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title: "高峰喬松億禪師語錄 · 南嶽第十六世"
description: "高峰喬松億禪師語錄是清代禪僧玄億的語錄集，由弟子燈洪編纂，依駒本印行。玄億活躍於清初，屬臨濟宗法脈，其語錄記錄了他的上堂法語、機鋒對答、書信及詩偈，集中體現了禪宗直指人心、見性成佛的宗旨。內容深入淺出，融合禪修實踐與日用生活，為學人提供了明晰的修行指南。該語錄是研究清初禪宗思想與臨濟宗發展的重要文獻，在佛教史上具有承先啟後的地位，對後世禪門影響深遠。"
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### 南嶽第十六世

臨安府徑山宗杲大慧普覺禪師，宣城奚氏子。其母夢一僧，黑頰隆鼻，神人衛之，造於臥室。問：「何所居？」對曰：「嶽北。」覺而有身。哲宗元祐四年己巳十一月十日巳時生，白光透室，舉邑稱異。年十六出家，十七落髮，即喜宗門中事。遍閱諸家錄，尤喜雲門、睦州語。常疑五家宗派，元初只是一個達磨，什處有許多門庭？性俊逸，十九遊方，始從曹洞諸老宿遊，繼謁湛堂，次造東京謁圜悟，晨夕參請。悟舉東山水上行語令參，師凡呈四十九轉語，悟不肯。一日，悟陞座，舉雲門語曰：「天寧即不然，若有人問：『如何是諸佛出身處？』但向他道：『薰風自南來，殿閣生微涼。』」師聞舉豁然，以白悟。悟察師雖得前後際斷，動相不生，卻坐淨裸裸處語。師曰：「也不易，你到者田地，可惜死了不能得活。不疑言句，是為大病。不見道：『懸巖撒手，自肯承當；絕後再甦，欺君不得。』須知有者個道理。」乃命居擇木堂，為不釐務侍者。日同士大夫閒話，入室日不下三四。每舉有句無句，如藤倚樹問之，纔開口，悟便曰：「不是。」經半載，一日同諸客飯，師把箸在手，都忘下口。悟笑曰：「者漢參黃楊木禪，卻倒縮去。」師曰：「者個道理，恰似狗看熱油鐺，欲舐舐不得，欲捨捨不得。」悟曰：「你喻得極好，者個便是金剛圈、栗棘蓬也。」一日，問曰：「聞和尚當時在五祖曾問者話，不知五祖道什麼？」悟笑而不答。師曰：「當時須對眾問，如今說亦何妨？」悟曰：「我問：『有句無句，如藤倚樹。意旨如何？』祖曰：『描也描不成，畫也畫不就。』又問：『樹倒藤枯時如何？』祖曰：『相隨來也。』」師當下釋然，曰：「我會也。」悟遂舉數淆訛因緣詰之，師酬對無滯。悟曰：「始知我不汝欺。」遂著臨濟正宗記付之。

> 臨安府径山の宗杲大慧普覚禅師は、宣城の奚氏の子である。母はある僧の夢を見た。その僧は頬が黒く鼻が高く、神人が守り従い、寝室にやって来た。母が「どこにお住まいですか」と尋ねると、「岳の北です」と答えた。目覚めると身ごもっていた。哲宗元祐四年己巳十一月十日巳の刻に生まれると、白い光が部屋を貫き、町中が奇異を称した。 十六歳で出家し、十七歳で得度。早くも禅宗の事柄を好んだ。諸家の語録を読み漁り、特に雲門と睦州の言葉を喜んだ。常に疑っていた。五家の宗派は、元々ただ一人の達磨大師だったのに、どうしてこんなに多くの門流があるのだろうかと。性質は俊逸で、十九歳で諸方を遊歴し、まず曹洞宗の老宿たちに師事し、次に湛堂を訪ね、さらに東京へ赴いて圜悟に謁見し、朝夕参禅した。 悟は「東山水上行」の公案を示して参究させた。師は合わせて四十九の転語を呈したが、悟は認めなかった。ある日、悟が上堂し、雲門の言葉を挙げて言った。「天寧ならばそうはしない。もし人が『いかにすれば諸仏の出身処か』と問えば、ただ彼に『薫風南より来たり、殿閣微涼を生ず』と答えるのみだ。」師はこの言葉を聞いて豁然と悟り、悟に報告した。悟は師を観察し、前後の際が断たれ、動く相が生じない境地を得てはいるが、ただ清らかに裸々たる処に座しているだけだと見た。 悟は言った。「容易なことではない。お前はここまで来たが、惜しいことに死んでしまって生き返ることができない。言葉を疑わないことが大病だ。『懸崖に手を放ち、自ら肯うて承当す。絶後に再び甦り、君を欺くこと得ず』と説かれているではないか。この道理があることを知らねばならぬ。」そして師を択木堂に住まわせ、雑務のない侍者とした。毎日、士大夫と雑談し、入室は日に三四度を下らなかった。 悟は毎回「有句無句、藤の樹に倚るが如し」と問うた。師が口を開こうとすると、悟はすぐに「違う」と言った。半年が過ぎたある日、師は客人たちと食事をしている時、箸を手にしたまま、口に運ぶのを忘れていた。悟は笑って言った。「この男は黄楊木の禅を参じているが、逆に縮こまってしまった。」師は言った。「この道理は、まるで犬が熱した油鍋を見るようだ。舐めたいが舐められず、諦めたいが諦められない。」悟は言った。「お前の喩えは極めて良い。これこそが金剛圏であり、栗棘蓬である。」 ある日、師は尋ねた。「和尚がかつて五祖の下でこの話を問われたと聞きますが、五祖は何とお答えになったのでしょうか。」悟は笑って答えなかった。師は言った。「あの時は大衆の前で問うたのでしょうが、今話しても何の差し支えがありましょう。」悟は言った。「私は『有句無句、藤の樹に倚るが如し。その意旨はいかがですか』と問うた。祖は『描きても描けず、画いても画けない』と答えられた。また『樹倒れ藤枯れる時、いかがですか』と問うと、祖は『相随って来たるなり』と答えられた。」師はその場で釋然とし、「会得しました」と言った。悟はそこでいくつかの淆訛の因縁を挙げて問い詰めたが、師の応対に滞るところはなかった。悟は言った。「ようやく、私がお前を欺かなかったと知った。」そして臨済正宗の記を著して師に付嘱した。

頌：祖翁活計纔拈出，已惹腥臊擁鼻痕。莫怪兒郎無別作，從前家業又重新。

> 頌：祖師の生業を今や取り出せば、すでに生臭き匂いが鼻を衝く。若者たちが他に何もしないと責めるなかれ、昔の家業がまた新たに始まるのだ。