力莊嚴三昧經卷下
隋天竺三藏那連提耶舍譯
隋の天竺三蔵ナーラヤナ・ヤシャ訳
爾時,佛告智輪大海辯才童子言:「善男子!汝見一切如來身不?」
そのとき、仏は智輪大海弁才童子に告げられました。「善男子よ、あなたはすべての如来の身を見ましたか。」
智輪童子即白佛言:「世尊!我見。」
智輪童子は直ちに仏に申し上げました。「世尊よ、私は見ます。」
佛問智輪:「汝言見者,所見何等?」
仏は智輪に問われました:「あなたが言う『見る者』とは、何を見ているのですか?」
智輪言:「世尊!我見一切諸佛、如來。若恒河沙等所有世界,於是國土亦見恒河沙等諸佛、如來,一切皆於自剎土中各各說法;如是,第二及以第三佛如是問,智輪童子亦如是答。」
智輪は言いました。「世尊よ、私は一切の諸仏如来を見ます。まるでガンジス川の砂の数ほどのすべての世界において、その国土にもガンジス川の砂の数ほどの諸仏如来を見ます。彼らは皆、それぞれの自らの国土において、各々説法をなさっています。このように、第二、第三の仏も同じように問い、智輪童子も同じように答えました。」
時佛復更問智輪言:「善男子!汝見如來右手掌不?」
その時、仏は再び智輪に尋ねられました。「善男子よ、あなたは如来の右手の掌を見ますか?」
智輪言:「見。」
智輪は言った。「見なさい。」
佛言:「智輪!汝言見者,所見何等?」
お釈迦さまはおっしゃいました。「智輪よ、あなたが『見る者』と言うならば、何を見ているのですか?」
智輪言:「世尊!我見一切諸佛、如來右手指掌各於其剎等說諸法亦復如是。」
智輪は言いました。「世尊よ、私はすべての仏を見ました。如来の右手の指の掌は、それぞれその国において、同じように諸法を説いています。」
「智輪童子!如是方便,當知一切諸眾生等心意及法,此如來名,一切眾生眼、色、耳、聲、鼻、香、舌、味、身、觸,此如來色;此如來名、此色,名如來一切智、亦名一切見。」
智慧の輪よ、童子よ!このような方便によって、一切の衆生たちの心や思い、そしてそのはたらきを知るべきである。この如来の名は、すべての衆生の眼と色、耳と声、鼻と香り、舌と味、身と触れである。これが如来の色である。この如来の名とこの色、これらは如来の一切智とも呼ばれ、また一切見とも呼ばれるのである。
爾時,智輪大海辯才童子白佛言:「世尊!如來所說不可思議,多陀阿伽度微妙最大不可思議如來境界。」
その時、智輪大海弁才童子が仏に申し上げた。「世尊よ、如来の説かれることは思議を超えております。多陀阿伽度(如来)の微妙にして最大なる不可思議なる如来の境地でございます。」
佛言:「如是如是,智輪童子!不可思議,多陀阿伽度微妙最大不可思議如來境界。
仏は言われた:「その通りです、その通りです、智輪童子よ!計り知れないことです。多陀阿伽度(如来)の微妙で最も偉大なる、思議しがたい如来の境地は。
「智輪童子!我於阿說他樹下端坐思惟阿耨多羅三藐三菩提,覺已得一切種智。智輪童子!我發是心:『不可思議、微妙最大不可思議,此是諸佛、如來境界。』
智輪よ、私はアシュッタの樹の下に坐し、阿耨多羅三藐三菩提について思惟し、悟りを開いて一切種智を得た。智輪よ、私はこのように心に発した。『これは不可思議であり、微妙にして最も大いなる不可思議である。これは諸仏、如来の境界である』と。
「我於爾時作是不可思議念已,從阿說他樹下而起,不近、不遠,對於此樹一心諦觀,熟視不瞬,得歡喜食離餘飲食;如是,逕於七日七夜見阿說他菩提之樹。我此樹下如是坐已,一切世間無能信佛得如來智、得自在智、得不可思議智、得不可量智、得無等等智、得不可數智、得阿僧祇智、得大智、得佛智、得一切種智。
