No. 1223-A頓悟入道要門論原序
頓悟入道要門論原序
夫善知識者。如巨海舟航。能度迷類。長夜明炬。善破羣昏。大珠和尚首參馬祖。使入慧海之灋界。令開寶藏於自家。所以靈辯滔滔。譬大川之流水。峻機疊疊。如圓器之傾珠。於是曲設多方。垂慈利物。發揚至道。烏可以筆舌讚歎哉。
善き知識とは、大海原を渡る船の如く、迷える者を救い渡す力を持つ。長き夜を照らす松明の如く、衆生の闇を打ち破る。大珠和尚が初めて馬祖に参じた時、彼は智慧の海へと導かれ、自らの内に宝の蔵を開くことを許された。そのため、霊妙な弁舌は大河の流れの如く滔々と湧き出で、鋭い機鋒は円き器に珠を傾けるが如く次々と現れた。かくして、様々な方便を巧みに施し、慈愛をもって衆生を利益し、至高の道を顕揚した。その功徳を、筆や舌で讃え尽くすことなど、どうしてできようか。
妙叶維那。四明翠山大中理公之神足。夙具靈根。素培智種。禪餘之暇閱此老語錄。有所證入。平生礙膺之物脫然而去。從上佛祖舌頭一無所疑矣。此亦古塔主覩雲門語而嗣之。正所謂也。故捐資鏤板以廣其傳。期以後之來者同一了悟。存此心者。豈淺淺耶。此之功勳不墜。行願彌堅。蓋可見矣。所幾法流不泯。派永接於曹溪。燈焰長存。光愈明於少室也。 旹歲在癸丑春孟十日阿育王山沙門釋崇裕書於無異堂
妙葉維那は、四明の翠山に住む大中理公の高弟である。生まれながらに霊根を備え、日頃より智慧の種を培ってきた。禅の修行の合間に、この老禅師の語録を読み、深く悟るところを得た。平生、胸に引っかかっていたものがすっと消え去り、歴代の祖師方の言葉にも、もはや何の疑いもなくなった。これはかつて古塔主が雲門の言葉を見てその法を嗣いだのと同じで、まさにこれこそが悟りというものであろう。そこで、自らの資を投じて版木を彫り、その教えを広く伝えようとされた。後の人々が同じく悟りを開くことを願ってのことであり、この心の深さは浅はかなものではない。この功徳は決して滅びることなく、行いと誓願はますます堅固になるであろう。これによって、法の流れが絶えることなく、その系譜は永遠に曹溪に連なり、灯明の炎は長く存続して、その光はますます少室山に輝きを増すことであろう。
時に癸丑の春、孟春十日、阿育王山の沙門、釈崇裕が無異堂にて記す。