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title: "金光明最勝王經疏 · 22 諸天藥叉護持品(六)"
description: "唐代高僧慧沼所撰《金光明最勝王經疏》是佛教重要注疏之一。此疏针对《金光明最勝王經》进行系统阐释，该经为大乘佛教重要经典，宣扬护国利民、忏悔灭罪思想。慧沼作为唯识宗代表人物，其注疏融合唯识学说，深入剖析经义，影响深远。本疏不仅有助于理解经文深意，且对唐代佛教义学发展有重要贡献，历来被尊为研究该经的权威文献之一，在佛教注疏史上占有显著地位。"
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### 諸天藥叉護持品第二十二

> 第二十二章 諸天と薬叉の守護

諸天藥叉護持品，三門分別。言來意者，學行流通有五，此第四正明持學。復有二：一舉昔：二勸今。舉昔有二：初舉他昔持、次一舉自昔持。此品勸今眾持。又釋成前〈護國品〉中能持經人及八部眾流通之行，故此品起。

> 諸天と夜叉が守護するこの章について、三つの観点から説明します。この章が設けられた意図ですが、教えを学び実践することが広まる流れには五つの段階があり、これはその第四番目にあたり、正しく教えを保ち学ぶことを明らかにするものです。 そして、この章はさらに二つに分けられます。一つは過去の例を挙げること、もう一つは現在に向けて勧めることです。過去の例を挙げる部分は、さらに二つに分かれます。まず他者が過去に教えを保った例を挙げ、次に釈尊ご自身が過去に教えを保った例を挙げます。この章は、現在の人々に対して教えを保つように勧めるものです。 また、前章の「国を守護する章」の中で述べられた、

釋名者，諸天藥叉，所勸假者。護持二字，所學之行。護即護行，持即持行，即勸四眾持、勸彼八部護。故品下但云「大吉祥天女及諸天等，聞佛所說皆大歡喜，於此經王及持經者一心擁護。」不言受持。又釋：即住持經令不斷滅，名之為護。護即是持，如為護法城、如仁王護國、如言護十地行持國天王等。故此長行但令為奉獻，及欲解了佛深行處，應為眾生敷演流布，其聽法者應除亂想。不言勸護持經之人，故護持言護持正法。下云「常來護此人」者，由護持經故，得諸天守護。故下經云「若此《金光明》，經典流布處，有能稱誦者，悉得如上福。」明護持經得利益故。又釋：護持含其二義，護持於經、護持經者故。下云「於此經王及持經者俱擁護故。」此釋盡理。

> 「釋名」というのは、天や薬叉などが勧めて仮に名付けたものです。「護持」の二字は、これから学ぶべき行いを表します。 「護」とは行いを守ることであり、「持」とは行いを持続することです。つまり、四衆（出家・在家の男女）には「持」を勧め、八部衆には「護」を勧めているのです。 したがって、品の終わりでは「大吉祥天女および諸天らは、仏の説法を聞いて皆大いに喜び、この経王と経を持つ者を一心に擁護した」とだけ述べられており、「受持」とは言われていません。 また別の解釈では、経を長く存続させ絶えさせないことを「護」と名づけます。「護」すなわち「持」であり、例えば法の城を護る、仁王が国を護る、十地の行いを護る、持国天王などがそれに当たります。 そのため、この長行ではただ「奉納すること」と「仏の深い行いを理解しようとすること」を求め、衆生のために説き広めるべきであり、それを聞く者は妄想を除くべきだと述べられています。経を持つ人を勧めて護ることは言われておらず、「護持」とは正法を護り持つことです。 後に「常に来りてこの人を護る」とあるのは、経を護り持つことによって、諸天の守護を得るからです。後の経文に「もしこの『金光明経』が流布される場所で、よく誦する者があれば、みな上述のような福を得る」とあり、経を護り持つことで利益を得ることが明らかです。 さらに別の解釈では、「護持」には二つの意味が含まれています。すなわち、「経を護り持つこと」と「経を持つ者を護ること」です。後の経文に「この経王と経を持つ者をともに擁護する」とあるのが、この解釈を完全に示しています。

解妨者，問：既言此品正勸今眾令行學者，何故聞說但有諸天歡喜擁護，不說四眾及以修行？答：文影略故。前標告云「即為諸天及諸大眾」，下文復云「及諸天等聞佛所說皆大歡喜」，喜歡即含修行義也。

> この疑問を解消しよう。 問：すでにこの品では、現在の衆生を正しく勧め、学び行わせようとしていると言うなら、なぜ説法を聞いて天人が喜び守護する様子だけが述べられ、四衆（出家・在家の男女）や修行については記されていないのか？ 答：経文には省略と暗示の方法が用いられているからだ。前に「すなわち諸天および諸々の大衆のために」と告げられ、後に「また諸天などの者たちは、仏の説法を聞いて皆、大いに喜んだ」とある。この「喜び」の中には、すでに修行の意味も含まれているのである。

