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指月録 (指月錄)

「指月錄」について

明 · 瞿汝稷集 著

50.4 万字 · 約 1680 分

指月録(しげつろく)は明代の瞿汝稷(くじょし)によって編纂された重要な仏教典籍であり、万暦年間に成立した。本書は禅宗の公案を核心とし、釈迦牟尼仏より宋代の高僧に至る六百余りの禅門語録と典故を収録し、禅宗の伝承の脈絡を系統的に整理している。瞿汝稷は晩明の著名な居士として、指月の譬えをもって、文字はただ真理を指し示す道具に過ぎず真理そのものではないことを強調し、禅宗の不立文字・直指人心の宗旨を体現している。この著作は多くの貴重な禅宗史料を保存するのみならず、精要な選編と独到の評点によって、中国禅宗思想の発展を研究する上での重要文献となり、仏教史上において承前啓後の地位を占め、今日なお禅学研究家必読の古典とされている。


No. 1578-B刻指月錄發願偈(有述)

『指月録』発願偈

釋典雖有宗教兩塗。世尊云。吾四十九年住世。未曾說一字。則何教之非宗乎。顧宗門須憑實悟。毫不容偽。觀古之尊宿。幾十年點胸自許。直至末後。為明眼人煅煉過。方始開省。則悟豈易言哉。及其悟後。奉戒愈精。檢過愈密。甚至向折脚鐺下。入山磨煉。真悟人氣象如此。豈非識法者懼乎。今之望見門頭戶口者。便謂已證已得。從而呵佛罵祖。放蕩無檢。聲色貨利。居然常人。而高談闊論。明欺一世。噫欺世乎自欺乎。有日鬚眉墮落。嘔血無及在。何得歸罪於宗。偈曰。

経典には宗教の二つの道があるとはいえ、世尊はこう仰せられた。「我が四十九年の住世において、一字も説いたことはない」。それならば、どの教えが宗でないと言えようか。

しかし、宗門は実悟に依らねばならず、少しの偽りも許されない。古の尊宿たちを見よ。幾十年も胸を打って自らを認め、最後の最後まで、明眼人の鍛錬を受けて初めて悟りを開いた。悟りなど、そう易々と言えるものだろうか。

悟りを得た後は、戒律を守ることますます精しく、過ちを省みることますます密かになる。折れた脚の鍋の下でさえ、山に入り鍛錬するほどだ。真に悟った人の気概はこのようである。法を識る者は恐れるものだと、誰が言えようか。

今、門の入口を望んだだけで、すでに証しを得たと言い、それによって仏を罵り祖を罵り、放蕩無頼に振る舞い、声色や財貨に溺れて、まるで常人と変わらない。しかも高談闊論し、あからさまに世を欺く。ああ、世を欺くのか、自らを欺くのか。いつの日か髭や眉が堕ち、血を吐いても及ばぬ時が来よう。どうして宗に罪を帰せられようか。

偈に曰く。

世皆懺罪造福 我亦作福滅罪
惟有流傳法寶 續佛慧命為最
願我生生世世 不迷正路修行
直取菩提上果 徧度法界眾生
還願眾生覺悟 修行不迷正路
聊憑標月指頭 正見雲開月露
逍遙性海之中 當體與佛全同
逐一銷除夙習 次第到岸登峰
慎勿撥無因果 莽莽蕩蕩招禍
殺盜婬妄不除 豈得泥犂免墮
還有向上一言 頭上便是青天
秋月梧桐滴露 春風楊柳含烟
萬曆辛丑歲八月初三日 吳郡嚴澂和南書。

No. 1578-A 水月齋指月錄原序
指月錄總目

CBETA コード: X1578

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