說到行不到。正當十五日，行說俱到猶是半提，作麼生是全提？列位既勘不出，適來問話寧屬影響？」就舉：「汝問我：『臨濟入門便喝。』我答了，便下一喝。古云：『一喝全賓主，照用一時分。』且道：賓主照用在喝裏耶？喝外耶？或不裏不外耶？者裏具得一隻眼，臨濟、德山結舌有分；其或遲疑，秉拂頭陀再垂方便去也。」又舉：「臨濟上堂次，兩堂首座相見同時下喝，僧問：『臨濟還有賓主句也無？』濟云：『賓主歷然。』復召眾曰：『要會臨濟賓主句，問取兩堂二首座。』」師云：「首座兩張嘴，其一舌頭放光；濟祖一箇鼻，借兩竅出氣。賓主句還他一對無孔鐵鎚，主中主須是老古錐始得。頭陀恁麼舉似，還愜兩堂諸昆仲證明也無？選佛迸開千手眼，崑崙騎象點頭回。」下座。

> 太和山黄檗寺の首座寮において、秉拂上堂の際、ある僧が問うた。「臨済和尚は門を入るやいなや喝をし、徳山和尚は門を入るやいなや棒を使いました。では、臨済の真意とはどのようなものでしょうか？」 老師がお答えになった。「おまえは臨済の子孫ではない。」 僧がさらに問う。「では、徳山和尚の真骨頂とは？」 老師は一声喝した。 僧が問う。「臨済の喝と徳山の棒は、同じですか、それとも別ですか？」 老師はお答えになった。「一つの連なりで通じているのだ。」 僧が言う。「古聖も後の聖も、その尺度は同じでございます。」 老師はお答えになった。「おまえはどこで臨済や徳山に会ったのか？」 僧は答えられなかった。老師は仰った。「虚言を吐く者め。」 そしてこう仰った。「十五日以前は、行いは及ぶが言葉は及ばない。十五日以後は、言葉は及ぶが行いは及ばない。ちょうど十五日にあたっては、行いも言葉も共に及んでいる。しかしそれでもなお半提にすぎない。では全提とはどのようなものか？諸君が見抜けないのであれば、先ほどの問答も結局は影や響きに過ぎなかったのではないか？」 そこで老師は次のように挙示された。「おまえが私に『臨済和尚は門を入るやいなや喝をした』と問うた。それに答えてから、私は一声喝した。古人が言う。『一喝の中に賓主が全てあり、照用が一時に分かれる』と。さて、賓主や照用は、喝の中にあるのか？あるいは喝の外にあるのか？あるいは中にも外にもないのか？ここに一つの眼を持つならば、臨済も徳山も言葉を失うだろう。もし迷うならば、秉拂する頭陀が再び方便を示そう。」 さらに挙示された。「臨済和尚が上堂した時、東西両堂の首座が出会って同時に喝をした。ある僧が『和尚にはなお賓主の句がおありですか？』と問うた。臨済和尚は『賓主は歴然としている』と答え、さらに大衆を呼んで言った。『臨済の賓主の句を会得したいなら、両堂の首座に問いなさい』と。」 老師は仰った。「首座には二つの口があり、その一つの舌が光を放つ。臨済和尚には一つの鼻があり、二つの穴から息を吹き出す。賓主の句に関しては、一対の穴のない鉄槌というのがぴったりだ。主の中の主は、古い錐のような者でなければならない。頭陀がこのように挙示したが、東西両堂の諸兄弟の証明に叶うだろうか？選仏の場から千手眼が炸裂し、崑崙山の象に騎った者がうなずきながら戻ってくる。」 下座された。

