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  1. 加句霊験尊勝陀羅尼記一巻 (加句靈驗尊勝陀羅尼記一卷)
  1. 加句霊験仏頂尊勝陀羅尼記 (加句靈驗佛頂尊勝陀羅尼記)
  2. 加句霊験尊勝陀羅尼記一巻 (加句靈驗尊勝陀羅尼記一卷)

加句霊験仏頂尊勝陀羅尼記 (加句靈驗佛頂尊勝陀羅尼記)

「加句靈驗佛頂尊勝陀羅尼記」について

唐 · 武徹述 著

3,431 字 · 約 11 分

唐代の武徹によって著された『加句霊験仏頂尊勝陀羅尼記』は、仏教密教の重要な典籍です。この文献は『仏頂尊勝陀羅尼』の補足版とその霊験譚を記録しており、盛唐期における密教の中国伝来と現地化の実践を反映しています。内容には陀羅尼真言の誦持儀軌、功徳効用、現実的な霊験事例が含まれ、尊勝陀羅尼が災いを除き寿命を延ばし、浄土往生を叶えるという信仰の核心を体現しています。この記録は唐代密教の発展や真言霊験信仰を研究する上で貴重な文献を提供し、漢伝仏教における陀羅尼経典の中でも特別な地位を占めています。


加句靈驗佛頂尊勝陀羅尼記

加句霊験仏頂尊勝陀羅尼記

朝議大夫兼侍御史武徹述

朝議大夫兼侍御史 武徹が述べる

佛頂尊勝陀羅尼者,一切如來祕密之藏,總持法門,大日如來智印,吉祥善淨,破一切惡道,大神力陀羅尼也。昔儀鳳年中,佛陀波利所傳之本遍天下幡剎,持誦有多矣。徹自弱歲,則常念持。永泰初,自喪妻之後,倍益精心,求出離法。時,有殿中侍御史蔣那者,常持誦此陀羅尼。異日於私室,條然而來曰:「今得究竟道,非常難遇。」徹敬問之,即尊勝陀羅尼也。命之令誦,而文句全廣,音旨頗異。拜而誦之,乃曰:「受之於王開士,開士受之於金剛智三藏。大師云:『西國亦希有此本,吾將梵本來,故密授焉。』」坐中歎奇絕之事而罷,未獲求本。俄而將刑歿世,常懷遺悔,追悔不及。每遇精士,即求問之,冀其萬一。遂遇僧際公,果有此本文。開元中,五臺山下有一精修居士,姓王,有事遠出行。去後父亡,迴來不見,至心誦尊勝陀羅尼數十萬遍,願知見先考所受生善惡業報。精誠懇願,殊無覺知,遂欲出山,見一老人,謂居士曰:「仁者念持,寔為勤敏,然文句多脫略。我今授示全本文句。」居士拜而而受之,乃云:「可誦千遍。」殆,然經數日,於夜中忽聞環珮簫管之聲降自庭宇。此時居士驚起視之,見天人數十輩,共圍繞一天仙,前謂之曰:「汝識吾否?」居士答曰:「不知。」天仙曰:「我是汝父,比年誦持尊勝陀羅尼。吾得爾之福力,然後數月已來,福倍於積歲。不知汝更得何本,以至於斯?吾今以汝之力故,獲為天仙之王,則知汝所持念,功効不可量也。」言訖上昇。居士歡躍拜送,自爾尤加精進。後日至東京,有一專修學人王少府者,亦波利尊勝之本,誦持積數數萬。忽於夜中,夢見一梵僧來,謂小府曰:「賢者念誦,殊謂精誠,所歎本誤文少,而功薄也。」王少府稽首懇請真文,梵僧乃授之以廣本文句。句口授訖,送僧出門,光景如晝。迴至床前,視室中僮僕猶臥,忽覺呼而責之以明矣。僮僕云:「今纔夜半。」忽然光滅及夕。王少府自異所見,閉目誦之,歷歷清暢,轉益精勤。

仏頂尊勝陀羅尼は、すべての如来の秘められた宝庫、総持の法門であり、大日如来の智の印、吉祥にして清らか、あらゆる悪い道を打ち破る、大いなる神力を備えた陀羅尼です。昔、儀鳳の年(676-679年)に、仏陀波利が伝えた版本は、天下の寺々に広まり、読誦する者も多くいました。

