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title: "香嚴禪師語錄 · 跋檢補輪藏後"
description: "香嚴禪師語錄是清代禪師釋說明的弟子耀等人編錄的禪宗語錄由葉燮作序並附有行實主要內容是香嚴禪師的開示語錄機鋒轉語和修行指導體現了臨濟宗的禪風該語錄記錄了禪師在修行與教學中的智慧結晶對研究清代禪宗思想與實踐具有重要價值是了解當時禪門風貌和修行方法的重要文獻在佛教典籍中佔有一席之地為禪學研究者和修行者提供了參考依據"
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### 跋檢補輪藏後

> 蔵経補修の後に記す

余脫白精嚴之清隱，受法為天童四葉，而繼席於普明。從太平湧卍退靜故山之竹隱，出入精嚴四十餘載。自惟薄祜，無補茲山。乙丑春，王宴坐室中，聞轉輪聲如鳳鳴。跬步藏閣，見瑯𪻱滿地，為諸遊童所踐踏。有以瓦礫褁經頁，倒擲輪內，以為惜福者，睹之愀然。垂收拾敗軸歸室，幾十數斛。或議火藏者，有勸送入海者。余曰：「若付水火，則絕披閱之後人，而輪藏空虛，流通無寄，與彼踐擲何異哉？」因自每紙以手刷挺，照號查檢。一年之功，理歸原篋。其殘朽遺失者，計三百六十餘卷。得盛澤與菴沈君資施紙費，假普善庵全藏，摘卷募書。既檢補清足，聊加裝整，復補藏匣二百五十。雖不能裝潢璀璨，其部帙次第，大義無虧，俾後閱者猶可意焉。按：明宣德七年，沙門如竺缽資贖藏，以答師恩者。嘉靖庚戌，淮陰僧祖月檢補六百餘卷，有冬谿和尚閱藏記。崇禎六年，居士顧天命等檢補。順治末，沙門巨元募補未半，仍遭凌亂。茲康熙二十四年乙丑至丁卯，余獲竣功。吁！其三百年中，廢興不一，難可記述。復萬曆間，僧桂蕖為袁了凡先生所勗，疏以修補，見於函尾。今余芳桂又為整理，桂桂相承，豈亦有數存乎其間耶？願後之披攬者，亦如前誌，使此山法輪常轉，興復荒蕪，不勝顒望焉。

> 私は白精嚴（びゃくしょうごん）の清隱（せいいん）を剃度し、法を受けて天童山第四世を継ぎ、普明寺の住持となりました。太平寺から卍の導きで故山の竹隱に戻り、精嚴に出入りすること四十余年。自分は福が薄く、この山に何の貢献もできませんでした。 乙丑年の春、王が静かに室の中に坐して、転輪の音が鳳凰の鳴き声のように響くのを聞きました。蔵經閣に歩を進めると、瑯𪻱（経典の紙片）が地面に満ちていて、遊びに来た子供たちに踏み荒らされていました。中には瓦礫で経典の頁を包み、輪の中に逆さに投げ込んでいる者もあり、惜福のためと言うのです。これを見て私は心を痛めました。 そこで破れた経典の軸を拾い集めて室に持ち帰りましたが、その量は十数斛（こく）にもなりました。ある人は火に葬るべきだと言い、ある人は海に流すべきだと勧めました。私は言いました。「もし火や水に委ねれば、後の人々が開いて読む道が絶たれ、輪蔵が空しくなって経典の流通の拠り所がなくなる。それでは彼らが踏み荒らし投げ捨てるのと何が違うだろうか」 そこで私は自分の手で一頁一頁を整え、番号を照合して調べました。一年の努力の末、経典は元の箱に納められました。ただし朽ち失われたものは三百六十余巻ありました。盛澤の与菴沈君の施しで紙の費用を得て、普善庵の全蔵を借り、欠けた巻を集めて書き写すよう募りました。検校して補い終えると、少し装幀を整え、蔵を納める箱二百五十を新たに作りました。華やかな装幀とはいきませんが、部帙の順序や大義には欠けるところがなく、後の読者が意味を取ることができます。 考えてみますと、明の宣德七年に沙門如竺が鉢の財を供えて蔵を請い、師の恩に報いました。嘉靖庚戌年には淮陰の僧祖月が六百余巻を検校補修し、冬谿和尚の閲藏記があります。崇禎六年には居士の顧天命らが検校補修しました。順治の末には沙門巨元が募って補修しましたが半ばで、またもや混乱に遭いました。今、康熙二十四年乙丑から丁卯年に至って、私はようやく功を成しました。 ああ、この三百年の間、廃れ興ることは一様ではなく、記述することも難しいのです。また萬暦年間、僧桂蕖が袁了凡先生に勧められ、疏（よびかけ）を以て修補したことが函の末尾に見えます。今、私の芳桂がまた整理することで、桂と桂が相継いでいる。これにも何かの数（めぐり）があるのでしょうか。 後の人がこの蔵を披いて覧るとき、どうか以前のように大切に守り、この山の法輪が常に回転し、荒廃を興し復すことを願ってやみません。