南山所撰大部凡有三焉。曰刪補鈔。戒本疏。及茲疏也。其諸述作。亦裨助此三而輔翼至化者也。予嘗於講餘。探賾群籍。纂事鈔等記。一旦諸弟子陞堂稽首曰。南山一宗。諸記備矣。獨乎業疏未廣發揮。願一記焉。予遂然之。告曰。夫尸羅者。止之妙門也。羯磨者。作之清範也。能仁所以立斯二者。猶車之兩輪焉。昔吾祖御之於前。復作疏以廣其道。但後之駕說者鮮矣。惜乎斯文旨淵而理密。文博而義富。苟不引而伸之。則辜吾祖之訓。是我罪也。汝曹有起予之興。若孔門之卜商矣。弟子設禮循墻而出。於是嗒然隱几摛毫而述。因思羯磨乃曇諦始傳派於法正之遠源也。越明年記成。遂以正源為目。後之鴻筆。無誚鼠伎云。
南山の撰述は、大きく分けて三部がある。すなわち『刪補鈔』(さんぼしょう)、『戒本疏』(かいほんしょ)、そしてこの『業疏』(ごうしょ)である。その他の著作も、この三部を補い、教化を助けるものである。 私はかつて講義の合間に、多くの典籍を深く探求し、『行事鈔』などの注釈を編纂した。ある日、弟子たちが私のもとに来て、こう言った。「南山の一宗については、多くの注釈書がすでに揃っています。ただ『業疏』だけは、まだ十分に解き明かされていません。どうか、その注釈をお書きください。」私はこれに同意し、こう答えた。 「戒律(尸羅)とは、悪を止める素晴らしい門である。羯磨(こんま)とは、善を起こす清らかな規範である。釈尊がこの二つを定められたのは、ちょうど車に二つの輪があるようなものだ。昔、我が祖師(南山大師)はこれを先に導き、さらに疏(注釈書)を著してその教えを広められた。だが、その後、これを説き伝える者は少なかった。惜しむらくは、この書はその趣旨が深遠で理が緻密であり、文章は広範で意味は豊かである。もし、これを引き出して広めなければ、我が祖師の教えに背くことになる。それは我々の罪である。あなたたちには、私を奮い立たせる興味がある。それは、孔子の門下で彼を助けた卜商(子夏)のようなものである。」弟子たちは礼をして、静かに退出した。 そこで私は、几に寄りかかって筆を執り、述作を始めた。ふと考えるに、羯磨は曇諦(どんたい)が始めて伝え、法正(ほっしょう)の遠い源流に連なるものである。翌年、注釈が完成したので、これに「正源」と名付けた。後世の優れた筆者よ、私のような拙い技をあざ笑わないでほしい。
時大宋皇祐三年辛卯正月三日。於錢塘淨住白蓮池上序