釈迦如来行跡頌 上巻
ここで「釈迦」とは、この世界に慈悲深い者という意味であり、姓を表します。「牟尼」とは、静かに沈黙する者という意味であり、その称号です。つまり、思いやり深く一切の生きとし生けるものを憐れみ、身・口・意の三つの行為が騒がしく雑多なものから離れていることを指します。
「如来」とは、仏の十の称号の筆頭です。真実の道に乗って悟りの境地に至ることを意味します。また、『金剛経』には「どこからも来たのではなく、どこへも去るものでもない。それゆえに如来と名づける」と説かれています。
そもそも諸仏の境地には、特定の国土も特定の身体もありません。しかし、様々な衆生の機根に従って、仮に依報(国土)と正報(身体)を立てています。それゆえ、釈尊一代の教えの中では、大きく分けて四つの国土と三つの身体が説かれています。
四つの国土とは、第一に「染浄同居土」。これは凡夫と聖者が共に住む世界です。第二に「方便有余土」。見惑・思惑の煩悩を断ち切った声聞・縁覚・菩薩の三乗の者が住む世界で、応身仏が教化する場所です。応身には二種類あり、劣った応身は同居土に、優れた応身は方便土に現れます。第三に「実報無障礙土」。根本的な無明を部分的に断ち切った法身の菩薩が住む世界で、報身仏が教化します。第四に「常寂光土」。ただ妙覚の法身だけが住む清浄な世界です。
現在の娑婆世界は、劣った応身が教化する世界です。しかしながら、三身は本来一体であり、四土にも本質的な区別はありません。なぜなら、法身が体であり、報身と応身はその働きだからです。常寂光土が体であり、他の三土はその働きです。体としての働きを見れば、三身と四土はそれぞれ明確に異なって見えます。しかし、働きとしての体を見れば、三身も四土も一つです。これは、拳を開いて指にしたり、指を閉じて拳にするようなものです。拳が体、指が働きです。体と働きは異なるように見えますが、それはただ一つの手に過ぎません。
私たちの教主である釈尊は、常寂光土に留まりながら娑婆世界に遊び教化し、法身を離れることなく報身や応身を現しています。これによって、娑婆世界がそのまま常寂光土であり、常寂光土がそのまま娑婆世界であること、報身や応身がそのまま法身であり、法身がそのまま報身や応身であることが分かります。
また、別の師は四土を次のように説明しています。第一に「法性土」。法身が住む世界。第二に「自受用土」。自ら悟りの楽しみを受ける報身が住む世界。この二つの土は、先に述べた常寂光土に当たります。第三に「他受用土」。他の菩薩のために悟りの楽しみを示す報身が住む世界。初地以上の菩薩に微細な相を現すもので、先の実報土に当たります。第四に「変化土」。変化身が住む世界。初地より前の菩薩、声聞・縁覚、凡夫のために粗い相を現すもので、先の方便土や染浄同居土に当たります。
ある人々は、この三身や四土の意味を正しく理解せず、互いに論争しています。これは何と大きな誤りでしょうか。
この娑婆世界の中には、三千の大千世界という国々がある。そのそれぞれの国には、一つずつ須弥山がある。
娑婆(しゃば)は、また索訶(さか)ともいいます。これは「堪忍」と訳し、この世界の衆生が、あらゆる苦しみや悩みに耐え忍ぶことができることを意味します。天道は一見楽しい場所ですが、衰えの兆しが現れた時の苦しみは地獄よりも激しいものです。それ以下の五つの道(人道・阿修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道)は、純粋な苦しみばかりで楽しみはなく、苦しみを楽しみと誤って感じています。「三千大千世界」については、後の章で詳しく説明します。
「須弥」は、また蘇迷盧(そめいろ)ともいい、「妙高」と訳されます。四つの宝で構成されています。東面は白銀、南面は青い琉璃、西面は黄金、北面は黒い玻璃(はり)でできています。そのために「妙」と呼ばれ、多くの山々よりも高いので「高」といいます。高さは八万四千由旬あり、水中に没している部分も同様です。「俱舎論」の偈(うた)にはこうあります。「妙高山には四つの層があり、それぞれの間隔は一万由旬である。側面に張り出した部分は一万六千由旬あり、八由旬、四由旬、二千由旬の大きさである。堅固な頭を持つ者、花蔓を持つ者、常に驕る者、大王の衆という四つの天部が、順にこの四つの層に住み、他の七つの山々にも住んでいる。」
