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  1. 仏説阿遬達経 (佛說阿遬達經)
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仏説阿遬達経 (佛說阿遬達經)

「佛說阿遬達經」について

劉宋 · 底本の訳者:求那跋陀羅

760 字 · 約 3 分

仏陀がアスダに説かれた経典は、劉宋時代の高僧である求那跋陀羅によって漢訳され、中国仏教における重要な経典の一つです。求那跋陀羅は南北朝時代の著名な翻訳僧であり、仏教の中国伝播に多大な貢献を果たしました。この経典は初期仏教経典に属し、主に仏陀が弟子アスダに対して行った教えを説いており、内容は四聖諦や八正道などの核心的な教義に及び、修行による解脱の道を強調しています。経文の言葉は簡潔でありながら、その教理は深遠で、原始仏教思想を研究する上で重要な文献的根拠を提供しています。中国仏教体系において、この経典は基礎的な修行の指針と見なされ、重要な宗教的価値と学術的意義を持ち、後世の仏教発展に深遠な影響を与えています。


佛說阿遬達經
宋天竺三藏求那跋陀羅譯
聞如是:

このように私は聞きました:

佛在舍衛國,告諸比丘:「皆聽我所言致難,父母生子養育哺乳,長大欲令見日月光,父母以天下萬物示子,欲令知善惡。諸比丘!如是子以一肩負父,復以一肩負母,至壽竟乃止,復以天珍寶、明月珠、玉璧、琉璃、珊瑚,自生禽獸白珠,皆以著身上,尚未足報償父母恩。父母喜殺生,子能諫止父母,令不復殺生;父母有惡心,子常諫止,令常念善無有惡心;父母愚癡少智不知經道,以佛經告之;父母貪狼嫉妬,子從順諫之;父母不知善惡,子稍以順告之。諸比丘!子當如是。為人作子,衣服欲好於父母,食欲甘於父母,語欲高父母上,至死後當入地獄中。為人作子,當孝順事父母,持行如是者,死當生天上。」諸比丘皆稽首,俱聞善教。

お釈迦様は舎衛国におられて、比丘たちにこうおっしゃいました。 「皆、よく聞きなさい。私が言うことは難しいことです。父母は子を産み、育て、乳を与え、大きくなって日月の光を見られるようにと願います。父母は天下のあらゆるものを子に示し、善悪を知らせようとします。 比丘たちよ。たとえ子が一方の肩に父を、もう一方の肩に母を背負い、その生涯が終わるまで続けたとしても、また天の珍宝、明月の珠、玉璧、瑠璃、珊瑚、自ずから生じる禽獣の白珠を、すべて身につけさせたとしても、まだ父母の恩に報いるには足りません。 父母が生き物を殺すことを喜ぶならば、子は諫めて止めさせ、二度と殺生をしないようにさせなさい。父母に悪しき心があるならば、子は常に諫めて止めさせ、常に善を思い悪しき心のないようにさせなさい。父母が愚かで知恵が少なく、経の道を知らないならば、仏の教えをもって告げなさい。父母が貪欲で嫉妬深いならば、子は従順に諫めなさい。父母が善悪を知らないならば、子は徐々に従順に告げなさい。 比丘たちよ。子はこのようにすべきです。人の子として、衣服は父母より良いものを欲し、食事は父母より甘美なものを欲し、言葉は父母より上に立とうとするならば、死後は地獄に堕ちるでしょう。人の子として、父母に孝順に仕え、このように行いを持つならば、死後は天上に生まれるでしょう。」 比丘たちは皆、頭を地につけて礼拝し、共に善き教えを聞きました。