私は若い頃から、この陀羅尼を常に唱え続けてきました。永泰の初め(765年)、妻を亡くしてからは、さらに心を込めて、解脱の道を求めました。

その頃、殿中侍御史の蔣那という方がいて、常にこの陀羅尼を唱えていました。ある日、彼が私の家に突然現れて言いました。「今、究竟の道を得ました。これは非常に珍しいことです。」私が敬って尋ねると、それは尊勝陀羅尼でした。彼に唱えさせてみると、文句は広く長く、音や意味はかなり異なっていました。私は拝してそれを唱えると、彼は言いました。「これを王開士から受け、王開士は金剛智三蔵から受けました。大師はおっしゃいました。『西域でもこの版本は珍しい。私は梵本を持っているので、密かに伝授しよう』と。」

その場でこの奇跡的な出来事に感嘆し合い、私は版本を手に入れることができませんでした。やがて蔣那は刑死し、私は常に悔やみ、後悔しても追いつけませんでした。精進する人に出会うたびに、この版本について尋ね、万が一を得られることを願いました。

ついに僧の際公に出会い、果たしてこの本文を得ることができました。

開元の年(713-741年)、五台山の麓に一人の精進する居士がいました。姓は王といい、遠方へ用事で出かけました。彼の留守中に父親が亡くなり、帰って来て会えませんでした。そこで一心に尊勝陀羅尼を数十万回唱え、亡き父が受けた善悪の業報を知りたいと願いました。誠心誠意祈りましたが、何の感応もなく、山を下りようとしたところ、一人の老人に出会いました。老人は居士に言いました。「あなたが唱えているのは確かに勤勉ですが、文句に多くの欠落があります。今、私は完全な本文を授けましょう。」居士は拝してそれを受け取ると、老人は「千回唱えなさい」と言いました。

数日後、夜中に突然、庭園から環佩や簫管の音が聞こえてきました。居士が驚いて起きて見ると、数十人の天人が一人の天仙を囲んでいました。天仙は前に進み出て言いました。「私が誰だか分かるか?」居士は「存じ上げません」と答えました。天仙人は言いました。「私はお前の父親だ。長年尊勝陀羅尼を唱えていた。お前の功徳のおかげで、この数ヶ月で、積年の功徳を超える福を得た。お前はさらにどのような版本を得たのか、これほどまでの福を生み出したのは。今、お前の力のおかげで、私は天仙の王となった。お前の唱える功徳の力は計り知れない。」そう言って天に昇っていきました。居士は喜び勇んで拝送し、それ以来、さらに精進しました。

後に東京に至り、専修の学人である王少府という方がいました。彼も仏陀波利の尊勝の版本を唱え、数万回積んでいました。ある夜、夢に一人の梵僧が現れて言いました。「あなたの念誦は誠に精進していますが、版本の文句が誤って少なく、功徳が薄いのが残念です。」王少府は頭を下げて真の文を懇願すると、梵僧は広本の文句を授けました。口伝が終わり、僧を門外に送り出すと、光景は昼のようでした。床に戻り、部屋の中の使用人がまだ寝ているのを見て、急に目覚め、彼らを呼んで叱ろうとしました。使用人は「今はまだ夜中です」と言いました。すると突然光は消え、夜が更けました。王少府は自分の見たことに驚き、目を閉じて唱えると、はっきりと清らかに流れ、ますます精進しました。

