盂蘭盆經讚述
盂蘭盆経讃述
自他之□□□□□□□□□□□□□暢八辨而動□□□□□聲而流□□□□□□□□□□□□言經從教主為名故稱佛說盂□□□□□□□□□□□異流上出纔連皮骨命似倒懸既□□□發起□□稱曰盂蘭盆者。即成食之器。甘□百味□□□方此無加香積名飡悉爼。在於盆內。奉佛施僧。以救倒懸之苦。故曰盆也。經者能詮之教。梵語云修多羅。新翻云素呾攬。此云為經。亦名為綖。經有五義。略據二途。一曰涌泉。即住而無竭。二稱繩墨。即契定正邪。詮定無改故名為經。依佛地論。能貫能攝故名為經。以佛聖教貫穿攝持所應說義所化生故。應知此中宣說蘭盆拔苦孝行饒益有情。依所詮義故名為經。如緣起經集寶論等故名為經。
この経典は、仏の説かれた教えに基づき、その名を「仏説盂蘭盆経」と称します。
盂蘭盆とは、食物を盛る器のことを指します。甘く美味しい百味の食べ物や香り高い料理を、この盆の器に盛り、仏や僧侶に捧げます。それによって、逆さ吊りにされるような苦しみから救おうとするのです。だから「盆」と呼ぶのです。
「経」とは、教えを説き表す言葉のことです。サンスクリット語では「修多羅(スートラ)」と呼ばれ、新たな訳では「素呾攬(スートラン)」といいます。これを漢語で「経」といい、また「綖(糸)」とも呼びます。
経には五つの意味がありますが、ここでは二つを挙げましょう。一つは「涌泉」――尽きることなく湧き出る泉のように、教えが絶えず現れることを意味します。もう一つは「縄墨」――大工が使う墨縄のように、正邪を正しく裁断して決めるという意味です。これらは永遠に変わらない教えであることから「経」と呼ばれます。
また、仏地論によれば、「経」とは貫き通し、取りまとめる働きを持つとされます。仏の聖なる教えは、説くべき真理を貫き、教え導くべき人々を包み込んで保つからです。
ここで知るべきは、この経典が盂蘭盆の行事を通じて、苦しみから抜け出る教えと親への孝行の大切さを説き、すべての生きとし生けるものを利益するものであるということです。説かれた内容に基づいて「経」と名付けられています。
これは、縁起経や集宝論などと同じように、内容によって経と名付けられたものです。
此經三分。一教起因緣分。二目連大叫下明聖教所說分。三目連白佛言下明依教奉行分。明教起所因所緣故。釋教起因緣分。正顯聖教所說法門品類差別故。云聖教所說分。顯彼時眾聞佛所說歡憙奉行故。名依教奉行分。若依舊解。名序正流通。與新經論三分不異。初教起分中。一明證信分。二明發起分。證信分中。聞者出能聞人。只是傳法之人。即阿難是。如是者出所聞法。表經可信。聞者如來圓音纔振。眾即翹心專注。耳識採攬。故名為聞。餘經具道我聞。今此經略去我字。故但言聞。依佛地論。我謂諸蘊世俗假者。聞謂耳根發識聽受。廢別就總故說我聞。又如來悲願增上緣力。聞者識上文義相生。此文義相。雖依眾生自善力起。就佛強緣名為佛說。由耳根力自心變現故名我聞。又聞者善根增上緣力。如來識上文義相生。此文義相是佛利他善根所起故名佛說。聞者識心雖不取得。然似彼相分。明顯現故。曰我聞。
この経典は三分に分かれる。第一に「教起因緣分」、第二に「目連大叫の下」は「聖教所説分」を明らかにし、第三に「目連白佛言の下」は「依教奉行分」を明らかにする。教えが起こる所以と縁を示すゆえに「教起因緣分」と釈する。正しく聖教の説くところの法門の品類や差別を顕すゆえに「聖教所説分」と名づける。その時の衆が仏の説法を聞いて歓喜し、奉行することを顕すゆえに「依教奉行分」と名づける。もし旧来の解釈に従えば、「序・正・流通」と名づけ、新しい経典や論書の三分と異なることはない。
初めに「教起分」の中に、第一に「證信分」を明らかにし、第二に「發起分」を明らかにする。證信分の中に、「聞」というのは能聞の人を示し、ただ法を伝える人であり、すなわち阿難である。「如是」というのは所聞の法を示し、経が信頼できることを表す。聞く者は如来の円満な音声がまさに響くや、衆は心を高く上げて専念し、耳の意識で受け止めるゆえに「聞」と名づける。他の経では詳しく「我聞」と述べるが、この経では「我」の字を省略するゆえにただ「聞」とのみ言う。
『仏地論』によれば、「我」とは諸々の蘊における世俗の仮の者を謂い、「聞」とは耳根が識を発して聴き受けることを謂う。別を廃して総に就くゆえに「我聞」と説く。また如来の悲願の増上縁の力により、聞く者の識の上に文義の相が生じる。この文義の相は、衆生の自らの善力に依って起るといえども、仏の強い縁に就いて「仏説」と名づける。耳根の力により自らの心が変現するゆえに「我聞」と名づける。また聞く者の善根の増上縁の力により、如来の識の上に文義の相が生じる。この文義の相は仏の利他の善根から起こる所のものゆえに「仏説」と名づける。聞く者の識心はこれを取得しないといえども、しかし彼の相分に似て明らかに顕現するゆえに「我聞」と言う。
