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  1. 仏臨涅槃記法住経 (佛臨涅槃記法住經)
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仏臨涅槃記法住経 (佛臨涅槃記法住經)

「佛臨涅槃記法住經」について

唐 · 底本の訳者:玄奘

1,785 字 · 約 6 分

『仏陀入涅槃記法住経』は、唐代の高僧・玄奘三蔵によって漢訳された、仏陀が涅槃に入る前に弟子の阿難に対して遺された教えを記した経典です。この経は大乗仏教の経典に属し、仏法が常住して滅びることがないという真理を強調し、仏陀の入滅後、弟子たちがどのように正法を護り、修行に励むべきかを説いています。経文の核心は「法住」の概念にあり、仏法は長い時を経ても真実であり続けることを示すとともに、末法の時代に起こる混乱と、その時代における修行の要点を予言しています。玄奘大師が西域からの請来後に精確に翻訳したこの経典は、漢伝仏教における重要な文献であり、仏陀の最後の教えと仏教の歴史的変遷を理解する上で鍵となる意義を持ち、中国仏教典籍の中でも特別な地位を占めています。


佛臨涅槃記法住經

仏、涅槃に臨みて法住を記す経

大唐三藏法師玄奘奉 詔譯

大唐三蔵法師玄奘奉詔訳

如是我聞:

私はこのように聞きました。

一時,薄伽梵在拘尸城力士生地娑羅雙林,與無量無數聲聞、菩薩摩訶薩俱,并諸天、人、阿素洛等,一切大眾前後圍繞。時薄伽梵臨般涅槃,愍眾生故,以慈軟音告阿難曰:「吾今不久當般涅槃,一切有為無不悉捨,一切佛事皆已究竟。我已宣說離窟宅法、妙甘露法、最自在法、極安樂法,是法深妙難解難知,不可尋思超尋思境,諸大聖者自內所證。我又三轉無上法輪,其輪威猛具十二相,諸餘沙門或婆羅門、天、魔、梵等,皆無有能如實轉者。我已為諸天人吹大法䗍,擊大法鼓,覺悟長夜無明睡眠。我已為諸天人建大法幢,然大法炬,普照一切除滅暗冥。我已為諸有情作大法橋,為大法船,濟渡一切暴流所溺。我已為諸有情注大法流,降大法雨,一切枯槁皆令潤洽。我已開顯解脫正路,引諸世間迷失道者,若諸有情我應度者皆已度訖,諸未度者皆亦為作得度因緣。我已降伏一切外道;我已摧滅一切邪論;我已傾覆諸魔宮殿;我已破壞一切魔軍,正師子吼作大佛事,圓滿丈夫本所誓願,護持法眼令無毀缺,化諸聲聞,授菩薩記,為未來世無上佛眼,開照世間常無斷絕。阿難!汝等當於如是無上正法勤加護持令不滅沒。阿難!我今更無所作,唯大涅槃是所歸趣。」

ある時、世尊は拘尸城の力士の生地である沙羅双樹の林におられ、数え切れないほどの声聞や菩薩摩訶薩たち、そして諸天、人間、阿修羅など、あらゆる大衆が前後を取り囲んでいた。その時、世尊は涅槃に入ろうとしておられ、衆生を憐れんで、慈愛に満ちた柔らかな声で阿難に告げられた。

「私はまもなく涅槃に入ろうとしている。一切の有為の法はすべて捨て去り、一切の仏事はすでに完成した。私はすでに、窟宅を離れる法、妙なる甘露の法、最も自在なる法、極めて安楽なる法を説いた。この法は深遠で微妙であり、理解し難く、知り難く、尋ね思うことのできない、尋思を超えた境地であって、諸々の大聖者たちが自ら内に証得するものである。

私はまた、三度にわたって無上の法輪を転じた。その輪は威猛であり、十二の相を具えている。他の沙門や婆羅門、天、魔、梵天など、誰一人として真実のままにこれを転じることはできなかった。

私はすでに諸天・人々のために大法の螺貝を吹き、大法の太鼓を打ち鳴らし、長夜の無明の眠りから覚醒させた。私はすでに諸天・人々のために大法の幢を建て、大法の炬火を燃やし、一切を普く照らして暗闇を除き滅ぼした。私はすでに諸有情のために大法の橋となり、大法の船となって、一切の暴流に溺れる者を救い渡した。私はすでに諸有情のために大法の流れを注ぎ、大法の雨を降らせ、一切の枯れたものを潤し和らげた。

私はすでに解脱の正しい道を開き顕わし、世間に迷い道を失った者たちを導いた。もし私が度すべき諸有情がいるならば、すでにすべて度し終え、まだ度されていない者たちにも、得度の因縁を作っておいた。

