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  1. No. 550-A 心経開度説 (No. 550-A 心經開度說)
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般若心経開度 (般若心經開度)

「般若心經開度」について

明 · 弘麗著 著

6,631 字 · 約 22 分

般若心経開度は、明代の僧侶・弘麗による仏教の核心経典『般若波羅蜜多心経』の注釈書です。明代の仏教は、教理の研究と修行の実践を重んじる風潮があり、この注釈もそのような背景のもとに生まれました。弘麗法師は、経文の一句一句を丁寧に解き明かし、難解な般若空性の思想――すなわち「五蘊は皆空であり、一切の苦厄を度する」という智慧――を、わかりやすく説き示しています。この著作は、大乗仏教の精髄が凝縮されたこの経典を信者が理解する助けとなるだけでなく、読者がその智慧を実際の修行に活かすよう導くことを目的としています。重要な心経注釈の一つとして、明代の仏教思想や心経の受容史を研究する上で貴重な文献であり、仏教教学の継承においても一定の地位を占めています。


No. 550-A心經開度說
修心萬行,智慧為先,罔明般若,臨流失筏。故初祖西來,直指人心,見性成佛,以續慧命。五傳而至黃梅,則專指人受持金剛般若。以般若之所建言,即初祖之所直指,宗教無有二也。但於教之所說到者,用到為祖心老婆;于宗之所用到者,說到為佛舌廣長,是以有宗教之殊名耳。慨自古人分別如來禪、祖師禪以行縱奪,迷言者流遂尊奉祖師禪為極則,如來禪置之不問。且所奉為祖師禪者,非古之祖師禪,特不過機語新奇,文字別調,較之學語座主,如畫家焉,一畫禽鳥,一畫鬼怪,俱畫也,未嘗離丹青能別有神伎也,何所詫異?且禽鳥入素見之,畫之似不似,難以欺人;鬼怪人所罕見,畫之似不似,無所辨謬。故今宗風之衰,尤甚講壇也。望一誇宗禪者,了然於如來禪,正不可得也。設起溈山于今日,則將曰:祖師禪許汝了也,如來禪未夢見在。不將又高如來禪而低祖師禪耶?法門如此,慧命誰寄?慧命無寄,今天誰度?山居無事間,拈大乘經教以示參徒,蓋以且未說到,何能用到?苟欲說到,非廣長舌語,不能依經指示,聊以借用廣長舌語,進諸人于如來禪,以達祖師禪,亦非肯縱諸人於如來禪,不奪諸人於祖師禪也。若便有人取此擔荷去,熱棒無情,未放汝在。今經因新發心弟子名開度者,時在誦持,為之指釋,故即以開度名之。竊取般若乃六度萬行之首,西乾四七、東震二三之所傳持,實在于此。苟欲開度來學,舍此奚將?本開度聽說,以開度標名得當焉。
新安沙門羅峯墮道人書

心經開度

CBETA コード: X0550

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