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大乗本生心地観経 (大乘本生心地觀經)


報恩品第二之上

報恩品第二之上

爾時,世尊從三昧安詳而起,告彌勒菩薩摩訶薩言:「善哉善哉!汝等大士!諸善男子!為欲親近世間之父,為欲聽聞出世之法,為欲思惟如如之理,為欲修習如如之智,來詣佛所供養恭敬。我今演說心地妙法,引導眾生令入佛智。如是妙法,諸佛如來過無量劫時乃說之。如來世尊出興於世,甚難值遇如優曇華,假使如來出現於世,說此妙法亦復為難。所以者何?一切眾生遠離大乘菩薩行願,趣向聲聞、緣覺菩提,厭離生死永入涅槃,不樂大乘常樂妙果。然諸如來轉於法輪,遠離四失說相應法:一無非處,二無非時,三無非器,四無非法。應病與藥令得復除,即是如來不共之德,聲聞、緣覺未得自在,諸菩薩眾不共之境,以是因緣,難見難聞菩提正道心地法門。若有善男子、善女人,聞是妙法一經於耳,須臾之頃攝念觀心,熏成無上大菩提種,不久當坐菩提樹王金剛寶座,得成阿耨多羅三藐三菩提。」

その時、世尊は三昧より安らかに起き上がり、弥勒菩薩摩訶薩に告げられた。「善きかな、善きかな。汝ら大士よ、諸々の善男子たちよ。世間の父に親しく近づかんと欲し、出世の法を聞かんと欲し、如如の理を思惟せんと欲し、如如の智を修習せんと欲して、仏のもとに来て供養し恭敬した。我、今、心地の妙法を演説し、衆生を導いて仏智に入らしめん。かくの如き妙法は、諸仏如来、無量劫を過ぎて時に至りて乃ちこれを説く。如来世尊、世に出で興ることは、甚だ値い遇い難く、優曇華の如し。仮使如来、世に出現すとも、この妙法を説くことまた復た難し。何を以ての故か。一切の衆生は大乗菩薩の行願より遠く離れ、声聞・縁覚の菩提に向かい、生死を厭い離れて永く涅槃に入り、大乗の常楽妙果を楽しまず。然るに諸如来は法輪を転じ、四つの過失を遠く離れて相応の法を説く。一には非処無く、二には非時無く、三には非器無く、四には非法無し。病に応じて薬を与え、復た除くことを得しむ。これ即ち如来の不共の徳にして、声聞・縁覚は未だ自在を得ず、諸菩薩衆の不共の境なり。この因縁をもって、菩提の正道、心地の法門を見難く聞き難し。もし善男子・善女人ありて、この妙法を聞き、一たび耳に経ることを得ば、須臾の間に念を摂めて心を観じ、無上大菩提の種を熏成し、久からずして菩提樹王の金剛宝座に坐し、阿耨多羅三藐三菩提を得ることを成せん。」

爾時,王舍大城,有五百長者,其名曰:妙德長者、勇猛長者、善法長者、念佛長者、妙智長者、菩提長者、妙辯長者、法眼長者、光明長者、滿願長者。如是等大富長者成就正見,供養如來及諸聖眾。是諸長者,聞是世尊讚歎大乘心地法門,而作是念:「我見如來放金色光,影現菩薩難行苦行,我不愛樂行苦行心,誰能永劫住於生死,而為眾生受諸苦惱?」作是念已,即從座起,偏袒右肩右膝著地,合掌恭敬異口同音,前白佛言:「世尊!我等不樂大乘諸菩薩行,亦不喜聞苦行音聲。所以者何?一切菩薩所修行願,皆悉不是知恩報恩。何以故?遠離父母趣於出家,以自妻子施於所欲,頭目髓腦隨其願求,悉皆布施受諸逼惱,三僧祇劫具修諸度八萬四千波羅蜜行,越生死流,方至菩提大安樂處。不如趣向二乘道果,三生百劫修集資糧,斷生死因證涅槃果,速至安樂,方名報恩。」

その時、王舎城の大いなる都には、五百人の長者がおりました。その名は、妙徳長者、勇猛長者、善法長者、念佛長者、妙智長者、菩提長者、妙辯長者、法眼長者、光明長者、満願長者といった方々です。このような大富の長者たちは正しい見解を成就し、如来と聖なる僧伽を供養していました。

これらの長者たちは、世尊が大乗の心の法門を称賛されるのを聞き、このように考えました。 「私たちは如来が金色の光を放ち、菩薩の難行苦行の姿を映し出されるのを見ました。しかし、私たちは苦行を行う心を喜びません。いったい誰が永遠の劫にわたって生死の中に留まり、衆生のためにあらゆる苦悩を受けようとするでしょうか。」

このように考えた後、彼らは座から立ち上がり、右肩を袒ぎ、右膝を地につけ、合掌して恭しく、口を揃えて仏に向かって申し上げました。 「世尊よ、私たちは大乗の諸菩薩の行いを好まず、苦行の音声を聞くことも喜びません。なぜなら、一切の菩薩が修行する願いは、すべて恩を知り恩に報いることではないからです。どうしてでしょうか。彼らは父母を遠く離れて出家の道に向かい、自らの妻子をも求めに応じて施し、頭や目、髄や脳までも、その願いに従ってことごとく布施し、あらゆる迫害や苦悩を受けます。三阿僧祇劫にわたって諸々の波羅蜜行を修め、八万四千の波羅蜜行を具え、生死の流れを越えて、ようやく菩提の大いなる安楽の境地に至ります。それよりもむしろ、二乗の道果に向かい、三生百劫の間に資糧を修め集め、生死の因を断って涅槃の果を証し、速やかに安楽に至ることこそ、恩に報いることだと言えるでしょう。」

爾時,佛告五百長者:「善哉善哉!汝等聞於讚歎大乘,心生退轉發起妙義,利益安樂未來世中,不知恩德一切眾生。諦聽諦聽,善思念之,我今為汝分別演說世出世間有恩之處。善男子!汝等所言未可正理。何以故?世出世恩有其四種:一父母恩,二眾生恩,三國王恩,四三寶恩。如是四恩,一切眾生平等荷負。

その時、仏は五百人の長老たちに告げられた。「善きかな、善きかな。あなたがたは大乗を讃嘆することを聞き、退転の心を起こし、妙なる義を発して、未来世において恩を知らないすべての衆生に利益と安楽をもたらそうとしている。よく聞きなさい、よく聞きなさい。善く思念しなさい。私は今、あなたがたのために、世間と出世間における恩のあるところを分別して説こう。善男子よ、あなたがたの言うことは正しい道理ではない。なぜならば、世間と出世間の恩には四種類があるからだ。一つは父母の恩、二つは衆生の恩、三つは国王の恩、四つは三宝の恩である。このような四つの恩は、すべての衆生が平等に負っているものである。」