天寶初,五臺山人王居士,及王少府,咸在東都,俱不相識。忽然王少府暴亡,經七日而蘇。城中好事者盡問其故,居士乃王開士亦同詣問得再生之由,王少府云:「吾初臥,忽見二使來云。追逐相隨,行數十里,至一大樹下。二使者憩,吾亦憩之,忽憶尊勝,遂即閉目,誦三七遍,舉目迴視,二使者已不知所之。」須臾,四人又至,跪而言曰:「仁者奚為修行,有此利益,向來追者二使並得生天?」王少府曰:「吾但誦尊勝陀羅尼。」四人曰:「唯此功力之故也。請與弟子誦之,救拔苦難。」王少府又冥目誦三七遍,開目又不見四人矣。頃刻之際,空中聞戈甲聲。有一神人,紫服被戈甲,儀衛侍從甚盛,前跪而言曰:「吾是五道冥司,頗稱貴位,然終為神道所攝,願得生天。彼六人者,以師法力之故,各得生天,今請迃(于音曲迅)步,至弟子所居誦之,冀霑福蔭之餘也。」乃相隨至一陂宅,方圓數十里,皆是罪人枷鎖杻械、囚縛決罰、訊問栲椋之所。神令王少府上高座,自於床下跪而聽之。王少府閉目志之,誦滿四十九遍,舉目四顧,一人不見,唯有斷鎖破杻弊械空枷而已。王少府驚悚,囚知所適。忽然有四五人至云:「王命速發遣。迴亂我曹,扄文簿破我冥司。」遂驅逐王少府令入一空谷中,便蘇息再得生耳,實尊勝陀羅尼不思議之功力也。於是五臺王山人及王開士,與王少府,既同業因,各陳其所持本,勘校文句,多少並同,如一本焉,彼此相慶賀。王山人曰:「吾本受之於臺山聖公。」王少府曰:「吾本受之於神僧。」王開士曰:「吾本受之於金剛智三藏。」梵夾見存,三人懼然,共勘其本,音旨字數如一。故知眾生聞法,有時流傳教法,亦有時歎真實世間希有。此即是金剛智三藏梵本譯出者,令勘佛陀波所利傳本,文句大同,多於舊本九句六十九字,餘悉波利。

天宝(742年)の初め、五台山の王居士と王少府という者が、ともに東都(洛陽)にいたが、互いに面識はなかった。ある日、突然王少府が亡くなり、七日を経て蘇生した。都中の物好きが皆その理由を尋ねた。すると王開士もまた居士と連れ立って訪ね、蘇生の理由を問うた。王少府が言うには、

「私は横になり始めた時、突然二人の使いが来て『お前を連れて行く』と言った。一緒に数十里を行くと、大きな木の下に着いた。二人の使いが休んだので、私も休んでいるうちに、ふと尊勝陀羅尼を思い出し、すぐに目を閉じて二十一遍を誦えた。目を開けて見回すと、二人の使いはもうどこへ行ったか分からなかった。」

しばらくして、さらに四人が来てひざまずき言った。「尊者はどのような修行をされ、このような功徳を得られたのでしょう。先ほどお連れした二人の使いは、共に天に生まれ変わりました。」王少府が「私はただ尊勝陀羅尼を誦えただけです」と言うと、四人は「この功徳の力だけが理由です。どうか私たちのためにも誦えて、苦難から救ってください」と願った。王少府は再び目を閉じて二十一遍を誦え、目を開けると四人の姿は見えなくなっていた。

たちまち、空から鎧兜の音が聞こえ、一人の神人が現れた。紫色の服をまとい、鎧を身に着け、多くの衛士と従者を従えていた。神人は前に進み出てひざまずき言った。「私は五道冥司(五道の冥界の役人)で、かなり高位にありますが、やはり神道に縛られております。どうか天に生まれ変わりたいのです。あの六人は師の法力のおかげで、それぞれ天に生まれました。今、足を運んで私の住まいにお越しくださり、そこで誦えてください。どうか福の恵みの余りを賜りたいのです。」

そこでついて行くと、一つの広大な屋敷があった。方円数十里にわたり、すべて罪人たちが鎖や足枷・手枷をはめられ、囚われ縛られ、罰を受け、尋問され、拷問される場所であった。神は王少府に高い座に上がらせ、自らはその下でひざまずいて聞いた。王少府は目を閉じて心を集中し、四十九遍を誦え終えた。目を開けて見渡すと、誰一人としていない。ただ、切れた鎖や壊れた足枷、役に立たない枷、空の枷だけがあった。王少府は驚き恐れ、どうしていいか分からなかった。

すると突然、四五人の者が現れて言った。「王の命令だ。すぐにこの者を追い出せ。我らを混乱させ、帳簿を乱し、冥府を壊した。」こうして王少府は追い出され、空の谷に投げ込まれた。そして息を吹き返し、再び生き返ることができた。実に尊勝陀羅尼の思いもよらぬ功徳の力である。

こうして五台の王山人と王開士、そして王少府は、同じ仏縁によって、それぞれが持つ経本を示し、文句を照合した。字数や内容は全て同じで、まるで一つの写本のようであり、互いに喜び祝い合った。王山人は「私は五台山の聖なる僧から受けました」と言い、王少府は「私は神僧から受けました」と言い、王開士は「私は金剛智三蔵から受けました。梵夾が今も残っています」と言った。三人は驚きつつも、その本を共に照合すると、音も意味も字数も全く同じであった。これによって、衆生が教えを聞く機会があること、教えが流布される時があること、そしてこの世に稀な真実の教えがあることを嘆美したのである。