經　爾時世尊告大吉祥天女曰：「若有淨信善男子善女人，欲於過去未來現在諸佛以不可思議廣大微妙供養之具而為奉獻，及欲解了三世諸佛甚深行處。」

> その時、世尊は大吉祥天女に告げられました。 「もし、清らかな信心を持つ善き男子や善き女性が、過去・未来・現在のすべての仏さまに、思いもよらないほど広大で微妙な供養の品をもって捧げ物をし、さらに三世の仏さまの深い教えや行いを正しく理解しようと望むならば。」

贊曰：品大分三，初略標勸、次頌廣明、後眾願護。初中分三：初告天女、次「若有」下標所欲行、後「是人」下勸弘此教。此初二也。初廣供養修福行，解了行處修智行。菩提資糧不過此二，甚深行處即二空如，故下文云「欲入深法界，應先聽此經。法性之制底，甚深善安住。」

> 解説します。この経文は大きく三つの部分に分かれます。最初に簡単に要約と勧めを示し、次に偈頌で詳しく説明し、最後に大衆が誓い護持します。 最初の部分はさらに三つに分かれます。初めに天女に告げ、次に「もし…あれば」の部分で行うべき行いを示し、最後に「この人は」の部分でこの教えを広めるよう勧めます。これが最初の二つの部分です。 まず、広く供養を修して福徳の行を積み、そして深く理解して智慧の行を修めます。悟りに至るための資糧（必要な条件）は、この福徳と智慧の二つに尽きます。非常に深い実践の境地とは、我と法の二つの空の真理です。そのため、後の文で「深い法の世界に入りたいなら、まずこの経典を聴くべきである。法性という仏塔は、とても深く、よく安住している」と説かれています。

經　「是人應當決定至心，隨是經王所在之處，城邑聚落或山澤中。」

> 経典にはこう説かれています。「この人は、心から決意して、この経王（＝この経典）が存在する場所、すなわち町や村、あるいは山や沢の中に至るべきである。」

下勸弘此經，有三：初令起加行、次「隨是經王」下弘經處、後「廣為眾生」下弘經行。言決定至心者，起決定思，為近加行。敷演等者，即動發思，正起行。至心之言，即是專念通加行及正行，審慮遠劣略而不說。又決定者，即勇猛不退義。故《瑜伽》三十八「云何求聞正法？謂諸菩薩為欲令聽聞一善說法，假使路由猛焰熾然大熱鐵地，無餘方便可得聞是善說法者，即便發起猛利愛重歡喜而入，何況欲聞多善言義」等。此下亦云「假使大火聚，滿百踰繕那，為聽此經王，直過無辭苦。」

> この経典を勧めることには、三つの段階があります。まず最初に実践の準備を促し、次に「この経典の王たるものに随って」という部分で経典を弘める場所を示し、最後に「広く衆生のために」という部分で経典を弘める実践そのものを説いています。 「決定して至心に」とは、確固たる決意を起こし、実践への近い準備段階に入ることを意味します。「敷演する」などとは、その決意を行動に移すこと、すなわち正に実践を始めることです。「至心」という言葉は、一心に専念することを意味し、実践の準備段階から本実践にまで通じるものです。なお、じっくりと考えを巡らせることや、遠い目標や劣った動機については省略されています。 また、「決定」とは、勇猛に進み退かないという意味です。ゆえに『瑜伽師地論』第三十八巻には次のように説かれています。「何をもって正しい教えを聴聞しようと求めるのか。菩薩たちは、真に善い説法を一つ聴こうとするならば、たとえその道が猛火の燃え盛る非常に熱い鉄の大地を通るものであっても、他にその善い説法を聴く方法がないのであれば、たちまちに猛烈な愛着と尊びの心、歓喜の心を起こしてその地に入る。ましてや多くの善い教えの意味などを聴こうとするならば、なおさらである」と。 この経典にも、同様の一文があります。「たとえ大火の塊が、百由旬もの広さを満たしていようとも、この経典の王たるものを聴くためには、まっすぐに通り抜け、苦しみを言葉にしない」と。

經　「廣為眾生敷演流布，其聽法者應除亂想，攝耳用心。」

> 経（きょう）にはこうあります。「多くの人々の利益のため、この教えを広く説き、広めなさい。その教えを聞く者は、雑念を取り除き、耳を傾けて心を集中させるべきである。」