その時、私はこのような不可思議な思いを抱き、アシタの木の下から立ち上がりました。木から近すぎず遠すぎない距離で、一心にその木を見つめ、瞬きもせずに熟視しました。喜びの糧を得て他の飲食を離れ、こうして七日七夜の間を過ごし、アシタの菩提樹を見つめ続けました。
この木の下に座りながら、私は思いました。この世の誰も、如来の智慧、自在の智慧、不可思議の智慧、量り知れぬ智慧、比類なき智慧、数え切れぬ智慧、阿僧祇の智慧、大いなる智慧、仏の智慧、一切種智を信じ、得ることはできないと。
「復次,智輪!對阿說他菩提之樹,即彼處所有塔名為不瞬眼視,是我不可思議之心見阿說他菩提樹下起眼不瞬,乃至七日得歡喜食離餘食想,彼大支提常為天人之所供養。智輪童子!如此方便,當知即是不可思議諸佛、如來甚深境界。
さらに、智輪よ!阿說他菩提の樹に向かい、その場所にある塔は「瞬きせぬ眼差し」と呼ばれる。これは、私が阿說他菩提樹の下で瞬きせぬ眼を起こし、七日間、歓喜の食を得て他の食物の想いを離れた、私の不可思議な心が見たものである。その大いなる支提は常に天人の供養を受ける。智輪童子よ!このような方便こそ、不可思議なる諸仏・如来の甚深なる境界であると知るべきである。
「復次,智輪!汝今莫作如是思念,獨謂如來菩提覺已,對阿說他以不瞬眼看於彼樹,得歡喜食離餘飲食,七日夜住。智輪童子!慎勿如此起於是心。何以故?過去一切十方諸佛、多陀阿伽度、阿羅呵、三藐三佛陀——今已入於寂滅涅槃——彼諸如來亦各坐於菩提樹下,坐已皆得阿耨多羅三藐三菩提及一切種智,悉發是心不可思議、最大不可思議、諸佛甚深如來境界。彼佛亦各起如是心不可思議,彼菩提樹——從樹下起至於餘處——以不瞬眼直視此樹,得歡喜食離於餘食;七日夜住,亦復如是。
さらに、智輪よ。あなたはこのように考えてはならない。ただ如来が菩提を覚り、阿説他に対して瞬きもせずにその樹を見つめ、歓喜の食を得て他の飲食を離れ、七日夜住したとだけ思ってはならない。智輪童子よ、決してこのような心を起こしてはならない。なぜなら、過去のすべての十方の諸仏、多陀阿伽度、阿羅呵、三藐三仏陀――今はすでに寂滅涅槃に入られた方々――その諸仏如来もまた、それぞれ菩提樹の下に坐し、坐してから阿耨多羅三藐三菩提及び一切種智を得られ、すべてこの不可思議な心を発し、最大の不可思議、諸仏の甚深なる如来の境地を発された。その諸仏もまた、それぞれこのような不可思議な心を起こされた。その菩提樹――樹下から起きて他の場所に至るまで――瞬きもせずにまっすぐにこの樹を見つめ、歓喜の食を得て他の飲食を離れ、七日夜住されたことも、また同じようにである。
「智輪童子!若當來世一切十方諸佛、如來亦菩提樹下坐,得阿耨多羅三藐三菩提及得一切種智不可思議,乃至最大不可思議如來境界。彼佛、如來亦發不可思議之心念菩提樹,觀樹以起不瞬眼覩,得歡喜食離餘食想;七日夜住,亦復如是。
智輪童子よ、もし未来の世において、十方のすべての諸仏、如来が菩提樹の下に坐し、阿耨多羅三藐三菩提を得、一切種智の不可思議、さらには最大の不可思議なる如来の境界を得るならば、その仏、如来もまた、不可思議なる心を起こして菩提樹を念じ、樹を見つめて瞬きもせず、歓喜の食を得て他の食物を離れ、七日夜を同じように過ごすのである。
「智輪童子!若今現在一切十方諸佛住世乃至說法,彼佛、如來亦菩提樹下坐,得阿耨多羅三藐三菩提及一切種智已,亦如是念,乃至最大不可思議如來境界。彼佛、如來得不可思議心已,從菩提樹下起,以不瞬眼觀菩提樹,得歡喜食離餘飲食;七日夜住,亦復如是。」