播州道婆元正薦夫道立，請秉拂上堂。悅眾問：「龍象雲集，和尚說什麼法？」師云：「日午三更。」進云：「若有人耳聽如聾、口說如啞，又如何祇對？」師云：「石人反側。」僧便喝，師云：「口不曾啞，耳不曾聾。」問：「如何是向上一路？」師云：「向下問將來。」僧繞一匝，云：「步步踏著。」師云：「縱繞百億須彌山，到山僧門下總要喫棒在。」進云：「不是，不是。」師云：「如是，如是。」問：「猛虎當路坐，如何過得？」師云：「渾身在裏許。」進云：「畢竟向何處安身立命？」師云：「汝喪身失命了也。」進云：「如某甲意，竹密不妨流水過，山高豈礙白雲飛？」師云：「且莫念詩篇。」僧禮拜，云：「謝和尚答話。」師喝，云：「虎頭虎尾一齊收。」問：「未開口已前，請和尚開示。」師云：「未登座時答汝了。」問：「願和尚開甘露門。」師云：「著源頭一滴水，為霖為雨遍三千。」惟澈問：「昔大慧省覲圓悟，悟命秉拂，有元禪客出問：『眉間掛劍時如何？』慧曰：『血濺梵天。』圓悟忻然，曰：『問得極好，答得更奇。』今請和尚別一轉語。」師云：「放下劍子。」進云：「固知和尚大有超方之作。」師云：「切忌犯鋒鋩。」澈禮拜云：「昔日大慧，今日和尚。」師云：「被汝看破。」迺云：「聖壽上堂，禾山打鼓，驚動玅高峰點頭、雙鶴亭起舞，直得有情、無情同來聽法，十方龍象共作證明。自愧慧淺德涼，敢向河頭賣水？然師命不敢違，勉赴來機。」遂舉：「末山尼因灌谿問：『如何是末山境？』山云：『不露頂。』谿云：『如何是末山主？』山云：『非男女相。』谿乃喝云：『何不變去？』山云：『不是神、不是鬼，變箇甚麼？』」師云：「灌谿雖有本分鉗鎚，爭奈末山是鍛過的真金，了無異色。茲者道婆元正落髮修行，頭腦與末山相似，惜乎參究不到他田地，所以見有男女、有眷屬，有菩提、有涅槃。若向非男女處一覷，覷破菩提、涅槃，不消一捏，到黃檗門下，主山猶未肯點頭。正當恁麼時，如何是獨脫一句？龐公過去久矣，有煩眾師久立，伏惟珍重。」

> 播州の道婆・元正が夫・道立の追善供養のために、秉拂（法座に上がって説法すること）を願い出たので、上堂した。 悦衆が問う：「龍や象のごとき高僧が雲のごとく集まっておりますが、和尚はどのような法を説かれますか？」 師、曰く：「日は午に中天し、三更（真夜中）となる。」 さらに問う：「もし、耳で聞いても聾の如く、口で語っても唖の如くである者があれば、どのように対すればよいのでしょうか？」 師、曰く：「石人がひっくり返る。」 僧が喝を発すると、師、曰く：「口は決して唖ではなく、耳は決して聾ではない。」 問う：「向上の一路とは如何なるものですか？」 師、曰く：「下に向かって問いを出して来なさい。」 僧が一巡りして言う：「一歩一歩、踏みしめております。」 師、曰く：「たとえ百億の須弥山を巡ろうとも、山僧の門下に来れば、皆、棒を食らうことになるぞ。」 さらに言う：「そうではない、そうではない。」 師、曰く：「その通り、その通り。」 問う：「猛虎が道の真ん中に座っている時、如何にして越えるべきですか？」 師、曰く：「全身、その中に在り。」 さらに問う：「結局、どこに身を置き、命を託せばよいのでしょうか？」 師、曰く：「あなたは既に身を失い、命を失っている。」 さらに言う：「私の考えでは、竹が密でも流れを妨げず、山が高くとも白雲の飛ぶのを妨げない、といったところでしょうか。」 師、曰く：「詩編を唱えるのはやめなさい。」 僧が礼拝して言う：「和尚のご回答、ありがとうございます。」 師が喝を発して言う：「虎の頭も尾も、一斉に収めた。」 問う：「口を開く前から、和尚のご開示をお願いします。」 師、曰く：「法座に登らぬ前に、既にあなたに答えている。」 問う：「どうか和尚、甘露の門を開いてください。」 師、曰く：「源頭の一滴の水こそを、雨や霖と成し、三千世界に遍く降らせよ。」 惟澈が問う：「昔、大慧が圓悟のもとを訪ね、悟が秉拂を命じた時、元禅客が問うた。『眉間に剣を掛けた時は如何？』大慧は曰く、『血、梵天に溅ぐ。』圓悟は欣んで言った。『問いは極めて良く、答えは更に奇なり。』と。今、和尚に別の一転語をお願いします。」 師、曰く：「剣の子を置け。」 さらに言う：「元より、和尚には超方の大作があると知っておりました。」 師、曰く：「刃の鋒に触れるなかれ。」 澈が礼拝して言う：「昔の大慧、今の和尚。」 師、曰く：「汝に見破られた。」 乃ち云く：「聖寿寺に上堂す。禾山は鼓を打ち、玅高峰を驚かせてうなずかせ、双鶴亭をして舞い上がらせる。ついに、有情・無情も共に来りて法を聴き、十方の龍象も共に証明を作す。自ら慧浅く徳涼しと愧じるが、よくも川のほとりで水を売ろうとするものよ。しかし、師の命は違えられず、やむを得ず来機に赴く。」と。 そこで挙す：「末山尼の故事。灌谿が問う。『如何なるか末山の境？』山、曰く。『頂を露わにせず。』谿、曰く。『如何なるか末山の主？』山、曰く。『男女の相に非ず。』谿、乃ち喝して曰く。『何故、変じ去らざる？』山、曰く。『神に非ず、鬼に非ず、何を変ずる？』」 師、曰く：「灌谿には本分の金槌があったとはいえ、末山は鍛え抜かれた真金、少しも異なる色がなかった。今、道婆・元正は落髪して修行している。その頭脳は末山に似ているが、惜しむらくは彼女の境地まで参究が至っていない。ゆえに、男女あり、眷属あり、菩提あり、涅槃ありと見てしまう。もし、非男女のところを一目見て、菩提も涅槃も見破れば、一捏みに過ぎない。しかし、黄檗の門下にあっては、主山すらまだうなずかない。まさにそのような時、独り脱する一句とは如何？龐公は去ること久しい。衆師に長く立たせてしまい、申し訳ない。伏して珍重を願う。」