下弘行，有二：一久學者能為開演，利他行；二初學者即應聽聞，自利行。十法行中略舉此二，以影餘八。或能說能聽二人雙勸。又隨是經王所在之處，即舉有經卷及行經處，皆應供養，修供養行。應除亂想等者，准《瑜伽》三十八，聽法之中，第三除散亂，深聽說法。式具如前明。

> 大いなる行は、二つに分けられます。第一は、長く学んだ者が教えを説き示す利他の行です。第二は、初めて学ぶ者が直ちに聞くべき自利の行です。十種の法行の中から、この二つを特に挙げて、残りの八つを示唆しています。あるいは、説く者と聞く者の両方を励ましているのです。 また、この経王の在る所には、経巻の在る所や修行する場所も含めて、全てを供養し、供養の行を修めるべきです。 「乱想を除くべき」などについては、『瑜伽師地論』第三十八巻に依ると、法を聞く中の第三に散乱を除き、深く説法を聴聞することが説かれています。その方法は既に明らかにした通りです。

經　世尊即為彼天及諸大眾說伽他曰：「若欲施諸佛，不思議供養，復了諸如來，甚深境界者。若見演說此，最勝金光明，應親詣彼方，至其所住處。此經難思議，能生諸功德，無邊大苦海，解脫諸有情。我觀此經王，初中後皆善，甚深不可測，譬喻無能比。假使恒河沙，大地塵海水，虛空諸山石，無能喻少分。欲入深法界，應先聽是經，法性之制底，甚深善安住。於斯制底內，見我牟尼尊，悅意妙音聲，演說斯經典。由此俱胝劫，數量難思議，生在人天中，常受勝妙樂。若聽是經者，應作如是心：『我得不思議，無邊功德蘊。』假使大火聚，滿百踰繕那，為聽此經王，直過無辭苦。既至彼住處，得聞如是經，能滅於罪業，及除諸惡夢。惡星諸變怪，蠱道邪魅等，得聞是經時，諸惡皆捨離。」

> 世尊は、その天部の者と大衆に向けて、次の詩を唱えました。 「もしも全ての仏に、思いもよらぬ供養を捧げ、 悟った方々の、深く甚だしい境地を理解したいのなら。 この最も勝れた金光明の経典が説かれるのを見たら、 自らその場所へ赴き、説法者の元へ行くべきだ。 この経典は言葉で表せぬほど不思議で、あらゆる功徳を生み出し、 果てしない苦しみの海から、多くの生きとし生けるものを救い出す。 私はこの経典の王を観察するに、その初めも中も終わりも全て善く、 その深さは計り知れず、たとえを用いても比べるものがない。 例えガンジス川の砂の数、大地の塵や海の水、 虚空や多くの山々の石を持ってしても、その一片を説明することはできない。 深き真理の世界に入ろうと願うなら、まずこの経典を聞くべきである。 真理の性質という仏塔は、深くしっかりと安立している。 この仏塔の中に、私（牟尼尊）の姿を見て、 心を喜ばせる妙なる声で、この経典が説かれるのを聞くのだ。 これによって、数えきれないほど長い劫（長い時間）の間、 人や天人の世界に生まれ、常に素晴らしい楽しみを受ける。 この経典を聞く者は、こう心に抱くべきである。 『私は言葉に表せぬ、限りない功徳の宝を得たのだ。』 たとえ大きな火の山が、百由旬（およそ千数百キロ）にわたって燃え盛っていても、 この経典の王を聞くためなら、苦しみをいとわずにまっすぐにそこを進め。 そして説法者の元に至り、このような経典を聞くことができれば、 罪業を滅し、悪い夢を取り除くことができる。 不吉な星や様々な異変、まじないや邪悪な霊なども、 この経典を聞く時には、全ての悪いものが離れ去っていく。」

下第二頌廣明。總七十九頌，分之為四：初二十三頌明說聽二行、次「梵王帝釋主」下四十一頌明天神擁護、次「於此南洲內」下十四頌明經威力、後一頌總結說聽。初中分二：初十二頌明聽法行、「應嚴勝高座」下十一頌明演說行。初復分五：初一頌標求福智。二次一頌勸至法會。三次三頌讚經功德，於中有三：一頌讚生善滅惡；一頌讚法十德，此略舉四，即初中後善、其義甚深，以影餘六，五文巧、六無雜、七具足、八清淨、九鮮白、十梵行相，廣如《瑜伽》八十三〈攝事分〉釋；一頌喻明。四次五頌勸應聽法，於中有五：一頌勸聽。法性制底者，如為《法華經》起一寶塔，不須舍利已有全身。此亦如是，能詮顯故即見法身。一頌見報身，說相似故。一頌得善報。一頌令慶喜。一頌令決聽。五次二頌聞經利益。

