佛為阿支羅迦葉自化作苦經
仏が阿支羅迦葉のために自ら苦しみ(の本質)を示された経
失譯
失訳
如是我聞:
このように、私はお聞きしました。
一時,佛住王舍城耆闍崛山。
ある時、仏陀はマガダ国の首都ラージャガハ(王舎城)の近くにある、霊鷲山(ぎっしゅせん)と呼ばれる山に滞在しておられました。
爾時,世尊晨朝著衣持鉢,出耆闍崛山,入王舍城乞食。
その時、世尊は朝早く、衣を身にまとい、鉢を持って、ギッジャクタ山を出て、王舎城に入り、托鉢(たくはつ)をされました。
時有阿支羅迦葉,為營小事,出王舍城,向耆闍崛山。遙見世尊,見已詣佛所,白佛言:「瞿曇!欲有所問,寧有閑暇見答與不?」
その時、アチラ・カッサパが小さな用事で王舎城を出て、霊鷲山に向かっていました。遠くに世尊をお見かけし、そのまま仏のもとへ参り、こう申し上げました。「ゴータマよ、お尋ねしたいことがあります。お暇があれば、お答えいただけますか?」
佛告迦葉:「今非論時,我今入城乞食,來還則是其時,當為汝說。」
仏は迦葉に告げられた。「今は議論する時ではない。私はこれから城に入り、托鉢してくる。戻ってきた時がその時だ。その時にあなたに説こう。」
第二亦如是說,第三復問:「瞿曇!何為我作留難?瞿曇!云何有異?我今欲有所問,為我解說。」
第二も同様に述べました。さらに第三者が尋ねました。「ゴータマよ、なぜ私に対して妨げとなることをされるのですか?ゴータマよ、どのように違いがあるというのですか?私は今、お尋ねしたいことがあります。どうか私のために説き明かしてください。」
佛告阿支羅迦葉:「隨汝所問。」
仏はアジラ・カーシャパに告げられた。「あなたの質問に、そのままお答えしましょう。」
阿支羅迦葉白佛言:「云何——瞿曇!——苦自作耶?」
阿支羅迦葉が仏に尋ねました。「瞿曇よ、苦しみは自分自身が作り出すものなのでしょうか?」
佛告迦葉:「苦自作者,此是無記。」
仏が迦葉に告げられた。「苦しみを自ら作るという見解は、これは無記(判断できないこと)である。」
迦葉復問:「云何——瞿曇!——苦他作耶?」
迦葉尊者が再び問いました。「では、ゴータマよ、苦しみは他者によって作られるのでしょうか?」
佛告迦葉:「苦他作者,此亦無記。」
釈迦は迦葉に告げた。「他によって苦しみが作られるという考えも、これまた無記(答えを超えた問い)である。」
迦葉復問:「苦自、他作耶?」
迦葉がまた尋ねました。「苦しみは、自分自身が作り出すものなのでしょうか?それとも、他の誰かが作り出すものなのでしょうか?」
佛告迦葉:「苦自、他作,此亦無記。」
釈尊は迦葉に告げられた。「苦しみは自分自身によって生じるものでも、他人によって生じるものでもない。このこともまた、分別を超えた道理である。」
迦葉復問:「云何——瞿曇!——苦非自非他、無因作耶?」
迦葉(カッサパ)がまた尋ねました。「では、ゴータマ尊よ、苦しみは、自分自身が作ったものでもなく、他人が作ったものでもなく、原因なく生じるものでもないのでしょうか?」
佛告迦葉:「苦非自非他、無因作者,此亦無記。」
迦葉復問:「瞿曇!所問:『苦自作耶?』答言:『無記』;『他作耶?』『自、他作耶?』『非自非他、無因作耶?』答言:『無記』——今無此苦耶?」
迦葉がまた問うた。「ゴータマよ、あなたは『苦しみは自ら作るものか』と問われて『それは答えない』と言い、『他者が作るのか』と問われても『答えない』と言い、『自他が共に作るのか』と問われても答えず、『自他によらず、無因で生じるのか』と問われても『答えない』と言われた。では、この苦しみはそもそも存在しないのですか。」
佛告迦葉:「非無此苦,然有此苦。」
迦葉白佛言:「善哉!瞿曇!說有此苦,為我說法,令我知苦見苦。」
迦葉が仏に申し上げました。「素晴らしい、ゴータマよ。あなたはこの苦しみについて説かれました。どうか私のために法をお示しください。苦しみを知り、苦しみをありのままに見ることができますように。」
佛告迦葉:「若受即自受者,我應說苦自作;若他受他即受者,是則他作;若受自受、受他受復與苦者,如是者自他作,我亦不說;若不因自、他,無因而生苦者,我亦不說。離此諸邊,說其中道。如來說法此有故彼有,此起故彼起;謂緣無明行乃至純大苦聚集,無明滅則行滅,乃至純大苦聚滅。」
