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菩提場所説一字頂輪王経 (菩提場所說一字頂輪王經)


菩提場所說一字頂輪王經卷第二

菩提場で説かれた一字頂輪王経 巻第二

開府儀同三司特進試鴻臚卿肅國公食邑三千戶賜紫贈司空諡大鑒正號大廣智大興善寺三藏沙門不空奉 詔譯

開府儀同三司・特進・試鴻臚卿・肅国公・食邑三千戸・紫衣賜与・司空

畫像儀軌品第三

第三品 画像の儀軌

爾時,釋迦牟尼佛以佛眼觀一切眾生界,告金剛手祕密主言:「祕密主!為有情利益故,我今說大明王儀軌,一切佛所說,一切世間、出世間真言明像中上上。佛頂輪王本身形狀能滅一切罪,令一切有情得大涅槃,以殊勝三摩地佛色身變化而現。我今說世尊佛頂輪王畫像法:

さて、釈迦牟尼仏は仏の眼で一切の衆生の世界を見渡し、金剛手秘密主に告げられました。「秘密主よ、生きとし生けるものの利益のため、私は今、大いなる明王の儀軌を説こう。これはすべての仏によって説かれ、すべての世間的・出世間的な真言や明の形の中でも、最も優れたものである。仏頂輪王そのものの姿形は、すべての罪を滅し、一切の生きとし生けるものを大いなる涅槃へ導く。それは、殊勝な三昧によって仏の色身が変化して現れたものである。私は今、世尊仏頂輪王の描き方を説こう。」

「修行者先應入曼茶羅,從師受得印契儀軌,曾入佛頂輪王壇、或無能勝忿怒壇、或勝佛頂壇,見三三昧耶,得受灌頂。得阿闍梨印可,無上涅槃道入修行,當依儀軌應作先行,先行已然後畫像。令婆羅門童女大族姓生者授與齋戒,縒縷令織。依教織緤、或依餘教、或如來部所說,長六肘、橫四肘——若不辦,五肘亦得。或緣畫像要買物者,勇士不應酬價。其緤織已,以香水洗之,擇去毛髮。

修行者は、まず曼荼羅に入るべきである。師から印契や儀軌を授かり、仏頂輪王壇、あるいは無能勝忿怒壇、勝仏頂壇にすでに入り、三三昧耶を観じて灌頂を受けた者であること。阿闍梨の認可を得て、無上の涅槃道に入って修行するならば、儀軌に従って先行すべきである。先行を終えてから、その後で画像を作る。バラモンの童女、大族の生まれの者に斎戒を授け、糸をより合わせて織らせる。教えに従って布を織るか、あるいは他の教え、または如来部の説くところに従い、長さ六肘、横四肘とする。もし用意できないなら、五肘でもよい。また、画像のために材料を購入する場合には、勇士は値段を交渉してはならない。その布を織り終えたら、香水で洗い、毛や髪の毛を取り除く。

「其畫像應用佛神通三長齋月白分,取具諸根畫匠淨信三寶者,先令澡浴清淨,著新淨衣,授與八戒,然後令畫。應擇端嚴順吉祥宿曜時日,或於山間、或巖窟、或於牛欄、或於佛堂精室、或聖賢得道處、離臭穢有蟲水地處,置㡧應畫。

その仏像を描くには、仏の神通力をもって三長斎月の白分の時に行うべきです。 完全な感覚器官を備え、三宝を清らかな信心で敬う絵師を選び、まず沐浴して身を清めさせ、新しい清らかな衣を着せ、八斎戒を授けた上で描かせなさい。 吉祥をもたらす宿曜や時日を選び、山の中、岩窟、牛舎、仏堂や清らかな部屋、あるいは聖賢が悟りを得た場所で、かつ悪臭や虫や汚れた水のない場所に、画帳を掛けて描くべきです。

「先於中畫佛世尊坐師子座,其座種種寶莊嚴,作說法相,普遍爓光如輪圍遶,從頂流出種種光明,佛具大丈夫相,倚菩提樹。

まず中央に、仏世尊が獅子座に座しておられる姿を描く。その座は種々の宝で飾られ、説法の姿を示している。周囲には炎の光が普遍に巡り、頭頂からは様々な光明が流れ出ている。仏は大丈夫の相を備え、菩提樹に寄りかかっておられる。

