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  1. 仏説摩訶迦葉度貧母経 (佛說摩訶迦葉度貧母經)
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仏説摩訶迦葉度貧母経 (佛說摩訶迦葉度貧母經)

「佛說摩訶迦葉度貧母經」について

劉宋 · 底本の訳者:求那跋陀羅

1,712 字 · 約 6 分

仏陀が説かれた『摩訶迦葉度貧母経』は、劉宋時代の訳師・求那跋陀羅によって漢訳されました。この経典は初期仏教の経典に属し、仏陀の弟子である摩訶迦葉尊者が、貧しく苦しむ老母を救うために、神通力と智慧を用いて彼女の施しの心を目覚めさせ、最終的に老母が悟りの境地に至るまでの教化の過程を記しています。経文は、慈悲をもって世を救い、平等に衆生を救済するという核心的な教えを明らかにし、清らかな心で行う施しの功徳は、物質的な量の多さに勝ることを強調しています。この経典は漢伝仏教において重要な位置を占めており、菩薩の行者が四摂法を実践する模範であるとともに、仏法がどんな衆生も見捨てないという具体的な現れを明らかにし、修行者に分別と執着を打ち破る実践的な指針を提供しています。


佛說摩訶迦葉度貧母經

仏説摩訶迦葉度貧母経

宋于闐國三藏求那跋陀羅譯

宋于闐国三蔵求那跋陀羅訳

聞如是:

私がこのように聞きました。

一時,佛在舍衛國度於君民,與除饉眾、菩薩大士、天、龍、鬼神、世間人民無央數,眾會聽經。

あるとき、仏は舎衛国で君臣や民衆を導いておられました。飢えを除く修行者たち、菩薩大士、天、龍、鬼神、世間の人々など、数えきれないほどの大勢が集まり、教えを聞いていました。

是時,摩訶迦葉獨行教化到王舍城,常行大哀福於眾生,捨諸豪富而從貧乞。摩訶迦葉時欲分衛,若其未行,先三昧正受:「何所貧人,吾當福之?」即入王舍大城之中。見一孤母最甚貧困,在於街巷大糞聚中,傍鑿糞聚以為巖窟,羸劣疾病常臥其中,孤單零丁無有衣食,便於巖窟施小籬以障五形。迦葉三昧知此人宿不植福,是以今貧,知母壽命終日在近:「若吾不度,永失福堂。」

そこで、摩訶迦葉はひとりで人々を導きながら王舎城へ向かっていました。いつも大きな慈悲をもって人々に福を施し、豊かな者たちを避けて貧しい人々から托鉢を受けておられました。摩訶迦葉は托鉢に出ようとするとき、まず瞑想に入って、「どの貧しい人に福を施すべきか」と心を静められました。そして王舎の大城へ入っていきました。そこに、ひとりの孤独な老女がいました。極めて貧しく、街の大通りにある糞の山の中に、その山を削って洞窟のような住まいを作り、弱り衰え病に苦しみながらいつもそこに横たわっていました。身寄りもなく、食べ物も着る物もなく、その洞窟に小さな垣根を巡らせて、かろうじて身を隠しておりました。迦葉は瞑想によって、この人が過去世で福を積まなかったために今貧しいのだと知り、またこの老女の命の終わりが間近であることを知りました。「もし私がこの人を救わなければ、永遠に福の世界を失ってしまうだろう」と思われたのです。

母時飢困,長者青衣而棄米汁,臭惡難言,母從乞之,即以破瓦盛著左右。摩訶迦葉到其所,呪願言:「且多少施我,可得大福。」

母はその時、飢えと苦しみに陥っていました。長者の召使いの女が、米の汁を捨てようとしていて、その臭さは言いようもありませんでした。母はそれを乞い求め、召使いは割れた瓦に注いで、母の左右に置きました。そこへ摩訶迦葉がやって来て、祈りの言葉を唱えました。「どうか少しでも私に施してください。大きな福を得ることができますように。」

爾時,老母即說偈言:

そのとき、老母はすぐに次の詩を唱えました。

「舉身得疾病, 孤窮安可言?
一國之最貧, 衣食不蓋形。
世有不慈人, 尚見矜愍憐,
云何名慈哀, 而不知此厄?
普世之寒苦, 無過我之身,
願見哀矜恕, 實不為仁惜。」

身体を病に冒され、孤独で貧しい私のことを、どうして語ることができましょうか。 国で最も貧しく、食べ物や着る物も体を覆うことができません。 世の中には慈しみのない人でも、なお哀れみ憐れんでくれることがあります。 まして「慈しみ深い」と呼ばれる方が、どうしてこの苦しみをご存じないことがありましょうか。 世のすべての寒さと苦しみも、私の身の上を超えるものはありません。 どうか哀れみお許しください。決して仁慈を惜しんでいるのではありません。

