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七処三観経 (七處三觀經)

「七處三觀經」について

後漢 · 底本の訳者:安世高

1.1 万字 · 約 35 分

七処三観経(しちしょさんがんきょう)は、後漢時代に著名な訳経家である安世高(あんせいこう)によって漢訳された仏教経典であり、初期中国仏教の重要な文献に属する。安世高はパルティア(安息国)の王子であり、後に出家して僧侶となり、後漢の桓帝の時代に中国に渡来した。彼は中国仏教史上最も早い時期の訳経師の一人である。本経は主に、修行者が身体、感受、心念などの七つの処(しょ)を観察し、三種の観照の方法と合わせて、煩悩からの解脱に至る修行法門を説く。内容は小乗仏教の禅観思想を融合し、身心の現象をありのままに観察して執着を破ることを強調する。初期の禅数教学の経典として、七処三観経は中国仏教における禅修伝統の形成に礎を築く影響を与え、漢魏時代の仏教思想発展を研究する上で貴重なテキストを提供している。


佛說七處三觀經
後漢安息國三藏安世高譯
(一)
聞如是:
一時,佛在舍衛國祇樹給孤獨園。佛告:「比丘!」比丘應:「然。」
佛言:「比丘!七處為知,三處為觀,疾為在道法脫結,無有結,意脫從黠得法,已見法自證道,受生盡,行道意,作可作,不復來還。」
佛問比丘:「何謂為七處為知?是聞比丘,色如本諦知,亦知色習,亦知色盡,亦知色滅度行;亦知色味,亦知色苦,亦知色出要,亦至誠知。如是痛癢、思想、生死、識如本知諦知,亦知識習,亦知識盡,亦知識盡受如本知;亦知識味,亦知識苦,亦知識出要,亦知識本至誠。何等為色如諦如所?色為四大,亦為在四大虺所,色本如是如本知。何等為色習如本知?愛習為色習,如是色習為知。何等為知?色盡如至誠知,愛盡為色盡,如是色盡為至誠知。何等為色行盡如至誠知?若所色為是八行,諦見到諦定為八,如是色盡受行如至誠知本。何等為色味如至誠知?所色欲生喜生欲生,如是為味如至誠知。何等為色惱如至誠知?所色不常苦轉法,如是為色惱如至誠知。何等為色要如至誠知?所色欲貪能解,能棄欲能度欲,如是為色知要如至誠知。
「何等為痛癢?能知六痛癢:眼栽痛癢,耳鼻口身意栽痛癢,如是為知痛癢。何等為痛癢習?栽習為痛癢習,如是為痛癢習。何等為痛癢盡知?栽盡為痛癢盡知,如是為痛癢盡知。何等為痛癢盡受行?若受八行,諦見到諦定意為八,如是痛癢如盡受行為道。何等為痛癢味識?所為痛癢求可求喜求,如是為痛癢識味為知。何等為痛癢惱識?所痛癢為不常敗苦惱意,如是為痛癢惱識。何等為痛癢要?所痛癢欲能活為愛,能斷愛貪為自度,如是為痛癢要識如諦知也。
「何等為思想?識為身六思想:眼栽思想,耳鼻口身意栽思想,如是是六識思想。何等為思想習識?栽習為思想習,如是為思想習識。何等為思望?惡便望苦會得是故,我為說捨身惡行,若比丘已捨身惡行,便得利便得安隱。是故我為說捨身惡行,口意亦如上說。」

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