「其菩提樹有種種葉,如真多摩尼樹,或於枝繫繒綵、或繫吠琉璃寶、或繫菓、或繫鈴鐸、或繫天妙菓、或垂雲降雨、或種種花菓、或菩提樹牙、或真珠、吠琉璃、車𤦲、珊瑚、玉,皆畫於上。或樹上有吉祥鳥眾坐於枝間,或作種種葉,雲電降雨,枝葉相交。作如是大菩提劫樹,世尊兩肩後倚著其樹。

その菩提樹には様々な種類の葉があり、それはまるで真多摩尼樹のようであった。枝には色鮮やかな絹の飾りや、吠琉璃の宝、果実、鈴、天の見事な果実が結ばれ、あるいは雲が垂れ込めて雨を降らせ、あるいは種々の花や果実が実り、菩提樹の若芽、真珠、吠琉璃、車𤦲、珊瑚、玉などが、すべてその上に描かれていた。また、木の上には吉祥鳥の群れが枝の間に座っており、葉を様々に作り、雲や稲妻、雨を降らせ、枝や葉が交わり合っていた。このように、大いなる菩提劫の樹が作られ、世尊はその両肩を背後からその木に寄りかからせていた。

「佛右邊轉輪大王,如輪王形,坐白蓮花,作觀佛勢,其身金色,周遍光明,七寶成就——唯輪寶以光圍遶在蓮花上——釋迦牟尼佛復觀頂輪王。

仏の右側にいる転輪大王は、輪王の姿をしており、白い蓮の花の上に座り、仏を観想する姿勢をとっています。その身は金色で、周りには光が満ち渡り、七宝が成就しています。ただ、輪宝だけは光に囲まれて蓮の花の上にあります。その時、釈迦牟尼仏はさらに頂輪王を観想されました。

「於佛左邊不遠畫白傘蓋頂王,如大王形,其身金色,坐在蓮花上,手持蓮花,目觀輪王。去白傘蓋頂王不遠畫高頂王,形如大王,坐白蓮花上,手持俱緣果,瞻睹輪王。去頂輪王不遠不近畫光聚頂王,坐白蓮花上,種種光明圍遶,在熾盛光明中坐,身作金色,手持真多摩尼寶。於光聚佛頂王下畫持誦者,䠒跪而坐,瞻仰頂輪王。輪王舒手作施願印,顧視持誦者。近光聚頂王,圓光不相掩,應畫勝佛頂,身形金色,左手持寶,右手施願,目觀輪王。如是等悉皆是佛頂王,各各形如大王,各有熾盛光爓,悉皆金色,坐白蓮花上。

仏の左側、遠くないところに白傘蓋頂王(びゃくさんがいちょうおう)を、大王の姿で描くこと。その体は金色で、蓮華の上に座り、手に蓮華を持ち、その目は輪王(りんのう)を見つめている。白傘蓋頂王から遠くないところに高頂王(こうちょうおう)を、大王のような姿で、白い蓮華の上に座り、手に俱縁果(くえんか)を持ち、輪王を仰ぎ見ている。頂輪王(ちょうりんのう)から遠くも近くもないところに光聚頂王(こうじゅちょうおう)を、白い蓮華の上に座り、さまざまな光明に囲まれ、盛んに輝く光の中に座っている姿で描くこと。その体は金色で、手に真多摩尼宝(しんたまにほう)を持っている。光聚頂王(こうじゅちょうおう)の下には、読誦者(どくじゅしゃ)を、跪いて座り、頂輪王を仰ぎ見る姿で描くこと。輪王は手を伸ばして施願印(せがんいん)を結び、読誦者に視線を向けている。光聚頂王の近く、その円光(えんこう)が重ならないように、勝仏頂王(しょうぶつちょうおう)を描くこと。その体は金色で、左手に宝を持ち、右手で施願の印を結び、その目は輪王を見つめている。これらはすべて、仏頂王(ぶっちょうおう)たちである。それぞれが大王のような姿で、それぞれ盛んに輝く炎を放ち、すべて金色であり、白い蓮華の上に座っている。