「由旬」は、また由繕那(ゆぜんな)ともいいます。指二十四本分を「肘」とし、一肘は一尺五寸です。六尺を「弓」とし、五百弓で一俱盧舎(くるしゃ)となります。これは約六里、すなわち三千尺です。八俱盧舎で一由旬となり、二万四千尺になります。
そのそばには七つの山が巡らされ、すべて七宝でできています。それぞれの山の間には香水の海があり、さまざまな花がその中に満ちあふれています。
**鹹海の広さ** 鹹海は、東西の幅が三億三万六千由旬、深さが八万四千由旬もある。また『華厳経』によれば、 - 南の閻浮提には二千五百の大河 - 西の瞿耶尼には五千の大河 - 東の弗波提には七千五百の大河 - 北の倶盧洲には一万の大河
があり、四つの大陸を合わせると二万五千の大河が絶え間なく流れ、すべて海に注ぎ込んでいる。
さらに、十光明竜王が海に雨を降らせると、水量は以前の倍になる。また百光明竜王をはじめ、八十億もの大竜王たちがそれぞれ雨を降らせ、その水量はさらに倍々に増えていく。そしてそれら八十億の竜王の宮殿からも、それぞれ別々に水が流れ出て海に注ぎ込み、またしても倍々に増えていく。さらに、婆竭羅竜王の太子である閻浮幢の宮殿から流れ出る水も、また倍になる。そして最後に、娑竭羅竜王の宮殿から流れ出る水が、さらに倍になる。その水は紺琉璃色で、決まった時に湧き出る。そのため大海の潮は、時期を失うことがない。
また、大海の底には四つの熾烈に燃え輝く大宝が敷きつめられており、その性質は極めて熱く、絶えず無量大の水を吸い込み縮めている。もしこの宝がなければ、四つの天下から有頂天に至るまで、すべてのものが流されてしまうだろう。
(註:娑竭羅とは「鹹海」という意味で、住んでいる場所から名づけられた。この海ではこの竜王が主であり、他の竜王はみなその臣下である。)
さらに『楼炭経』によれば、乱風が大いに起こり、大地を吹き掘って深さ三百三十万里に達し、天下のすべての水がそこに流れ込み、満ちて海ができたという。その味が塩辛い理由は三つある。第一に、海の中に身の長さ二万八千里の大魚がいて、その中に不浄なものがあるからである。その他は詳しく述べない。
**四つの大陸について** 四つの大陸は、四つの天下とも言う。須弥山の四方の大海の中にある。 - **東の毘提訶(弗波提)**:「勝身」と訳す。周囲は七千由旬で、形は半月のような形。人の身長は十六肘、寿命は五百歳。暗闇の中でもあらゆる色を見ることができ、耳の感覚は一箭道の範囲に及ぶ。 - **南の閻浮提(贍部洲)**:「勝金」と訳す。周囲は六千五百由旬で、形は車の箱のような形。人の身長は三肘半、寿命は百歳だが、一定ではない。 - **西の瞿陀尼(瞿耶尼)**:「牛貨洲」と訳す。周囲は七千由旬で、形は満月のような形。人の身長は八肘、寿命は二百五十歳。目の感覚は山や壁を妨げず、また耳で音を聞くこともできる。 - **北の倶盧洲**:「勝洲」と訳す。周囲は八千由旬で、形は座布団のような形。人の身長は三十二肘、寿命は千歳で、途中で死ぬ者はない。山などの障害があっても、向こう側まで見通すことができる。耳で聞こえるのは、遠くも近くもすべて聞き取れる。
人の誕生や成長については、三つの大陸は似ているが、北の大陸だけは少し異なる。そこでは、欲情が起きた時、男は女をじっと見つめた後、その場を離れる。女はその後について園林に行く。彼らが親族など、交わってはならない間柄であれば、木が陰を作らずに覆わないので、自然に別れていく。しかし交わってもよい間柄であれば、木が枝を曲げて体を陰で覆い、二人は自由に楽しむ。女が妊娠すると、七、八日で出産する。生まれた子は男女を問わず、道端に置かれる。通りかかった人が指を口に出すと、指から脂乳が出て、七日過ぎると子は成長し、周囲の人と同じになる。男は男の集まりへ、女は女の集まりへ向かう。人が死ぬと四つ辻に置かれ、優慰禅伽鳥と呼ばれる鳥がその死体を他の場所へ運び去る。
この四つの大陸は、四人の転輪王が治めている。 - **金輪王**:人の寿命が八万歳の時に現れ、四つの天下を全て教化する。 - **銀輪王**:人の寿命が六万歳の時に現れ、三つの天下を教化する。 - **銅輪王**:人の寿命が四万歳の時に現れ、二つの天下を教化する。 - **鉄輪王**:人の寿命が一万歳の時に現れ、一つの閻浮提のみを教化する。