經曰如是者 述曰。下出所聞法。如者稱理之言。是者簡非之稱。若如不即理以之為非。如即理如故云為是。亦可是信相也。信即內心決定為習。道之某相。乃發言即可勸物同趣。所以口心決定即為信相。信相既入道之始。如是亦經序之初。依佛地論。如是之言信可審定。謂如是法。我昔曾聞此事如是。齊此當言定無有異。又云。如是總言。依四義轉。一依譬喻。謂。當所說如是文句。如我昔聞。此以今譬古。二依教海。謂。告時眾汝等當聽。我昔所聞。三依問答。謂。有問言。汝當所說昔定聞耶。故次答言。如是我聞。四依許可。謂。結集之時。諸菩薩眾咸共請言。如汝所聞。當如是說。傳法菩薩便許彼言如是當說。如我所聞。具此四義故曰我聞。上來證信分訖經曰一時者 述曰。下明發起分有四句。一明起教時。二明起教主。三明起教處所。四明起教人。一時者起教時。謂。說者法義天真朗然啟悟。聽者即翹心注想文句無倒。斯即法澤降流之日。德侶蒙賴之辰故曰一時。若不爾者。字名句等說聽時異。云何言一。或能說者得陀羅尼於一字中。一剎那領能說能持一切法門。或能聽者得許耳根一剎那領得一字時。拾餘一切皆無障礙悉能領受故名一時。或相會過時分無別故名一時。即是說聽共相會遇同一時義故名一時。
経に「このように」とあるのは、次のように解釈する。以下に、聞いたところの法を示す。「如」とは、理にかなった言葉を指す。「是」とは、誤りを除いて正しいことを指す。もし「如」が理そのものでなければ、それを誤りと見なす。「如」が理そのものであるから、「是」と言うのである。また、これは信の相でもある。信とは、心の内で確かに決めることをいう。道に入る一つの相である。言葉に出して人に勧め、共にその境地に向かわせるのである。だから、口と心が共に確かめられることを信の相とする。信の相は道に入る始まりであり、「如是我聞」も経典の序文の始まりである。
『仏地論』によれば、「如是」という言葉は、信じることができ、確かめ審らかにすることを意味する。すなわち、このような法を、私はかつて聞いたことがある。この事はこの通りである。ここに至って、異なることはないと定めるべきである。また、こうも言う。「如是」と総括して言うのは、四つの意味によって解釈される。
第一に、譬喩によるもの。すなわち、まさに説こうとするこのような文句は、私が昔聞いたように、とのことである。これは現在をもって過去を譬えるのである。
第二に、教えの海によるもの。すなわち、その時の衆に告げて、「あなたたちは聞くべきである。私が昔聞いたことを」と言うのである。
第三に、問答によるもの。すなわち、「あなたがまさに説こうとするものは、昔本当に聞いたのか」と問う者があるならば、それに答えて「如是我聞」と言うのである。
第四に、許可によるもの。すなわち、結集の時、多くの菩薩たちが皆共に請いて言う。「あなたが聞いた通りに、このように説くべきである」と。法を伝える菩薩は、その請いに応じて「このように説こう。私が聞いた通りに」と許可するのである。この四つの意味を備えているから「我聞」と言うのである。以上で証信分の説明を終える。
経に「一時」とあるのは、次のように解釈する。以下に、発起分には四つの句があることを明らかにする。第一に、教えを起こす時を示す。第二に、教えを起こす主を示す。第三に、教えを起こす場所を示す。第四に、教えを起こす人を示す。
「一時」とは、教えを起こす時である。すなわち、説く者の法義は天から自然に明らかにして悟りを開く。聞く者は心を高め、思いを注ぎ、文句に誤りがないことである。これはまさに法の恵みが流れ降る日であり、徳ある者たちが恵みを受ける時であるから「一時」と言うのである。
もしそうでなければ、文字・名・句などは説く時と聞く時が異なるのに、どうして「一」と言えようか。あるいは、説く者が陀羅尼を得ていれば、一字の中において、一刹那の間に、すべての法門を説き保つことができる。あるいは、聞く者が優れた耳根を得ていれば、一刹那に一字を領得する時、残りのすべてのものも障害なく全て領受できるから「一時」と言うのである。あるいは、相会う時が分かれず区別がないから「一時」と言うのである。すなわち、説く者と聞く者が共に会い遇う、同じ一つの時であるという意味だから「一時」と言うのである。