智輪童子よ、もし今、あらゆる十方の諸仏が世に住み、説法しているならば、その仏、如来もまた菩提樹の下に坐し、阿耨多羅三藐三菩提と一切種智を得た後、同じように思いをめぐらし、最大の不可思議なる如来の境地に至るのです。その仏、如来は不可思議なる心を得て、菩提樹の下から立ち上がり、瞬きもせずに菩提樹を見つめ、歓喜の食を得て他の飲食を離れ、七昼夜にわたり同じように留まるのです。
爾時,智輪大海辯才童子復白佛言:「世尊!云何如來及一切佛、多陀阿伽度、阿羅呵、三藐三佛陀,菩提樹下得阿耨多羅三藐三菩提及一切種智已,作如是念不可思議亦如是觀,對菩提樹不瞬眼視,得歡喜食離餘飲食,或二七日住於是處?」
その時、智輪大海辯才童子が再び仏陀に申し上げました。「世尊よ、いかにして如来および一切の仏、多陀阿伽度、阿羅呵、三藐三佛陀は、菩提樹の下で阿耨多羅三藐三菩提および一切種智を得られた後、このように思惟し、またこのように観察され、菩提樹を瞬きもせずに見つめ、歓喜の食を得て他の飲食を離れ、あるいは二七日間その場所に留まられたのでしょうか?」
佛告智輪童子言:「善男子!非一切多陀阿伽度、阿羅呵、三藐三佛陀,對菩提樹七日七夜不瞬眼住。智輪童子!有諸佛、如來得阿耨多羅三藐三菩提,覺已乃至入於無漏涅槃,於此時間不可思議、念佛境界不可思議。智輪童子!此之方便,如是當知:諸佛常念不可思議諸佛境界、最大不可思議如來境界。」
仏陀は智輪童子に告げられた: 「善男子よ、全ての如来・応供・正等覚者が菩提樹の下で七日七夜、瞬きもせずに坐すわけではない。 智輪童子よ、ある仏・如来は無上正等覚を得て悟りを開いた後、漏尽の涅槃に入るまでの間、その時間は計り知れず、仏を念ずる境地もまた測りがたい。 智輪童子よ、この方便をこのように知るがよい──諸仏は常に、測り知れぬ諸仏の境地を念じ、最も大いなる測り知れぬ如来の境地を念じておられるのだ。」
智輪童子復白佛言:「世尊!如來、多陀阿伽度、阿羅呵、三藐三佛陀所有境界多少云何?」
智輪童子が再び仏陀に申し上げました: 「世尊よ、如来・多陀阿伽度・阿羅呵・三藐三仏陀の境地は、いかばかりの広さでありましょうか?」
佛告智輪:「諸佛境界依如一切眾生境界。」
仏は智輪に告げられた:「諸仏の境界は、あらゆる衆生の境界に依って成り立つものである。」
智輪童子復白佛言:「世尊!一切眾生境界多少?」
智輪童子は再び仏に申し上げました:「世尊よ、一切衆生の境界はどれほど広大なのでしょうか?」
佛告智輪:「如是一切諸佛境界,此名一切眾生境界。又復,智輪!汝今當知:諸佛境界及以一切眾生境界,此二境界是一法界,無有差別。」
仏は智輪に告げられた: 「このように、すべての仏の境地は、 これが一切衆生の境地と呼ばれるのである。 さらに、智輪よ、今こそ知るべきである。 諸仏の境地と一切衆生の境地、 この二つの境地は一つの法界であり、 何の差別もないのである。」
智輪童子復白佛言:「世尊!云何名佛?何者是法?」
智輪童子は再び仏に申し上げました。「世尊よ、いったい何を仏と呼ぶのでしょうか。また、何が法なのでしょうか。」
佛告智輪:「汝今當知:一切眾生名為佛法。」
仏は智輪に告げられた:「そなたは今知るべきである。すべての衆生こそが仏法と呼ばれるのだ。」
智輪復問:「眾生何者?云何是名佛?」
智慧の輪がまた尋ねました。「衆生とは何ですか?どうしてそれを仏と呼ぶのですか?」