仏は迦葉に告げられた。「もし苦しみを受ける者が、自らその苦しみを生み出すのであれば、『苦しみは自己によるものである』と私は説くべきであろう。そして、もし苦しみを受ける者とは別の他者が、その苦しみを生み出すのであれば、それは『他者によるものである』ということになる。また、苦しみを受ける者が自ら苦しみを生み出し、さらに他者も苦しみを生み出すのであれば、それは『自己と他者の共同によるものである』と説くことになるが、私はそれも説かない。さらに、自己にも他者にもよらず、原因なくして苦しみが生じるという『無因によるもの』も、私は説かないのである。このような偏った見解を離れて、私は中道を説く。如来が説法するには、『これがあるから、あれがある。これが生じるから、あれが生じる』という道理に基づく。すなわち、無明を縁として行が生じ、このようにして、ただ大いなる苦しみの集まりが生じる。逆に、無明が滅びれば行も滅び、このようにして、ただ大いなる苦しみの集まりが滅びるのである。」
佛說此經已,阿支羅迦葉遠塵離垢,得法眼淨。
釈尊がこの経を説き終えると、アチラ・カーシャパ(阿支羅迦葉)は煩悩の塵を離れ、法の眼(真理を見る智慧)が清らかに開かれました。
時,阿支羅迦葉見法得法,知法入法,度諸狐疑,不由他知,不因他度,於正法律,心得無畏,合掌白佛言:「世尊!我今已度,我從今日歸依佛、歸依法、歸依僧,盡形壽作優婆塞,證知我。」
そのとき、アジタラ・カーシャパは真理を観じ、法を得て、法を了知し、法に入り、あらゆる疑惑を超え、他に依らず、他によって悟られることなく、正法と律において心に畏れがなくなり、合掌して仏に申し上げた。 「世尊よ、私は今すでに解脱しました。私は今日より、仏に帰依し、法に帰依し、僧に帰依します。生涯を終えるまで在家信者となります。どうか私を証知してください。」
阿支羅迦葉聞佛所說,歡喜隨喜,作禮而去。
阿支羅迦葉は仏の教えを聞き、喜びに満ちてその教えに従うことを誓い、礼をして立ち去った。
時,阿支羅迦葉辭世尊去,不久為護犢牸牛所觸殺,於命終時,諸根清淨,顏色鮮白。
その時、アチラカッサパは尊き方を辞して間もなく、子牛を守る牛に突かれて命を落としました。命終の際には、諸々の感覚器官(諸根)は清らかで、顔色は鮮やかに白かったのです。
爾時,世尊入城乞食。時有眾多比丘,亦入王舍城乞食,聞有傳說阿支羅迦葉從世尊聞法,辭去不久,為牛所觸殺,於命終時,諸根清淨,顏色鮮白。諸比丘乞食已還出,舉衣鉢洗足,詣世尊所,稽首禮足,退座一面,白佛言:「世尊!我今晨朝眾多比丘,入城乞食,聞阿支羅迦葉從世尊聞法律,辭去不久,為護犢牛所觸殺,於命終時,諸根清淨,顏色鮮白。世尊!彼生何趣?何處受生?彼何所得?」
ある時、世尊は托鉢のために王舎城に入られた。その時、多くの比丘たちもまた王舎城へ托鉢に入り、ある噂を聞いた。それは、アチローラ・カーシャパが世尊から法を聞き、別れて間もなく、牛に襲われて命を落としたというものであった。その臨終の際、彼の感覚器官は清らかで、肌の色は鮮やかに白かったという。
比丘たちは托鉢を終えて街を出ると、衣と鉢を置き、足を洗ってから世尊のもとへ向かった。そして、世尊の足に頭を下げて礼拝し、退いて一方に座り、次のように申し上げた。
「世尊よ。今朝、私たち多くの比丘が托鉢のために王舎城へ入りましたところ、アチローラ・カーシャパが世尊から法と戒律を聞き、別れて間もなく、子牛を守る牛に襲われて命を落としたと聞きました。その臨終の際、彼の感覚器官は清らかで、肌の色は鮮やかに白かったとのことです。世尊よ、彼はどのような境涯に生まれたのでしょうか。どこに生まれ変わったのでしょうか。彼はどのような果報を得たのでしょうか。」
佛告諸比丘:「彼已見法知法,次法不受於法,已般涅槃,汝等當往供養其身。」
仏は諸比丘に告げられました。「彼はすでに法を見、法を知り、法に従って染まらず、すでに涅槃に入った。あなたがたはその身体を供養しなさい。」
爾時,世尊為阿支羅迦葉受第一記。
そのとき、世尊はアチラ・カーシャパに初めての授記をお与えになりました。
佛說為阿支羅迦葉自化作苦經一卷
仏がアキラガクサのために自ら苦を作る経