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  1. 仏説迦葉禁戒経 (佛說迦葉禁戒經)
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仏説迦葉禁戒経 (佛說迦葉禁戒經)

「佛說迦葉禁戒經」について

宋 · 底本の訳者:沮渠京聲

1,123 字 · 約 4 分

仏陀が迦葉に禁戒を説く経典は、北涼時代の訳経家である沮渠京声によって劉宋時代に漢訳されました。この経典は仏教の戒律に関する経典に属し、内容は大迦葉尊者が仏陀に問い、仏陀が沙門として厳しく守るべき禁戒について説いたものです。身・口・意の三業の清らかな規範と修行の要点を含み、戒律が解脱の基盤であることを強調しています。本経は初期仏教における戒律の重視を反映しており、漢伝仏教の戒律思想の発展を研究する上で重要な文献です。仏教律蔵において、先駆けを継ぎ後世を啓く歴史的な地位を有しています。


佛說迦葉禁戒經
宋居士沮渠京聲譯

沮渠京聲訳

聞如是:
一時佛在舍衛國祇樹給孤獨園,時摩訶比丘千二百五十人、菩薩萬二千人。
是時佛語摩訶迦葉比丘言:「比丘有二事,身墮地獄中:一者言是我所,二者求人欲得供養。比丘復有二事:一者反聽外道,二者多欲積衣被袈裟鉢。比丘復有二事:一者與白衣厚善,二者見好持戒沙門反嫉之。比丘復有二事,墮鑊湯中:一者常念愛欲,二者憙交結知友。比丘復有二事:一者自有過不肯悔,二者反念他人惡。比丘復有二事,當墮泥犁中:一者誹謗經道,二者毀傷經戒。比丘復有二事:一者於都犯戒,二者於法中無所得。比丘復有二事悔:一者強披法衣袈裟,二者身不持戒、不承事持戒沙門。比丘復有二事,實難愈:一者心邪亂,二者止人作菩薩道。」

そこで仏は摩訶迦葉比丘に告げられた。「比丘には二つの行いがあり、それによって地獄に堕ちる。 一つは『これは我がものだ』と言うこと、もう一つは人々に供養を求めることである。

比丘にはまた別の二つの行いがある。 一つは外道の教えを聞き入れること、もう一つは衣や袈裟、鉢を多く積みたがることである。

比丘にはまた別の二つの行いがある。 一つは在家者と深く親しむこと、もう一つはよく戒律を守る沙門を見て、かえって嫉妬することである。

比丘にはまた別の二つの行いがあり、それによって熱湯の釜に堕ちる。 一つは常に愛欲を思うこと、もう一つは友人を作り交際を好むことである。

比丘にはまた別の二つの行いがある。 一つは自分の過ちを認めて悔いようとしないこと、もう一つは他人の悪事をかえって思うことである。

比丘にはまた別の二つの行いがあり、それによって泥犁(地獄)に堕ちるべきである。 一つは経典や道を誹謗すること、もう一つは経典の戒律を毀損し傷つけることである。

比丘にはまた別の二つの行いがある。 一つはすべてにおいて戒を破ること、もう一つは仏法において何の得ることもないことである。

比丘にはまた別の二つの悔いるべき行いがある。 一つは無理に法衣や袈裟をまとうこと、もう一つは自ら戒律を守らず、戒律を守る沙門に仕えないことである。

比丘にはまた別の二つの行いがあり、実に治しがたい。 一つは心が邪(よこしま)で乱れていること、もう一つは人が菩薩道を修行するのを妨げることである。」

佛語迦葉:「沙門何故正字沙門?有四事為沙門:一者形容被服像類沙門,二者外如沙門內懷諛諂,三者但欲求索承事名譽自用貢高,四者行戒不犯是為真沙門。何等為形容被服者?除鬚髮、被法衣、持應器,心不自政,但欲作惡、喜學邪道,是為外被服像類沙門。內諛諂者,安徐而行徐出徐入,外衣食麁惡、內欲甘美,外居山間草苗為廬、內無信意,自寬賈若、內嫉忠直,從因緣多索財物,成其承名,是為諛諂不持戒。不持戒者,但欲令人稱譽,諛諂屏處欲令人稱譽,不自剋責趣求度脫,但有諛諂之態,是為不持戒。何等為真沙門?持戒行道,不惜壽命捐棄身體,不索萬物不求供養。若有比丘守空行者,常觀淨法本無瑕穢,自作慧行不從他人得,於佛法中得泥洹,是為真沙門。」
佛語迦葉:「欲求道,當於是真沙門,莫效承名沙門、諂諛沙門。譬如貧人稱名大富,但有富名內無所有。」佛問迦葉:「是人應有不?」迦葉言:「不應。」佛言:「如是。雖有沙門名者,不行沙門法,如貧人稱大富。譬如有人為水所沒漂,反渴欲死。沙門雖多諷誦、高才智慧,不去情欲,為是情欲飢渴欲死,坐是入泥犁、禽獸、薜荔中。譬如賢醫師,滿一器藥,不能自愈其病;雖多諷經,不持戒。譬如摩尼珠墮不淨中;雖多諷經,不持戒。譬如死人著金銀珍寶,身不持戒,反著袈裟像類沙門。譬如長者子被服莊飾,著好新衣中外潔淨。多諷經、不持戒,如是。」
佛語迦葉:「有四事像持戒人。何等四事?一者有比丘,禁戒所語,言我不犯。雖有是語,為有著,自呼有善。二者若有比丘,悉知深經,著行,自言是我所行。三者若比丘多著,言是我所著。四者自言我常行等心,著恐畏於生死,是為沙門自稱譽為持戒。」
佛語迦葉:「禁戒無形,不著三界,無常、無吾我、無人、無命、無意、無名無稱、無化、無教作者,無所從來、無所從去,無形無滅、無身無所犯、無口無所犯、無心無所犯,無世間無計、無世事無所住、亦無戒亦無所念、亦無敗壞,是名為禁戒。」
是時佛說:「禁戒無瑕穢亦無所著。戒者無諸瞋恚,安定就度世道,如是為持戒。不愛身形、不愛壽命、亦不樂於五道,悉曉了入於佛道中,是為持戒。亦不在中、亦不在邊、不著亦不轉,譬如虛空中風,是為持戒。是乃名為無種人有定心,亦無所著亦無我,為天人相。而曉是者,是為淨持戒、不轉於禁戒、不自貢高、常欲守道持戒。如是無有而過者耶?無有是人信於空者,隨佛所行不染污,從世間冥中入照入明,適無所住立,亦莫於三界。是戒法。」
佛說是戒法,三萬三千諸天人民皆得須陀洹道,八百沙門從是因緣意解得度,行智慧如是。
佛說迦葉禁戒經

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