これこそ金剛智三蔵の梵本から訳出されたものである。今、仏陀波利が伝えた本と照合すると、文句はほとんど同じであるが、旧本より九句六十九字多く、残りは波利の本と同じである。

僧惠琳因修大藏目錄,收未入藏經六百餘卷,并遂略武徹所敘陀羅尼感應神驗,親自勘同,序之卷末,時元和十四年己丑歲。前朝蔣大夫行通事舍人張承福,及百濟僧,各受持尊勝陀羅尼有功,曾為冥司所追,以真言威力不可思議,遂不受諸苦,兼濟拔受苦群生,有傳記。琳於成都府右經藏中得之,時如意二年三月二十三日。佛頂尊勝陀羅尼感應事。

僧・恵琳は、大蔵経の目録を編集するにあたり、これまで収録されていなかった六百余巻の経典を新たに加えた。そして、武徹が記した陀羅尼の霊験譚を自ら検証し、その序文を巻末に添えた。これは元和十四年己丑の歳のことである。

先代の朝廷に仕えた蒋大夫・行通事舎人・張承福、そして百済の僧は、それぞれ尊勝陀羅尼を受持し、その功徳により、冥界の裁判官に召されたこともあったが、真言の威力は不可思議であったため、一切の苦しみを受けることなく、苦しむ多くの人々を救済することができたという。その伝記が存在する。

恵琳は成都府の右経蔵において、この伝記を発見した。時は如意二年三月二十三日のことである。仏頂尊勝陀羅尼感応の事。

開元二十六年冬,有神都張繹長史,自小孝養父母。父母歿後,沈淪惡道,乃虔心報恩。每懷濟度,遂即入山,持尊勝陀羅尼,志願見亡父母,得安樂處。日夜勤誦,聲聲不絕,朝暮懇誠,六年念之,念中不曾見父母,疑呪無驗,欲生退心。忽見一老翁儀容甚異,語云:「非是呪無靈驗。亦非君不盡心。斯乃去聖時遙,翻譯多誤、呪詞脫略,遂失其徵。」老人即口授,令抄錄一本,依此文句持誦,期滿七日,必當見父。即依老人口訣,至心禮拜,舉頭失老人,不知所在。「方賢聖耶?」情乃驚愕,倍更虔誠,具依所教文本,專心誦持。始登六日,即亡父母遂來,恩愛未絕,拘頭悲喜。幽明感會,情各愴然。口云:「墮大地獄中,備遭諸苦,年月已深,乘兒精誠功力,近得生天。今從上界下來,與汝相見。」威光稍別,示相由存,具述因緣,宛如平昔。凡是人孝之子,覩此感應,豈不留心聖教耶?但虛膓畐心,縱恣六情,追歡遊樂,有何益焉?況目連釋子救母之事,具在聖文,長史至誠有此感效也。後有僧傳得誦念舍利,境界極多。來至東都,具戴靈事,頗為為人所知。後有好事者,請各流傳,即釋門弟子也。長慶三年四月中旬,前奉天縣尉馬敭秋滿,移歸𮑱坂,住東城石子坊舊第,持波利尊勝之本,一十五年未甞墮慢,及到𮑱坂,經數月,忽然夢見一神人被甲,狀貌甚異,云:「汝既精心持此真言,何不詣景福寺東廊坊?一持念僧有尊勝靈驗本,持之功九倍常。」言訖驚覺,汗流透衣。明日便專詣寺尋僧,數日方遇,僧法名義𮐕。既見問之,此僧果久精心此門,遠近依止。僧問曰:「有何事相覓?」坐訖,乃話所夢之事,𮐕曰:「大奇大奇!畜此本來無人知解,少公今日蒙神人指示,𮐕焉敢恡惜!」乃命弟子出篋取至,真實教傳受。將歸,勘舊所持波利本,方知文句脫略,便依法修行新本,其神驗頗異,兼更傳尊勝瑜伽兩卷,乃知聖教分明,作有法度,不可任其凡智也。因錄記之,傳同志者。