佛告智輪:「眾生界者,當知此義是佛境界。」
仏は智輪に告げられた:「衆生の世界というものは、これこそ仏の境地であると知るべきである。」
佛告智輪:「我今問汝,隨汝意答。云何名心?何因緣故如來得阿耨多羅三藐三菩提?」
仏は智輪に告げられた:「今、汝に問う。汝の思うままに答えよ。心とは何か?また、いかなる因縁によって如来は阿耨多羅三藐三菩提を得たのか?」
智輪童子答言:「世尊!一切眾生自體性故,多陀阿伽度、阿羅呵、三藐三佛陀。」
智輪童子は答えて言いました。「世尊よ、一切の衆生は自らの本性によって、多陀阿伽度(如来)、阿羅呵(応供)、三藐三佛陀(正等覚者)なのです。」
爾時,世尊復更重問智輪童子言:「智輪!汝意云何?汝知如來智慧云何?」
その時、世尊はさらに智輪童子に重ねてお尋ねになりました。「智輪よ、そなたはどう思うか。そなたは如来の智慧がどのようなものかを知っているか?」
智輪童子即答佛言:「一切眾生境界知故,多陀阿伽度、阿羅呵、三藐三佛陀智慧具足。」
智輪童子は即ち仏陀に答えて言いました。「一切衆生の境界を知るが故に、多陀阿伽度・阿羅呵・三藐三佛陀の智慧を具足しておられるのです。」
佛告智輪:「汝當知此:如是方便,無量諸佛、如來境界與諸眾生境界一種,若有一切眾生境界即佛境界。如是,一切如來境界及以一切眾生境界,是一境界,無二、無別。」
仏は智輪に告げられた:「よく知るがよい。このように、無量の諸仏・如来の境地と、すべての衆生の境地とは、同じ一つのものである。もしすべての衆生の境地があるなら、それはすなわち仏の境地である。このように、すべての如来の境地と、すべての衆生の境地とは、一つの境地であって、二つでもなく、別でもない。」
爾時,智輪大海辯才童子白佛言:「世尊!如我解佛所說義趣,知於諸佛不異眾生,一切眾生亦即如來。」
その時、智輪大海辯才童子が仏に申し上げました。「世尊よ、私が仏の説かれた意味を理解するに、諸仏は衆生と異ならず、一切の衆生もまた如来であると知りました。」
佛時印可智輪童子言:「善哉,善哉。智輪童子!汝今善知如來語義。又亦曾於過去無量恒河沙等佛、世尊所植眾德本、聞佛所說微妙法門、日夜長修般若波羅蜜,恒於生世得義辯才、得法辯才、得辭辯才、得樂說辯才,為諸眾生問答無礙。」
その時、仏は智輪童子の言葉を認められて言われた。 「善いかな、善いかな。智輪童子よ。汝は今、よく如来の語る意味を知った。 また、汝は過去において無量の恒河沙の数の仏、世尊のもとで多くの善根を培い、仏の説かれた微妙な法門を聞き、日夜、般若波羅蜜を修め続けてきた。 それゆえに、常に生を受ける世において、義理を弁じる才、法を弁じる才、言葉を弁じる才、喜んで説く才を得て、あらゆる衆生のために問答に滞るところがない。」
爾時,智輪大海辯才童子復白佛言:「世尊!云何如來及諸菩薩摩訶薩等,能作如是,得如來智、自在智、不可思議智、不可量智、無等等智、不可數智、阿僧祇智、大智、佛智、一切種智,達了覺知?」
その時、智輪大海弁才童子が再び仏に申し上げました。 「世尊よ、如来と諸菩薩摩訶薩たちは、どのようにしてこのような境地を成し遂げられるのでしょうか。 如来の智慧、自在の智慧、不可思議な智慧、計り知れない智慧、比べるもののない智慧、数えきれない智慧、阿僧祇の智慧、大いなる智慧、仏の智慧、一切種智を悟り、すべてを明らかに知覚されるのですか?」