「佛右邊應畫普賢菩薩,手持白𤛆拂;佛左邊畫慈氏菩薩,手執白拂。此二菩薩比佛身量稍小。佛前應畫聖觀自在菩薩、金剛手祕密主菩薩,各坐寶蓮花上,皆悉合掌,作禮佛勢。

仏の右側には普賢菩薩を描くべし。手に白い牝牛の尾で作った払子を持つ。仏の左側には慈氏菩薩を描くべし。手に白い払子を持つ。この二菩薩の身の大きさは、仏よりやや小さくする。仏の前には聖観自在菩薩と金剛手秘密主菩薩を描くべし。それぞれ宝の蓮華の上に座し、皆、合掌して仏に礼拝する姿をなす。

「近普賢菩薩應畫文殊師利童真菩薩、無垢慧菩薩、寂靜慧菩薩、無盡慧菩薩、虛空藏菩薩、虛空無垢菩薩、大慧菩薩……,如是等大菩薩次第而畫,各各合掌坐蓮花上,作禮佛勢。已次漸小,身形寂靜,皆作金色,種種莊嚴,以綃縠為裙衣。

普賢菩薩の近くには、文殊師利童真菩薩、無垢慧菩薩、寂静慧菩薩、無尽慧菩薩、虚空蔵菩薩、虚空無垢菩薩、大慧菩薩……といった大菩薩たちを順に描くこと。それぞれ合掌して蓮華の上に座り、仏に礼拝する姿勢をとっている。そして順に少しずつ小さくなり、姿は静かで、すべて金色に輝き、様々な装飾を身につけ、絹の薄絹を裙や衣としている。

「次,慈氏菩薩不遠不近應畫佛眼明妃,形如女天,坐寶蓮花,種種莊嚴,身如金色,目觀眾會,著輕縠衣,角絡而披,右手持如意寶,左手施願,圓光周遍,熾盛光明,身儀寂靜。去佛眼聖尊不遠應畫佛毫相尊,如女天形。有何差別?右手持蓮華,左手施願,目觀輪王。近佛眼尊下應畫孫那唎大明妃,形如天女,種種瓔珞莊嚴,其身青色,手執蓮花,坐於寶山,觀佛世尊。

次に、慈氏菩薩からほど近く、ほど遠くない位置に、仏眼明妃を描くべきです。その姿は天女のような形で、宝の蓮華の上に座し、様々な荘厳を備え、身体は金色のように輝き、多くの会衆を見渡しています。薄絹の衣をまとい、肩から掛けて纏い、右手には如意宝珠を持ち、左手は願いを施す印を結び、背後の光輪は周囲を満たし、輝く光明が熾烈で、その姿は寂静です。

仏眼聖尊からほど遠くない位置に、仏毫相尊を描くべきです。天女のような形でありながら、どのような違いがあるでしょうか?右手には蓮華を持ち、左手は施願の印を結び、その目は輪王を見つめています。

仏眼尊のすぐ下には、孫那唎大明妃を描くべきです。その形は天女のようで、様々な瓔珞で荘厳され、身は青色であり、手には蓮華を執り、宝山の上に座って、仏世尊を仰ぎ見ています。

「近金剛手畢須畫甘露軍吒利,近彼尊畫金剛軍、蘇摩呼、頂行,此三聖者各持童子形,種種瓔珞莊嚴其身,皆目瞻輪王,作驚竦勢。

金剛手(こんごうしゅ)の近くには、必ず甘露軍吒利(かんろぐんたり)を描きなさい。その尊のそばには、金剛軍(こんごうぐん)、蘇摩呼(そまこ)、頂行(ちょうぎょう)の三つの聖者を描きます。これらの聖者は、いずれも童子の姿をとり、様々な瓔珞(ようらく)で身を飾っています。皆、輪王(りんのう)を仰ぎ見て、驚き畏れるような表情をしています。

「於觀自在菩薩右邊畫賀耶仡哩(二合)嚩大明王,身如火色,作忿怒形,鼻如猿猴,以蛇莊嚴瓔珞臂釧、髆釧,頭繫蓮花鬘,作瞻覩輪王勢。近彼應畫蓮花孫那利,四臂,右第一手持羂索、左第一手持鉞斧、右第二手施願、左第二手持菓,坐於蓮花。

観自在菩薩の右側には、賀耶仡哩嚩大明王を描く。体は炎の色をして忿怒の形相で、鼻は猿のようである。蛇で荘厳された瓔珞や臂釧、髆釧を身につけ、頭には蓮華の鬘を結び、瞻覩輪王の勢いを示す。その近くには蓮華孫那利を描く。四臂で、右の第一手は羂索を持ち、左の第一手は鉞斧を持ち、右の第二手は施願の印を結び、左の第二手は果実を持ち、蓮華の上に座る。

