ご支援淨心禪堂すべての経典
メインコンテンツにスキップ
  1. 呉山浄端禅師語録 (吳山淨端禪師語錄)
  2. 第一 (第一)
  3. No. 1449-B (No. 1449-B)
←と→
矢印キーでページをめくれます

呉山浄端禅師語録 (吳山淨端禪師語錄)

「吳山淨端禪師語錄」について

(法孫)師皎重編 著

1.5 万字 · 約 50 分

呉山浄端禅師語録は、法孫の師皎によって再編され、宋代臨済宗の高僧・浄端禅師の言行と教示を記録しています。浄端禅師は北宋時代に活躍し、臨済宗の流れを継ぎ、機鋒鋭く、直截に人心を指し示すことで知られていました。この語録には、その禅法の精髄が収められており、上堂での法語、機縁問答、偈頌などが含まれ、宋代禅宗が公案の参究と瞬間の覚りを重視した特色を表しています。臨済宗の重要な文献として、この書は禅師の心性に対する透徹した見解を示すだけでなく、宋代禅宗思想の変遷を研究するための貴重な史料を提供し、仏教史上において先人を継ぎ後進を啓く地位を占め、後世の禅修実践に深遠な影響を与えています。


No. 1449-B
古佛應世。順行逆行。風顛浪顛。凡四登山。普化寒山拾得之流。只要當人時時省捕。不隨八風所漂。忽然一念相應。即是到家時節。禪師名淨端。字明表。歸安丘氏子。肄業吳山解空講院。始見人弄師子。發明心要。遂詣翠峯月禪師。得遊戲三昧。即以綵帛像其皮而衣之。故以為號。凡四住小糾。皆荒涼不給。人不堪其憂。而師獨得其樂。多與賢士大夫遊戲。為偈頌。有若戲謔。詳味久之。極有深旨。示寂百餘年。微言奧旨。膾炙人口。法孫比丘師皎。得其平日與士大夫詶唱。并襍著述輯一冊。開板流通。以惠後世。其志可嘉。謁余正其訛舛。義不可辭。觀者苟於語言文字外。見師子奮迅。則師皎上人。不虗刊此錄也。
時嘉定己巳秋後五日。前住持衟場山嗣祖比丘定隆。書於鐵觀音東堂。

No. 1449-A 湖州吳山端禪師語錄序
No. 1449-C

CBETA コード: X1449

© AI 帮你读佛经 - 如是我闻

この文書は個人学習専用です。商業目的での使用は禁止されています。

訪問 rushiwowen.co

著作権:原文は CBETA
AI 翻訳は参考文献のみで、権威あるものではありません