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title: "太虛大師全書．第一編　佛法總學 · 第二節　未成正覺前之釋尊"
description: "太虛大師全書第一編佛法總學由近代佛教改革領袖釋太虛著於民國時期，成書於二十世紀上半葉。該編為大師佛學思想總綱，系統闡述佛法根本原理，涵蓋教理、修行與世出世法圓融之義。內容包括對佛教經典的統攝解說、人生佛教之理論基礎，以及對傳統佛學的現代詮釋。本書在近現代佛教史上具有里程碑地位，為人間佛教思想奠定理論基石，是研究中國佛教現代轉型與太虛大師思想的重要典籍。"
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### 第二節　未成正覺前之釋尊

> 第二節　正覚を悟る前の釈尊

「釋迦」譯能，乃貴族中之一族，「牟尼」譯寂，以形容其恬靜。釋迦牟尼，謂釋迦族中之恬寂者。佛陀及世尊等，則世人對之之尊稱也。實姓喬答摩（瞿曇），名悉達多（譯義成）。生於中印度恆河支流、羅泊提河岸之劫比羅伐睹城主家，父名輸頭陀那，娶同族拘利城主阿㝹釋迦之二女、摩耶與缽羅闍缽底為室，而悉達多則生於摩耶，鞠養於缽羅闍缽底者也。既長娶表妹耶輸陀羅，生子曰羅怙羅。然少年放觀田野，見農家之勞瘁，深覺貴族生活建築於民眾痛苦上者不宜。由耕土出蟲鳥即啄食，更察知全生物界皆以害他利自求生存，尤覺心痛難忍，遂冥索解除生活慘殘之道。他日又因睹老者病者死者之狀，感殺他活自以生者，苟延殘喘，不免終趨滅亡，遂不復能暫安其世俗生活。乃於十九歲棄其家屬國財，游訪者五年，繼以苦行六年。時其父遣戚族憍陳如等五人為侍，其後受乳糜之供，五人疑其退志，捨而他去，遂獨至菩提伽耶畢缽羅樹下，跏趺端坐而誓成正覺。

> 「釈迦」という言葉は、シャカ族という貴族の一族を意味します。「牟尼」とは静けさを表し、その心の静けさを表現しています。したがって、釈迦牟尼とは、シャカ族の中でも特に静かで落ち着いた人のことです。仏陀や世尊といった呼び名は、人々が彼に対して捧げた尊敬の称号です。 彼の本当の姓はゴータマ（瞿曇）で、名前はシッダールタ（完全なる成就という意味）といいます。彼は中インドのガンジス川の支流であるローヒニー川のほとりに位置する、カピラヴァストゥという町の城主の家に生まれました。父はシュッドーダナ王で、同じシャカ族のコーリヤ国の城主アヌシャカスの二人の娘、マーヤーとプラジャーパティーを妃としていました。シッダールタはマーヤーの子として生まれ、プラジャーパティーによって育てられました。 成長すると、いとこのヤショーダラーを妻に迎え、息子ラーフラをもうけました。しかし、あるとき郊外に出て農家の苦労を目の当たりにし、貴族の生活が民衆の苦しみの上に築かれているのはよくないと深く感じました。また、耕された土から出てきた虫を鳥がついばむ様子を見て、全生物が互いに他を害して自らの生存を図っていることに胸を痛め、生きることの残酷さを解消する道を探し求めるようになりました。さらに後日、老人や病人、死者の姿を見て、他を殺して自分が生きることの虚しさを痛感し、世俗の生活に安らぐことができなくなりました。 そこで19歳のときに妻子や財産、国を捨て、5年にわたって師を訪ね歩き、さらに6年間の苦行を行いました。その間、父はアージュニャータ・カウンディンニャら5人の親族を従者として派遣しました。後に尼連禅河で乳粥の供養を受けたとき、5人は彼が修行の志を退けたと思い、彼のもとを去ってしまいました。彼は一人でブッダガヤの菩提樹の下に行き、結跏趺坐して正覚を成就することを誓いました。