「又近輪王佛頂畫無能勝忿怒王,身白色,四面四臂,嚬眉,面嗔怒。虎皮為裙,蟒蛇為耳璫,得叉迦龍王以為腰絛,婆蘇枳龍王以為神線,角絡披耽,肚身形短。以毒蛇莊嚴髻冠,咬下唇,遍身火爓,熾盛光明圓光。右第一手持金剛杵,第二手作期剋勢,左第一手持三戟叉,第二手鉞斧。正面作阿吒吒賀娑笑聲勢,從口出火焰種種色相,右邊面瞻觀輪王,左邊面觀持誦者,頭上面觀一切眾會,住於寶蓮花上。無能勝忿怒王應如是畫。

また、輪王佛頂の近くに無能勝忿怒王を描く。その姿は身が白く、四面四臂(四つの顔と四本の腕)を持ち、眉をひそめて怒りの表情を浮かべている。虎の皮を腰の衣とし、大蛇を耳飾りとし、得叉迦竜王を腰帯とし、婆蘇枳竜王を神聖な紐として、肩から斜めに掛けている。体型は短く、毒蛇で髻(もとどり)の冠を飾り、下唇を噛み、全身から炎が立ち昇り、その炎は盛んに輝き、光の輪を放っている。

右の第一手は金剛杵を持ち、第二手は威嚇の印を結ぶ。左の第一手は三叉戟を持ち、第二手は鉞斧(まさかり)を持つ。正面の顔は「アタッタハッサ」と大笑するような勢いで、口からは様々な色の炎を吐き出す。右側の顔は輪王を仰ぎ見て、左側の顔は真言を唱える者を見つめ、頭の上の顔はすべての集いの衆を見渡している。宝の蓮華の上に座っている。

無能勝忿怒王はこのように描くべきである。

「於彼尊下畫地天,身白色,以二手捧寶花籠子,二膝跪地。近地天畫尼連禪河神,靘黑色,如龍女形,七頭,合掌作禮佛勢。近尼連禪河神互相近畫嚩里迦大龍王、母止隣陀龍王,此二龍王曾見無量諸佛,皆七頭,合掌跪地。近地天畫阿難陀龍王、無熱惱龍王、娑竭羅龍王,持蓮華鬘,曲躬合掌。

その尊像の下方には地天を描く。その姿は白色で、両手で宝花の籠を捧げ持ち、両膝をついて地に跪いている。地天の近くには尼連禅河の神を描く。その姿は漆黒の色で、龍女の形をしており、七つの頭を持ち、合掌して仏に礼拝する姿をしている。尼連禅河の神の近くには、互いに寄り添うようにして嚩里迦大龍王と母止隣陀龍王を描く。この二龍王はかつて無数の諸仏を見たことがあり、共に七つの頭を持ち、合掌して地に跪いている。地天の近くには、阿難陀龍王、無熱悩龍王、娑竭羅龍王を描く。彼らは蓮華の鬘を持ち、身をかがめて合掌している。

「大慧菩薩右邊畫白衣觀自在,以蓮花鬘莊嚴其身,以寶繒角絡披,右手把真多摩尼寶,第二手施願。此菩薩是蓮花族母,應於蓮花上坐。

右側には大慧菩薩を、左側には白衣観自在を描きます。白衣観自在は、蓮華の花飾りでその身を飾り、宝の肩帯を斜めに掛け、右手には真多摩尼宝を持ち、第二の手は施願の印を結びます。この菩薩は蓮華部の母であり、蓮華の上に坐すべきです。

「近佛毫相應畫摩莫枳菩薩,淡紫青色,種種瓔珞莊嚴,坐於蓮花,身儀寂靜,住般若波羅蜜自性,右手持梵夾,左手持真多摩尼,作施願勢。是一切佛菩薩之母大聖般若波羅蜜多,住摩莫枳形,則此尊是金剛族母,稍似童女,形不太高,顏極令悅意,應作如是相。