「善男子!父母恩者,父有慈恩,母有悲恩。母悲恩者,若我住世於一劫中說不能盡,我今為汝宣說少分。假使有人為福德故,恭敬供養一百淨行大婆羅門、一百五通諸大神仙、一百善友,安置七寶上妙堂內,以百千種上妙珍膳,垂諸瓔珞眾寶衣服,栴檀沈香立諸房舍,百寶莊嚴床臥敷具,療治眾病百種湯藥,一心供養滿百千劫;不如一念住孝順心,以微少物色養悲母,隨所供侍,比前功德,百千萬分不可校量。

善きかな男子よ。父母の恩とは、父には慈しみの恩があり、母には悲しみの恩がある。母の悲しみの恩については、たとえ私が一劫の間この世に留まって説いたとしても、尽きることはない。今、私はあなたのために、そのほんの一部を説こう。

もし人が福徳を得ようと願い、百人の清らかな行いをするバラモン、百人の神通力を持つ仙人、百人の善き友を敬い供養し、七宝で飾られた立派な堂に迎え、百千もの上等な珍しい食べ物を捧げ、数々の宝玉の首飾りや衣服を贈り、栴檀や沈香で部屋を建て、百種の宝で飾られた寝具を整え、あらゆる病を癒す百種の薬を用意し、一心に百千劫の間供養したとしても、それは、ほんのわずかな物で悲しみ深い母を養い、その心に従って仕える一瞬の孝順の心に比べれば、百千万分の一にも及ばない。

「世間悲母念子無比,恩及未形,始自受胎終於十月,行住坐臥受諸苦惱非口所宣,雖得欲樂飲食衣服而不生愛,憂念之心恒無休息,但自思惟將欲生產,漸受諸苦晝夜愁惱;若產難時,如百千刃競來屠割,或致無常。若無苦惱,諸親眷屬喜樂無盡。猶如貧女得如意珠,其子發聲如聞音樂,以母胸臆而為寢處,左右膝上常為遊履,於胸臆中出甘露泉,長養之恩彌於普天,憐愍之德廣大無比。世間所高莫過山岳,悲母之恩逾於須彌;世間之重大地為先,悲母之恩亦過於彼。
「若有男女背恩不順,令其父母生怨念心,母發惡言子即隨墮,或在地獄、餓鬼、畜生。世間之疾莫過猛風,怨念之徵復速於彼;一切如來、金剛、天等,及五通仙,不能救護。若善男子、善女人,依悲母教承順無違,諸天護念福樂無盡。如是男女即名尊貴天人種類,或是菩薩為度眾生,現為男女饒益父母。

もし男女が恩を忘れ、親に逆らい、父母に恨みの心を起こさせたならば、母が悪しき言葉を発すれば、子はただちに堕ちて、地獄か餓鬼か畜生となる。世の災いで疾風より猛きものはなく、怨念の兆しはそれよりもなお速やかである。一切の如来、金剛、天部の衆、そして五通を備えた仙人でさえも、救い護ることはできない。

もし善き男子、善き女人が、慈悲深き母の教えに従い、逆らうことなく受け入れれば、諸天は守り、福と楽しみは尽きることがない。このような男女は尊き天人種と呼ばれ、あるいは菩薩が衆生を救うため、男女の姿を現して父母に恵みをもたらすのである。

「若善男子、善女人,為報母恩經於一劫,每日三時割自身肉以養父母,而未能報一日之恩。所以者何?一切男女處于胎中,口吮乳根飲噉母血,及出胎已幼稚之前,所飲母乳百八十斛,母得上味先與其子,珍妙衣服亦復如是,愚癡鄙陋情愛無二。昔有女人遠遊佗國,抱所生子渡殑伽河,其水暴漲力不能前,愛念不捨母子俱沒。以是慈心善根力故,即得上生色究竟天作大梵王。以是因緣,母有十德:一名大地,於母胎中為所依故。二名能生,經歷眾苦而能生故。三名能正,恒以母手理五根故。四名養育,隨四時宜能長養故。五名智者,能以方便生智慧故。六名莊嚴,以妙瓔珞而嚴飾故。七名安隱,以母懷抱為止息故。八名教授,善巧方便導引子故。九名教誡,以善言辭離眾惡故。十名與業,能以家業付囑子故。

もし善き男子、善き女人が母の恩に報いんと、一劫の間、毎日三度、自らの身の肉を切り取って父母を養っても、一日の恩すら報いることはできません。それはなぜでしょうか。すべての男女は母の胎内にある時、口で乳首を吸い母の血を飲み、生まれてから幼い頃までに飲む母乳は百八十斛に及びます。母は美味しいものを得ればまず子に与え、珍しく美しい衣服もまた同じです。愚かで卑しい者であっても、情愛に二心はありません。昔、ある女が遠く他国へ旅し、我が子を抱いてガンジス河を渡ろうとした時、水かさが急に増し、力尽きて進めなくなりました。愛する思いを断ち切れず、母子ともに水に沈みました。この慈しみの心と善根の力によって、彼女はたちまち色究竟天に生まれ、大梵天王となりました。この因縁によって、母には十の徳があるのです。第一に大地。母の胎内で子のよりどころとなるからです。第二に能生。多くの苦しみを経て子を生むからです。第三に能正。常に母の手で五根を整えるからです。第四に養育。四季に応じて子を育てるからです。第五に智者。巧みな方法で智慧を生じさせるからです。第六に荘厳。美しい瓔珞で子を飾るからです。第七に安穏。母の懐で子が安らぐからです。第八に教授。巧みな方法で子を導くからです。第九に教誡。善き言葉で悪から遠ざけるからです。第十に与業。家業を子に託すからです。

「善男子!於諸世間何者最富?何者最貧?悲母在堂名之為富,悲母不在名之為貧;悲母在時名為日中,悲母死時名為日沒;悲母在時名為月明,悲母亡時名為闇夜。是故汝等,勤加修習孝養父母,若人供佛福等無異。應當如是報父母恩。

善き男子よ、世の中で最も豊かなものは何か。最も貧しいものは何か。慈しみ深い母が健在であれば、それを豊かという。慈しみ深い母が不在であれば、それを貧しいという。慈しみ深い母が生きている時は、それを真昼という。慈しみ深い母が亡くなった時は、それを日没という。慈しみ深い母が生きている時は、それを月明かりという。慈しみ深い母が亡くなった時は、それを闇夜という。それゆえに、あなたがたは、精進して父母を敬い養うことを修めなさい。もし人が仏を供養する福徳があれば、それと同等の福徳がある。このようにして父母の恩に報いるべきである。