佛言:「有大賢者優婆塞字遬達,為子取婦,婦字玉耶。玉耶大豪富家女,不以姑妐之禮事遬達,亦不敬其夫婿積數年。遬達亦賢者優婆塞,不言不語,到佛所自責:『我為子取婦,國中豪富家子,心大歡喜。今事我數年,憍慢自恣不以婦禮,願佛明日自屈到我家。』佛默然不應,默然不應者旦日欲往。明日佛到遬達家,其婦不出,佛以神化之,心喜,乃出見佛,前為佛作禮。佛言:『汝為人作婦,用何事夫婿?』玉耶言:『當以身事夫。』佛言:『婦人事夫有三惡四善。何等為三惡?一惡者,如與惰人共居不欲作事,罵詈至暮,嗜美好鬪。二惡者,如與怨家共居,不持一心向夫,不願夫善,不願夫成就,當願夫死。三惡者,如與偷盜共居,不惜夫物,但念欺夫,常欲自好,不順子孫,但念婬泆。如是死者,展轉惡道中無有出時,是為三惡。何等為四善?一善者,婦見夫從外來,當如母見子,夫有急緩,常欲身代之。二善者,婦事夫當如弟見兄,上下相承事,夫惡不以為惡,不念婬泆常隨夫語。三善者,婦事夫當如朋友,相見輒相念,夫從他方來,當如見父兄,心中歡喜和顏向之,婦持心當如是。四善者,婦事夫當如婢,夫大罵亦不以為惡,捶擊亦不以為劇,走使亦不以為勞苦,夫雖惡,常念事善,當顧子孫,如是死者常生天上,亦於天上饒侍者,好衣、珍寶常在身上。』佛言:『三惡四善,汝欲持何所事夫?』玉耶言:『婦人事夫不可用三惡,四善者可與共居,從今以去,請如婢事大夫子。』玉耶即膝行承事遬達,以夫婦之禮事其婿。」

仏は言われた。「優婆塞(在家信者)で大いなる賢者である遜達という者が、息子のために妻を迎えた。妻の名は玉耶といった。玉耶は大富豪の家の娘であったが、姑や舅に対する礼儀をもって遬達に仕えることもなく、夫である婿に対しても敬意を払わず、数年が過ぎた。遜達もまた賢者である優婆塞であったが、何も言わず黙って仏のもとに行き、自らを責めて言った。『私は息子のために妻を迎えました。国中の富豪の家の娘で、心から喜んでおりました。しかし、数年経った今も、彼女は傲慢でわがままに振る舞い、妻としての礼儀を尽くしません。どうか仏様、明日、わが家へお越しください。』仏は黙って答えなかった。黙って答えなかったのは、翌日行くことを示していた。翌日、仏が遜達の家に行くと、その妻は出てこなかった。仏が神通力で彼女を教化すると、彼女は心から喜び、ついに出てきて仏に会い、前に進み出て仏に礼拝した。仏は言われた。『あなたは人に嫁いで、夫にどのように仕えるべきか。』玉耶は言った。『身をもって夫に仕えるべきです。』仏は言われた。『妻が夫に仕えるには、三つの悪い仕え方と四つの善い仕え方がある。三つの悪い仕え方とは何か。第一の悪は、怠け者と共に暮らすようなもので、仕事をしたがらず、夕方まで罵り、贅沢を好み、争いを好む。第二の悪は、怨みある者と共に暮らすようなもので、夫に対して一筋の心を持たず、夫の善を願わず、夫の成功を願わず、常に夫の死を願う。第三の悪は、盗人と共に暮らすようなもので、夫の物を惜しまず、ただ夫を欺くことばかり考え、常に自分だけを良くしようとし、子孫に従順でなく、ただ淫らなことばかりを思う。このようにして死ねば、悪道を転々として出る時がなく、これが三つの悪である。四つの善い仕え方とは何か。第一の善は、妻が夫が外から帰ってくるのを見ると、母が子を見るようにし、夫に急なことや困難があれば、常に自らが代わろうと願う。第二の善は、妻が夫に仕えるのは弟が兄を見るようにし、上下の礼を尽くして仕え、夫の悪いところも悪いと思わず、淫らなことを思わず、常に夫の言葉に従う。第三の善は、妻が夫に仕えるのは友達のようにし、会えば互いに思い合い、夫が遠方から帰ってくれば、父や兄に会うようにし、心から喜び、和やかな顔で向き合い、妻の心はこのようにあるべきである。第四の善は、妻が夫に仕えるのは下女のようにし、夫が大声で罵っても悪いと思わず、打たれても苦しいと思わず、使い走りをさせられても苦労と思わず、夫が悪くても、常に善く仕えることを思い、子孫のことを顧みる。このようにして死ねば、常に天上に生まれ、天上においても多くの侍者に恵まれ、良い衣や珍宝が常に身につく。』仏は言われた。『三つの悪と四つの善、あなたはどちらで夫に仕えようとするか。』玉耶は言った。『妻が夫に仕えるのに、三つの悪を用いることはできません。四つの善こそ共に暮らすべき道です。今からは、下女が主人に仕えるようにいたします。』玉耶はすぐに膝行して遜達に仕え、夫婦の礼をもって婿に仕えた。」

佛說阿遬達經

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