如是問已,佛即告言:「智輪童子!我於般若波羅蜜中不亂心行。智輪童子!以不亂心行般若故,菩薩摩訶薩能作如是得如來智、自在智、不可思議智、不可量智、無等等智、不可數智、阿僧祇智、佛智、大智、一切種智,如是覺知。」
このように問われた後、仏はすぐにこうお答えになりました。
「智輪童子よ、私は般若波羅蜜において、心を乱さずに修行しているのです。智輪童子よ、心を乱さずに般若を修行するがゆえに、菩薩摩訶薩はこのようにして如来の智慧、自在の智慧、不可思議の智慧、不可量の智慧、無等の智慧、不可数の智慧、阿僧祇の智慧、仏の智慧、大いなる智慧、一切種の智慧を得て、このように覚り知ることができるのです。」
智輪童子復白佛言:「世尊!云何如來及諸菩薩摩訶薩等,於般若波羅蜜中行,行已亦不捨想不想中行、亦非想證?」
智輪童子が再び仏に申し上げました。「世尊よ、いかにして如来や諸々の菩薩摩訶薩は、般若波羅蜜の中を行じながら、行じた後も想いと想いなき中を行き、また想いによって証を得ることなくいるのでしょうか。」
佛告智輪:「此中菩薩摩訶薩等行般若波羅蜜時,眼中行、色中行、耳中行、聲中行、鼻中行、香中行、舌中行、味中行、身中行、觸中行、意中行、法中行。」
仏は智輪に告げられた: 「ここに菩薩摩訶薩らが般若波羅蜜を行ずる時、 眼の中で行じ、色の中で行じ、 耳の中で行じ、声の中で行じ、 鼻の中で行じ、香の中で行じ、 舌の中で行じ、味の中で行じ、 身の中で行じ、触の中で行じ、 意の中で行じ、法の中で行じるのである。」
智輪童子言:「云何眼中行、色中行、耳中行、聲中行、鼻中行、香中行、舌中行、味中行、身中行、觸中行、意中行、法中行?」
智輪童子が尋ねました。「どうして眼の中で行い、色の中で行い、耳の中で行い、音の中で行い、鼻の中で行い、香りの中で行い、舌の中で行い、味の中で行い、身体の中で行い、触れ合いの中で行い、心の中で行い、物事の中で行うのでしょうか?」
佛言:「智輪!菩薩摩訶薩眼色中行,當知此眼為色作礙;耳為聲礙、鼻為香礙、舌為味礙、身為觸礙、意為法礙。」
仏は言われた。「智輪よ、菩薩摩訶薩が眼によって色の世界を歩むとき、この眼が色に対して障りとなることを知るべきである。耳は声の障りとなり、鼻は香りの障りとなり、舌は味の障りとなり、身は触れの障りとなり、意は法の障りとなるのだ。」
智輪言:「云何眼為色礙,乃至云何意為法礙?」
佛言:「智輪!眼緣色故,心生歡喜、或生苦惱、或生捨受;心取著故,起貪、瞋、癡,因緣和合,造身、口、意種種諸業;造此業已,生於地獄、餓鬼、畜生、及阿修羅、天、人六道為依止處。彼中眼、色果報出生,受此報故,愚癡之人於當來世苦惱增廣。如是去來循環不息,以是果故,眾苦不斷。何以故?於流轉中不見出道。凡夫眾生愚癡顛倒,不知如是耳因緣聲,乃至不知意因緣法,廣說如上。
仏はおっしゃいました。「智輪よ、眼は色を縁とするために、心は喜びを生じ、あるいは苦しみを生じ、あるいは捨の感受を生じます。心が執着するために、貪り、怒り、愚かさが起こり、因縁が和合して、身と口と意のさまざまな業を造ります。この業を造った後、地獄、餓鬼、畜生、そして阿修羅、天、人の六道に生まれ、そこを依りどころとします。その中で眼と色の果報が生まれ、この報いを受けるために、愚かな人々は来世で苦しみをいっそう広げていきます。このように去来が循環して止まらず、その果報のために、さまざまな苦しみが絶えることがありません。なぜでしょうか。流転の中にあって、抜け出す道が見えないからです。凡夫の衆生は愚かで転倒しており、このような耳が声を縁とする道理を知らず、さらには意が法を縁とする道理も知りません。詳しくは以上のとおりです。」