> 第二の偈頌は、広く説明するものです。全体で七十九の偈頌があり、これを四つに分けます。 初めの二十三偈頌では、説法を聞く側と説く側の二つの行いを明らかにします。 次に「梵王・帝釈・主」以下、四十一偈頌では、天の神々が守護することを明らかにします。 次に「この南閻浮提の中において」以下、十四偈頌では、経典の威力を明らかにします。 最後の一偈頌で、説法を聞くことの全体をまとめます。 初めの部分はさらに二つに分かれます。 初めの十二偈頌では、法を聞く行いを明らかにし、 「厳かに高き座を設けるべし」以下、十一偈頌では、説法する行いを明らかにします。 初めの部分はさらに五つに分かれます。 一偈頌は、智慧と福徳を求めることを示します。 次の一偈頌は、法会に参加するよう勧めます。 次の三偈頌は、経典の功徳を讃えます。その中でさらに三つに分かれます。 一偈頌は、善を生み出し悪を滅ぼすことを讃えます。 一偈頌は、法の十の徳を讃えます。ここではそのうちの四つを挙げます。すなわち、初めも善く、中も善く、後も善く、その義は甚だ深いというもので、残りの六つを影で示しています。五番目は言葉が巧みであること、六番目は雑然としていないこと、七番目は完全であること、八番目は清らかであること、九番目は鮮やかで白いこと、十番目は梵行の相です。詳しくは『瑜伽師地論』第八十三巻〈摂事分〉に説かれています。 一偈頌は、譬えを用いて明らかにします。 次の五偈頌は、法を聞くよう勧めます。その中でさらに五つに分かれます。 一偈頌は、聞くことを勧めます。「法性制底（法身の塔）」とは、例えば『法華経』のために一つの宝塔を建てれば、舎利がなくともすでに全身が具わっているのと同じです。これもまた同様で、言葉が法を顕すことによって、法身を見ることができるのです。 一偈頌は、報身を見ることを説きます。説かれる内容が似ているからです。 一偈頌は

經　「應嚴勝高座，淨妙若蓮華，法師處其上，猶如大龍座。於斯安坐已，說此甚深經，書寫及誦持，并為解其義。法師捨此座，往詣餘方所。於此高座中，神通非一相，或見法師像，猶在高座上。或時見世尊，及以諸菩薩。或作普賢像，或如妙吉祥，或見慈氏尊，身處於高座。或見希奇相，及以諸天像，暫得覩容儀，忽然還不現。成就諸吉祥，所作皆隨意，功德悉圓滿，世尊如是說。最勝有名稱，能滅諸煩惱，他國賊皆除，戰時常得勝，惡夢悉皆無，及消諸毒害。所作三業罪，經力能除滅，於此贍部洲，名稱咸充滿。所有諸怨結，悉皆相捨離。設有怨敵至，聞名便退散，不假動兵戈，兩陣生歡喜。」

> 経典にはこう説かれています。「荘厳な高座を設けよ。清らかで蓮華のごとき高座の上に、法師は大龍王が座するかのごとくに座す。ここに安座してより、この甚深の経典を説き、書き写し、心に唱え、その意味を解説する。法師がこの座を離れて他の地に向かう時、この高座の上では様々な神秘の現象が現れる。あるいは法師の姿がなお高座にあるかのように見える。あるいは時に世尊や菩薩たちを現す。あるいは普賢菩薩の姿となり、あるいは妙吉祥菩薩のようになり、あるいは慈尊のお姿が高座に座る。あるいは希有なる相や天人たちの姿を現し、一時その姿を目にできても、たちまちにまた消え去る。様々な吉祥を成就し、なすことすべてが思いのままに叶う。功徳はことごとく円満する。世尊はこのように説かれた。最も勝れた名を持つこの方（法華経）は、あらゆる煩悩を滅ぼし、他国の賊をすべて除き、戦時には常に勝利を得る。悪夢はまったくなくなり、毒害を消し去る。身・口・意の三つの業によりなされた罪までも、この経の力が除き滅ぼす。この閻浮提において、その名は広く満ち渡る。あらゆる怨みや縺れはすべて打ち解け捨てられる。たとえ怨み敵が来ても、その名を聞けばたちまち退き散り、武器を動かすまでもなく、両陣の者たちは歓びを得る。」

下十一頌明演說行。復分為五：初半頌嚴座；二次半頌法師儀軌；三次一頌演說經，即教他書寫及誦受持；四次四頌說法瑞相；五次五頌演法利益，有十：一得吉祥、二所作成、三功德滿、四有名稱、五滅煩惱、六除怨敵、七無惡夢、八消毒害、九滅諸罪、十無怨酬。初三頌各三利，後二頌有一利，如文可知。