私はすでに一切の外道を降伏させた。私はすでに一切の邪論を打ち砕いた。私はすでに諸魔の宮殿を覆した。私はすでに一切の魔軍を破壊し、正しい師子吼をして大いなる仏事を行い、立派な丈夫が本願として誓ったことを円満にし、法眼を護り持って毀損欠けることなく、諸声聞を教化し、菩薩に記別を授け、未来世の無上の仏眼として、世間を照らし開くことを常に絶やすことなく続けてきた。

阿難よ、あなたたちはこのような無上の正法に対して、勤めて護り持ち、滅び失せないようにしなさい。阿難よ、私は今、もはやなすべきことは何もない。ただ大いなる涅槃こそが私の帰する所である。」

爾時阿難聞佛語已,悲慕感絕,良久而言:「未審如來為諸有情,三無數劫勤苦所得無上正法,於佛滅後住世幾時饒益天、人、阿素洛等,當漸隱沒?」

その時、阿難は仏の言葉を聞き終えると、悲しみと慕情に胸が詰まり、しばらくしてこう言いました。

「お尋ねします。如来が無数の衆生のために、三阿僧祇劫にわたって苦労して得られた無上正法は、仏が入滅された後、この世にどれほどの間留まり、天や人、阿修羅などの衆生を利益し、その後次第に世から消えていくのでしょうか。」

爾時世尊重以慈音告阿難曰:「諸佛化迹,法皆如是,勿復憂悲。無上正法於我滅後,住世千年饒益天、人、阿素洛等,從是已後漸當隱沒。

その時、世尊は重ねて慈しみの声で阿難に告げられた。「諸仏の教化の跡は、法はすべてこのようである。再び憂い悲しむな。無上の正法は、私の滅後、世に千年住して天、人、阿修羅などを大いに利益する。それから後、次第に隠れ没するであろう。

「阿難!當知我涅槃後第一百年,吾聖教中聖法堅固,我諸弟子聰慧多聞,無畏辯才能伏邪論,具大神力,於諸有情多所饒益;由是義故,天龍歡喜勤加守護,國王大臣、長者居士亦復如是,善識福田,於佛、法、僧深生淨信,供養恭敬尊重讚歎。一百年末,有大國王名阿輸迦,出現於世,具大威力王贍部洲,建窣堵波高廣嚴飾,其數滿足八萬四千,供養吾身所留舍利,令無量眾見聞歡喜,皆樹生天解脫之業。

阿難よ、よく聞きなさい。我が涅槃の後、最初の百年の間は、わが聖なる教えの中では聖なる法が堅固に保たれ、私の弟子たちは聡明で博識であり、恐れを知らぬ弁舌の才で邪論を打ち破り、大いなる神通力を備え、多くの生きとし生けるものに大きな利益をもたらす。このゆえに、天龍も喜び、熱心に守護を加え、国王や大臣、長者や居士たちもまた同様に、福の田をよく見分け、仏・法・僧に対して深く清らかな信心を起こし、供養し、恭敬し、尊重し、讃嘆するのである。

百年の終わりに、阿輸迦という名の大国王が世に現れ、大いなる威力をもって贍部洲を治め、高く広く厳かに飾られた仏塔を建立する。その数は八万四千に満ち、私の身に残された舎利を供養し、無量の衆生に見聞させて喜ばせ、すべての人々に生天と解脱の業を植え付けさせるのである。

「我涅槃後第二百年,吾聖教中寂靜堅固,我諸弟子聰慧多聞,如天人師,具大威德多所饒益;以是義故,天龍歡喜常加守護,國王大臣、長者居士亦復如是,善識福田,於佛、法、僧深生淨信,供養恭敬尊重讚歎。

我が涅槃より二百歳を経て、我が聖なる教えの中に静寂堅固なるあり。我が諸弟子は聡慧にして多聞、天人師の如く、大威徳を具え、多く饒益をなす。この義をもって、天竜は歓喜し、常に守護を加え、国王・大臣、長者・居士もまたしかり。よく福田を識り、仏・法・僧に対して深く清浄の信を生じ、供養恭敬し、尊重讃歎す。

「我涅槃後第三百年,吾聖教中正行堅固,我諸弟子證慧解脫、俱分解脫,身證見至無量百千,由是多人得聖果故,天龍歡喜常加守護,國王大臣、長者居士亦復如是,善識福田,於佛、法、僧深生淨信,供養恭敬尊重讚歎。