「善男子!眾生恩者,即無始來,一切眾生輪轉五道經百千劫,於多生中互為父母;以互為父母故,一切男子即是慈父,一切女人即是悲母,昔生生中有大恩故,猶如現在父母之恩等無差別。如是昔恩猶未能報,或因妄業生諸違順,以執著故反為其怨。何以故?無明覆障宿住智明,不了前生曾為父母,所可報恩互為饒益,無饒益者名為不孝。以是因緣。諸眾生類於一切時亦有大恩,實為難報。如是之事名眾生恩。

善き男子よ、衆生の恩とは、すなわち始まりなき昔から、あらゆる衆生が五道を輪転し、百千劫を経て、多くの生まれ変わりの中で互いに父母となってきたことである。互いに父母となったゆえに、すべての男子は慈父であり、すべての女人は悲母である。過去の生々世々において大きな恩があったから、ちょうど今の父母の恩と等しく差別がないのである。このように昔の恩はまだ報いることができず、あるいは妄業によってさまざまな違順が生じ、執着のゆえにかえってその怨みとなる。なぜか。無明が宿住智明を覆い隠し、前世に父母となったことを悟らず、報いるべき恩と互いの利益とがわからないからである。利益をもたらさない者は不孝と呼ばれる。この因縁によって、あらゆる衆生の類は、すべての時においても大きな恩があり、実に報いることが難しい。このようなことを衆生の恩というのである。

「國王恩者,福德最勝雖生人間得自在故,三十三天諸天子等,恒與其力常護持故,於其國界山河大地,盡大海際屬于國王,一人福德勝過一切眾生福故。是大聖王以正法化,能使眾生悉皆安樂。譬如世間一切堂殿,柱為根本;人民豐樂,王為根本,依王有故。亦如梵王能生萬物,聖王能生治國之法利眾生故。如日天子能照世間,聖王亦能觀察天下人安樂故。王失正治人無所依。若以正化,八大恐怖不入其國,所謂佗國侵逼,自界叛逆,惡鬼疾病,國土飢饉,非時風雨,過時風雨,日月薄蝕,星宿變怪。人王正化利益人民,如是八難不能侵故。譬如長者唯有一子,愛念無比憐愍饒益,常與安樂晝夜不捨。國大聖王亦復如是,等視群生如同一子,擁護之心晝夜無捨。如是人王令修十善,名福德主;若不令修,名非福主。所以者何?若王國內一人修善,其所作福皆為七分,造善之人得其五分,於彼國王常獲二分,善因王修,同福利故;造十惡業亦復如是,同其事故。一切國內田地園林所生之物,皆為七分,亦復如是。若有人王成就正見,如法化世,名為天主。以天善法化世間故,諸天善神及護世王,常來加護守王宮故。雖處人間修行天業,賞罰之心無偏黨故。一切聖王法皆如是,如是聖主名正法王。以是因緣,成就十德:一名能照,以智慧眼照世間故。二名莊嚴,以大福智莊嚴國故。三名與樂,以大安樂與人民故。四名伏怨,一切怨敵自然伏故。五名離怖,能卻八難離恐怖故。六名任賢,集諸賢人評國事故。七名法本,萬姓安住依國王故。八名持世,以天王法持世間故。九名業主,善惡諸業屬國王故。十名人主,一切人民王為主故。一切國王以先世福,成就如是十種勝德。大梵天王及忉利天,常助人王受勝妙樂,諸羅剎王及諸神等,雖不現身,潛來衛護王及眷屬。王見人民造諸不善不能制止,諸天神等悉皆遠離。若見修善歡喜讚歎,盡皆唱言:『我之聖王。』龍天喜悅,澍甘露雨,五穀成熟,人民豐樂。若不親近諸惡人等,普利世間咸從正化,如意寶珠必現王國,於王隣國咸來歸服,人與非人無不稱歎。

国王の恩とは、福徳が最も勝れていることです。人間に生まれながらも自在を得るゆえに、三十三天の諸天子たちが常に力を与え、常に護り支えるのです。その国境の山河大地、海の果てまでもが国王に属します。一人の福徳が一切の衆生の福を超えるからです。この大聖王が正法をもって教化すれば、衆生を悉く安楽にすることができます。

たとえば、世間のあらゆる堂殿は柱が根本です。人民が豊かに楽しむのは、王が根本であり、王に依って存在するからです。また、梵王が万物を生むように、聖王は国を治める法を生み、衆生を利益するのです。日天子が世間を照らすように、聖王もまた天下の人々の安楽を観察するのです。王が正しい治め方を失えば、人々はよりどころを失います。

もし正しく教化すれば、八つの大いなる恐怖がその国に入ることはありません。すなわち、他国の侵略、自国内の反逆、悪鬼や疾病、国土の飢饉、季節外れの風雨、時期を過ぎた風雨、日月の蝕、星宿の変怪です。人王が正しく教化して人民を利益すれば、このような八難も侵すことができないのです。

たとえば、長者がただ一人の子を愛し、無比の思いやりと憐れみをもって利益を与え、常に安楽を与えて昼夜も離れないように、国大聖王もまた同じです。群生を等しく視て一子のようにし、擁護の心を昼夜も捨てません。このような人王が十善を行わせるならば、福徳の主と呼ばれます。もし行わせなければ、非福の主と呼ばれます。

なぜでしょうか。もし王の国内で一人が善を修めれば、その作る福はすべて七分となり、善を造る人がその五分を得、国王は常に二分を得るからです。善の因は王によって修められ、同じ福利を得るからです。十悪業を造る場合もまた同じで、同じ事柄によるからです。一切の国内の田地や園林から生じる物も、すべて七分となり、同様です。

もし人王が正見を成就し、法の如く世を教化すれば、天主と呼ばれます。天の善法をもって世間を教化するからです。諸天の善神や護世王が常に来て加護し、王宮を守るからです。人間にありながら天の業を行い、賞罰の心に偏りがないからです。一切の聖王の法は皆このようであり、このような聖主を正法王と呼びます。

この因縁によって、十の徳を成就します。 一に能照。智慧の眼をもって世間を照らすからです。 二に荘厳。大いなる福智をもって国を荘厳するからです。 三に与楽。大いなる安楽をもって人民に与えるからです。 四に伏怨。一切の怨敵が自然に伏するからです。 五に離怖。八難を退けて恐怖を離れるからです。 六に任賢。諸々の賢人を集めて国事を評するからです。 七に法本。万姓が安住するのは国王に依るからです。 八に持世。天王の法をもって世間を持つからです。 九に業主。善悪の諸業は国王に属するからです。 十に人主。一切の人民は王を主とするからです。