摩莫枳菩薩は、仏の毫相に近しく応じた姿で描かれます。 その体色は淡い紫がかった青です。 様々な瓔珞で飾られ、蓮華の上に坐っています。 身のこなしは静かで、般若波羅蜜多の本質そのものに安住しています。 右手には梵夾(サンスクリットの経典)を持ち、左手には真多摩尼(如意宝珠)を持って、願いを施す手の形(施願印)をとっています。 この尊は、一切の仏・菩薩の母である大聖般若波羅蜜多が、摩莫枳の姿をとったものです。 そして、この尊は金剛族の母であり、姿はやや少女のように見え、体つきはあまり高くなく、顔つきはとても愛らしく、なごませるような相で描かれるべきです。

「畫此尊眷屬金剛鉤、金剛拳、金剛雹,此等皆是大明妃以為眷屬,各住本形。

この尊い眷属である金剛鉤、金剛拳、金剛雹を描く。これらのすべては大いなる大明妃たちを眷属とし、それぞれが本来の姿にとどまっている。

「近白衣觀自在下應畫多羅尊,種種嚴具莊嚴,著輕縠衣,其形不太麁、不太細,中庸形,右手持青蓮,左手施願,坐蓮花上,作淺綠色。近於彼尊畫毘俱胝,身白色,三目四臂,右第一手持杖、左第一手持瓶、右第二手持念珠、左第二手持蓮花,身儀寂靜,於像二角作鼓音樂天子。

観自在菩薩の近くには、多羅尊を描くべきです。様々な荘厳具で飾り、薄絹の衣をまとい、その姿はあまり粗くもなく細くもなく、中庸の形です。右手には青い蓮華を持ち、左手は施願の印を結び、蓮華の上に座り、薄緑色をしています。その尊の近くには毘倶胝を描きます。体色は白く、三つの目と四つの腕があります。右の第一の手には杖、左の第一の手には水瓶、右の第二の手には数珠、左の第二の手には蓮華を持ち、その姿は静かで落ち着いています。像の両端には、鼓を奏でる音楽の天子を描きます。

「於佛上畫淨居天子,在雲中湧出散花供養。

仏の上に、浄居の天子たちが描かれ、雲の中から現れ、花をまいて供養している。

「各依方而畫護世四王:東方畫持國天王、南方夜摩天、西方水天、北方俱尾羅天,各隨方四邊畫。如是,四隅:東北方伊舍那、東南方火天、西南方羅剎主、西北方風天,各依本形畫。

四方に護世の四王を描くべし。東方には持国天王、南方には夜摩天、西方には水天、北方には俱尾羅天を、それぞれの方角に従って描く。また四隅には、東北方に伊舎那天、東南方に火天、西南方に羅刹主、西北方に風天を、それぞれの本来の姿のまま描くこと。

「近忿怒無能勝王下畫持誦人,如本形跪地,手持香爐瞻仰輪王。

忿怒無能勝王の少し下に、この真言を唱える人を描きます。その人は元の姿のままで跪き、香炉を手に持ち、輪王を敬い見上げている姿です。

「金剛手!此輪王佛頂大畫像儀軌,無量佛宣說。纔見,一切罪悉皆消滅。金剛手!若得圓具依法畫,纔見,眾生滅除五無間罪,遠離一切罪。若見此微妙像,一切如來之所說,其人現世有報,今世及他世俱胝劫作一切罪,由見此像悉皆消滅;由見此最勝像,一切悉地皆得現前,一切如來大明真言任運得成就,隨意念誦成辦一切事;諸餘部中真言難成者,對此像前決定得成。」

「金剛手よ!この輪王仏頂の大画像の儀軌は、無量の諸仏によって説かれたものです。これを一目見るだけで、一切の罪がことごとく消滅します。金剛手よ!もし人が正しく法に従ってこの絵を描き、一目見るならば、その衆生は五無間罪を滅除し、あらゆる罪から遠ざかります。

この微妙な像を見るならば、それは一切の如來が説かれたところであり、その人は現世にて果報を得ます。現世と他世において、俱胝劫もの間、あらゆる罪を積んでいたとしても、この像を見ることによって、すべて消滅します。この最勝の像を見ることによって、一切の成就が目の前に現れ、一切の如來の大明真言は自然に成就し、心に念じ誦するままに、一切の事を成し遂げます。他の部派において成就しがたい真言も、この像の前においては必ず成就するのです。」