> 次の十一偈は、説法の実践について説明しています。さらに五つに分かれます。第一は前半偈で座を荘厳し、第二は次の半偈で説法者の作法、第三は一つ目の偈で経典を説き、他人に書写・読誦・受持させることを教え、第四は四つの偈で説法の瑞相、第五は五つの偈で説法の功徳を示します。その功徳には十あります。一に吉祥を得、二に願いが叶い、三に功徳が満ち、四に名声を得、五に煩悩を滅し、六に敵を除き、七に悪夢なく、八に毒害を消し、九に諸罪を滅し、十に怨みの報いを受けません。最初の三偈は各三つの功徳、後の二偈は各一つの功徳があり、本文を見れば明らかです。

經　「梵王帝釋主，護世四天王，及金剛藥叉，正了知大將，無熱池龍王，及以娑揭羅，緊那羅樂神，蘇羅金翅王，大辯才天女，并大吉祥天，斯等上首天，各領諸天眾，常供養諸佛。法寶不思議，恒生歡喜心，於經起恭敬。斯等諸天眾，皆悉共思惟，遍觀修福者，共作如是說：『應觀此有情，咸是大福德，善根精進力，當來生我天。為聽甚深經，敬心來至心，供養法制底，尊重正法故。憐愍於眾生，而作大饒益，於此深經典，能為法寶器。入此法門者，能入於法性，於此金光明，至心應聽受。是人曾供養，無量百千佛，由彼諸善根，得聞此經典。』如是諸天王，天女大辯才，并彼吉祥天，及以四王眾，無數藥叉眾，勇猛有神通，各於其四方，常來相擁護。日月天帝釋，風水火諸神，吠率怒大肩，閻羅辯才等，一切諸護世，勇猛具威神，擁護持經者，晝夜常不離。大力藥叉王，那羅延自在，正了知為首，二十八藥叉，餘藥叉百千，神通有大力，恒於恐怖處，常來護此人。金剛藥叉王，并五百眷屬，諸大菩薩眾，常來護此人。寶王藥叉主，及以滿賢王，曠野金毘羅，賓度羅黃色，此等藥叉王，各五百眷屬，見聽此經者，皆來共擁護。彩軍乾闥婆，葦王常戰勝，珠頸及青頸，并勃里沙王，大最勝大黑，蘇跋拏雞舍，半之迦半足，及以大婆伽，小渠并護法，及以獼猴王，針毛及目犬，寶髮皆來護。大渠諾拘羅，栴檀欲中勝，舍羅及雪山，及以婆多山，皆有大神通，雄猛具大力，見持此經者，皆來相擁護。阿那婆答多，及以娑揭羅，目真𧫦羅葉，難陀小難陀，於百千龍中，神通具威德，共護持經人，晝夜常不離。婆稚羅睺羅，毘摩質多羅，母旨苫跋羅，大肩及歡喜，及餘蘇羅王，并無數天眾，大力有勇健，皆來護是人。訶利底母神，五百藥叉眾，於彼人睡覺，常來相擁護。旃荼旃荼利，藥叉旃稚女，昆帝拘吒齒，吸眾生精氣，如是諸神等，大力有神通，常護持經者，晝夜恒不離。上首辯才天，無量諸天女，吉祥天為首，并餘諸眷屬，此大地神女，果實園林神，樹神江河神，制底諸神等，如是諸大神，心生大歡喜，彼皆來擁護，讀誦此經人。見有持經者，增壽命色力，威光及福德，妙相以莊嚴。星宿現災變，困厄當此人，夢見惡徵祥，皆悉令除滅。此大地神女，堅固有威勢，由此經力故，法味常充足。地肥若流下，過百踰繕那，地神令味上，滋潤於大地。此地厚六十，八億踰繕那，乃至金剛際，地味皆令上。」