一切の国王は先世の福によって、このような十種の勝れた徳を成就します。大梵天王や忉利天が常に人王を助け、勝妙の楽を受けさせます。諸羅刹王や諸神たちは、姿を現さずとも、密かに来て王とその眷属を衛護します。

王が人民が諸々の不善を造るのを見て制止できなければ、諸天神たちは悉く遠く離れます。もし善を修めるのを見れば歓喜して讃歎し、皆が唱えて言います。「我が聖王よ」と。龍天は喜び、甘露の雨を降らせ、五穀は成熟し、人民は豊かに楽しみます。

もし諸悪の人々に親近せず、広く世間を利益して皆が正しい教化に従えば、如意宝珠が必ず王国に現れ、王の隣国も皆来て帰服し、人と非人のすべてが称歎しないことはありません。

「若有惡人於王國內,而生逆心於須臾頃,如是之人福自衰滅,命終當墮地獄之中,經歷畜生備受諸苦。所以者何?由於聖王不知恩故,起諸惡逆得如是報。若有人民能行善心,敬輔仁王尊重如佛,是人現世安隱豐樂,有所願求無不稱心。所以者何?一切國王於過去時,曾受如來清淨禁戒,常為人王安隱快樂。以是因緣,違順果報皆如響應。聖王恩德廣大如是。

もし悪しき者が王国の内にありて、逆心を起こすことほんの一瞬でもあらば、そのような人の福徳は自ら衰え滅び、命終われば地獄に堕ち、畜生道を経てさまざまな苦しみを余すところなく受けることでしょう。なぜならば、聖なる王の恩を知らず、悪しき逆心を起こしたからこそ、このような報いを受けるのです。

もし民が善き心を起こし、仁徳ある王を敬い補佐し、仏のように尊重するならば、その人は現世において安らかで豊かに楽しく、願い求めるものは何でも思い通りになるでしょう。なぜならば、すべての国王は過去において、如来の清らかな戒律を受け、常に人々を安らかで楽しく導く存在であったからです。この因縁によって、王に逆らうか従うかによって、その果報は響きに応じるかのように明らかになるのです。聖なる王の恩徳は、かくも広大なものなのです。

「善男子!三寶恩者,名不思議利樂眾生無有休息,是諸佛身真善無漏,無數大劫修因所證,三有業果永盡無餘,功德寶山巍巍無比;一切有情所不能知。福德甚深猶如大海,智慧無礙等於虛空,神通變化充滿世間,光明遍照十方三世;一切眾生煩惱業障,都不覺知。沈淪苦海生死無窮,三寶出世作大船師,能截愛流超昇彼岸,諸有智者悉皆瞻仰。

善き男子よ、三宝の恩とは、思議すべからざるもの、衆生を利益し楽しませて休息することなく、これ諸仏の身は真実にして善く無漏、数え切れぬ大劫をかけて因を修し証されたもの、三界の業果は永遠に尽きて余ることなし、功徳の宝山は巍々として比ぶるものなし。一切の有情、これを知ることができない。福徳は甚だ深く大海の如く、智慧は無礙にして虚空に等しく、神通変化は世間に満ち溢れ、光明は十方三世に遍く照らす。一切の衆生の煩悩と業障は、皆これを覚知せず。苦海に沈淪し生死は窮まりなし。三宝が世に出でて大いなる船師となり、愛の流れを断ち切り彼岸に超え昇る。諸々の智者は悉く皆これを瞻仰す。

「善男子等!唯一佛寶具三種身:一自性身,二受用身,三變化身。第一佛身有大斷德,二空所顯,一切諸佛悉皆平等。第二佛身有大智德,真常無漏,一切諸佛悉皆同意。第三佛身有大恩德,定通變現,一切諸佛悉皆同事。

善き人々よ、仏宝はただ一つでありながら、三種の身を具えています。第一は自性身、第二は受用身、第三は変化身です。

第一の仏身には大いなる断徳があります。二つの空によって顕れたもので、一切の諸仏は悉く平等です。

第二の仏身には大いなる智徳があります。真実にして常住、漏れなく、一切の諸仏は悉く同じ意を有しています。

第三の仏身には大いなる恩徳があります。禅定と神通によって自在に変現し、一切の諸仏は悉く同じことを為します。

「善男子!其自性身無始無終,離一切相絕諸戲論,周圓無際凝然常住。其受用身,有二種相,一自受用,二佗受用。

善男子よ、その自性身は始めもなく終わりもなく、すべての相を離れ、あらゆる戯論を絶し、円満にして際限なく、静かに常住している。その受用身には、二種の相がある。一つは自受用、二つは他受用である。

「自受用身,三僧祇劫所修萬行,利益安樂諸眾生已,十地滿心,運身直往色究竟天,出過三界,淨妙國土坐無數量大寶蓮華,而不可說海會菩薩前後圍遶,以無垢繒繫於頂上,供養恭敬尊重讚歎,如是名為後報利益。爾時,菩薩入金剛定,斷除一切微細所知諸煩惱障,證得阿耨多羅三藐三菩提,如是妙果名現報利益。是真報身有始無終,壽命劫數無有限量,初成正覺窮未來際,諸根相好徧周法界,四智圓滿。是真報身受用法樂。一、大圓鏡智,轉異熟識得此智慧,如大圓鏡現諸色像。如是如來鏡智之中,能現眾生諸善惡業,以是因緣,此智名為大圓鏡智。依大悲故恒緣眾生,依大智故常如法性,雙觀真俗無有間斷,常能執持無漏根身,一切功德為所依止。二、平等性智,轉我見識得此智慧,是以能證自佗平等二無我性,如是名為平等性智。三、妙觀察智,轉分別識得此智慧,能觀諸法自相共相,於眾會前說諸妙法,能令眾生得不退轉,以是名為妙觀察智。四、成所作智,轉五種識得此智慧,能現一切種種化身,令諸眾生成熟善業,以是因緣,名為成所作智。如是四智而為上首,具足八萬四千智門,如是一切諸功德法,名為如來自受用身。

「自受用身は、三阿僧祇劫にわたって修行した数々の行いをもって、あらゆる衆生に利益と安楽をもたらした後、十地の心が満ち、その身を動かしてまっすぐ色究竟天へと至り、三界を超えた清らかで妙なる国土において、数えきれぬほどの大宝蓮華の上に坐し、言い表せぬほど多くの菩薩たちの海のような集いに前後から囲まれ、無垢の絹を頂に結び、供養され、敬われ、尊重され、讃嘆される。これを後報の利益という。