開元二十六年の冬、洛陽に張繹という長史(役人)がいた。彼は幼い頃から孝行で両親を大切に養っていた。両親が亡くなった後、不幸にも悪い世界に落ちてしまったことを知り、心から報恩の思いを抱いた。いつか両親を救いたいと願い、ついに山に入り、尊勝陀羅尼を唱え始めた。亡き両親に会い、彼らが安らかな場所にいるのを確かめたいと願ったのだ。夜も昼も熱心に唱え続け、声が絶えることはなかった。朝晩、真心を込めて六年もの間、念じ続けたが、一度も父母の姿を見ることはできなかった。「この呪文には効き目がないのか」と疑い、途中で諦めようと思い始めた。

すると突然、一人の老人が現れた。風采はたいへん異様であった。老人は言った。「呪文に力がないわけではない。あなたの努力が足りないわけでもない。しかし聖なる時代から遠く離れ、翻訳に誤りが多く、呪文の言葉が欠け落ちてしまったのだ。そのため、その効験が現れなかったのだ。」老人はその場で口伝えに教え、書き写させた。その文句の通りに唱えれば、七日間で必ず父に会えるだろうと告げた。張はその教えに従い、心を込めて礼拝した。しかし頭を上げると、老人は消えていた。「あれは聖者だったのか?」と驚き、ますます誠実に、教えられた通りの本文を一心に唱え続けた。

六日目になった時、ついに亡き両親が現れた。愛情は絶えることなく、互いに頭を抱えて悲しみ喜んだ。冥界と現世の思いが通じ合い、互いに胸が詰まった。両親は言った。「私たちは大地獄に落ち、様々な苦しみを長年受けてきた。あなたの誠実な行いの力によって、ようやく天に生まれ変わることができた。今、上の世界からあなたに会いに来たのだ。」その姿は神々しく輝いていたが、面影はそのままに、因縁の話をした。生きていた時のように語り合った。孝行な子であれば、このような不思議な感応を見聞きして、聖なる教えに心を留めない者がいるだろうか。

ただ空しい心で欲に満ち、感情のままに遊び楽しむことに何の益があるのか。ましてや目連尊者が母を救った話は聖典に詳しい。長史のように誠実であれば、このような効験があるのだ。

後に、この陀羅尼を唱えていた僧がいた。彼は舎利を念じ、多くの神秘体験をした。洛陽に来てその霊験を詳しく伝えたので、人々に広く知られるようになった。その後、興味を持った人々が互いに書き伝えたという。彼らは皆、仏弟子である。

長慶三年四月の中旬、元奉天県尉の馬敭は任期を終え、郷里に帰った。東城の石子坊の旧宅に住み、波利尊勝の陀羅尼を十五年もの間、怠ることなく持し続けていた。郷里に帰ってから数か月後、突然夢に一人の甲冑を着た神人が現れた。その姿は異様であった。神人は言った。「あなたは心を込めてこの真言を持しているなら、どうして景福寺の東廊坊に行かないのか?そこに一人の尊勝陀羅尼の霊験本を持つ僧がいる。それを持して唱えれば、功徳は通常の九倍になる。」言い終わると、張は驚いて目覚めた。汗が衣を濡らしていた。

翌日、すぐに寺を訪ねてその僧を探した。数日後にようやく出会った。僧の法名は義𮐕といった。会ってその話をすると、この僧は長年この陀羅尼に専心しており、遠方からも多くの人が頼りにしていた。僧は「何か御用ですか」と尋ねた。座ってから夢の話をすると、義𮐕は「まことに不思議なことです。この本は誰にも知られることなくしまってありました。あなたが神人のお告げを受けたなら、私が惜しむわけにはいきません。」と言った。そこで弟子に箱から取り出させ、本当の教えを伝授した。

帰ってから古い波利尊勝の本と照らし合わせると、確かに文句が欠け落ちていた。新たな本に従って修行すると、その神秘的効験は並外れたものだった。さらに尊勝瑜伽二巻も伝授され、聖なる教えが明らかであり、修行には正しい方法があることを知った。凡夫の浅はかな考えだけで処理してはならないのだ。ここに書き留めて、志を同じくする人々に伝える。