「智慧之人應當至心諦觀:『此眼,眼為是誰?何者是眼?』推覓眼義及非眼義;如是,色義、色非色義,乃至耳、聲、鼻、香、舌、味、身、觸、意、法義及非義,一切皆覓都無所見。智者如是諦思惟已,眼義不見、非眼義亦不見、眼非眼義一切不見,乃至色義不見、非色義亦不見、色非色義一切不見;如是,耳、聲、鼻、香、舌、味、身、觸、意、法,如是法義不見、非法義亦不見、法非法義亦復不見。
智慧ある人は、こう深く心を込めて見きわめるべきです。「この眼は、いったい誰のものか。何が眼なのか」と。眼の意味と、眼ではないものの意味を、こうして探し求めます。同じように、色の意味、色ではないものの意味、さらには耳と声、鼻と香、舌と味、身と触、意と法についても、その意味と意味でないものを、すべて探し求めても、どこにも見いだせません。智慧ある人はこのように深く思いめぐらしたのち、眼の意味も見えず、眼でない意味も見えず、眼と眼でない意味のすべてが見えません。さらには色の意味も見えず、色でない意味も見えず、色と色でない意味のすべてが見えません。同じように、耳と声、鼻と香、舌と味、身と触、意と法についても、このように法の意味も見えず、法でない意味も見えず、法と法でない意味もまた、すべて見えないのです。
「時彼行人不見眼、已離於眼義、亦復不見是眼非眼,不見是色、不見離色、亦復不見是色非色;如是,耳非耳、耳非非耳,聲非聲、聲非非聲,鼻非鼻、鼻非非鼻,香非香、香非非香,舌非舌、舌非非舌,味非味、味非非味,身非身、身非非身,觸非觸、觸非非觸,意非意、意非非意,法非法、法非非法。
「又復,眼者不覺、非眼者亦不覺、眼非眼亦不覺;如是,色不覺、非色亦不覺、色非色亦不覺,耳不覺、非耳亦不覺、耳非耳亦不覺,聲不覺、非聲亦不覺、聲非聲亦不覺,鼻不覺、非鼻亦不覺、鼻非鼻亦不覺,香不覺、非香亦不覺、香非香亦不覺,舌不覺、非舌亦不覺、舌非舌亦不覺,味不覺、非味亦不覺、味非味亦不覺,身不覺、非身亦不覺、身非身亦不覺,觸不覺、非觸亦不覺、觸非觸亦不覺,意不覺、非意亦不覺、意非意亦不覺,法不覺、非法亦不覺、法非法亦不覺。
「如是,捨離眼因緣故則色不生,色不生故離眼及色,既離眼、色,則無有愛及以不愛。如是,離於愛、不愛故,何處更有愛、不愛生?離愛、不愛故,無和合;和合無故,名為不著,亦名無礙,當知即是無障礙智。云何名為無障礙智?無礙智者,無量一切眾生眼,如是一切智眼,無量一切眾生色,如是一切智色。如是,一切眾生眼者,一切智眼者;一切眾生色者,一切智色者;此二種法是一無異。此非覺故,如是,耳、聲、乃至鼻、香、舌、味、身、觸、意、法一切不生。因緣離故則無有愛;無有愛故,法中不行;法不行故,故無障礙;離障礙故,無有染著;無染著故,是故離障;以離障故,無礙智生。智因緣故,無量一切眾生心,如是一切智心,無量一切眾生法,如是一切智法;如是,一切眾生心、一切智心,如是一切眾生法、一切智法,此二種法是一無異。
「智輪童子!般若波羅蜜中如是行,非想中行、亦非離想中行,非想中證、亦非離想中證。智輪童子!此名一切眾生心、一切眾生法、一切智心、一切智法平等智相。」
爾時,智輪大海辯才童子白佛言:「世尊!無生法者,如來眼、耳、鼻、舌、身、意,此六種識,其義云何?」
佛告智輪言:「無生者,眼識等空,本無有物。其中推覔一箇物無,是故不生;以不生故,故空無物。
「智輪童子!譬如虛空本來不生,不生故,無滅;滅無故,無物;可離故,名虛空。如是,一切眾生、一切眾生法亦不生;不生故,無滅;亦無離物故,一切眾生、一切眾生法猶如虛空,一種無異。