その時、菩薩は金剛定に入り、一切の微細な所知の煩悩障を断除し、阿耨多羅三藐三菩提を証得する。このような妙なる果報を現報の利益という。これが真の報身であり、始まりはあっても終わりはなく、寿命の劫数に限りはない。初めて正覚を成じた時から未来の果てまで、諸根の相好は法界に遍く行き渡り、四智は円満である。これが真の報身の受用法楽である。

一、大円鏡智。異熟識を転じてこの智慧を得る。それはあたかも大円鏡がさまざまな色や形を映し出すように、この如来の鏡智の中に、衆生の諸々の善悪の業が現れる。この因縁によって、この智は大円鏡智と名づけられる。大悲に依るがゆえに常に衆生を縁とし、大智に依るがゆえに常に法性の如く、真諦と俗諦を双観して間断なく、常に無漏の根身を執持し、一切の功德の依り所となる。

二、平等性智。我見識を転じてこの智慧を得る。それによって自と他が平等であり、二つの無我性であることを証することができる。これを平等性智という。

三、妙観察智。分別識を転じてこの智慧を得る。諸法の自相と共相を観察し、衆会の前で妙なる法を説き、衆生を不退転の位に至らしめる。これをもって妙観察智と名づける。

四、成所作智。五種の識を転じてこの智慧を得る。あらゆる種々の化身を現じ、諸々の衆生の善業を成熟させる。この因縁によって、成所作智と名づけられる。

このような四智を上首とし、八万四千の智門を具足する。この一切の諸功德法を、如来の自受用身という。

「諸善男子!二者如來佗受用身,具足八萬四千相好,居真淨土說一乘法,令諸菩薩受用大乘微妙法樂。一切如來為化十地諸菩薩眾,現於十種佗受用身。第一佛身,坐百葉蓮華,為初地菩薩說百法明門,菩薩悟已起大神通,變化滿於百佛世界,利益安樂無數眾生。第二佛身,坐千葉蓮華,為二地菩薩說千法明門,菩薩悟已起大神通,變化滿於千佛世界,利益安樂無量眾生。第三佛身,坐萬葉蓮華,為三地菩薩說萬法明門,菩薩悟已起大神通,變化滿於萬佛國土,利益安樂無數眾生。如是如來漸漸增長,乃至十地佗受用身,坐不可說妙寶蓮華,為十地菩薩說不可說諸法明門,菩薩悟已起大神通,變化滿於不可說佛微妙國土,利益安樂不可宣說不可宣說無量無邊種類眾生。如是十身,皆坐七寶菩提樹王,證得阿耨多羅三藐三菩提。諸善男子!一一華葉各各為一三千世界,各有百億妙高山王,及四大洲、日月星辰,三界諸天無不具足。一一葉上諸贍部洲,有金剛座菩提樹王,其百千萬至不可說大小化佛,各於樹下破魔軍已,一時證得阿耨多羅三藐三菩提。如是大小諸化佛身,各各具足三十二相、八十種好,為諸資粮及四善根諸菩薩等、二乘、凡夫,隨宜為說三乘妙法。為諸菩薩說應六波羅蜜,令得阿耨多羅三藐三菩提究竟佛慧。為求辟支佛者,說應十二因緣法;為求聲聞者,說應四諦法,度生老病死究竟涅槃。為餘眾生說人天教,令得人天安樂妙果。諸如是等大小化佛,皆悉名為佛變化身。善男子!如是二種應化身佛,雖現滅度,而此佛身相續常住。

善男子たちよ、二つ目は如来の他受用身である。これは八万四千のすぐれた相と特徴を備え、真実の清浄な国土に住して一乗の教えを説き、すべての菩薩たちが大乗の微妙な法の喜びを受用できるようにする。一切の如来は、十地の菩薩たちを教化するために、十種の他受用身を現す。

第一の仏身は、百枚の花びらの蓮華に坐し、初地の菩薩に百法明門を説く。菩薩はこれを悟って大いなる神通力を起こし、百の仏世界に満ちるほどに変化を示し、無数の衆生に利益と安楽をもたらす。

第二の仏身は、千枚の花びらの蓮華に坐し、二地の菩薩に千法明門を説く。菩薩はこれを悟って大いなる神通力を起こし、千の仏世界に満ちるほどに変化を示し、無量の衆生に利益と安楽をもたらす。

第三の仏身は、一万枚の花びらの蓮華に坐し、三地の菩薩に万法明門を説く。菩薩はこれを悟って大いなる神通力を起こし、一万の仏国土に満ちるほどに変化を示し、無数の衆生に利益と安楽をもたらす。

このように如来は次第に増大し、ついに十地の他受用身に至る。この身は言葉で表せないほど妙なる宝の蓮華に坐し、十地の菩薩に言葉で表せない諸法明門を説く。菩薩はこれを悟って大いなる神通力を起こし、言葉で表せない仏の微妙な国土に満ちるほどに変化を示し、言葉では言い表せないほど無量無辺の種類の衆生に利益と安楽をもたらす。

このような十の身は、すべて七宝の菩提樹王の下に坐し、阿耨多羅三藐三菩提を証得する。善男子たちよ、一つの花びら、一つの葉はそれぞれ一つの三千世界であり、それぞれに百億の妙高山王と四大洲、日月星辰があり、三界の諸天がことごとく備わっている。

一つ一つの葉の上の贍部洲には、金剛座の菩提樹王がある。その百千万から言葉で表せないほどの大小の化仏が、それぞれ樹下で魔軍を破り、同時に阿耨多羅三藐三菩提を証得する。このような大小の諸化仏の身は、それぞれ三十二相と八十種好を具え、資糧位と四善根の菩薩たち、二乗、凡夫のために、それぞれに適した三乗の妙法を説く。

菩薩たちには応じて六波羅蜜を説き、阿耨多羅三藐三菩提と究極の仏の智慧を得させる。辟支仏を求める者には応じて十二因縁の法を説き、声聞を求める者には応じて四諦の法を説き、生老病死を超えて究極の涅槃に至らしめる。その他の衆生には人天の教えを説き、人天の安楽と妙なる果報を得させる。

このような大小の化仏は、すべて仏の変化身と呼ばれる。善男子よ、この二種の応化身の仏は、滅度を現じながらも、この仏身は相続して常住なのである。

「諸善男子!如一佛寶,有如是等無量無邊不可思議利樂眾生廣大恩德,以是因緣,名為如來、應、正遍知、明行圓滿、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊。善男子!一佛寶中具足六種微妙功德:一者無上大功德田,二者無上有大恩德,三者無足二足及以多足眾生中尊,四者極難值遇如優曇華,五者獨一出現三千大千世界,六者世出世間功德圓滿一切義依。具如是等六種功德,常能利樂一切眾生,是名佛寶不思議恩。」