佛頂尊勝陀羅尼

仏頂尊勝陀羅尼

曩謨(引)婆誐嚩(無可反下同)帝(引)(一句)怛𡃤(二引轉合古)路(引)枳也(二合)鉢羅(二合)底(丁以反)尾始瑟吒(二合、引)野(三)沒馱(引)野婆(去)誐嚩帝(引)(四)怛儞也(二合)他(去引)(五)唵(引)尾戍(引)馱野尾戍馱野(六)娑麼娑麼三(去)滿多(去)嚩婆(去引)娑(七)娑頗(二合)羅拏(鼻音)誐底誐賀曩(八)沙嚩(二合)婆(去引)嚩尾秫(請律反)第(九)阿(上)鼻詵(正謹反)左(一本六者)覩𤚥(莫敢反引)素誐多(十)嚩囉嚩左(隹上)曩(引)(十一)阿蜜㗚(二合轉舌)多(去引)鼻曬(所戒反引)罽(居又反引)(十二)阿(去引)賀囉(十三)阿(去引)庾(羊主反)散馱(引)羅抳(尼勅止反)(十四)戍(引)馱野戍(引)馱野(十五)誐誐曩尾秫弟(十六)鄔瑟抳(二合、引)灑尾惹(自攞反)野尾秫弟(十七)娑賀娑羅(二合)羅(羅字聲轉舌)濕茗(二合)散祖(一本云注)儞(左以反下同)帝(十八)薩嚩怛他(去引)誐多(十九)嚩盧羯儞(寧碩反)(二十)娑吒波(二合)囉蜜多(引)(二十一)波唎布(引)囉抳(二十二)薩婆怛他𮓌多纈哩(二合)馱野(引)(二十三)地瑟吒(二合、引)曩(二十四)地瑟恥(二合)多(二十五)摩賀(引)母𭝎𭋸(二合轉舌引)(二十六)嚩日囉(二合)迦(引)野(二十七)僧賀多曩尾秫第(二十八)薩嚩(引)嚩囉拏(鼻引)(二十九)波耶突㗚(二合)揭底跛唎秫弟(三十)鉢囉(二合)底𩕳𮧬(脫發反轉舌)阿多野(去引)欲秫弟(三十一)三(去)麼野(引)地瑟恥(二合)帝(三十二)麼𩕳摩賀麼𩕳(三十三)怛闥多(去引)部(引)多(三十四)句(引)知跛哩秫弟(三十五)尾娑普(二合)吒沒池秫弟(三十六)惹野尾惹野尾惹野(二合)(三十)娑麼(二合)囉娑麼(二合)囉(三十九)薩嚩沒馱(引)地瑟恥(二合)多秫弟(四十)嚩曰𭋸(二合)嚩日囉(二合)𮓌陛(引)(四十一)嚩曰覽(二合、引)婆(去引)嚩覩麼麼(自稱名姓姓名,若緣諸事誦亦稱亦稱之事)舍唎嚂𡄳嚩薩埵南(四十三)者迦耶跛唎秫第(四十四)薩嚩誐底跛哩秫第(四十五)薩嚩怛他(去引)𮓌多(去引)室者銘(四十六)三(去)麼(引)濕嚩(二合)娑演覩(四十七)薩嚩怛他(去引)𮓌多(四十八)三(去)麼(鼻引)濕嚩(二合、引)娑(引)地瑟恥(二合)帝(四十九)沒地野(二合)(五十)尾冐(引)馱野尾冐(引)馱野(五十一)三滿多跛哩秫弟(五十二)薩嚩怛他(去引)𮓌多纈哩(二合)馱野(引)(五十三)地瑟姹(二合、引)曩(引)地瑟恥(二合)多摩賀(引)母捺𭋸(二合轉舌引)薩嚩(二)賀(引)