摩訶迦葉即答偈言:

摩訶迦葉はすぐに偈でお答えになった。

「佛為三界尊, 吾備在其中,
欲除汝飢貧, 是故從貧乞。
若能減身口, 分銖以為施,
長夜得解脫, 後生得豪富。」

仏は三界の尊きお方であり、私もその教えの中にあります。 あなたの飢えや貧しさを取り除きたいと願い、それゆえに貧しい方からも托鉢を受けます。 もし身と口を慎み、わずかなものをも分け与えて施しをするならば、 長きにわたる苦しみから解脱し、来世には豊かで立派な者となれるでしょう。

爾時,老母重說偈言:

そのとき、老母は再び詩を唱えました。

「實如仁所言, 生世無功德,
今在糞窟中, 不淨塗其身。
飲食無分米, 羸形而不覆,
如今之極貧, 施意與願違。」

「あなたのおっしゃる通りです。 この世に生きる者は功德がなく、 今は糞の窟の中にいて、不浄を身に塗っています。 飲食物もわずかで、やせ細り体も覆えず、 今のこの極貧のありさまは、施しの心と願いが食い違っているかのようです。」

摩訶迦葉重說偈言:

摩訶迦葉は、改めて次のように述べました。

「母說處不悅, 飢窮無以施,
若其有施意, 此則不為貧。
若復知慚羞, 此則著法衣,
如母此二事, 衣食為備足。
世有顓愚人, 俗衣寶穀多,
無慚不念施, 計後此大貧。
惶荒設福德, 可謂為希有,
信哉罪福眾, 至誠不虛說。」

母は施し処の不悦を説きたまえり、 飢えて窮まり施す術もなし。 されど施さんとする心あらば、 これすなわち貧しきにあらず。 また慚愧の心を知らば、 これすなわち法衣を著るなり。 母のこの二つの事のごとく、 衣食は備わり足れり。 世に愚かなる人ありて、 俗衣と宝穀と多けれど、 慚れなく施しを念わず、 後には大いなる貧しみを計る。 慌ただしく福德を設くるは、 希有なりと謂うべし。 信じたまえ、罪福の集まりは、 至誠にして虚しからざるを。

爾時,老母聞偈歡喜,心念前日有臭米汁,欲以施之則不可飲,遙啟迦葉:「哀我,受不?」

そのとき、老母はこの偈を聞いて喜び、心に思いました。「先日、臭くなった米の汁があった。それを差し上げたいけれど、とても飲めないものだ。遠くから迦葉に申し上げよう。『どうか哀れんで、お受けくださいませんか』」と。

摩訶迦葉答言:「大善!」

摩訶迦葉はお答えしました。「それは本当によいことです。」

母即在窟匍匐取之,形體裸露不得持出,側身僂體,籬上授與。迦葉受之,尊口呪願:「使蒙福安。」

母は窟の中を這ってそれを取りましたが、体が裸で外に持ち出せず、体を横にし、かがんで、垣根越しに差し出しました。迦葉はこれを受け取り、尊いお言葉で願を唱えました。「どうか福に包まれ安らかでありますように。」

迦葉心念:「若吾齎去著餘處飲之者,母則不信,謂吾棄之。」即於母前飲訖,盪鉢,還著布囊中。

迦葉は心に思った。「もし私がここから持ち去って他の場所で飲んだなら、母は信じず、私が捨てたと思うだろう。」そこで母の前で飲み干し、鉢を洗って、布の袋の中に戻した。

於是老母特復真信。迦葉自念:「當現神足,令此母人必獲大安。」即沒入地,更在虛空身出水火:半身以上現其水出,半身以下復現火出。又復變化改易,飛騰虛空,從其東出沒於西方,南北亦爾。

そこで老母はますます深く信仰を固めた。迦葉はこう考えた。「神通力を示して、この母をきっと大きな安らぎに導こう。」そこで大地に没し、虚空に現れ、身から水と火を出した。半身からは水を出し、半身からは火を出した。さらにさまざまに姿を変え、虚空を飛び、東から現れては西に消え、南と北でも同じことをした。

時,母人見此踊躍,一心長跪遙視迦葉。迦葉告曰:「母今意中所願何等,世間豪富、轉輪聖王及四天王、釋梵諸天?若復欲得須陀洹、斯陀含、阿那含、阿羅漢、辟支佛?若復欲得阿耨多羅三藐三菩提、阿惟三佛者?悉可得果其願。」爾時,母人厭於世苦,聞天堂上審為快樂,即啟迦葉:「願以微福得生天上。」於是,迦葉忽然不現。老母數日壽終,即生第二忉利天上,威德巍巍,震動天地,光明挺特,譬如七日一時俱出照曜天宮。