我が涅槃より三百年後、わが聖なる教えの中では正しい行いが堅固に保たれ、私の弟子たちは智慧による解脱、あるいは完全なる解脱を証し、身をもって悟りを体得し、見性に至る者が無数に現れるでしょう。それゆえ、多くの人々が聖なる果実を得るため、天竜たちは喜び、常に守護を加えます。国王や大臣、長者や在家の信者たちもまた同様に、善き福徳の田を識り、仏・法・僧に対して深く清らかな信心を起こし、供養し、恭敬し、尊重し、讃嘆するのです。

「我涅槃後第四百年,吾聖教中遠離堅固,我諸弟子樂住空閑,勤修寂定;以是義故,天龍歡喜常隨守護,國王大臣、長者居士亦復如是,善識福田,於佛、法、僧深生淨信,供養恭敬尊重讚歎。

我が涅槃より四百年後、我が聖なる教えの中では堅固なるものから遠く離れ、我が弟子たちは静かな住処を好み、ひたすら静寂なる禅定に励む。このゆえに、天龍は喜び、常に守護して付き従い、国王・大臣、長者・居士たちもまた同じく、善き福の田を識り、仏・法・僧に対して深く清らかな信を起こし、供養し、恭敬し、尊重し、讃嘆するのである。

「我涅槃後第五百年,吾聖教中法義堅固,我諸弟子愛樂正法,精勤修學論議決擇;由是義故,天龍歡喜常勤守護,國王大臣、長者居士亦復如是,善識福田,於佛、法、僧深生淨信,供養恭敬尊重讚歎。

我が涅槃より五百年後、我が聖なる教えの中では法の意義が堅固に保たれ、我が弟子たちは正しい法を愛し楽しみ、精進して学び、論議によって真理を明らかにする。このような理由により、天や龍たちは喜び、常に熱心に守護する。国王や大臣、長者や在家の者たちもまた同様に、福徳の田をよく識り、仏・法・僧に対して深く清らかな信心を起こし、供養し、恭敬し、尊重し、讃嘆するのである。

「我涅槃後第六百年,吾聖教中法教堅固,我諸弟子多於教法精勤誦習,心無厭倦,能多饒益無量有情;以是義故,天龍歡喜勤加守護,國王大臣、長者居士亦復如是,善識福田,於佛、法、僧深生淨信,供養恭敬尊重讚歎,然於義趣多有懷疑。

我が涅槃より六百年後、我が聖なる教えの中では、法の教えが堅固に保たれ、我が弟子たちは多く教法を熱心に誦習し、心に厭うことなく、無量の有情を多く益する。このゆえに、天龍は歓喜し、勤めて守護を加え、国王・大臣、長者・居士もまた同様に、善く福田を識り、仏・法・僧に対して深く清浄な信を生じ、供養・恭敬・尊重・讃歎する。しかしながら、その義理の趣きについては、多く疑いを抱くこととなる。

「我涅槃後第七百年,吾聖教中利養堅固,天、龍、藥叉、阿素洛等,於佛、法、僧供養恭敬,尊重讚歎,我諸弟子多著利養、恭敬名譽,於增上學——戒、定、慧等——不勤修習。

我が涅槃より七百年後、我が聖なる教えの中では、利得や供養が堅固となり、天、龍、薬叉、阿素羅などの衆生は、仏・法・僧を供養し、恭敬し、尊重し、讃歎する。しかし、我が弟子たちは多くが利養や恭敬、名誉に執着し、向上の学びである戒・定・慧などに勤めて修習しない。

「我涅槃後第八百年,吾聖教中乖爭堅固,我諸弟子多相嫌嫉,結搆惡人,塵坌訕謗,輕訶持戒,鄙賤多聞,不念『六和』,專思乖爭,見不善巧,不敬師長,不正知住,欺誑諂曲,言詞麁獷如栴茶羅,依附國王、大臣、長者,方便損費三寶財物,結惡朋黨折挫善人。

我が涅槃より八百年後、我が聖なる教えの中に不和と争いが固く根を下ろし、我が多くの弟子たちは互いに憎み嫉み、悪人と結託し、塵のように誹謗を撒き散らし、戒律を守る者を軽んじ、博識を卑しみ、『六和』を思わず、専ら不和と争いを考え、不適切な行いを見ても、師や年長者を敬わず、正しい知恵に住まず、欺き諂い、言葉は粗暴で賤しい者のようであり、国王や大臣、長者に取り入り、巧みに三宝の財物を損ない、悪しき仲間と結び善人を挫く。

「我涅槃後第九百年,吾聖教中事業堅固,我諸弟子多營俗業耕種、商估,通致使命以自存活,於諸如來所制學處慢緩毀犯。

我が涅槃より九百年後、我が聖なる教えの中では、事業が盛んに行われるようになる。私の弟子たちは多くが世俗の仕事に従事し、耕作や商売、使い走りなどをして生計を立てる。しかし、如来が定めた学処に対しては、怠りや違反が目立つようになる。