爾時,世尊誥金剛手祕密主言:「祕密主!汝今復聽,說白傘蓋頂王畫像能成辦一切事業、利益一切於生死流轉怖畏有情故,恒河沙數俱胝佛同共宣說。

その時、世尊は金剛手秘密主に告げられた。「秘密主よ、今あなたに再び聞かせよう。白傘蓋頂王の画像が、いかにしてあらゆる事業を成し遂げ、生死の流転に怯えるすべての生きとし生けるものを利益するかを。この教えは、ガンジスの砂の数ほどの無数の仏たちが共に説いたものである。」

「先當如輪王儀則所說織,可方三肘,不應截屈,不得用皮膠和色。畫人與授八戒。於緤中央應畫佛形,黃白色,坐師子座,具諸相好。佛左畫金剛手菩薩,左手持白拂,右手持金剛杵。金剛手左邊畫淨居天子眾,著天衣裙。於佛前應畫佛頂王,身金色如鑄金像,具諸相好,手持蓮華。佛下畫持誦者,手持香爐。於像四邊應畫種種華。金剛手!此白傘蓋佛頂王畫像法,先佛所說。」

まずは、転輪聖王の儀軌に説かれた方法に従って織られた布を使いなさい。その大きさは三肘(約一メートル半)とし、布を切ったり折り曲げたりしてはなりません。また、絵の具を膠で溶いてはなりません。

画師は、八つの戒めを受けなければなりません。布の中央には、仏陀の姿を描きなさい。肌は黄白色で、獅子座に座り、三十二相八十種好をすべてそなえた姿です。

仏陀の左側には金剛手菩薩を描き、左手に白い払子、右手に金剛杵を持たせます。金剛手の左側には、浄居天の天子たちを、天人の衣をまとった姿で描きなさい。

仏陀の前には、仏頂王を描きます。体は金色で、鋳金の像のように輝き、すべての相好を具え、手には蓮華を持っています。

仏陀の下には、真言を唱える行者を、手に香炉を持った姿で描きます。像の四辺には、様々な花を描き入れなさい。

金剛手よ、これこそが白傘蓋仏頂王の画像法であり、かつて仏陀が説かれた方法である。

爾時,世尊復告金剛手言:「金剛手!諦聽諦聽,極善聽作意,吾當為汝說光聚佛頂王畫像軌則,於一切世間出世間真言明教法上上。頂王光聚依輪王儀軌,香水洗緤,三肘、或一肘,彩中不應用皮膠,受八戒畫匠令畫。應畫佛坐於白蓮華上,作說法相,諸相具足。於像上應畫山峯,像下應畫蓮華池,從佛頂出種種光明。佛下右邊畫持誦者,䠒跪,持香爐,畫彼本形。祕密主!此光聚佛頂王儀軌,一切如來之所宣說,為令調伏諸有情故,此光聚佛頂王成辦一切事業最勝畫像法。」

その時、世尊は再び金剛手に告げられた。「金剛手よ、よく聞け、よく聞け、心して聞き、よく思惟せよ。われらは汝のために、光聚仏頂王の画像の儀軌を説こう。これは、すべての世間および出世間の真言・明教法の上に上なるものである。

光聚の頂王は、転輪王の儀軌に基づく。香水で布を洗い、三肘または一肘の大きさとし、彩色には膠を用いてはならない。八戒を受けた画師に描かせるべきである。

仏が白蓮華の上に座し、説法の相を示し、諸々の相を具えているように描くべきである。像の上方には山の峰を描き、下方には蓮華の池を描く。仏の頂上からは種々の光明が放たれることとする。

仏の右下には、読誦する者を描く。跪いて香炉を捧げ、その者の本来の姿を描くこと。

秘密主よ、この光聚仏頂王の儀軌は、すべての如来が説かれたものである。これは、もろもろの有情を調伏するためのものであり、この光聚仏頂王は、一切の事業を成弁する、最も勝れた画像法である。」

爾時,釋迦牟尼佛復誥祕密主言:「祕密主!我今說高佛頂王畫像法。依輪王儀軌,於三肘、或一肘新緤上,擇去毛髮,受齋戒畫匠令畫。應畫佛世尊坐七寶蓮華上,結跏趺坐,諸相具足,右手施願,左手在臍下仰掌,從佛頂出種種光明。於像上兩角各畫淨居天手,佛右邊畫持誦者瞻仰如來。祕密主!此是高佛頂王畫像法,一切佛之所說、一切佛所稱讚,矜愍一切有情故說。」

