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title: "淨土晨鐘 · 䇿勇猛精進"
description: "淨土晨鐘由清代佛教居士周克復纂集，是一部重要的淨土宗典籍。該書成書於清朝初期，輯錄了歷代高僧大德關於淨土法門的開示與修行要訣，系統闡述了念佛往生西方極樂世界的理論與實踐方法。內容涵蓋淨土信仰、持名念佛、往生條件等核心教義，並強調信願行三資糧的重要性。作為淨土宗的重要著作，該書在清代佛教界影響廣泛，至今仍被視為修學淨土法門的權威指南之一，對推動淨土思想在民間的傳播起到了積極作用。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cman47p5m008dlb04dnv7usjy"
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### 䇿勇猛精進

> 勇猛精進に励む

凡修淨土人灼然是要敵他生死不是說了便休當念無常迅速時不待人須是把做一伴事始得若半進半退似信似疑濟得甚事如何出離輪迴譬如百二十斤擔子到臨時自家擔荷得去方為了事決不在會說會道廣化人緣上決不在有傳有授扭揑做作上決不在盛設道場多點香燭上若是信得及便從今日去發大勇猛發大精進莫問會與不會見性不見性但執持一句南無阿彌陀佛如靠著一座須彌山相似搖撼不動專心一意或參念觀念憶念十念或默念專念繫念禮念念茲在茲心念不空過念佛不離心日日時時不要放捨綿綿密密如雞抱卵常令暖氣相接即是淨念相繼更加智照則知淨土即是自心此乃上智人修進工夫如此把得定做得王靠得穩縱遇苦樂逆順境界現前只是念佛無一念變異心無一念退惰心無一念雜想心直至盡生永無別念決定要生西方極樂世界能如是用功則歷劫無明生死業障自然消殞塵勞習漏自然淨盡無餘親見彌陀不離本念功成行滿願力相資臨命終時定生上品其或力量未充須隨力修習未能專一亦要朝昏禮念家緣繁冗無忘十念稱名日日用心猛著精彩積功積行發願發心誓畢此生同登淨域此乃真實了生死人也蓮宗寶鑑。

> 凡そ淨土を修する人は、まさに生死を敵（せめ）ぎ合うことを肝に銘じるべきである。ただ口先だけで説いて終わりにすることはできない。無常の速やかなることを念じれば、時は人を待たない。必ずこれを一つの大切な務めとして取り組まなければならない。もし半ば進み半ば退き、信じているのか疑っているのか曖昧な状態では、一体何の役に立つだろうか。どうして輪廻から出離できようか。 譬えば百二十斤の重い荷物を担ぐようなものだ。その時に自分自身で担ぎ通してこそ、ようやく事を成したと言える。決して、話が巧みで人を多く教化できるとか、伝授や受け渡しがあるとか、こねくり回した作為があるとか、盛大に道場を設けて香や灯明を多く用意することにあるのではない。 もし心から信じるならば、今日から発心して、大勇猛心を起こし、大精進を発起せよ。会得できるかどうか、見性できるかどうかを問うことなく、ただ「南無阿弥陀仏」の一句を捉えて持ち続けよ。あたかも須弥山に寄りかかるように、揺るぎなく動かないことだ。心を一つに専念し、あるいは想いを巡らせて念じ、あるいは心に観じて念じ、あるいは憶えて念じ、あるいは十念し、あるいは黙って念じ、あるいは専ら念じ、あるいは心に繋いで念じ、あるいは礼拝しながら念じよ。念じることを念じるこの心に置き、心の念を空しく過ごさず、仏を念じることを心から離さない。日々、時々、放ち捨てず、綿々として絶え間なく、あたかも鶏が卵を抱くように、常に温もりを繋ぎ続けることだ。これこそ清らかな念が相続することであり、さらに智慧の照らしを加えれば、浄土はすなわち自分の心であることを知るであろう。 これは上智の人の修行の進め方であり、このように定めて持ち、王のようにしっかりと為し、頼りどころを確かにすれば、たとえ苦楽、順境、逆境の境界が現れても、ただ仏を念じるだけである。一念の変わり心もなく、一念の退き怠る心もなく、一念の雑念を起こす心もなく、一生を終えるまで他に念はなく、決然として西方極楽世界に生まれようと願う。 このように力を使って修行すれば、長い劫にわたる無明や生死の業障は自然に消え去り、煩悩や習慣の漏れも自然にことごとく尽きて残りなくなる。弥陀に親しく会うことも、本来の念を離れることはない。功が成り、行が満ち、願力が相応じて、臨命終の時には必ず上品に生まれることができるであろう。 もし力量がまだ十分でなければ、身の丈に合わせて修行すべきである。専一に修められなくても、朝夕に礼拝し念じ、家庭の用事が多く煩雑であっても、十念の称名を忘れずに、日々心を用いて、大いに気を奮い起こし、功を積み行を積み、願いを発し心を発して、この一生を誓って浄土に同じく登ることを期せよ。これこそ真に生死を究めた人である。<note>『蓮宗寶鑑』</note>