經曰佛者 述曰。第二明起教主。如來逈棄囂塵獨超臣庭。圓智之猶明鏡。悲願之似摩尼。彼我之化天戲。自他之利不息故名為佛。依佛地論佛者是一切智一切種智。離煩惱障及所知障。於一切法一切種相能自開覺。亦能聞覺一切有情。如睡夢覺。如蓮花開。故名為佛。
経に曰く「仏とは」と。述べて曰く。第二に、説き起こす主(教主)を明らかにする。如来は遠く喧騒の世を離れ、ただ独り凡夫の境地を超え給う。完全な智慧は明鏡の如く、深い悲願は摩尼宝珠の如し。自他の区別を超えた教化は天の戯れのようであり、自他の利益を休むことなく施すゆえに「仏」と名付ける。仏地論によれば、仏とは一切智・一切種智を具え、煩悩の障りと所知の障りを離れ、あらゆる法・あらゆる種類の相について自ら悟りを開き、また一切の衆生をも目覚めさせ導く。眠りから夢が覚めるように、蓮の花が開くように。ゆえに「仏」と名付けるのである。
經曰在舍衛國耆樹給孤獨薗者 述曰。此第三明起教處所也。舍衛國者此云名物國。以彼國中積有餘物多有異珍。既名振遐邦聲流遠國。即為名也。祇樹者即祇陀也。此云戰勝。即太子名也。給孤獨者。此云須達即是國臣之號。若依今日三藏法師新經及論 云室羅伐誓多林給孤獨園。良以舊來三藏不善方音。遂置訛謬若身梵本。應言室羅伐悉底國。略去悉底也。唐云名聞國。上古之時有兄弟二人居時習仙而獲仙證。而此仙人名聞第一。為國之寶。後時於此安國立堵。即以二仙之名為國城之稱。或曰多聞國。此國多有聰明學問。能造論記。九十六種外道師弟此中最多。又十六大國。而此國中見有四德。普勝餘方。一財物德。二欲塵德。三法德。謂施戒修四解脫德。謂出世果故曰多聞。誓多者舊云祇陀。語訛也。此云戰勝。太子生時隣國怨至。振而得勝故云戰勝。林者國樹之總名也。園本誓多所有須達布金買之地。得安金園屬須達。樹妨布價。林歸誓多。給孤獨者即須達也。唐言善興。即國之大臣也。富財豐德。恒以財物給孤濟窮。時人所重。故云給孤獨也。真諦三藏云。須達多為過去鳩留村馱佛時。已於此地起精舍供養。爾時地廣四十里。佛及人壽四萬歲須達爾時名毘沙長者。以金板布地。寶衣覆之。而為供養。俱那含牟尼佛時。佛及人壽三萬歲。須達爾時名大家主長者。以銀布地而為供養。爾時此地廣三十里。迦葉波佛。佛及人壽二萬歲。須達爾時名大幡相長者。以七寶布地。地廣二十里。今第七釋迦牟尼佛。佛及人壽百歲。地廣十里。以金餅布地。周滿其中。皆厚五寸。買園奉佛。後彌勒佛出世時。佛及人壽八萬歲。地廣四十里。以七寶布地。須達爾時名讓佉。出家修道獲羅漢果。
この経典に「舎衛国の祇樹給孤独園において」とあるのは、第三に教えが起こされた場所を示すことを明らかにするものである。
「舎衛国」とは、ここでは「名物国」と訳される。その国には多くの財物や珍しい宝が満ち溢れているためである。その名は遠くの国々まで響き渡り、名声が広く伝わった。それゆえにこの名がある。
「祇樹」とは、すなわち祇陀のことである。これは「戦いに勝つ」という意味で、太子の名前である。
「給孤独」とは、すなわち須達のことであり、国の大臣の称号である。
今日の三蔵法師の新しい経典や論書によれば、「室羅伐誓多林給孤独園」という。もともと古くの三蔵たちが現地の発音に詳しくなかったために、誤りが生じたのである。梵本に忠実に従うならば「室羅伐悉底国」と唱えるべきで、「悉底」を略したものである。唐では「名聞国」と訳す。
上古の時代、二人の兄弟がいて、この地に住み修行に励み、仙道を成就した。この仙人たちの名声は第一であり、国の宝とされた。後にこの地に国を築き都を置いたので、この二人の仙人の名前を国の都の名称としたのである。あるいは「多聞国」ともいう。この国には聡明で学問に秀で、論書や記録を著す者が多く、九十六種の外道の師弟もこの国に最も多い。また十六の大国のうち、この国には四つの徳が備わり、他のすべての国々に勝っていた。第一に財物の徳、第二に五欲の楽しみの徳、第三に法の徳、すなわち布施・戒律・修行を説き、第四に解脱の徳、すなわち世間を超えた果報を得ることである。ゆえに「多聞」と名づけられたのである。
「誓多」とは、古くは「祇陀」といい、発音の誤りである。これは「戦いに勝つ」という意味で、太子が生まれたときに隣国からの敵が攻めてきたが、よく戦って勝利を得たので「戦勝」と名づけられたのである。
「林」とは国の樹木の総称である。園はもともと誓多(祇陀)太子の所有であったが、須達が金を敷き詰めて土地を買い取った。金を敷き詰めた園は須達の所有となり、樹木は代価に相当したので、林は誓多(祇陀)太子に帰属したのである。
「給孤独」とは、すなわち須達のことである。唐の言葉では「善興」といい、国の大臣である。豊かな財産と徳を兼ね備え、常に財物を施して孤独な者や貧しい者を救済した。当時の人々に尊重され、「給孤独」と称されたのである。