孝子祐竹等薦故考常有信士，請秉拂上堂。僧問：「如何是佛？」師云：「頭頂五須彌。」進云：「如何是法？」師云：「口包四大海。」進云：「如何是僧？」師云：「雙眸懸日月。」進云：「三寶已蒙師指示，向上一著如何趨向？」師打一棒，云：「會取佛法僧。」僧一喝，師云：「伶俐衲僧最難得。」齊雲問：「一法若有，毗盧墮在凡夫；萬法若無，普賢失其境界。去此二途，請師超薦。」答云：「雲藏無縫襖。」進云：「恁麼則坐斷真空玅有，直登上品蓮華去也。」答云：「花燦不萌枝。」僧禮拜而退，師迺云：「生前無業累，死去快如仙，當下信得及，不用哭蒼天。其或未然，再垂方便。常有信士白手起家，惜土如金，周人之急，惟義是從，鄉人稱為善士也。一旦無常，乘時委順，其孝子賢孫以父祖形容不可見，而其靈明不昧未嘗亡也。三七之辰，特進山請法以薦其親，是可謂能知孝道者耳。予雖不敏，承堂頭老人委命，勉副來誠，伏惟諦聽。常有五十八年前之生也，猶月映寒潭，雖有有之有，不有於有也；五十八年後之滅也，如雲散長空，則無無之無，不無於無也。不無之無，聖凡非減；不有之有，來去非增。正當恁麼時，如何是超空有、證真常的消息？頓明無相天真佛，休戀黃金鑄舊顏。」下座。

立春，秉拂小參。問答竟，迺云：「今日立春，承方丈老人命，第一座秉拂與大眾結般若緣，有煩兩堂法昆仲降尊證明，應箇時節去也。青帝笏頭點出無邊春色，達摩腳下重敷五葉一花。」復豎拂，云：「且道：祖師未西來時還有者箇也無？若道有，有在甚麼處？若道無，爭得者箇來？若向箇裏覷得破，一任開鑿，人天眼目隨處簇錦鋪紅；其或未然，不免隨渠流轉。且作麼生是不遷之句？春風影裏乾坤大，萬福堂中日月長。」