南無、(引) 世尊(無可反。以下同) 様(引)(一句) 他に (二引轉合古) 路(引) 枳也(二合) 波羅(二合) 底(丁以反) 尾始瑟吒(二合、引) 也(三) 佛陀(引) 様 世尊(去)(四) 即ち (二合) 是の如く(去引)(五) オーン(引) 清めてよ清めてよ(六) 平等平等 遍く(去) 満ちる(去引) 輝き(七) 広く行き渡りて 語り 嬉しさ(八) 自ら(二合) 有る(去引) 輝き 清める(九) 高き(上) 頂き(正謹反) 注ぎ(一本六者) 我を(莫敢反引) 善き(十) 願い 言葉(隹上) にて(引)(十一) 不死(二合轉舌) の(去引) 聖水(所戒反引) を(居又反引)(十二) 清め(去引) よ(十三) 長寿(羊主反) を 授ける(引) 者(尼勅止反)(十四) 清めてよ清めてよ(十五) 虚空 の 輝き 清める(十六) 頂髻 の 光明 清める(十七) 千 の(二合) 光明(羅字聲轉舌) を 現す(一本云注) 者(左以反 同)(十八) 一切 の 如来(去引)(十九) を 見る(寧碩反)(二十) 六 波羅蜜(二合) を 満たす(引)(二十二) 一切 の 如来 の 真実(二合) の(引)(二十三) 教え(二合、引) に 住する(二合)(二十五) 大いなる(引) 印(二合轉舌引)(二十六) 金剛(二合) の 身体(二十七) を 打ち砕く 輝き 清める(二十八) 一切(引) の 煩悩(鼻引)(二十九) 悪趣 の 過ち を 清める(三十) まさに(二合) 我に 清らか(脫發反轉舌) ならしめる(去引) 清め(三十一) 三昧(去) に 住する(二合)(三十二) マニ 大 マニ(三十三) 真実 の(去引) 存在(引)(三十四) を知る 清め(三十五) 遍く輝く 清め(三十六) 勝利 勝利 勝利(二合)(三十七) 憶えよ憶えよ(二合)(三十九) 一切 の 仏 の 教え 清める(四十) 金剛 金剛 の 尊き者(二合)(四十一) 金剛(二合、引) と あれ 我(自稱名姓姓名、 若諸事業唱亦稱之事) と 一切 の 生きとし生けるもの(四十三) この 身体 を 清める(四十四) 一切 の 境地 を 清める(四十五) 一切 の 如来 の 心髄(四十六) 三昧(去) を 現せ(二合)(四十七) 一切 の 如来(四十八) 三昧(鼻引) を 現して(二合、引) 住せしめたもう(二合)(四十九) 菩提(二合)(五十) の 智慧 清めてよ清めてよ(五十一) 遍く 清める(五十二) 一切 の 如来 の 真実(二合) の(引)(五十三) 教え に 住する 大いなる(引) 印(二合轉舌引) を 一切(二) 清め 終えたり(引)

加句靈驗尊勝陀羅尼記一卷

一句霊験尊勝陀羅尼記 一卷

佛頂尊勝陀羅尼加字具足本

仏頂尊勝陀羅尼加字具足本

曩謨(引)婆(去引)誐嚩帝(引)怛𡃤(二合、引)枳也(二合)鉢羅(二合)底尾始瑟吒(二合)野 沒馱(引)野婆(去)誐嚩帝(引)怛儞也(二合)他(引)唵尾戍(引)馱野尾戍(引)馱野娑(上)麼(鼻)娑麼三(去)滿跢(去引)嚩婆(去引)娑 娑頗(二合)囉拏(鼻)誐底誐賀曩 娑嚩(二合)婆(去引)嚩尾秫第 阿(上)鼻詵左都𤚥素誐跢 嚩囉嚩左曩(引)阿蜜㗚(二合)哆鼻曬(引)罽(引)摩賀(引)曼怛囉(二合)跛乃(引)阿(去引)賀囉阿(去引)賀囉 阿(去引)庾散馱(引)囉抳戍(引)駄野戍(引)馱野 誐誐曩尾秫第 鄔瑟抳(二合)灑尾惹野尾秫第 娑賀娑囉(二合)囉濕茗(二合)散祖儞帝 薩囉嚩(二合)怛他(去引)誐跢 嚩路(引)迦𩕳沙(上)吒播(二合、引)囉弭哆(去引)跛哩布(引)囉抳 薩囉嚩(二合)怛他(去引)誐哆紇哩(二合)娜野(引)地瑟姹(二合)曩(引)地瑟恥(二合)多 摩賀(引)母捺哩(二合、引)嚩日囉(二合)迦(引)野 僧賀多(上)曩尾秫弟 薩囉嚩(二合、引)嚩囉拏(鼻引)播野訥𮓌底跛哩尾秫弟 鉢囉(二合)底(去引)𩕳𮧬囉跢(二合)野阿欲秫第 三(去)麼野(引)地瑟恥(二合)帝 麼抳麼抳摩賀麼抳 怛闥哆(去引)部多句(引)致跛哩秫弟 尾娑普(二合)吒沒地秫弟 惹野惹野尾惹野尾惹野 娑麼(二合)囉娑麼(二合去)囉 薩囉嚩(二合)沒駄(引)地瑟恥(二合)多秫弟 嚩曰哩(二合、引)嚩日囉(二合、引)𮓌陛 嚩曰囕(二合、引)婆(去引)嚩覩麼麼(稱名)設哩嚂薩囉嚩(二合)薩怛嚩(二合、引)難(上引)左迦(引)野跛哩尾秫第 薩囉嚩(二合)誐底跛哩秫弟 薩囉嚩(二合)怛他𮓌多(去引)室者(二合)銘 三(去)麼(引)濕嚩(二合、引)娑琰覩 薩囉嚩(二合)怛他(去引)𮓌多 三(去)麼(鼻引)濕嚩(二合)娑(去引)地瑟恥(二合)帝沒地野(二合)沒地野(二合)尾沒地野(二合)尾沒地野(二合)冐馱野冐馱野 尾冐馱野尾冐馱野 三(去)滿跢跛哩秫第 薩囉嚩(二合)怛他(去引)𮓌哆紇哩(二合)娜野(引)地瑟姹(二合)曩地瑟恥(二合)多摩賀(引)母捺哩(二合)娑嚩(二合)賀