真諦三蔵はこう述べている。須達多は過去の鳩留村馱仏の時代に、すでにこの地に精舎を建てて供養した。その時、この地は広さ四十里あり、仏と人々の寿命は四万歳であった。須達はその時「毘沙長者」と名乗り、金の板を地に敷き詰め、宝の衣をその上に覆って供養したという。拘那含牟尼仏の時には、仏と人々の寿命は三万字であり、須達はその時「大家主長者」と名乗り、銀を地に敷いて供養した。その時の地は広さ三十里であった。迦葉波仏の時には、仏と人々の寿命は二万字であり、須達はその時「大幡相長者」と名乗り、七宝を地に敷いた。地は広さ二十里であった。そして今の第七の釈迦牟尼仏の時には、仏と人々の寿命は百歳であり、地は広さ十里である。金の餅を地に敷き詰め、その中をすべて埋め尽くし、厚さはすべて五寸であった。この園を買って仏に捧げたのである。後の弥勒仏が世に現れる時には、仏と人々の寿命は八万歳、地は広さ四十里となり、七宝を地に敷くであろう。須達はその時「譲佉」と名乗り、出家して修道し、阿羅漢の果を得るであろうと。
經曰大目健連始得六通者 述曰。此第四明起教人也。有二。初德。二述孝。大目健連者。據起教之人。但如來對人起說不同。或因孝行興起。謂大方便報恩經等。彼經中阿難問佛。佛法之中破有孝養父母者不。如來即引須闍太子慈孝因緣。引彼經文出報恩經第一卷中。或因惡逆起說。謂觀無量壽經等。彼經明闍王殺父害母造二逆罪故。如來為說淨土之行。今此經者。蓋由目連興起也。然目連即二行第一。所以對之。一神足第一。謂以天眼通訪覓其母。二慈孝第一。謂得果已念報父母乳餔之恩。如似孔子說孝行。上從天子下至庶人。皆當行孝。然別對曾子以說其孝。以曾子有敦孝之性。所以對之。今此亦爾。然一切佛弟子皆當行孝。然別對目連為起說之由。言目連者。目連是姓。字俱律陀。以祠俱律陀樹神故即以為名。以彼國人貴其姓故。從姓為名。故曰目連。始得六通者。嘆其德明。目連超間究定。遊神七覺道。除三漏果獲六通。通現創成。故云始得。問。何故目連先不度母。得通果遂方救母耶。答。未獲果時煩惱未盡。即有障礙不能拔苦。是故經云。若有自縛能解彼縛。無有是處。復言。辟如不解浮人能救溺者相共俱得故。須具德方救母苦。
経に曰く、「大目犍連、始めて六通を得たり」と。これについて述べる。これは第四に、教えを起こす人を示すものである。ここには二つの点がある。第一に徳を称え、第二に孝行を述べる。
「大目犍連」とは、教えを起こす人を指す。しかし如来は、相手に応じて説法を変えられる。ある時は孝行によって教えが起こることもある。例えば『大方便報恩経』などがそうである。その経典の中で、阿難が仏に問う。「仏法の中に、父母を孝養することを破る者がありましょうか」と。如来はすぐに須闍太子の慈孝の因縁を引かれた。この経文は『報恩経』の第一卷に収められている。
また、ある時は悪逆によって説法が起こることもある。例えば『観無量寿経』などがそうである。その経典は、阿闍世王が父を殺し母を害するという二つの逆罪を造ったことを明かし、そのために如来が浄土の行を説かれたのである。
今この経典は、まさに目連によって起こされたものである。しかも目連は二つの行において第一である。そのために彼に対して説かれたのだ。第一に神足第一である。すなわち天眼通をもってその母を捜し求めたからである。第二に慈孝第一である。すなわち悟りを得た後に、父母の乳育ての恩に報いようと念じたからである。
ちょうど孔子が孝行を説くようなものである。上は天子から下は庶人に至るまで、皆孝行を行うべきである。しかし特に曾子に対してその孝を説かれたのは、曾子が厚い孝の性質を持っていたからである。今これも同じである。すべての仏弟子は皆孝行を行うべきであるが、特に目連に対して説かれたのが、この経を起こす由縁である。
「目連」と言うのは、目連は姓である。字は倶律陀という。倶律陀の樹神に祠って祈ったことから、それを名としたのである。その国の人々がその姓を尊んだので、姓をもって名とした。ゆえに「目連」というのである。
「始めて六通を得たり」とは、その徳の明らかなことを嘆美したものである。目連は世俗を超越して禅定を究め、その心は七覚支*の道に遊び、三つの漏*を除いて、その果として六通を得たのである。神通が初めて成就したことを「始めて得たり」というのである。
問う。「なぜ目連は先に母を済度せず、神通力を得た後に初めて母を救うことができたのか」
