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  1. 准提焚修悉地懺悔玄文 (准提焚修悉地懺悔玄文)
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准提焚修悉地懺悔玄文 (準提焚修悉地懺悔玄文)


No. 1482-A重梓佛母准提焚修悉地懺悔玄文序

『仏母准提焚修悉地懺悔玄文』再版序文

准提菩薩。以威神之德。濟渡羣迷。洪宣心呪。於是慧根鈍質。得無畏定力。降伏魔怨。直見本來。豈止方便一門現大神通。俾其獲福已哉。然而獲福正自無量。余先襄毅公。自幼奉持。心不退轉。以是從布衣擢高第。土木之變扈駕北狩。出百死間。關萬里。自後深沐恩眷。服繡衣。秉威鉞。削平宼亂。鎮撫華夷。雖藎誠失自性生。然每于艱險處。顯𫎇佑庇。簪纓累葉。歷有祥徵。先君蘭齋公虔持一生。梓有准提儀軌。鑄施准提寶鏡一百八座。仕至極品。墮水不濡。遇宼辟易。予亦遵奉受持罔懈。早試思賦青雲。父命應襲。謬叨天錫文廕金吾。甲申人日。夢山石崩飛。潛身無地。聞空中語曰。但持我呪。爾難可免。三月十九日。闖賊陷京。余率家丁巷戰。銛予刺胸。依不受損。徒步奔南。屢遇暴不能害。已而拜屯田戎。副監寧南矦軍。渡洞庭湖。颶風起。舟幾覆。不入死。自念身微福薄。菩薩慈悲種種相協。遂發願。普同有情。登彼極樂。後張公完真。陳公天章。相繼總制浙閩。賴菩薩能仁。啟廸從幕下。克全萬萬生命。兩公交章功。予題授漳之別駕。託以撫循。迨壬辰。瓜代甫離。三日而漳受圍。不及難。由是觀之。持呪功德。豈淺鮮哉。先余入閩。謁隱空和尚于廣濟寺也。見准提焚修悉地寶懺并繪護法諸真。得未曾有。詢其事最奇。國初時。有夏道人者。業織。每夜心怖遇老僧授呪懺云。持之可無怖。能解說。一日織次。抒落地。還在手。如是者再。忽現諸壇將。拜而問之。告曰。汝心誠。大聖命我護。乃懸鏡懇禱。迓繪工。次第從鏡中圖像。此懺法所自始也。後道人坐脫。肉身供養福州。余往瞻禮。得請其懺文并圖像歸。亦異數云。夫情緣未斷。舉動生愆。欲證菩提。先除舊業。故知求福即是愆端。能悔方膺福報。葢本覺顯照。具有神通。炎火變於青蓮。苦海易於甘露。是准提菩薩與護法諸真。皆其自心現相獲福。寧有量乎。爰授剞劂。流傳天下。願持呪懺者。直下承當而已。

准提菩薩は、その威徳ある神の力で、迷える衆生を救い渡し、心の真言を広く説き示されます。これにより、智慧の根が鈍い者でも、恐れない定力を得て、魔の怨みを降伏し、本来の姿を直に見ることができます。それは単なる方便の一門に留まらず、大いなる神通力を現し、人々に福徳をもたらすに過ぎません。しかし、得られる福徳は正に無量なのです。

私の父である襄毅公は、幼い頃から准提菩薩を信奉し、心に退転することなく持ち続けました。そのため、一介の平民から高い地位に登用され、土木の変の際には皇帝に従って北へ赴き、幾多の死線をくぐり、万里の関所を越えました。その後、深く恩寵を浴び、官服を着て威厳ある斧を執り、賊の乱を平定し、中華と異民族を鎮撫しました。その誠実さは天性に由来するものですが、困難や危険な場面では常に菩薩の加護と守りを顕著に受けました。官職は代々受け継がれ、吉祥の兆しが歴然とありました。

私の父である蘭斎公は、生涯をかけて虔誠に准提菩薩を信奉し、准提の儀軌を出版し、准提の宝鏡を百八座鋳造して施与しました。最高位にまで出世し、水に落ちても濡れず、賊に遭遇しても難を逃れました。私もその教えに従い、怠ることなく信奉し続けました。早くから詩文の才能を認められ、父の命により官職を継ぎ、天から賜った文官の恩恵により金吾の職に就きました。

甲申年の人日(正月七日)、私は山の石が崩れ飛ぶ夢を見て、身を隠す場所もなく、空中から「ただ我が真言を持てば、汝の難は免れる」との声を聞きました。三月十九日、李自成の賊軍が都を陥落させたとき、私は家来を率いて巷戦し、槍で胸を刺されましたが、傷を負うことはありませんでした。徒歩で南へ逃れ、幾度も暴徒に遭遇しましたが、害を受けることはありませんでした。その後、屯田の軍務に就き、寧南侯の軍の副監として洞庭湖を渡ったとき、突風が起こり、船は転覆寸前でしたが、死に至ることはありませんでした。

私は自らを思うに、身分は低く福も薄いのに、菩薩の慈悲により様々な助けを得たことに気づき、すべての有情と共に極楽に至ることを願い発しました。その後、張完真公と陳天章公が相次いで浙江と福建の総督となり、菩薩の仁愛に頼り、彼らの幕下から啓発を受け、無数の命を救うことができました。両公は功績を上奏し、私は漳州の別駕に任命され、民を慰撫する任を託されました。壬辰年、任期を終えて漳州を離れた三日後、漳州は包囲されましたが、難に遭うことはありませんでした。

これを見るに、真言を持つ功徳は、決して浅くはないのです。以前、私が福建に入ったとき、広済寺で隠空和尚に謁見し、准提菩薩の修行と悉地の宝懺、そして護法の諸尊の絵像を見て、かつてない感銘を受けました。その由来を尋ねると、非常に奇異なものでした。

明の建国初期、夏という道士がおり、機織りを生業としていました。毎夜、心に恐怖を感じていたところ、老僧が真言と懺悔の法を授け、「これを持てば恐怖はなくなり、解脱できる」と言いました。ある日、機織りをしている最中に杼が地面に落ちましたが、手元に戻りました。同じことが繰り返された後、突然、諸壇の将が現れ、拝んで尋ねると、「汝の心が誠実であるため、大聖が我らに護るよう命じた」と告げました。そこで鏡を懸けて熱心に祈り、絵師を迎え、次々と鏡の中から図像を描きました。これが懺悔の法の始まりです。

その後、道士は坐禅のまま亡くなり、肉身は福州で供養されました。私は礼拝に行き、その懺文と図像を請い受け帰りました。これもまた稀有な縁です。

情と縁が断たれていないと、行動には過ちが生じます。菩提を証したいならば、まず過去の業を除くべきです。故に、福を求めること自体が過ちの始まりであり、悔い改めることで初めて福報を受けることができるのです。本来の覚りが明らかに照らされれば、神通力を具えます。炎の火が青い蓮華に変わり、苦の海が甘露に変わります。これは准提菩薩と護法の諸尊が、自らの心に現れた相であり、得られる福徳は計り知れません。

そこで、版木に彫り、天下に広く伝えたいと思います。真言と懺悔を持つ者には、ただ直ちに受け入れるだけです。

壬辰季夏三教弟子項謙。法名弘慈。盥手焚香敬序。

壬辰の夏、三教の弟子項謙、法名を弘慈とし、手を洗い香を焚き、謹んで序す。

(五月初十日准提菩薩聖誕)

五月初十日は准提菩薩の聖誕です。


No. 1482-B 佛母准提焚修悉地儀文寶懺序

CBETA コード: X1482

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