そのとき、母はこの光景を見て踊り上がるほど喜び、一心に長くひざまずいて、遠くから迦葉を仰ぎ見ていました。迦葉は告げました。「母よ、今あなたの心にある願いとは何ですか。世の中の富や栄華、転輪聖王、四天王、帝釈天や梵天の神々でしょうか。それとも、須陀洹、斯陀含、阿那含、阿羅漢、辟支仏の悟りでしょうか。あるいは、無上の正しい悟り、仏の境地でしょうか。どんな願いも、すべて果たすことができます。」そのとき、母はこの世の苦しみに疲れ果て、天の世界こそ本当に楽しみに満ちていると聞いて、迦葉に申し上げました。「わずかな功徳によって、天に生まれられますように。」すると、迦葉はたちまち姿を消しました。老いた母は数日後に命を終え、すぐに第二の忉利天に生まれました。その威厳と輝きは高くそびえ、天地を揺るがし、光明は際立って、まるで七つの太陽が一度に昇って天の宮殿を照らすかのようでした。

釋提桓因即自驚悸:「何所人者福德感動,將無此間有勝吾者?」即以天眼觀,此天女福德使然。釋提桓因即偈問言:

釈提桓因は驚き、心が騒いだ。「いったいどんな人だろう、その福德の力でこのようなことが起きるとは。まさかこのあたりに私を超える者がいるのだろうか」と。そこで天眼で観察すると、この天女の福德の力によるものだとわかった。釈提桓因はすぐに偈をもって問いかけた。

「此女從何來? 大光明照曜,
譬如七大日, 一時俱出現;
震動吾宮殿, 威德難可當,
本修何福德, 得來昇此天?」

「この女はどこから来たのか。 大きな光明が照り輝き、 まるで七つの太陽が いっときに現れたかのようだ。 わが宮殿を揺り動かし、 その威徳はとても耐えられない。 いったいどんな福德を積んだので、 この天に昇って来ることができたのか。」

是時,天女答帝釋偈言:

そこで、天女は帝釈天に次のように答えた。

「本在閻浮提, 糞窟不淨中,
羸老兼疾病, 衣食不充備。
三千大千土, 釋迦文佛尊,
次有大弟子, 名摩訶迦葉。
哀矜從母乞, 說法我心歡,
貢其臭米汁, 施少獲願多。
一心供福地, 願欲生天上,
棄身糞窟中, 來生忉利天。」

ここは閻浮提の、汚れた糞の穴の中。 やせ衰え、老い、病にも冒され、衣食も満ち足りない。 三千大千の世界に、釈迦文仏という尊い方がおられ、 その次に大きな弟子がいて、名を摩訶迦葉という。 母をあわれんで物乞いをし、法を説いてくれたことを私は喜んだ。 臭い米の汁を差し出し、わずかな施しで多くの願いを得た。 一心に福の地に供養し、天上に生まれたいと願った。 身を糞の穴の中に捨て、忉利天に生まれ変わった。

爾時,天女即自念言:「此之福報緣其前世供養迦葉所致,假令當以天上珍寶種種百千施上迦葉,猶尚未報須臾之恩。」即將侍女持天香華忽然來下,於虛空中散迦葉上,然後來下五體投地。禮畢却住,叉手歎曰:

そのとき、天女はこう心に思いました。「この幸せな報いも、前世で迦葉さまをお供えしたおかげである。たとえ天上の珍宝を幾百幾千と迦葉さまに差し上げたとしても、ほんの一瞬のご恩にもまだ報いることはできないでしょう。」そこで侍女たちを連れ、天の香花を持って、ふいに降りてきました。空中から迦葉さまの上に花を散らし、それから降りてきて五体投地しました。礼拝が終わると、うしろに控えて、両手を合わせてほめたたえました。

「大千國土, 佛為特尊, 次有迦葉,
能閉罪門。 昔在閻浮 糞窟之前,
為其貧母, 開說真言。 時母歡喜,
貢上米𤄜, 施如芥子, 獲報如山。
自致天女, 封受自然, 是故來下,
歸命福田。」

大いなる世界にあって、仏こそ最も尊いお方であり、次に迦葉がおられます。迦葉は罪の門を閉ざすことができました。かつて閻浮提の糞窟の前で、貧しい母のために真の教えを説かれました。母は喜び、米の粥を捧げました。芥子粒ほどの施しでしたが、山のような報いを受けました。自ら天女となり、自然に封じられました。それゆえにここに降り、福田に帰依いたします。