答える。「まだ果を得ない時は煩惱が尽きておらず、すなわち障礙があって苦を抜くことができない。ゆえに経にこう言われている。『もし自ら縛られている者が、他人の縛りを解くことができるならば、そんなことはありえない』と。また言われる。『例えば泳げない人が溺れる人を救おうとすれば、共に溺れてしまうようなものである』と。ゆえに徳を具えて初めて母の苦しみを救うことができるのである」
--- (注: 七覚支—悟りへ導く七つの修行段階、三漏—欲界・色界・無色界の三つの煩惱)
(訳注: 「觀無量壽經」は、インドの王族の悲劇をきっかけに説かれた経典で、この物語では修行者が悟りを開く前に母を救えなかった理由が、煩惱が残っている間は真の救済はできないという仏教の根本教理によって説明されている。)
經曰欲度父母報乳哺之恩者 述曰。第二明其述孝有二。一述孝心。二述孝事。此述孝心也。曩裁我母生我勞悴。懷恩既重。理須酬報。是以阿含經云。佛告諸比丘。常念孝順供養父母。涅槃經云。寧於一日受三百鑽以鑽其身。不應起一念惡心向於父母。何以故。父母恩重故。依末羅經。母懷子十月。如負太山之重。乳哺三年。育養之恩。號天罔報。縱令從地積聚珍寶上至二十八天。悉以施人。所得功德。不如供養父母一分功德也。云乳哺者。依智度論云。乳哺三年。諸母養育。漸次長大。三年之內。在母懷抱。推于去漯以愛子故向變為乳而養育之。依阿含經閻浮提兒生墮地。墮地乃至三歲。母之懷抱為飲幾乳。彌勒答曰。飲乳一百八十斛除母腹中所食血分。東弗婆提兒墮已乃至三歲。飲乳一千八百斛。西拘耶尼兒生墮地已乃至三歲。飲乳八百八十斛。北欝單越兒生已坐苞陌頭。行人授指啛指旨便成大人。彼土無乳故亦云乳哺之內也。
経に曰く「父母の恩に報い、乳哺の恩に報いんと欲すれば」と。述べて曰く、第二にその述孝を明かすに二あり。一には孝心を述べ、二には孝事を述ぶ。これは孝心を述ぶるなり。昔、我が母は我を生みて労れ憔れ、恩を懐うこと既に重し。理、須らく酬報すべし。是をもって阿含経に云く「仏、諸の比丘に告げたまわく、常に孝順を念じて父母を供養せよ」と。涅槃経に云く「寧ろ一日の間に三百の鑽を以てその身を鑽ること有らんも、一念の悪心を父母に向かうべきことなかれ。何を以ての故に、父母の恩重きが故なり」。末羅経に依れば、母は子を懐むること十月、太山の重きを負うが如し。乳哺すること三年、育養の恩は天に号ぶとも報い難し。縦い地より珍宝を積み聚めて上は二十八天に至るまで、悉く以て人に施すとも、得るところの功德は、父母を供養する一分の功德に如かず。云く乳哺とは、智度論に依れば「乳哺すること三年、諸母の養育、漸次に長大す。三年の内は母の懐抱に在りて、推しやり去ること渇を以て愛子の故を以て向かって変じて乳と為りてこれを養育す」と。阿含経に依れば、閻浮提の児は生まれ堕地して、堕地して乃至三歳、母の懐抱の中に幾ばくの乳を飲むや。弥勒答えて曰く「乳を飲むこと一百八十斛、母の腹中に食らう所の血分を除く」と。東弗婆提の児は堕ちて乃至三歳、乳を飲むこと一千八百斛。西拘耶尼の児は生まれ堕地して乃至三歳、乳を飲むこと八百八十斛。北欝単越の児は生まれ已って坐し苞陌頭に在りて、行く人、指を授けて指を啛むれば、便ち大人と成る。彼の土には乳無し。故に亦た云く乳哺の内なりと。
經曰即以道眼觀視世界者 述曰。此明孝事也。孝事有五。一追訪。二得見。三痛苦。四往救。五無益。目連即以天眼伸𨶳三界。傍觀六趣。盡其神力追覓其母也。
経に「すなわち道眼をもって世界を観視す」とあるのは、これを述べていう。これは孝行のあり方を明かしたものである。孝行のあり方には五つの段階がある。第一に、追い求めて訪ねること。第二に、見つけ出すこと。第三に、苦しみ悲しむこと。第四に、救いに向かうこと。第五に、どうすることもできないことである。目連は天眼を用いて三界を見渡し、六つの迷いの世界をくまなく観察し、その神通力を尽くして母を探し求めたのである。
經曰見其亡母生餓鬼中不見飲食皮骨連立者 述曰。此第二得見。目連率已通力竪朗三界。橫照十方。追訪既周。顯然得見。既魂此道受苦難論。不見飲食等者。明見正報。飲食資養其身。即膚包充潔。既絕內資養。唯有皮骨違形。
経典にはこう述べられています。「その亡き母が餓鬼の世界に生まれ変わっているのを見た。飲食を見ることができず、皮と骨だけが連なって立っているのを。」
これは第二の「見ることを得る」段階です。目連尊者は神通力を発揮して、三界を明らかに照らし、十方世界を横に照らし尽くしました。あまねく尋ね求めて、明らかに見ることを得たのです。その魂はこの道に堕ちて、苦しみを受けることは言うまでもありません。「飲食を見ず」とは、その正しい報い(正報)を見たことを示します。飲食によって身体は養われ、皮膚は潤いで満たされます。しかし、すでに内からの養いが絶たれているため、皮と骨だけがその姿として残っているのです。
