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title: "太虛大師全書．第七編　法界圓覺學(第1卷) · 乙　經時"
description: "太虛大師全書第七編法界圓覺學第一卷由近代佛教改革領袖釋太虛撰寫，成書於民國時期，正值中國佛教面臨現代化轉型之際。該卷闡述法界圓覺思想，以華嚴與唯識學為基礎，深入解析眾生本具的圓滿覺性與宇宙實相，強調修行者透過止觀與發菩提心證入法界。太虛大師融通教理與實修，提出人生佛教理念，對當代漢傳佛教復興影響深遠。本書為研究近代佛教思想與法界圓覺學的重要經典。"
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### 乙　經時

> <note>乙　経時</note>

依真勝義，法性寂滅，不可言宣，平等平等，本來無有時劫名相。依俗勝義，唯佛與佛，乃能究盡，如幻如幻，劫念圓融不可思議。依世俗諦，隨諸有情應量所知，眾同分心循業發現，業別無量。是故如來一音演說，從一法界清淨等流言教，分之為淨土說（若華嚴華藏世界等，若深密出過三界等，若法華寶塔品後等），為性定說（若密嚴等，若圓覺等），為天宮說（兼攝龍宮、羅剎宮等），為人間說。除為人間說外，皆不應據人間眾同分心理所取之時量而局判也。局人心時量分判者，佛祇住世八十年耳，轉法輪祇五十年耳。然忉利天一日，人間百歲，豈可令忉利天人同分妄見中，僅見佛出世不盈一日耶？知忉利天心理中時量不同，故見佛壽量亦與人間不同。由是轉展推之，可知靈鷲山常住，菩薩恆充滿；成佛塵點劫前，度生盡未來際。可知華藏世界，微塵劫前始成正覺，乃至盡未來際亦是始成正覺。而大寂定大法會中，常共不可說不可說如來、摩訶菩提薩埵，塵說、剎說、熾然說矣。特吾人同分妄見之情量難忘，界劃虛空、妄想執著，不能證得如來智慧德相而已。然既落情量中，則須依人間比量、聖教量，亦不得恣妄識卜度而亂道之。佛生數千年前，於何時說何經，非吾人情量中現量可證。時者、過而不留，亦無少法可取以立比量；則依聖教量外，尚奚從哉？本經第二卷中，匿王自言六十二歲，餘經律中、處處言佛與匿王同年生，則佛此時亦六十二歲耳。而八卷中，舉琉璃王殺釋種事，餘經律中、處處言在佛將近涅槃時。且本經六卷來、扶律談常，追說追泯，亦與天台所說大涅槃經相同。且涅槃經亦說阿難遭魔，而本經辨析魔事結文曰最後垂範，則本經直至涅槃後夜也，明矣。佛三十歲阿難始生，阿難二十歲始出家，則本經從佛六十歲以上說起，中間歷二十年，此其大較可定者也。每章文氣，似直承接，蓋出結經家意。然其繼續相，亦略可尋攷，特無憑證；可隨宜觀之，而不得作定說耳。夫法華依信解品立五時（或曰有時、空時、非有非空時等者，時義非時候也），此但迦葉等四聖一類人之見；舍利弗、富樓那、阿難、已不必然，況一切人、天、神仙、聲聞、緣覺、菩薩哉？知佛說法有種種因緣（案四悉檀，世界悉檀或隨時轉，為人、對治及第一義，皆不局時），不拘定時之一法，而為淺深、大小、偏圓；則於本經說時，紛紛諍法華前後者，真無謂耳！

> 真の勝義によれば、法性は寂滅であり、言葉で説くことはできず、平等そのものであって、もともと時劫や名相は存在しません。俗の勝義によれば、ただ仏と仏のみが究め尽くすことができ、幻のごとく、劫と一念が円かに融け合い、不可思議です。世俗諦によれば、それぞれの有情が量に応じて知るところに従い、衆同分の心が業に循って現れ、業は無量に異なります。それゆえ如来は一音で説法し、一法界の清浄な等流の言教から、これを浄土の説（華厳の華蔵世界など、深密の三界を超えるものなど、法華の宝塔品の後のものなど）、性定の説（密厳など、円覚など）、天宮の説（龍宮や羅刹宮などを兼ね攝する）、人間の説に分けます。人間の説を除いては、すべて人間の衆同分の心理が取るところの時量に基づいて局しく判定すべきではありません。人の心の時量に局して判定するならば、仏はただ世に八十年住しただけで、法輪を転じたのはただ五十年に過ぎません。しかし忉利天の一日は人間の百年です。どうして忉利天の天人を同分の妄見の中に同じく見せて、仏の出世が一日に満たないと見なせましょうか。忉利天の心理における時量が異なることを知れば、仏の寿量も人間と異なって見えるのです。これによって展転して推し量れば、霊鷲山が常住であり、菩薩が常に満ちていること、成仏が塵点劫の前であり、衆生を度すること未来際に尽くすことが分かります。華蔵世界が微塵劫の前に始めて正覚を成じ、乃至未来際に尽きるまでまた始めて正覚を成ずることが分かります。そして大寂定の大法会の中では、常に不可説不可説の如来や摩訶菩提薩埵とともに、塵説し、刹説し、熾然と説いているのです。ただ私たち人間の同分の妄見の情量を忘れがたく、虚空を界劃し妄想執着して、如来の智慧徳相を証得できないだけです。しかし既に情量の中に落ちたならば、人間の比量や聖教量に依らなければならず、恣に妄識で卜度して道を乱してはなりません。仏は生まれてから数千年前、いつどの経を説いたかは、私たちの情量の中の現量では証することができません。時とは過ぎ去って留まらず、また少しの法も取って比量を立てることはできません。ならば聖教量のほかに、どうして従いましょうか。本経の第二巻で、匿王みずから六十二歳と言い、他の経律では処々で仏と匿王は同年の生まれと言っています。ならば仏はこの時もまた六十二歳です。そして八巻では、琉璃王が釈種を殺した事を挙げ、他の経律では処々で仏が涅槃に近づいた時と言っています。また本経は六巻に来て、律を扶け常を談じ、追説し追泯し、天台が説く大涅槃経と同じです。また涅槃経も阿難が魔に遭ったと説き、本経が魔事を辨析する結文に「最後の垂範」と言うならば、本経は直ちに涅槃後の夜まで及ぶことが明らかです。仏が三十歳で阿難が始めて生まれ、阿難が二十歳で始めて出家したならば、本経は仏の六十歳以上から説き始め、中間二十年を経る、これが大体定められるところです。各章の文気は、直接に承接するようで、結経家の意に出たものです。しかしその継続の相も、やや尋ね究めることができ、ただ証拠がないだけです。宜に随って観るべきで、定説としてはなりません。法華は信解品に依って五時を立て（あるいは有時、空時、非有非空時などと言うのは、時の義は時候ではありません）、これはただ迦葉ら四聖の一類の人の見です。舎利弗、富楼那、阿難はすでに必ずしもそうではなく、まして一切の人、天、神仙、声聞、縁覚、菩薩においてはなおさらです。仏の説法には種々の因縁があることを知れば（四悉檀を案ずるに、世界悉檀はあるいは時に随って転じ、為人、対治及び第一義は、皆時に局しません）、一定の時の一法に拘らず、浅深、大小、偏円となるのです。ならば本経の説時について、法華の前後と紛紛と諍うのは、真に無謂です。