天女說已,即與侍從俱還天上。然後帝釋心念:「此女於閻浮提臭惡之中,以其米汁供養迦葉乃致此福,迦葉大哀,但福劣家不及大姓。當作良策,於閻浮提詣迦葉所,興設福祐。」釋提洹因即與天后,持百味食盛小瓶中,下詣王舍大城巷邊作小陋屋,變其形狀似于老人,身體痟瘦僂行而步,公妻二人而共織席,自現貧窮乞人之狀,不儲飲食、穀、帛之具。

天女がこう語り終えると、すぐに侍従たちとともに天上へ帰っていった。そこで帝釈天は心に思った。「この女は閻浮提の臭く汚れた中にあって、その米の汁を迦葉に供養したおかげで、このような福を得た。迦葉は大いなる哀れみの人だが、ただ福は劣った家に及んで、大きな姓の家には及ばない。よい策を考えて、閻浮提の迦葉のもとへ行き、福の利益を施そう。」そこで釈提桓因は天后とともに、百味の食べ物を小さな瓶に盛り、王舎の大城の路地の隅に小さなみすぼらしい家を構え、その姿を変えて老人のようになり、体はやせ細り、背を曲げて歩き、妻と二人でともにござを織り、みずから貧しい乞食の姿を現し、飲食物や穀物、絹布の類をたくわえなかった。

摩訶迦葉後行分衛,見此貧人而往乞食。公言:「至貧無有,如何?」迦葉呪願,良久不去。

摩訶迦葉は托鉢に出て、この貧しい人を見かけると、食べ物を乞うためにその家へ向かいました。その人は「うちはとても貧しくて何もありません。どうしましょうか」と言いました。しかし迦葉は願いを込めた言葉を唱え、長い間その場を立ち去ろうとしませんでした。

公言:「我等夫妻甚老,織席不暇,向乞少飯,適欲食之。聞仁慈德,但從貧乞欲以福之。今雖窮困,意自割捐,以施賢者,審如所云令吾得福。」天食之香非世所聞,若豫開瓶苾芬之香,迦葉覺之,全不肯取。即言:「道人!弊食不多,鉢來取之。」

夫婦は言った。「私たち夫婦はとても年老いており、むしろを織る暇もありません。少しの飯を乞うておりましたところ、ちょうど食べようとしておりました。あなたの仁慈の徳を聞き、貧しい者から乞うて福を得させようとされていると知りました。今は貧しく困っていても、心から惜しみなく施しをいたしましょう。どうかおっしゃる通り、私たちが福を得られますように。」天の食べ物の香りは世に聞くものではなく、あらかじめ瓶を開けたかのような芳しい香りがした。迦葉はそれを感じ取り、どうしても受け取ろうとしなかった。そこで言った。「道人よ、粗末な食べ物は多くありません。鉢を持ってきてお取りください。」

迦葉鉢取受呪願:「施家其香普熏王舍大城及其國界。」迦葉即嫌其香無量,即便三昧思惟其本,方坐三昧,公及母還復釋身,逕疾飛去,空中彈指歡喜無量。迦葉思惟即知帝釋化作老公,而為此變,欲增福祚。「吾今已受,不宜復還。」迦葉讚言,「善哉!帝釋!種福無厭,忍此醜類,來下殖福,必獲影報。」帝釋及后倍復欣踊。是時,天上伎樂來迎,帝釋到宮倍益歡喜。

迦葉が鉢を受け取って呪願を唱えた。「施主の家の香りが、王舎城とその国境にまで広く薫りますように。」

迦葉はその香りが無量であることを不思議に思い、さっそく三昧に入ってその理由を思惟した。ちょうど座って三昧に入ったとき、老公とその妻は再び帝釈天の姿に戻り、まっすぐに飛び去っていった。空中で指を鳴らし、喜びは計り知れなかった。

迦葉は思惟して、帝釈天が老公に変身してこのような神通を示したのだと知った。福徳を増やそうとしたのである。「私はすでに受け取った。返すべきではない。」

迦葉は讃えた。「善哉、帝釈天よ。福を種えることに飽きることなく、この醜い姿を堪え忍んで、はるばる福を植えに来られた。必ずその報いを得られるでしょう。」

帝釈天と后は、いっそう喜び躍った。そのとき、天上の伎楽が迎えに来て、帝釈天は宮殿に着くと、さらに喜びを増した。

佛告阿難:「此貧母人,一切世間無能及者,惠雖微少,福報甚多,以其苦厄興至心故,致無量福,福應之報。釋提桓因天上自恣,而捨豪尊來下殖福,獲報難量,是以,如來說檀第一。閻浮提人愚癡可矜,其如此比有少少耳,汝當廣宣如來真言。」
佛說是時,天、龍、鬼神、四輩弟子、比丘僧,興設大福而至達嚫,願及眾生,隨其志願皆得果報。
佛說經已,一切眾會莫不欣樂,稽首作禮。
佛說摩訶迦葉度貧母經

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