經曰目連悲哀者 述曰。此痛苦也。哀哉父母愛育劬勞一旦永摧。說論惡道。目連雖不滅姓痛徹心肝。悲涕橫流。哀聲動地。故云悲哀也。
経典に「目連、悲哀す」とあるのは、これを述べる言葉です。これは苦しみのことです。ああ、父母の愛育の苦労が、ある日永遠に失われてしまうとは。悪道に落ちたと言われています。目連は家族の姓を失ってはいないけれども、その痛みは心の奥底にまで染み渡り、悲しみの涙が溢れ流れ、哀れな声は大地を揺るがしました。それゆえに「悲哀」と言うのです。
經曰即鉢盛飯往餉其母者 述曰。往救也。母既皮骨連立。絕食已經多年。子即感結良染。遂將食往救也。
経典に「鉢に飯を盛りて其の母を餉(おく)るに往く」とある。これを解釈すれば、「往く」とは救いに行くことである。母はすでに皮と骨ばかりが繋がったようになり、断食してから長い年月が経っていた。子は深い悲しみと慈しみの心を抱き、ついに食物を持って母を救いに向かったのである。
經曰母得鉢飯便以左手障飯右手揣食食未入口變成火灰者 述曰。此無益也。明目連難復持食往救無益於母。左手障飯者慳也。右手揣食者明於貪也。其母纔興慳悋則掩握縱橫鉢內香飡速而變化也。
経にこう言われています。「鉢の飯を得ても、左手で飯を覆い隠し、右手で飯を掴んで食べようとした。だが、飯がまだ口に入らないうちに、それは火の灰と化してしまった」と。これを釈すると、これは無益なことである。目連が再び食べ物を持って行って母を救おうとしたが、母には益がなかったことを明らかにしている。左手で飯を覆うのは、吝嗇(ケチ)の心を表している。右手で飯を掴むのは、貪りの心を明らかにするものである。母がわずかにでも吝嗇の心を起こすと、手で飯を覆い隠してしまい、鉢の中の香ばしい食べ物はたちまち変化してしまうのである。
經曰目連大叫悲渧涕泣馳還白佛具陳如此者 述曰。上來明起教因緣分。此即明聖教所說分。先目連申請。後如來酬答。此申請也。目連果獲六通轉變自在。雖有迴天動地之力。電速星趣之功。然不能施香飯於炬口。滅炎火於手中。斯即獨救無方。終希報答所以高聲悲泣。更請救方。馳還白佛。大叫哀號惻愴響振神祇。故云大叫。悲涕等者。情酸捫淚名曰悲咦。飲噎吞聲故云㖒泣。覩母劇苦驟返無賒。故云馳還白佛也。
経典にはこう述べられている。目連は大声で叫び、悲しみの涙を流し、急いで仏のもとへ戻り、このことを詳しく報告した。
解説する。先ほどまでで、教えを説き起こす因縁の部分を明らかにした。ここからは、聖なる教えそのものを説いた部分を明らかにする。まず目連が請い願い、その後、如来がそれに答えられる。これは目連の請願の部分である。
目連は修行の成果として六つの神通力を得て、自在に変化できるようになっていた。天を回し地を動かすほどの力や、稲妻や星の速さにも勝る働きがあったとしても、火の口を持つ餓鬼に向かって香りのよい飯を施すこともできず、手の中の炎を消し止めることもできなかった。これはすなわち、一人の力だけでは救う方法がなく、結局は仏の教えを請い求めるほかなかったのである。
それゆえに大きな声で悲しみ泣き叫び、さらに救いの方法を請い願った。急いで仏のもとへ駆け戻り、大声で叫び、悲痛な嘆きの声をあげた。その響きは神々にまで届くほどであった。だから「大叫」と言うのである。
「悲涕」などについて説明する。心が痛み、涙をぬぐうことを「悲啼」という。息が詰まり声もなく泣くことを「涕泣」という。母がひどい苦しみにあるのを目の当たりにし、ためらうことなくすぐに駆け戻った。だから「馳還白佛」と言うのである。
經曰佛言汝母罪根深結者 述曰。下明如來酬請也。就中有八。第一斥母罪深也。母之造罪。如隨願往生中具說。但慳為漂善之本滅惡趣之因稱曰罪根。汎流不絕相續受生故云深結。此顯業力雖𥺟如大山嘆物。
経典にこう説かれています。「仏が仰せになった。お前の母の罪の根は深く結ばれている」と。これを解釈しますと、以下は如来が願いに応えてお答えになった部分です。この中に八つの項目があります。第一に、母の罪が深いことを示しています。母が造った罪については、『随願往生経』に詳しく説かれています。ただ、貪り(慳)は善い行いを流し去る根本であり、悪い世界に堕ちる原因となることから、「罪の根」と呼ばれます。罪が絶えず流れ続け、絶えることなく生まれ変わりを繰り返すので、「深く結ばれている」と言うのです。これは、業の力が大山のように大きいことを示しており、嘆かわしいことです。