「善き男子たちよ、一つの仏宝には、このように無量無辺、不可思議なほど多くの、衆生を利益し楽しませる広大な恩徳がある。この因縁によって、如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊と呼ばれるのです。

善き男子よ、一つの仏宝には、六種の微妙な功徳が具わっています。第一に、無上の大功徳の田、第二に、無上の大いなる恩徳、第三に、無足・二足・多足のすべての衆生の中の尊き者、第四に、優曇華のように極めて値遇し難いこと、第五に、三千大千世界にただ一人現れること、第六に、世間と出世間の功徳が円満し、一切の義の依り所となること。

このような六種の功徳を具え、常に一切の衆生を利益し楽しませる、これを仏宝の不可思議な恩徳といいます。」

爾時,五百長者白佛言:「世尊!如佛所說,一佛寶中,無量化佛充滿世界利樂眾生。以何因緣,世間眾生多不見佛,受諸苦惱?」

その時、五百人の長者が仏に申し上げました。 「世尊よ、仏がおっしゃるように、一つの仏宝の中には無数の化仏が世界に満ちて、衆生を利益し楽しませておられます。 それなのに、なぜ世間の衆生はほとんどの者が仏を見ることができず、さまざまな苦しみを受けているのでしょうか。」

佛告五百長者:「譬如日光天子放百千光照明世界,而有盲者不見光明。汝善男子!於意云何?日光天子而有過否?」

仏は五百人の長老に告げられた。「たとえば、日光天子が千の光を放ち、世界を照らしているのに、目の見えない人はその光明を見ることができない。善男子よ、あなたはどう思うか?日光天子に過失があるだろうか?」

時長者言:「不也。世尊!」

長者は申しました。「いいえ、世尊。そうではありません。」

佛言:「善男子!諸佛如來常演正法利樂有情,是諸眾生常造惡業,都不覺知、無慚愧心,於佛法僧不樂親近。如是眾生罪根深重,經無量劫不得見聞三寶名字,如彼盲者不覩日光。若有眾生恭敬如來,愛樂大乘尊重三寶,當知是人業障銷除、福智增長、成就善根,速得見佛,永離生死,當證菩提。

仏は言われた。「善男子よ、諸仏如来は常に正法を説き、有情を利益し楽しませる。しかし、これらの衆生は常に悪業を造り、まったく気づかず、慚愧の心もなく、仏・法・僧に親しみ楽しもうとしない。このような衆生は罪の根が深く重く、無量の劫を経ても三宝の名さえ見聞きすることができず、まるで盲人が日光を見ないようなものである。もし衆生が如来を恭敬し、大乗を愛し楽しみ、三宝を尊重するならば、その人は業障が消え除かれ、福と智が増し、善根を成就し、速やかに仏に会い、永遠に生死を離れ、菩提を証することができると知るがよい。」

「諸善男子!如一佛寶有無量佛,如來所說法寶亦然,一法寶中有無量義。善男子!於法寶中有其四種:一者教法,二者理法,三者行法,四者果法。一切無漏能破無明煩惱業障,聲、名、句、文名為教法;有無諸法名為理法;戒、定、慧行名為行法;為無為果名為果法。如是四種名為法寶,引導眾生出生死海到於彼岸。善男子!諸佛所師即是法寶。所以者何?三世諸佛依法修行,斷一切障得成菩提,盡未來際利益眾生,以是因緣,三世如來常能供養諸波羅蜜微妙法寶,何況三界一切眾生未得解脫,而不能敬微妙法寶?

「善き男子たちよ、一つの仏宝の中に無量の仏がいるように、如来の説かれた法宝もまた同じである。一つの法宝の中に無量の意味があるのだ。善き男子よ、法宝の中には四つの種類がある。第一は教法、第二は理法、第三は行法、第四は果法である。一切の無漏は無明の煩悩と業障を破ることができ、声・名・句・文を教法という。有と無の諸法を理法という。戒・定・慧の行いを行法という。為と無為の果報を果法という。このような四種を法宝と呼び、衆生を生死の海から導き出し、彼岸へと至らせる。善き男子よ、諸仏の師とはすなわち法宝である。なぜならば、三世の諸仏は法に依って修行し、一切の障りを断じて菩提を得、未来際に尽きるまで衆生を利益するからである。この因縁によって、三世の如来は常に諸波羅蜜の微妙な法宝を供養することができる。ましてや三界の一切の衆生で、未だ解脱を得ていない者が、どうして微妙な法宝を敬わないことがあろうか。」

「善男子!我昔曾為求法人王,入大火坑而求正法,永斷生死得大菩提。是故法寶能破一切生死牢獄,猶如金剛能壞萬物;法寶能照癡闇眾生,如日天子能照世界;法寶能救貧乏眾生,如摩尼珠雨眾寶故;法寶能與眾生喜樂,猶如天鼓樂諸天故;法寶能為諸天寶階,聽聞正法得生天故;法寶能為堅牢大船,渡生死海到彼岸故;法寶猶如轉輪聖王,能除三毒煩惱賊故;法寶能為珍妙衣服,覆蓋無慚諸眾生故;法寶猶如金剛甲冑,能破四魔證菩提故;法寶猶如智慧利劍,割斷生死離繫縛故;法寶正是三乘寶車,運載眾生出火宅故;法寶猶如一切明燈,能照三塗黑闇處故;法寶猶如弓箭矛矟,能鎮國界摧怨敵故;法寶猶如險路導師,善誘眾生達寶所故。善男子!三世如來所說妙法,有如是等難思議事,是名法寶不思議恩。

善男子よ、私はかつて、法を求める王として、大火坑に入り正法を求め、生死を永遠に断ち切り、大いなる菩提を得た。ゆえに、法宝は一切の生死の牢獄を破ることができる。それはちょうど金剛が万物を砕くがごとくである。法宝は愚かさの闇に覆われた衆生を照らすことができる。それは日天子が世界を照らすがごとくである。法宝は貧しき衆生を救うことができる。それは摩尼珠が多くの宝を降らせるがごとくである。法宝は衆生に喜びと楽しみを与えることができる。それは天鼓が諸天を楽しませるがごとくである。法宝は諸天への宝の階梯となる。正法を聞きて天に生まれることができるからである。法宝は堅牢なる大船となる。生死の海を渡り彼岸に到るからである。法宝はちょうど転輪聖王のごとく、三毒の煩悩という賊を除くことができる。法宝は珍妙なる衣服となる。慚なき衆生を覆うからである。法宝は金剛の甲冑のごとく、四魔を破り菩提を証することができる。法宝は智慧の鋭き剣のごとく、生死を断ち切り束縛から離れることができる。法宝はまさに三乗の宝の車である。衆生を火宅から運び出すからである。法宝は一切の明るき灯のごとく、三塗の暗き所を照らすことができる。法宝は弓矢や矛や矟のごとく、国境を鎮め怨敵を摧くことができる。法宝は険しい道の導師のごとく、善く衆生を誘い宝の場所に至らしめることができる。善男子よ、三世の如来の説かれた妙法には、このような難思議な事柄がある。これを法宝の不思議なる恩徳というのである。