南無、まことに尊き仏陀よ。 (清らかな功徳をそなえた方、完成された方よ。)

その方(仏陀)の真言は、 「トゥヤター オン シュダヤ シュダヤ  ソーマ ソーマ サマンダ ババサ  スパラナ ガテ ガハナ  スワバワ ヴィシュッデ  アビシンチャトゥ マーム  スガタ ヴァラバチャナ  アムリタ ビシカイ  マハー・マントラ・パダイ  アハラ アハラ  アユ・サンダラニ  シュダヤ シュダヤ  ガガナ・ヴィシュッデ  ウシュニーシャ・ヴィジャヤ・ヴィシュッデ  サハスラ・ラシュミ・サムチョーディ  サルヴァ・タターガタ  ヴァローカニ  カシュタパラミタ  パリプーラニ  サルヴァ・タターガタ  フリダヤ  アディシュターナ・アディシュティタ  マハー・ムドラー  ヴァジュラ・カーヤ  サンハターナ・ヴィシュッデ  サルヴァ・ヴァラナ  パーパ・ダグディ  パリ・ヴィシュッデ  プラティ・ニルヴァルタヤ  アーユ・ヴィシュッデ  サマヤ・アディシュティテ  マニ マニ  マハー・マニ  タターガタ・ブータ・コーティ  パリ・ヴィシュッデ  ヴィスプタ・ブッダ  ヴィシュッデ  ジャヤ ジャヤ  ヴィジャヤ ヴィジャヤ  スマラ スマラ  サルヴァ・ブッダ  アディシュティタ・ヴィシュッデ  ヴァジュリ ヴァジュラ・ガルベ  ヴァジュラム・バワトゥ ママ  シャリラム・サルヴァ・サットワーナンチャ  カーヤ・パリ・ヴィシュッデ  サルヴァ・ガティ・パリ・ヴィシュッデ  サルヴァ・タターガタ  シカメ  サマーシュワーサヤントゥ  サルヴァ・タターガタ  サマーシュワーサ  アディシュティテ  ブッディヤ ブッディヤ  ヴィブッディヤ ヴィブッディヤ  ダヤ ダヤ  ヴィダヤ ヴィダヤ  サマンタ・パリ・ヴィシュッデ  サルヴァ・タターガタ  フリダヤ  アディシュターナ・アディシュティタ  マハー・ムドラー  スワハー」

(この真言の清らかな功徳によって、自らの心身が清められ、すべての如来の加護と智慧が得られることを願います。)

此陀羅尼本,中天竺三藏善無畏將傳此土。凡漠地佛陀波毛來流傳佛諸本並闕山,是故具本譯出流行。

この陀羅尼の経典は、中天竺の三蔵・善無畏がこの地(唐の国)に伝えようとしたものです。漢地(中国)に、仏陀(覚者)が毛(髪の毛)をもって伝えた仏典の諸本には、いずれも欠落がありました。それゆえ、完全な経典を訳出して世に広めることにしました。


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