經曰非汝一人力所奈何者 述曰。第二子獨無救也。目連持食注餉糞得口腹充盈。欲顯苦報難除。非汝一人能救也。
経に「汝一人の力の及ぶところにあらず」とあるのは、第二の子供が独りでは救われないことを述べたものである。目連が食べ物を持って来て、口と腹が満ちるように注ぎ与えたが、これは苦しみの報いが除き難く、あなた一人では救えないことを示そうとしたのである。
經曰汝雖孝順聲動天地天神地神邪摩外道道士四天神王亦不能奈何者 述曰。顯投邪無力。此為除疑。疑云。一人證聖力少不能救者。天魔外道邪眾甚多。應能救苦故。今釋云魔邪等類亦不能救。汝雖大叫動於天地。悲泣感於神祇。率邪魔之儅。集外道之眾。總八部以同心併神功為一力。共拔汝母亦不能奈何。
経に「あなたは親孝行で、その声は天地を揺るがすほどだが、天神・地神・邪魔・外道の道士・四天王なども、どうすることもできない」とある。これについて解説する。これは、邪道に頼っても力がないことを示し、疑いを除くためのものである。どんな疑いかというと、「一人が聖なる力を得ても、その力が及ばず救えないことがあるかもしれない。しかし天魔や外道などの邪な者たちは大勢いるのだから、彼らなら苦しみを救えるのではないか」という疑いである。これに対して今、次のように説明する。魔や外道などの者たちも、救うことができないのである。あなたが大声で叫んで天地を揺るがし、悲しみ泣いて神々を動かしても、邪魔の仲間を率い、外道の者たちを集め、八部の衆を合わせて心を一つにし、神力という一つの力に結集しても、共にあなたの母を救い出そうとしても、どうすることもできないのである。
經曰當須十方眾僧之力乃得解脫者 述曰。此第四依貞獲利。自恣羯磨。理通十方。和合成僧。不簡凡聖。神如匡海。洞澤無方。威若地炎。生福無盡。所以能除貪賊見苦。隨三生天自在應時解脫也。
経典には、「必ず十方の衆僧の力によってのみ解脱を得ることができる」と説かれています。これを解説しましょう。これは第四の「依止して利益を得る」という意味です。自恣の羯磨(修行の終わりに行われる懺悔の儀式)は、道理としては十方世界に通じるものです。僧伽が和合して集まれば、凡夫であれ聖者であれ、問いません。その功徳は広大な海のように広がり、潤いが及ばない所はありません。その威徳は大地の火の如く、生み出す福徳は尽きることがありません。それゆえに、貪りの賊を除き、苦しみを見て、そのまま三つの善趣に生まれ変わり、自在に時の縁に応じて解脱することができるのです。
經曰吾今當說救濟之法令一切難皆離憂苦者 述曰。此第五許說救方。如來何故須許說者。良以目連既位動寒泉。啼傷隴樹。馳還具告。實可哀哉。所以許說於前救之於後也。
經曰佛告目連十方眾僧七月十五日自恣時者 述曰。第六品真勸修。文有二節。一教供勝田。二教受供之儀。前中有五句。一標時。二修意。三示法。四美田。五顯益。此標時也。十方顯境攙。僧眾簡邪儅。十五序良時。自恣標捨行。然則三時獲果必藉良晨。人處為緣還資清眾。故德侶晏坐之末。竟歲發露之時。離縛則逆流愛河。流倫則救令速出也。
経典にはこう説かれています。仏が目連に告げられた。「十方の僧侶たちは、七月十五日の自恣の時を迎える」と。
この意味を解説します。これは第六の段階で、真実の修行を勧める教えです。文は二つの部分に分かれています。一つ目は、勝れた福田に供養することを教え、二つ目は供養を受ける作法を教えています。
最初の部分には五つの要素があります。一に時を示し、二に修行の意図を明かし、三に方法を示し、四に福田の素晴らしさを褒め、五に利益を明らかにします。
ここで示されているのは「時」です。「十方」は尽きることのない境地を示し、「僧衆」は誤った実践を離れた清らかな集まりを指します。「十五日」は良い時期を示し、「自恣」は過ちを告白して清める行いを表します。
このように、三つの時期に功徳を得るには、必ず良い時期を選ぶ必要があります。人や場所といった条件も、清らかな僧侶たちの助けによって整うのです。
徳を備えた僧侶たちが静かに修行を終える時、一年の終わりに自分たちの過ちを明かす時、そこには執着から解き放たれ、愛着の川を逆流して渡る力があります。また、迷いの世界に留まる人々を、速やかに救い出してくれる教えがあるのです。
經曰當為七世父母及現在父母厄難中者述曰。明修意也。當為七世父母者酬遠恩也。則七生父母。現在者益近恩也。則親生父母。然親累七世彰覆載之難違恩及幽眾顯含育之罔極。所以目連小志唯請近親。大聖慈寬愛及七世也。