> 梵天・帝釈天をはじめ、 世を護る四天王、 金剛薬叉、 正了知（しょうりょうち）大将、 無熱池の竜王、 そして娑掲羅（しゃから）竜王、 緊那羅（きんなら）の楽神、 蘇羅（そら）金翅鳥王、 大弁才天女、 さらに大吉祥天―― これらの上首の天々は、 それぞれの天の衆を率いて、 常に諸仏を供養している。 教えの宝は思いもよらず、 常に喜びの心を起こし、 経典に恭敬の念を抱く。 これらの天の衆は皆、 共にこう考え、 福を修める者をあまねく見渡して、 共にこう言う。 「この人を見よ、 みな大きな福徳を持ち、 善根と精進の力によって、 やがては我らの天に生まれよう。 深い経を聴こうとして、 敬いの心をもって来たり、 法の供養をなし、 正法を尊ぶがゆえに。 衆生を哀れみ、 大きな利益を施し、 この深い経典において、 法の宝の器となりうるであろう。 この法門に入る者は、 法性に入ることができる。 この金光明経を、 心を込めて聴き受けるべきである。 この人はすでに、 無数の百千の仏を供養し、 それらの善根によって、 この経典を聴く縁を得たのである。」 このように諸々の天王・天女・大弁才天・ 吉祥天・四天王の衆・ 無数の薬叉の衆は、 勇猛で神通力を持ち、 それぞれ四方から、 常に来て守り支える。 日月・帝釈天・風神・火神・水神、 毘紐天（びちゅうてん）の大肩、 閻魔・弁才天など、 すべての世を護る者たちは、 勇猛で威神を備え、 経を守る者を、 昼夜離れることなく護る。 大力の薬叉王・那羅延（ならえん）自在、 正了知をはじめとする 二十八薬叉、 その他の数百千の薬叉たちは、 神通力と大きな力を持ち、 常に恐ろしい場所にあっても、 この人を護りに来る。 金剛薬叉王とその五百の眷属、 諸々の大菩薩の衆も、 常にこの人を護る。 宝王薬叉主、満賢王、 曠野金毘羅（こうやきんぴら）、 賓度羅（びんどら）黄色など、 これらの薬叉王は、 それぞれ五百の眷属と共に、 この経を聴く者を見て、 皆来て共に護る。 彩軍乾闥婆（さいぐんけんだつば）、 葦王・常戦勝、 珠頸（しゅけい）・青頸（しょうけい）、 そして勃里沙（ぼつりしゃ）王、 大最勝・大黒、 蘇跋拏（そばつな）雞舎（けいしゃ）、 半之迦（はんしき）・半足、 大婆伽（だいばか）、 小渠（しょうぎょ）・護法、 そして獼猴王（みこうおう）、 針毛（しんもう）・目犬（もくけん）、 宝髪（ほうはつ）が皆来て護る。 大渠諾（だいごじゃく）・拘羅（くら）、 栴檀（せんだん）・欲中勝（よくちゅうしょう）、 舎羅（しゃら）・雪山（せつせん）、 そして婆多山（ばたせん）までも、 皆大いなる神通と 雄々しく大きな力を持ち、 この経を護持する者を見て、 皆来て護る。 阿那婆答多（あなばたつた）、 娑掲羅（しゃから）、 目真鄰陀（もくしんりんだ）葉、 難陀・小難陀は、 百千の竜の中で、 神通力と威徳を備え、 共に経を守る人を、 昼夜離れず護る。 婆稚（ばち）・羅睺羅（らごら）、 毘摩質多羅（びましったら）、 母旨（もしい）・苫跋羅（せんばら）、 大肩（だいけん）・歓喜、 その他の蘇羅（そら）王たち、 そして無数の天の衆は、 大力で勇健であり、 皆来てこの人を護る。 訶利底母神（かりていもしん）は、 五百の薬叉の衆と共に、 この人が眠っている間も、 常に来て護る。 旃荼（せんだ）・旃荼利（せんだり）、 薬叉旃稚女（やくしゃせんちにょ）、 昆帝拘吒歯（こんていくったし）、 衆生の精気を吸うものなど、 これらの神々は皆、 大力と神通を持ち、 常に経を守る者を、 昼夜離れず護る。 上首の弁才天、 無量の天女たち、 吉祥天をはじめ、 その他の眷属、 この大地の女神・ 果実の園の神・ 樹の神・河の神・ 制底（せいてい）の神々など、 これらの大神たちは、 大いなる喜びを心に生じ、 皆来てこの経を読誦する人を護る。 経を守る者を見るとき、 寿命・色力・威光・福徳を増し、 妙なる相で荘厳する。 星宿に災変が現れ、 困厄がこの人に降りかかろうとも、 悪い夢の兆しがあっても、 すべて除き滅ぼす。 この大地の女神は、 堅固で威勢がある。 この経の力によって、 法の味わいを常に充足する。 地の味わいが流れ下り、 百由旬を過ぎても、 地の神はその味を上昇させ、 大地を潤す。 この大地の厚さは 六十、八億由旬、 金剛際に至るまで、 地の味わいはすべて昇らせる。