「善男子!世出世間有三種僧:一菩薩僧,二聲聞僧,三凡夫僧。文殊師利及彌勒等,是菩薩僧;如舍利弗目犍連等,是聲聞僧;若有成就別解脫戒真善凡夫,乃至具足一切正見,能廣為他演說開示眾聖道法利樂眾生,名凡夫僧;雖未能得無漏戒定及慧解脫,而供養者獲無量福。如是三種名真福田僧。復有一類名福田僧,於佛舍利及佛形像,并諸法僧聖所制戒深生敬信,自無邪見令他亦然,能宣正法讚歎一乘,深信因果常發善願,隨其過犯悔除業障。當知是人信三寶力,勝諸外道百千萬倍,亦勝四種轉輪聖王,何況餘類一切眾生?如欝金華雖然萎悴,猶勝一切諸雜類華。正見比丘亦復如是,勝餘眾生百千萬倍,雖毀禁戒不壞正見,以是因緣名福田僧。若善男子善女人等,供養如是福田僧者,所得福德無有窮盡,供養前三真實僧寶,所獲功德正等無異。如是四類聖凡僧寶,利樂有情恒無暫捨,是名僧寶不思議恩。」

「善き男子よ、世間と出世間には三種の僧がいる。第一は菩薩僧、第二は声聞僧、第三は凡夫僧である。文殊師利や弥勒などは菩薩僧であり、舎利弗や目犍連などは声聞僧である。もし別解脱戒を成就した真実の善き凡夫であれば、一切の正見を具足し、広く他者のために聖なる道の法を説き明かして衆生を利楽させることができる者を、凡夫僧と名づける。無漏の戒・定・慧の解脱はまだ得られなくとも、この者を供養すれば無量の福を得る。この三種を真の福田僧という。

さらに一類の福田僧がある。仏舎利や仏の形像、ならびに法・僧および聖者が定めた戒律に対して深く敬信を起こし、自ら邪見を持たず、他者にも同様にさせ、正法を宣べ一乗を讃歎し、因果を深く信じて常に善願を発し、その過犯に従って業障を悔い除ける者である。この人は三宝の力を信じるゆえに、あらゆる外道より百千万倍勝れ、四種の転輪聖王にも勝り、ましてやその他の一切衆生に及ばない。鬱金華がたとえ萎れ衰えても、なお一切の雑華に勝るように、正見の比丘もまた同様に、他の衆生より百千万倍勝れている。戒律を破っても正見を損なわないゆえに、この因縁をもって福田僧と名づけるのである。

もし善男子・善女人らが、このような福田僧を供養すれば、得る福徳は尽きることがなく、先の三種の真実の僧宝を供養する功徳と正しく等しく異ならない。この四類の聖・凡の僧宝は、有情を利楽して常に暫しも捨てることがない。これを僧宝の不思議な恩徳というのである。」

爾時,五百長者白佛言:「世尊!我等今日聞佛法音,得悟三寶利益世間。然今不知以何義故,說佛法僧得名為寶?願佛解說,顯示眾會及未來世敬信三寶一切有情,永斷疑網得不壞信,令入三寶不思議海。」
爾時,佛告諸長者言:「善哉,善哉!汝善男子!能問如來甚深妙法,於未來世利益安樂一切眾生。譬如世間第一珍寶具足十義,莊嚴國界饒益有情,佛法僧寶亦復如是。一者堅牢,如摩尼寶無人能破,佛法僧寶亦復如是,外道天魔不能破故。二者無垢,世間勝寶清淨光潔不雜塵穢,佛法僧寶亦復如是,悉能遠離煩惱塵垢。三者與樂,如天德瓶能與安樂,佛法僧寶亦復如是,能與眾生世出世樂。四者難遇,如吉祥寶希有難得,佛法僧寶亦復如是,業障有情億劫難遇。五者能破,如如意寶能破貧窮,佛法僧寶亦復如是,能破世間諸貧苦故。六者威德,如轉輪王所有輪寶能伏諸怨,佛法僧寶亦復如是,具六神通降伏四魔。七者滿願,如摩尼珠隨心所求能雨眾寶,佛法僧寶亦復如是,能滿眾生所修善願。八者莊嚴,如世珍寶莊嚴王宮,佛法僧寶亦復如是,莊嚴法王菩提寶宮。九者最妙,如天妙寶最為微妙,佛法僧寶亦復如是,超諸世間最勝妙寶。十者不變,譬如真金入火不變,佛法僧寶亦復如是,世間八風不能傾動。佛法僧寶具足無量神通變化,利樂有情暫無休息。以是義故,諸佛法僧說名為寶。善男子!我為汝等略說四種世出世間有恩之處,汝等當知,修菩薩行應報如是四種之恩。」

その時、仏は諸々の長者に告げられた。「善きかな、善きかな! 汝ら善男子よ。よく如来の甚深微妙なる法を問うた。未来の世において一切の衆生に利益と安楽をもたらすであろう。たとえば、世間において第一の珍宝が十の意義を具足し、国土を荘厳し、有情を豊かに利益するように、仏・法・僧の三宝もまた同じである。

第一に、堅牢であること。摩尼宝のように誰も破ることができない。仏・法・僧の宝もまた同じで、外道や天魔が破ることができないからである。

第二に、無垢であること。世間の勝れた宝は清浄で光沢があり、塵や穢れが混じらない。仏・法・僧の宝もまた同じで、すべて煩悩の塵垢を遠く離れることができるからである。

第三に、楽しみを与えること。天の徳瓶のように安楽を与えられる。仏・法・僧の宝もまた同じで、衆生に世間と出世間の楽しみを与えることができるからである。

第四に、出会いが難しいこと。吉祥宝のように希有で得がたい。仏・法・僧の宝もまた同じで、業障のある有情は億劫にも出会うことが難しいからである。

第五に、破ることができること。如意宝のように貧しさを破ることができる。仏・法・僧の宝もまた同じで、世間のあらゆる貧苦を破ることができるからである。

第六に、威徳があること。転輪王の持つ輪宝のように、すべての怨敵を伏せることができる。仏・法・僧の宝もまた同じで、六神通を具え、四魔を降伏させるからである。

第七に、願いを満たすこと。摩尼珠のように、心に求めるままに多くの宝を降らせることができる。仏・法・僧の宝もまた同じで、衆生が修める善い願いを満たすことができるからである。