「我涅槃後第十百年,吾聖教中戲論堅固,我諸弟子多勤習學種種戲論,捨出世間諸佛正教,所謂契經、應頌、記別、諷誦、自說、緣起、譬喻、本事、本生、方廣、希法及與論義,精勤習誦世間戲論,所謂王論、賊論、戰論、食論、飲論、衣論、乘論、我論、婬論、男論、女論、諸國土論、諸河海論、諸外道論;由樂此等種種戲論,令諸沙門、婆羅門等輕毀退失我之聖教。於我正法毘奈耶中,當有如斯諸惡苾芻、苾芻尼等,不善修習身戒心慧,更相忿爭,謀毀誹謗,耽著妙好種種衣鉢、房舍、敷具,由與諸惡徒黨集會,雖經多年守護淨戒,於須臾頃悉皆毀犯,雖經多年集諸善本,由多憂恚悉皆退失。以是因緣,天龍等眾悲傷懊惱,捨不守護,國王大臣、長者居士於三寶所不生淨信,誹謗輕毀,由是因緣令正法滅。

私が涅槃に入った後、百年の第十の年になると、私の聖教の中では戯論が堅固になり、私の弟子たちの多くはさまざまな戯論を熱心に学び習います。そして、世間を超えた諸仏の正しい教え、すなわち契経・応頌・記別・諷誦・自説・縁起・譬喩・本事・本生・方広・希法、および論義を捨ててしまいます。その一方で、世間の戯論、すなわち王論・賊論・戦論・食論・飲論・衣論・乗論・我論・婬論・男論・女論・諸国土論・諸河海論・諸外道論を、精を出して習い誦します。このようないろいろな戯論を楽しむために、多くの沙門や婆羅門たちは私の聖教を軽んじて誹り、退失させてしまいます。

私の正法と毘奈耶の中に、このような悪い苾芻や苾芻尼たちが現れます。彼らは身戒と心慧をよく修習せず、互いに忿り争い、謀って毀り誹謗し、すばらしいさまざまな衣・鉢・房舎・敷具に耽着します。悪い徒党と集まるために、多年にわたって浄戒を守っていても、ほんの一瞬のうちにすべて毀犯してしまいます。多年にわたって多くの善本を集めても、多くの憂いと怒りによってすべて退失してしまいます。

このような因縁によって、天・龍などの衆は悲しみ懊悩し、守護を捨てて守らなくなります。国王・大臣・長者・居士たちは三宝に対して浄信を生じず、誹謗し軽んじて毀ります。このような因縁によって、正法は滅してしまいます。

「從是已後,諸苾芻等造惡轉深,國王大臣、長者居士益不恭敬。三寶餘勢猶未全滅,故於彼時,復有苾芻、苾芻尼等,少欲知足護持禁戒,修行靜慮愛樂多聞,受持如來三藏教法,廣為四眾分別演說,利益安樂無量有情;復有國王大臣、長者及居士等,愛惜正法,於三寶所供養恭敬、尊重讚歎,護持建立無所顧戀。當知皆是不可思議諸菩薩等,以本願力生於此時,護持如來無上正法,與諸有情作大饒益。」

この後、諸々の比丘たちは悪行を重ねるようになり、国王や大臣、長者や在家信者たちもますます恭敬の心を失っていきました。しかし、三宝の余徳はまだ完全には滅びておらず、その時代にもなお、少欲知足で戒律を守り、瞑想を実践し、学問を愛し、如来の三蔵の教えを受持する比丘や比丘尼がいました。彼らは四衆のために広く教えを説き、数えきれないほどの人々に利益と安楽をもたらしたのです。

また、国王や大臣、長者、在家信者たちの中にも、正法を大切に思い、三宝を供養し、恭敬・尊重・讃歎し、ためらうことなく護持し、建立する人々がいました。これらは皆、不可思議な菩薩たちが本願の力によってこの時代に生まれ、如来の無上正法を護持し、多くの人々に大きな利益をもたらしているのだと知るべきです。

爾時阿難、聲聞、菩薩、天、龍、藥叉、人非人等一切大眾,聞薄伽梵懸記當來法住時分、諸苾芻等行業差別,皆增悲歎,信受奉行。

その時、阿難尊者、声聞たち、菩薩たち、天部、龍族、夜叉、人と非人など、すべての大衆は、世尊が未来の法が住する時期と、比丘たちの行いの違いについて予言されたことを聞き、皆、悲しみと嘆きを深め、深く信じて受け入れ、教えを実践することを誓いました。

佛臨涅槃記法住經

仏、涅槃に臨んで法住を記す経


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