下四十一頌得天神擁護。復分為二：初三十九頌說聽得護、後二頌明護所以。初得護有六：初十二頌護聽人，又有三：初四頌明天神敬喜。次六頌護聽經人，有四：一頌思觀行人、一頌見讚生天、三頌讚勸聽經、一頌讚昔善根、後二頌明其衛護。第二次五頌護說經人。吠率怒，那羅延天之異名，復形大故名大肩。第三次二頌復護聽人。金毘羅者，此云孔。賓度羅者，此云孔雀。第四次十二頌復護說經者。彩軍乾闥婆，以著彩衣為軍眾。葦王者，諸草神王，以珠貫頸。神項，頸青神。勃里沙婆此云牛，牛神王也。頌文窄故，略去婆字。蘇此云好，跋拏此云金，鷄舍此云髮，是好金髮鬼神。半之迦云五，即五神，神足似羊。大婆伽者，此大威德，小渠之神。諾𤘽羅者，正云鼠狼，神名也。舍羅，此云屋，山名，神依彼山，以山為名。娑多山者，此云堪倒。阿那婆答多，此云無熱惱。娑揭羅，此云醎海。目真，此云解脫。𧫦羅葉，即舊云伊蘭樹。婆稚，此云團圓。毘摩質多羅，此云綺畫。母旨，此云好。苫跋羅，此云食，亦非天名，亦云飲食神。訶利底鬼母，如前解。旃荼，男聲呼，藥叉。旃荼利，女聲呼。昆帝拘吒齒，即齒長包者是。第五次三頌護讀誦人。第六次五頌復護說經人。

> <note>以下の四十一の偈は、天神が守護してくださることを説いています。これはさらに二つの部分に分けられます。初めの三十九の偈は、説法者と聴法者が守護を得ることを説き、後の二つの偈は、その守護の理由を明らかにします。</note> \*\*初めの守護を得る部分は六つに分けられます。\*\* \*\*第一に、初めの十二の偈は、聴法者を守護します。\*\* これはさらに三つに分けられます。初めの四つの偈は、天神が歓喜して敬うことを説きます。 \*\*次の六つの偈は、経を聞く人を守護します。\*\* これには四つの内容があります。 \* 一つの偈：観想修行者について。 \* 一つの偈：見て讃嘆し、天に生まれることについて。 \* 三つの偈：賞賛し、経を聴くことを勧める。 \* 一つの偈：過去の善根を讃える。 \* 後の二つの偈：その守護を明らかにする。 \*\*第二に、次の五つの偈は、説法者を守護します。\*\* 「吠率怒(ビシュヌ)」は、那羅延天の別名です。また、その形が大きいことから「大肩」とも呼ばれます。 \*\*第三に、次の二つの偈は、再び聴法者を守護します。\*\* 「金毘羅(クンビーラ)」は、ここでは「孔(あな)」という意味です。「賓度羅(ピンドーラ)」は、ここでは「孔雀」という意味です。 \*\*第四に、次の十二の偈は、再び説法者を守護します。\*\* 「彩軍乾闥婆(ガンダルヴァ)」は、美しい衣を身にまとった軍勢のことで、「彩軍」は色とりどりの衣装を指します。「葦王」は、草の神々の王で、真珠の首飾りをしています。「神項」は、首の青い神様です。 「勃里沙婆(ヴリシャバ)」は、ここでは「牛」という意味で、牛の神王です。偈文が短いため、「婆」の字を省略しています。 「蘇(スー)」は「良い」、「跋拏(バルナ)」は「金」、「鷄舍(ケーシャ)」は「髪」を意味し、良い金の髪をした鬼神のことです。 「半之迦(パンチカ)」は「五」、すなわち五つの神で、神の足は羊に似ています。 「大婆伽(マハーバガ)」は、この偉大な威徳を持つ小渠の神のことです。 「諾𤘽羅(ナクラ)」は、正しくは「鼠狼(いたち)」を意味する神の名です。 「舍羅(シャーラ)」は、ここでは「屋」という意味で、山の名前です。神がその山に住んでいるため、山の名前で呼ばれています。 「娑多山(サーターギリ)」は、ここでは「堪倒(倒れるに堪える)」という意味です。 「阿那婆答多(アナヴァタプタ)」は、ここでは「無熱悩(苦しみがない)」という意味です。 「娑揭羅(サーガラ)」は、ここでは「醎海(塩辛い海)」という意味です。 「目真(ムチリンダ)」は、ここでは「解脱」という意味です。 「𧫦羅葉(エーラカ)」は、昔は「伊蘭樹(いらんじゅ)」と言われていたものです。 「婆稚(バーリン)」は、ここでは「団円(まるくまとまる)」という意味です。 「毘摩質多羅(ヴェーマチトラ)」は、ここでは「綺画(美しい絵)」という意味です。 「母旨(ムキ)」は、ここでは「好(よい)」

經　「由聽此經王，獲大功德蘊，能使諸天眾，悉蒙其利益。復令諸天眾，威力有光明，歡喜常安樂，捨離於衰相。」

> 経典にはこう説かれています。「この経典の王たる教えを聴くことにより、大きな功徳の集まりを得ることができる。それは天の衆生たちをして、その利益をすべて受けしめる。また天の衆生たちに、威光と輝きを与え、常に喜び安らぎをもたらし、衰えの相から離れさせる。」