第八に、荘厳すること。世の珍宝が王宮を荘厳するように、仏・法・僧の宝もまた同じで、法王の菩提宝宮を荘厳するからである。

第九に、最も妙なること。天の妙宝が最も微妙であるように、仏・法・僧の宝もまた同じで、すべての世間を超えた最勝の妙宝であるからである。

第十に、変わらないこと。たとえば真金は火に入れても変わらないように、仏・法・僧の宝もまた同じで、世間の八風によっても動揺させることができないからである。

仏・法・僧の宝は無量の神通変化を具足し、有情を利楽して少しの間も休むことがない。この意義によって、諸仏の法僧は宝と名づけられるのである。

善男子よ。私は汝らのために、世間と出世間における四種の恩あるところを略説しよう。汝らは知るべきである。菩薩行を修める者は、この四種の恩に報いるべきである。」

爾時,五百長者白佛言:「世尊!如是四恩甚為難報,當修何行而報是恩?」

その時、五百人の長者が仏に申し上げました。「世尊よ、このような四つの恩はとても報いることが難しいものです。どのような行いを修めれば、この恩に報いることができるでしょうか?」

佛告諸長者言:「善男子!為求菩提,有其三種十波羅蜜:一者十種布施波羅蜜多,二者十種親近波羅蜜多,三者十種真實波羅蜜多。若有善男子、善女人,發阿耨多羅三藐三菩提心,能以七寶滿於三千大千世界,布施無量貧窮眾生,如是布施但名布施波羅蜜多,不名真實波羅蜜多。若有善男子、善女人,發大悲心為求無上正等菩提,以自妻子施與他人心無悋惜,身肉手足頭目髓腦,乃至身命施來求者,如是布施但名親近波羅蜜多,未名真實波羅蜜多。若善男子、善女人,發起無上大菩提心,住無所得,勸諸眾生同發此心,以真實法一四句偈,施一眾生,使向無上正等菩提,是名真實波羅蜜多。前二布施未名報恩,若善男子、善女人能修如是第三真實波羅蜜多,乃名真實能報四恩。所以者何?前二布施有所得心,第三施者無所得心。以真實法施一有情,令發無上大菩提心,是人當得證菩提時,廣度眾生無有窮盡,紹三寶種使不斷絕,以是因緣名為報恩。」

仏が諸々の長者たちに告げて言われた。 「善男子よ、菩提を求めるには、三種類の十波羅蜜がある。 一つは十種の布施波羅蜜多、二つは十種の親近波羅蜜多、三つは十種の真実波羅蜜多である。

もし善男子・善女人が、阿耨多羅三藐三菩提の心を発し、七宝をもって三千大千世界に満ちるほど無量の貧しい衆生に布施したとしても、そのような布施はただ布施波羅蜜多と呼ばれるだけで、真実波羅蜜多とは呼ばれない。

もし善男子・善女人が大悲心を起こし、無上の正しい悟りを求めて、自らの妻子を他人に施し、心に惜しむところがなく、身の肉や手足、頭や目、髄や脳、さらには身命をも求める者に施したとしても、そのような布施はただ親近波羅蜜多と呼ばれるだけで、まだ真実波羅蜜多とは呼ばれない。

もし善男子・善女人が、無上の大菩提心を起こし、無所得の境地に安住しつつ、多くの衆生を勧めて同じくこの心を起こさせ、真実の法をたとえ四句の偈であっても、一人の衆生に施し、その者を無上の正しい悟りに向かわせるならば、これを真実波羅蜜多という。

前の二つの布施は、まだ恩に報いるとは言えない。もし善男子・善女人が、この第三の真実波羅蜜多を修めることができるならば、初めて真実に四恩に報いることができると言える。

なぜならば、前の二つの布施には『得る』という心があるが、第三の施しには『得る』という心がないからである。真実の法を一人の有情に施し、その者に無上の大菩提心を起こさせれば、その人はやがて菩提を証する時、広く衆生を度し尽くすことに終わりがなく、三宝の種を継いで絶やさない。この因縁によって、恩に報いるというのである。」

爾時,五百長者,從佛聞是昔所未聞報恩之法,心懷踊躍得未曾有,發心求趣無上菩提,得忍辱三昧入不思議智,永不退轉。

その時、五百人の長者たちは、仏からこれまで聞いたことのない恩に報いる教えを聞き、心に喜びが湧き、かつてない境地を得ました。彼らは無上の悟りを求める心を起こし、辱めに耐える三昧を得て、思いもよらない智慧に入り、永遠に退転することはありませんでした。

爾時,會中八萬四千眾生,發菩提心得堅固信,及此三昧海會大眾,悉得金剛忍辱三昧,悟無生忍及柔順忍,或證初地得不起忍,無量眾生發菩提心住不退位。

その時、法会に集う八万四千の衆生が菩提心を発し、揺るぎない信心を得ました。また、この三昧海会の大勢の者たちも、みな金剛忍辱三昧を得、無生忍や柔順忍を悟りました。ある者は初地を証して不起忍を得、無量の衆生が菩提心を発し、不退の位に住するに至りました。

爾時,佛告五百長者:「未來世中一切眾生,若有得聞此《心地觀.報四恩品》,受持讀習解說書寫廣令流布,如是人等福智增長,諸天衛護,現身無疾,壽命延長;若命終時,即得往生彌勒內宮,覩白毫相超越生死,龍華三會當得解脫,十方淨土隨意往生,見佛聞法入正定聚,速成阿耨多羅三藐三菩提如來智慧。」

その時、仏は五百人の長老に告げられた。

「未来の世のすべての衆生の中で、もしこの『心地観・四恩の報いの品』を聞き、受け持ち、読み習い、解き説き、書き写し、広く世に流布させる者がいれば、そのような人々は福徳と智慧が増し、諸天の守護を受け、現世では病なく、寿命は延びる。

命終わるときには、ただちに弥勒菩薩の内宮に往生し、白毫の相を拝して生死を超越し、龍華三会において解脱を得るであろう。十方の浄土に思いのままに往生し、仏に会い、法を聞き、正定聚に入り、速やかに阿耨多羅三藐三菩提(無上正等覚)の如来の智慧を成就するであろう。」

大乘本生心地觀經卷第二

大乗本生心地観経 巻第二


2 報恩品
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