「智輪童子!一切眾生、一切眾生法猶如虛空,不生、不滅,不動、不亂,非彼、非此,不染煩惱、非寂滅離。如是,不生、不滅,不動、不亂,非彼、非此,不染煩惱、非寂滅離,非一、非異,虛空如是。
「智輪童子!一切眾生、一切眾生法,不生、不滅,非動、非亂,非彼、非此,不染煩惱、非寂滅離。如是,過去、當來、現在諸佛、如來,非生、非滅,不動、不亂,非彼、非此,不染煩惱、非寂滅離。此名法住、亦名法行,如如非異、如如非不異,如如湛然常住,無有遷動,同一法界。」
爾時,智輪大海辯才童子復白佛言:「世尊!幾許如來已過於世?」
佛告智輪童子:「如恒河沙等。」
智輪又問:「幾許如來當來出生?」
佛言:「智輪!如恒河沙。」
智輪又問:「幾許如來現在說法?」
佛言:「智輪童子!亦如恒河沙等。」
智輪童子重白佛言:「世尊!過去如來已入涅槃,實難再覩;當來諸佛未出世間,不可預見;現在世尊正住教化,未入涅槃。彼佛如如,非異如如、非不異如如,常恒、常常、住不異法,其義云何?」
作是問已,佛答:「智輪!此是佛智。智輪!當知如是言說是世間法、非第一義。真如法中有是言說,亦非言說所可覺知,是佛智力之所知覺。智輪童子!此名佛智。
「云何力智?如一切眾生平等故,一切法平等;一切法平等故,一切眾生平等如如。不異如如、非不異如如,此名菩薩摩訶薩第一如來力;是力因緣故,處、非處如實知。云何名為是處、非處?有因緣處此名為處,離於因緣是名非處。
「又復,智輪童子!於汝意云何?如過去世已皆盡滅,不可得見、不可得知;過去眾生造三業行亦復過去,為有、為無?」
智輪童子答佛言:「有。」
佛告智輪:「汝意云何?當來世中諸法未生,不可得見、不可得知、無有一物。彼當來中三種行業眾生有不?」
智輪童子答佛言:「有。」
佛告智輪:「汝意云何?現在世中現有眾生可見、可知,彼三業行眾生有不?」
智輪童子答佛言:「有。」
佛告:「智輪!云何為有?」
智輪童子言:「世尊!過去之世雖復滅謝,然諸眾生所造三種業行不亡;又復,當來雖復未有、未生、未見,不覺、不知,以因緣故,未來世中有三業行;今現在世因緣起故、眾生生故、三業作故,如是種種有諸業行。」
佛言:「如是。智輪童子!過去世中一切種智故,有過去佛;當來世中一切種智故,有當來佛;現在世中一切種智諸因緣故,現在有佛。
「又復,云何是處、非處離依止故,無處、非處?」
佛言:「智輪童子!於汝意云何?如過去虛空悉皆盡滅,無去、異去?」
智輪童子言:「不也。世尊!何以故?離依止故,過去虛空,處、非處盡故、不淨故、不異故、不動不動法故。」
佛言:「智輪童子!於汝意云何?如當來虛空未生、未覩、不見、不記?」
智輪童子言:「不也。世尊!何以故?如是離依止故,處、非處當來不異去,不動不動法故。」
「如是,現在虛空不盡、不異、不滅、不動不動法。智輪童子!如是,過去諸佛、如來不依止故,不盡、不去、不異、不滅、不動不動法;如是,當來諸佛、如來不依止故,未生、未有、亦非相隨和合而有非餘處、有非動非動法;如是,現在諸佛、如來住真實行,了達見常,常住不動,是處、非是處如實悉知。
「智輪童子!菩薩摩訶薩當知:此名諸佛第一處力,是力因緣,佛智所覺。」
智輪童子復白佛言:「世尊!一切世間無有能信如來此事。又,佛種智猶如虛空,一種無異,不生、不老,不死、不亂,非當來生、非煩惱、非寂滅。法界體性真實中住,如如平等,此如是法。佛轉法輪,見諸眾生生、老、病、死,故彼處生煩惱寂滅業因、業果。」