これらの四人の転輪王は、威徳と自在の力を持ち、七宝をすべて備え、思いのままに楽しむ。一昼夜の間にそれぞれ自分の統治する世界を巡り、十善を教え広める。金輪王は四つの天下を巡るだけでなく、天界に昇ることもある。
鉄囲山は高さ三百二十八由旬、広さも同じである。周囲は十二億八百七十五由旬で、両側はそれぞれ三倍になる。これが小さな鉄囲山である。『因本経』に、「須弥山などの大きな山々や大海の外に鉄囲山がある。高さ六百八十万由旬、広さも同じである。その外にもまた鉄山があり、高さ広さも等しい。この二つの山の間の暗黒の場所に、阿鼻と名づけられた地獄がある。七重の鉄の城があり、縦横正しく三十六万里。七層の鉄の網がその上をおおっている。あらゆる苦しみがここに集まっている。上等の悪業をなした者が、この場所に生を受ける。寿命は一中劫であり、一日のうちに八万四千回の生死を繰り返す。ここでの一日は、閻浮提では六十小劫にあたる。このようにして一中劫を経て、さらに八万四千劫に及ぶ」とある。また、八寒八熱などの大きな地獄があり、それぞれに眷属がいて、その種類は無量である。ここで苦しみを受ける者は、その業に応じて、それぞれに軽重があり、劫の数などを経るのである。
地獄とは、サンスクリット語で泥黎といい、苦具という意味である。地の下にあるので、この名がある。古徳が経の頌を引いて、「閻浮提は広さ七千由旬、至る所に孤独獄がある。あるいは山林や野原の中に、あるいは大海や川のほとりに、あるいは城や神社や寺社の間に、その数は八万四千座ある」とある。したがって、様々な小さな地獄は無いところがないことがわかる。
太陽の城は五十一由旬である。火の精である珠でできているので熱い。夏至から冬至にかけては、次第に遠ざかり回るので、次第に短くなる。光が次第に遮られるので、次第に寒くなる。冬至から夏至にかけては、次第に近づき回るので、次第に長く、次第に熱くなる。
月の城は五十由旬である。半分は白い水の精の珠でできており、半分は黒い水の精の珠でできているので冷たい。朔から望にかけては、白い面が次第に現れ、黒い面が次第に隠れる。そのため、人は丸い形を見る。望から晦にかけては、白い面が次第に減り、黒い面が次第に増える。そのため、人は欠けた形を見る。しかし、その本体には実際には増減はない。『釈氏会要』による。
また、『因本経』に、「太陽の運行の長短について、六月間北に進むと、一日のうちに徐々に北へ六俱盧舎移動するので、次第に長くなる。六月間南に進むのもまた同じである。そのため、次第に短くなる」とある。『立世論』に、「月の満ち欠けについて、月が太陽の後ろを進むと、太陽の光が月を覆い、徐々に隠れて、十五日には月が完全に覆われる。もし太陽が月の前を進むと、日々に晴れて明るくなり、十五日には完全に満ちる」とある<注>云々</注>。時に日食や月食が起きるのは、経典にあるように、羅睺阿修羅王が覆い隠すからである。しかし、世俗の陰陽家の説はこれとは異なるが、それにも根拠はある。
また、あの日月は同時に三つの洲の天下を照らす。南の洲では真ん中だが、東の洲では夕方、西の洲では明け方、北の洲では真夜中となる。春秋冬夏、昼夜の長短もすべて等しい。そのため、『倶舎頌』に「日月は須弥山の半分にあり、五十一と五十である。夜半、日没、正午、日出は四つの洲で等しい」とある<注>云々</注>。
世間の書物には、「太陽の運行は遅いので、一年で一周する。月の運行は速いので、一月で一周する。星の大きさは等しくなく、大きいものは十八俱盧舎、中くらいのものは十一俱盧舎、小さいものは四俱盧舎である。その数は無量であり、名前も様々である。それぞれが人間界の吉凶などを司っている。そのため、もしその常の運行を失わなければ、天下は泰平であり、聖賢が現れる。もしその常の運行を失って変怪が現れれば、国には必ず災いがある。あるいは君主が危うく亡くなり、あるいは臣民が逆乱を起こし、年は凶作で穀物は高騰し、戦乱や疫病が起こるのである」とある。
このように、日月星の三光は風によって支えられ、高さ四万二千由旬のところにある。『法華記』には、「太陽は観音菩薩が化身したもの、月は勢至菩薩が化身したもの、星は虚空蔵菩薩が化身したものである」とある。凡夫が直接大聖を見ることができるのは、ただ日月星のみである。敬い仰がないではいられようか。