世網中人若是痛念無常用心真切者不問靜閙閒忙一任公私幹辨迎賓待客萬緣交擾八面應酬與他念佛兩不相好不見古人道朝也阿彌陀暮也阿彌陀假饒忙似箭不離阿彌陀其有世緣重力量輕者亦須忙裏偷閒閙中取靜每日或念百聲千聲定為日課不容一日放過又有冗忙無頃刻暇者每日晨朝十念積久功成亦不虗棄念佛外或念經禮佛懺悔發願種種作福隨力修諸善行以助之凡一毫之善皆須回向西方如此用力決定往生亦且增高品位淨土或問。

> 世の中に生きる人は、もしも無常を痛く思い、心を真剣に仏道に向けるならば、静かであろうと騒がしい中であろうと、暇であろうと忙しい中であろうと、一切構いません。公私の用事を務め、客を迎えて応対し、あらゆる縁が入り乱れ、どこからでも応酬する中でも、それは念仏と何ら妨げになることはありません。 昔の人がこう言ったのをご存じでしょう。「朝も阿弥陀仏、夕べも阿弥陀仏。たとえ忙しくて矢のように時が過ぎようとも、阿弥陀仏から離れることはない」と。 また、世の縁が重く、力が足りないという人でも、忙しい中にも暇を見つけ、騒がしい中にも静けさを求めて、毎日あるいは百声、あるいは千声、必ず日課として定め、一日たりとも怠ってはなりません。 さらに、せわしなくて少しの暇もないという人は、毎朝十念だけでも唱えなさい。長く積み重ねれば功は成り、虚しくはありません。 念仏のほかにも、経を読み、仏を礼し、懺悔し、誓いを立て、さまざまな善い行いをして、力に応じて善を積み、それを助けとしなさい。どんな小さな善でも、すべて西方浄土に回向しなさい。このように力を尽くせば、必ず往生を遂げることができ、さらには品位も高まるのです。 <note>淨土或問</note>

世人修行淨業勿得言我今忙迫且待閒暇我今貧乏且待富足我今少壯且待暮年若已分定常忙分定貧乏分定夭折即於淨業無緣耶忽爾喪亡雖悔何及是故即今安徤努力修之寂室。

一生之中以淳淨心堅固諦信至誠禮誦悔過發願吾知此人若身若心則與彌陀氣類交接智論云如風吹樹斜勢西傾及其倒時必當西倒習善得生亦復如是櫨菴法師有嚴。

世人念佛不真切只是把生死二字看得輕忽一生忙忙碌碌將性命撇在虗空與己全無干涉即或當場嗟嘆片時毛骨悚然過後仍前醉夢屠赤水云世智紛紛名利場中伶俐識神擾擾死生路上糊塗哀哉誰曉四大不堅無常甚速三途八難最苦肯去要緊真切念佛百中希有一二也昔一僧探俗友勸以生死事大急宜念佛友謝以三頭未了僧問故友曰親樞未舉男婚女嫁未畢僧別不久友忽亡僧往弔作詩曰吾友名為張祖留勸伊念佛說三頭可怪閻公無分曉三頭未了便來勾此言雖淺大可醒俗吾願世人各宜奮發精力一下斬斷輪迴信得這句佛即勇往直前念去只此一念是破黑暗之明燈是渡苦海之大船是脫生死之良方是出三界之徑路併其或驗或不驗或悟或不悟一切都不計較但持一句佛號在心無事也念有事也念安樂也念病苦也念生也念死也念如此認真事無不濟。

蘇州承天寺頭陀懷林為冥使所追期七日當往急詣真如禪師求救師令發願修塔晝夜勤念金剛經中當知此處即為是塔二句至七日冥使入室拘之金塔光耀目不能開而去頭陀得不死拽鍊若募終此勝事克復輯金剛持驗至此竦然曰懷林發功德大願諷上乘妙法七日便能跳出生死異矣今觀淨土法門一日七日至一念十念決定往生不更異乎乃今人一生念佛不免輪迴又何以故要知如來教人念佛正攝百千萬襍念於一念一念猛勵自然證佛還思今人念佛時一串素珠中意起意滅不知多少更端則其念佛亦只口中喃喃心上並不知有佛在此彼手之於口口之於心尚未合一安望凡人與佛能合而為一耶念佛不能絕去襍心純一精進至無間地欲逃生死往生上品斷無此理已上附纂。