下二頌明得護所以。舉聽經人，影持說者。

> 次の二つの偈は、経典を守護する功徳が得られる理由を明かしています。経を聴く人々を挙げ、説法する者もそれに準じて示しているのです。

經　「於此南洲內，林果苗稼神，由此經威力，心常得歡喜，苗實皆成就，處處有妙華，果實竝滋繁，充滿於大地。所有諸果樹，及以眾園林，悉皆生妙華，香氣常芬馥。眾草諸樹木，咸出微妙華，及生甘美果，隨處皆充遍。於此贍部洲，無量諸龍女，心生大歡喜，皆共入池中。種植鉢頭摩，及以分陀利，青白二蓮華，池中皆遍滿。由此經威力，虛空淨無翳，雲霧皆除遣，冥闇悉光明，日出放千光，無垢焰清淨。由此經王力，流暉遶四天。此經威德力，資助於天子，皆用贍部金，而作於宮殿。日天子初出，見此洲歡喜，常以大光明，周遍皆照曜。於斯大地內，所有蓮華池，日光照及時，無不盡開發。於此贍部洲，田疇諸果藥，悉皆令善熟，充滿於大地。由此經威力，日月所照處，星辰不失度，風雨皆順時。遍此贍部洲，國土咸豐樂，隨有此經處，殊勝倍餘方。」

> （経典に曰く）「この南閻浮提の地において、林や果樹、苗や穀物の神々は、この経典の力により、常に心に歓喜を得る。苗は実り、みな成就し、至る所に美しい花が咲き、果実は豊かに実り、大地に満ちあふれる。あらゆる果樹や、すべての園林は、美しい花を咲かせ、香りは常に芳しく漂う。様々な草や木々はみな、素晴らしい花を咲かせ、甘美な果実を生み出し、あらゆる場所に満ち渡る。この閻浮提において、無数の竜女たちは、心に大いなる歓喜を生じ、みな共に池の中に入る。赤い蓮華や白い蓮華を植え、青と白の二種の蓮華は、池中に満ちあふれる。この経典の威力により、虚空は清らかで曇りなく、雲霧はすべて払われ、暗闇はことごとく光明となる。太陽は千の光を放ち、汚れのない清らかな焔である。この経王の力により、光は巡り、四大洲を照らす。この経の威徳の力により、天子たちは支えられ、みな閻浮提の黄金を用いて、宮殿を造る。日天子が昇る時、この洲を見て歓喜し、常に大いなる光明をもって、遍く照らし輝かせる。この大地の内なる、すべての蓮華の池は、日光が及ぶ時、開かぬものはない。この閻浮提において、田畑のあらゆる果物や薬草は、ことごとくよく熟し、大地に満ちる。この経典の威力により、日月の照らす所、星辰はその道を失わず、風雨はすべて時に従う。この閻浮提全体にわたり、国土はみな豊かで楽しく、この経典のある所は、殊勝にして他の地に勝ること倍増す。」

下十四頌讚經威力，有八：初四頌由經威力百穀豐美、次二頌池沼多華、次一頌空淨常明、次三頌日殿增耀、次一頌蓮隨日剖、次一頌菓藥恒盈、次一頌風雨順時七耀依度、次一頌總結經力。

> 次の十四偈は、経典の力を賛嘆し、八つの内容に分かれています。 最初の四偈は、経典の力によって穀物が豊かに実ることを示します。 次の二偈は、池や沼に花が咲き乱れることを表します。 次の一偈は、空が澄みわたって常に明るいことを示します。 次の三偈は、太陽の宮殿がより輝くことを述べます。 次の一偈は、蓮の花が太陽とともに開くことを表します。 次の一偈は、果物や薬草が常に満ちていることを示します。 次の一偈は、風雨が季節にかなって起こり、七つの曜日が正しく運行することを述べます。 最後の一偈は、経典の力を総括します。

經　「若此《金光明》，經典流布處，有能講誦者，悉得如上福。」

> 経典に曰く、「この『金光明経』が広まる場所で、それを講じ、読誦する者は、皆、先に述べたような福徳を得ることができる。」

下一頌總結說聽所得功德。

> 次の偈では、説法を聞くことによって得られる功徳をまとめて述べています。

經　爾時大吉祥天女及諸天等，聞佛所說皆大歡喜，於此經王及受持者一心擁護，令無憂惱常得安樂。

> その時、大吉祥天女をはじめとする天の者たちは、仏の説法を聞いて皆、大いに喜びました。 そして、この経典の王と、それを受持する者たちを一心に守り、憂いや悩みなく、常に安らかでいられるようにすると誓いました。

下第三大段大眾願護。

> ここで、第三の大切な部分です。大勢の人々が共に守ることを願っています。