その時、釈迦牟尼仏は再び秘密主に告げて言われた。「秘密主よ、私は今、高仏頂王の画像法を説こう。輪王の儀軌に従い、三肘または一肘の新しい布を用い、毛や髪の毛を取り除き、斎戒した画師に描かせなさい。描くべき姿は、仏世尊が七宝の蓮華の上に座し、結跏趺坐し、あらゆる相を具え、右手は施願の印を結び、左手は臍の下で仰向けに置き、仏の頂から様々な光明を放つ姿である。画像の上の両隅には、それぞれ浄居天の手を描き、仏の右側には、経を唱える者が如来を仰ぎ見る姿を描きなさい。秘密主よ、これが高仏頂王の画像法である。これはすべての仏が説き、すべての仏が称賛し、すべての有情を哀れんで説かれたものである。」

爾時,釋迦牟尼復誥金剛手祕密主言:「祕密主!我今說勝佛頂王畫像儀軌,先佛所稱讚。依輪王佛頂儀軌作緤,或三肘、或一肘,離毛髮,受齋戒畫匠令畫。應畫佛形,作金色相,坐師子座,持說印,具大丈夫相,從佛頂流出種種光明。像下畫持誦者,如本形䠒跪坐,手執香爐,瞻仰如來。金剛手!此勝佛頂王畫像儀軌,一切如來宣說。

時に、釈迦牟尼は再び金剛手秘密主に告げて言われた。「秘密主よ、私は今、勝利の仏頂王の絵像の儀軌を説く。これは過去の仏たちが称賛したものである。輪王仏頂の儀軌に従って、布(画布)を用い、三肘あるいは一肘とし、毛や髪の混ざりを取り除き、画師に斎戒をさせて描かせる。仏の形を描くべきである。金色の相を現し、獅子座に坐し、印を結び説法し、大丈夫の相を具え、仏頂からは種々の光明が流れ出るようにする。像の下には、読誦する者を、その実際の姿で胡跪して坐り、手には香炉を持ち、如来を仰ぎ見る姿で描く。金剛手よ、この勝利の仏頂王の絵像の儀軌は、全ての如来が宣説されたものである。」

「金剛手!如來世尊及大威德菩薩無量種色身隨意而畫,或緤、或素、或於板上、或牆、或壁,亦無過失。或使畫匠、或復自畫,或巧畫匠隨自意形狀而畫之。或畫菩薩形、或畫真言聖天,乃至於經夾上畫、或樺皮上畫,或畫最勝像,或一搩量、或一小搩量、或一大指量,或隨意樂處應畫亦無過失。」

金剛手よ。如来・世尊および大威徳菩薩の無量の色と形を描くときは、思いのままに描いてよい。布に描いても、紙に描いても、板の上に描いても、壁に描いても、壁面に描いても、過ちとはならない。画師に描かせても、自分で描いても、巧みな画師が自分の思いのままの形に描いてもよい。菩薩の姿を描いても、真言の聖天を描いても、経典の帙の上や樺の皮の上に描いても、最も勝れた像を描いても、一搩(ひとつかみ)の大きさでも、半搩の大きさでも、親指の大きさでも、あるいは心のままに楽しむ場所に描いても、過ちとはならない。

爾時,世尊說伽他曰:

その時、世尊は偈を説かれた。

「隨意樂而畫, 慧者起悲心,
利益諸有情, 我成就思惟,
亦不為愆過, 攝受有情故。
是故當慇懃, 常懷悲愍心,
恒行於捨施、 及護持淨戒、
忍辱及精進、 禪定與般若,
常應而修習, 彼悉地不難。
若無有畫像, 當住菩提心,
及持於大印, 獲最上成就。」

心のままに描くならば、慧れる者は慈悲の心を起こし、 あらゆる生きとし生けるものを利するために、私はこう思惟する。 過ちを犯すことなく、有情を摂受するためである。 ゆえに熱心に、常に慈悲の心を抱き、 たえず布施を行い、清らかな戒律を守り、 忍辱と精進、そして禅定と般若(智慧)を 常に修習すべきである。そうすれば、その成就は難しくない。 もし絵像がなくとも、菩提心にとどまり、 また大印(マハームドラー)を保つならば、最上の成就を得るであろう。


2 示現真言大威德品
4 行品

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