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title: "即非禪師全錄 · 寄呈玉林法叔祖老和尚"
description: "即非禅师全录是清代曹洞宗高僧即非如一禅师的法语、诗文、书信等著作汇编，由弟子明洞等人依据日本京都堀川町刊行的驹本整理刊印。该书成书于清初，反映了明清之际禅宗的发展面貌与中日佛教文化交流的盛况。内容涵盖禅法开示、宗门公案、偈颂、尺牍及佛祖图等，系统阐述了曹洞宗的默照禅风与禅修理念。作为明清禅宗的重要文献，它不仅在中国佛教史上具有重要地位，对日本黄檗宗的兴起与发展也产生了深远影响，是研究近代东亚禅宗史不可或缺的典籍。"
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### 寄呈玉林法叔祖老和尚有序

> 玉林法叔祖老和尚へ謹呈

順治十五年，歲在戊戌冬，　皇帝特差內院張嘉謨頒詔，聘請湖州府報恩寺玉林老和尚入　禁庭問道，奏答稱　旨，隨賜大覺禪師之號，併賜紫衣金印，虔留供養。屢以未葬親為辭。　皇上重其道德孝義，頒金欽賜祭葬，復畫御容與師對坐。返錫日，　上偕皇后歸，依起法名，復敕群臣隨輦送至午門，猶不忍別。　上親脫御手珀珠以賜，諭曰：「和尚見珠，即見朕也。」次年己亥三月，再遣中使存問，復賜金印，加號明教大覺禪師，旌崇知識，可謂極矣。庚子冬，浙人來述應詔緣起，信筆三十韻，贊歎萬一云。

> 順治15年、歳は戊戌（つちのえいぬ）の冬のこと。 皇帝は特に内院の張嘉謨（ちょうかも）を遣わし、詔を下して、湖州府報恩寺の玉林老師（ぎょくりんろうし）を宮中にお招きになりました。 老師は御前で問いに答え、その奏上が御心にかなったため、ただちに「大覚禅師」の称号を賜り、紫の衣と金の印も授けられました。 皇帝は心から老師を留めて供養なさいましたが、老師はたびたび「親の葬儀がまだ済んでいない」と辞退なさいました。 その道徳と孝行の心を重く見た皇帝は、金を下賜して葬儀を営ませ、さらに自らの御影（おみえ）を描かせて老師と対座するようにと命じられました。 老師が帰路につかれる日、皇后も共にお見送りになり、法名（ほうみょう）を授けられました。また、群臣に命じて御輿（みこし）に従い、午門（ごもん）までお送りになりましたが、それでもなお別れ難く思われ、 皇帝ご自身が手にお持ちの数珠（じゅず）をはずして老師に授け、こうおっしゃいました。 「和尚よ、この数珠を見よ。これを見れば、朕（ちん）を見るがよい。」 翌年、己亥（つちのとい）の三月、再び使いを遣わしてお見舞いの言葉を賜り、さらに金の印を授けられ、「明教大覚禅師」と加号されました。 知識（ちしき）を称えること、この上ないものがありました。 庚子（かのえね）の冬、浙（せつ）の人が来て、この召しに応じた由来を

古今聖賢主，多是果位人，慈愍眾生故，乘此大願輪。不忘靈山囑，大法荷諸身，報恩大知識，同來符宿因。宗風補治道，帝德全修真，機暇思問法，詔請敕群臣。道駕啟行日，迎送億兆民，瞻禮無立位，蹄輪填重闉。合用從新制，御庫給萬珍，逢山開覺路，遇水駕迷津。一拂登寶殿，奏答迅如綸，機契第一義，龍顏悅幾旬。賜號曰大覺，衣紫光鱗鱗，少林花再發，龍池雨露新。殊恩勵後學，寵渥澤雙親，昏衢與晦室，賴師而有晨。朝野無貴賤，傾心願陶甄，法施已云普，杖拂歸湖濱。人有榮欣意，法眼視遊塵，道德照今古，華樸靄彬彬。何來未醒漢，懵論嗽齒脣，謂師名行道，薄言為解醇。三聘古不起，一詔赴紫宸，時節以當出，隱顯無疏親。道若無所感，名亦不易陳，差勝德不修，名與身俱淪。予於丙申歲，為省覲南詢，混雜三作禮，知師道絕倫。今冬讀綸語，語語似陽春，堂堂一國師，天下仰慈仁。

> 古今の聖賢や君主たちは、 多くは悟りを得た方々であり、 衆生を慈しみ悲しむがゆえに、 この大きな誓いの輪に乗っておられる。 霊鷲山でのお釈迦さまの託けを忘れず、 仏法の大いなる責務を一身に担い、 知識への恩に報いるために、 皆ともに集まって、過去の因縁を成就する。 宗門の風格は治国の道を補い、 天子の徳は修行を全うする。 日常の合間に教えを問うことを思い、 詔を下して群臣を集められる。 お出ましの道中、 民衆が数えきれずに迎え送り、 礼拝しようと立つ場所もなく、 車や馬で門の辺りが埋め尽くされた。 心を込めて新たに作り直し、 御倉からは万の宝物を賜る。 山に逢えば悟りの道を開き、 水に逢えば迷いの淵に橋を架ける。 ひと振りの払子で宝殿に登り、 奏上と返答がすばやく綸言のごとし。 機が第一義に合致し、 天子の御顔は幾旬も喜びに輝く。 「大覚」の号を賜り、 紫の衣はひかりきらめく。 少林寺の花は再び咲き、 竜池の雨露は新たなる恵み。 特別な恩は後学を励まし、 深い慈悲は父母をも潤す。 暗い街路や薄暗い部屋も 師のおかげで朝を迎える。 朝廷も民間も貴賤なく、 心から師の教化を願う。 法施はすでに広く行き渡り、 杖と払子は湖のほとりへと帰る。 人々は喜びの心を持てど、 師は法の眼で塵の如く遊ぶ。 その道徳は古今に輝き、 華やかさと質素さが調和して美しい。 どうして、まだ悟らない者がいて、 おぼろげに口先ばかりで論じるのか。 「師は名を歩む道と称されたが、 その言葉は真実を説くための薄い味付けである」と。 昔は三度の招聘にも応じず、 一たび詔があれば都の宮殿へ向かう。 時節が来れば出て行くべきであり、 隠れたり顕れたりしても、親疎はない。 道が感じるものがないならば、 名もそう簡単に顕れはしない。 それでも徳の修まらぬ者よりはましで、 名も身も共に滅びることはない。 私は丙申の年に 両親を省みるために南へと尋ね、 折りに触れて三たび礼拝し、 師の道が並み外れていることを知った。 今年の冬に師の言葉を読めば、 一言一言が春の陽のようである。 堂堂たる一国の師、 天下の人々が慈しみの心を仰ぎ慕う。