作是問已,佛答智輪童子言:「如是如是。智輪童子!一切世間無有能信、真實難信,此中唯獨如來證知,又不退轉諸大菩薩摩訶薩等,曾於過去無量佛所植眾德本乃能信此。智輪童子!此處如是,最大難信。若有如來阿耨多羅三藐三菩提覺已如來智、自在智、不可思議智、不可量智、無等等智、不可數智、阿僧祇智、大智、佛智、一切種智,智輪童子!此名如來,一切世間不可信。如虛空無有異,一切眾生一切法。如來說法及轉法輪說於有生,其中亦無有生可說;說於老事亦無有老、說於患事亦無有患、說於死事亦無有死、說於漏事亦無有漏;說非彼生、非彼生事亦復是無;說染煩惱,染事亦無;說於寂滅,寂滅亦無;說於涅槃,亦無眾生入涅槃者。智輪童子!此是如來,一切世間叵信、難信。
「一切眾生本無有名,假名故說;本無言語,假說置言;本無文字,假立文字。何以故?文字句說,一切世間種種差別能得知故,智輪童子!是一切法名字句味,一切先無今假說有。智輪童子!如來法輪亦復如是,先無今有。
「智輪童子!諸佛、如來轉於法輪,為二大事因緣故轉。何者是二大事因緣?如來世尊轉法輪時,一、眾生加,二者、法加。
「智輪童子!於汝意云何?眾生有生,此可說不?」
智輪童子言:「不也。世尊!」
時佛復告智輪童子:「於汝意云何?若諸眾生是不生者,法是可生,可說以不?」
智輪童子言:「不也。世尊!」
佛告智輪童子:「眾生名離因緣,眾生相亦非生;眾生相非生故,一切法、一切法相亦復不生,此不生法名一切智。以是一切智慧力故,聞於釋迦如來名已,此三千大千世界六種震動;當於是時十方一切諸佛剎土悉皆震動,如是世界諸佛眾中出,大蓮華各各遍覆。
「智輪童子!無量一切眾生眼如是一切智眼、無量一切眾生色如是一切智色。如是,一切眾生眼,一切智眼;如是,一切眾生色,一切智色;此之二種當知是一非二。
「法界如是,一切眾生受、一切眾生想、一切眾生行、一切眾生識、一切眾生名,此名如來名。無量一切眾生色入於色陰,名如來色,此色名一切智、亦名一切見、亦名一切識、一切智。是故,一切種智不取智相、亦不著智,是名一切智、亦名一切識、亦名一切見佛眼。
「如是,見一切色亦不取相:『我眼能見彼。』如是,色乃至心法、識亦如是,如來不作是念:『是非識。』不如是念:『是我識。』何以故?眼非覺故、色非覺故,亦非覺事,乃至非覺心故、非覺法故。一切眼見事,如來見者一切知見;耳中一切響應者,一切聲聞;鼻中一切氣熏者,一切香嗅;舌中一切甞者,一切味知;身中一切摩觸者,一切覺知;意中一切識緣者,一切法得。
「又復,如來如是念者:『眼中一切諸色皆見、眼中一切諸聲皆聞、眼中一切諸香皆嗅、眼中一切諸味皆甞、眼中一切諸觸皆覺、眼中一切諸法皆緣。』如是,智輪!如來心中一切色見、一切聲聞、一切香嗅、一切味甞、一切觸覺、一切法緣,一切眾生順故,一切種智能如是作智因緣故。智輪童子!如是方便,當知如來亦一切智、亦一切見、亦一切識。」
爾時,智輪大海辯才童子白佛言:「世尊!如我解佛所說義趣,眼亦如來一切種智、色亦如來一切種智;如是,耳、聲、鼻、香、舌、味、身、觸、意、法亦悉如來一切種智。是故,如來一切識、一切見、一切智。」
爾時,佛告智輪大海辯才童子言:「善男子!汝見如來一切身、一切智、法平等智,何者是因緣?菩薩摩訶薩一切眾生眼智、眼煩惱智、眼寂滅智、眼煩惱寂滅智,耳智、耳煩惱智、耳寂滅智、耳煩惱寂滅智,鼻智、鼻煩惱智、鼻寂滅智、鼻煩惱寂滅智,舌智、舌煩惱智、舌寂滅智、舌煩惱寂滅智,身智、身煩惱智、身寂滅智、身煩惱寂滅智,意智、意煩惱智、意寂滅智、意煩惱寂滅智。」
佛說是經已,一切比丘、一切菩薩,天、人、阿修羅、乾闥婆一切大眾,聞佛說法,歡喜奉行。
力莊嚴三昧經卷下