經曰具飯百味五果汲灌盆器香油錠燭床臥眾具盡施甘美貯在盆中者 述曰。此第三示法也。具飯百味五果者。晝所獻之餚。汲灌盆器窮爼食之神器。香油錠燭擬去暗以留光。床臥眾具則止疲以息慮。然則盆由聖制事藉功成。所以安汲灌於龍門。記燎於雷室。秦饒則皎之於前。趙玉亦佩之於後。神鳳上踴飛蓋下垂翻瑛。八珍盆羅百味檀那既就福應時。聰庶拔擢於知恩。亦祐利於群品也。
經曰當此之日一切聖眾或在山間禪定或得四道果者 述曰。第四美田也。具讚三德。此即定德也。當此之日即舉滅罪之良晨。一切聖眾乃標證理之明。良匠或在山間禪定。處巖藪以練心。或得四道果剋無內而取滅此定得也。
經曰或樹下經行或六通自在者 述曰。智德也。或樹下經行者頭陀自利之背。即依問以專修。或六通自在者獲果利他之儅。即起通而益物也。
經曰教化聲聞緣覺或十地菩薩大士權現比丘在大眾中者 述曰。次明戒也。南句初列三人。則有戒之者。次障三戒。出持犯之儀。此列三人也。聲聞則別脫之戒。緣覺則定隨律儀。菩薩則道共之戒。通即人人具之。別乃各守戒也。
經曰皆同一心受鉢和羅飯具清淨戒者 述曰。此明三戒。出持犯之儀。此別脫戒也。皆同一心者。顯無散亂之失。受鉢和羅飯者障無違爭之愆。具清淨戒者。即皎若明珠。夫以信施難消。如毛繩斷骨故。律功一心受食。經制具戒方消故。稱名免難尚勸一心為福利。生圓須同意也。
經曰聖眾之道者 述曰。定隨戒也。然則智依定起。非淨戒無以現前。聖託道生終假人以顯其旨也。
經曰其德汪洋者 述曰。道隨戒也。汪洋者。盛貌之威儀也。然行則𠌵王觀親取嚴形以降魔 坐若就盤見不動而憚法故。門外覩沙門之像深嗟五欲之怨。城中逢馬宿之客。聞之帝而獲初果。斯則威儀之益也。
經曰其有此等自恣僧者 述曰。第五顯益也。文有二句。一顯大悲拔苦力。二顯大慈與樂力。其有供養等者。顯大悲力。其有供養自恣者。標良田之美也。現在等者。出所救之重恩。恩有三品。一上恩。即現在父母親生育故。二中恩者。七世父母枝引不絕遠資潤故。三下恩。六親眷屬。謂親戚兄弟助力成故。即大論云。離別常八易。離別知識難。離別知識易。離別妻子難。離別妻子易。離別父母難。此證三品親也。出三塗等者。正顯大悲力也。夫以積惡招殃災及二世。修善置福度及浚混。今言出者。此等應墮三塗。但為聖力所資。業果消滅。既應墮不墮。即說不墮為出也。
經曰若父母在世福樂百年等者 述曰。大慈與樂力也。福樂百年即現在樂。入天花光即後世樂。旦閻浮上壽命極一百年。天內報宮光花影發也。
經曰佛勅十方眾僧當為施主家呪願者 述曰。自下明受供之儀也。二句先教受食行。後示受食儀。先呪願者。生口業善行。禪定意者生意業善。後受食者生身業善也。夫以願如御者。即有懸標之力。行類牛車。近有滅惡之功。故先遣發願。後行禪也。
經曰光安在佛塔前者 述曰。示受食儀也。然三寶次第雖有三階。就應化門宜先供佛。何者。且塔安舍利即神變無窮。多寶靈龕乃會身分坐。故使藥王燒百福之辟。信相□古土之骸。合既聖體嶷然。寧不設盆先獻也。
經曰時目連泣聲除滅等者 述曰。第七孝子領悟也。如來德澤。洪流神會。義無不憙。倒懸雪苦。目連於是止悲。大眾則舞齊歡。目連則宿除哭泣也。
經曰目連其母即於是日得脫一劫等者 述曰。第八慈母蒙益也。且一人之福似掬土而遏江河。今既大眾之威。若嵐風類於業嶺也。
經曰目連復白下 第三流通分。反有三句。一啟清。二蒙讚。三正答。夫孝之大也即通於神明。豈可獨敞於當時。而不垂光於來業。所以目連啟請。務屬於茲也。文二句。一領即坐之益。賀三寶之威。二為未戊傳芳。即諮疑審定。
經曰佛言等者 述曰。蒙讚也。如來既降迹投機惠雲乘布。但使來人有苦即法澤彌流。以彼同得宜故云大善 然佛猶未說類即申疑故。云我正欲說汝今復問。
經曰若善男子等者 述曰。第三答也。有其五節。一教獻供。二教發願。三教常修。四教奉持。五教承命。此初也。極哉父母恩同天地。從使血流滂沛未足酬恩。所以道門信類貴徒賤品。但當獻供即答橫恩。圓有多句。一標行孝人名。二示獻供時節。文相可解。
經曰乞願便現在父母等者 述曰。教發願也。當願父母近年之命弗窮。資身之具恒逸。既去解支之庸。即留倚樂之安。七世尊靈長辭百苦。永去千彌寒泉。於此晨歸天靈。於即曰感茲福乘亦願無窮。此即教獻供也。
經曰是佛弟子修孝順等者 述曰。三勸常修也。若勸慈行即念念追思。若濟其親即年年設供斯即孝盡於始終。亦行極於事親也。然則財於老時無用措時為子孫故。盆於孝者。無施子宜午月恒獻故。
經曰若一切佛弟子奉持是經法者 述曰。第四教奉持也。奉者信也持者念也。言信即遣撥正邪。言念則深妄教之失。所以勗其信念史教流通矣。
經曰目連比丘及四輩弟子奉行者 述曰。第五承命也。如來降茲法雨澤潤含生。散坐將終傳芳即席。但目連等咸受命頂戴奉行。既荷載聖恩。理懷歡憙也。
盆經讚述卷一